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8 ツンは効かず、デレは止まりません

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「おはよう、メルディ」
 翌日、孤児院に現れた水色の瞳の紳士の姿に、メルディの鼓動が大きく跳ねた。
 聖女候補となったばかりだからと様子を見に来てくれたらしい。

 今日もサウリは、いい匂いだ。
 清々しい香りを少しでも多く吸い込もうと深呼吸をしていると、サウリの隣に立つアレクシスが胡散臭そうにこちらを見ている。
 アレクシスからするとメルディは加齢臭を好む変態らしいので、深呼吸に引いているのだろう。

 大体、サウリの甥だなんて最高のポジションを獲得している幸運少年に、文句を言われる筋合いはない。
 こちらは嗅覚一本でサウリを満喫しているのだ。
 邪魔はしないでいただきたい。


「昨日は急なことだったし、疲れただろう? 試練を手伝うことはできないけれど、応援するよ。頑張って」
 優しい笑みを向けられたメルディは、その言葉だけで胸がいっぱいになった。
 だが、今日のメルディは今までとは違う。

 ここで心の赴くままに笑顔で礼を言っては、ツンデレの名折れだ。
 これからの合言葉は、『基本的に、素直じゃない』である。
 心理的な負担は大きいが、これもメルディの夢のためだ。
 覚悟を決めると、ゆっくりと深呼吸をして口を開いた。

「……別に、サウリ様に言われなくても頑張ります」
 言いたくもないことを言った後には、渾身の力を込めて顔を背ける。
 これで怒ったらどうしよう。
 嫌われたらどうしよう。
 内心ではびくびくと震えるメルディに、サウリの優しい声が届いた。

「そうか。頑張ってね」
 驚いて顔を戻すと、そこにはいつも通りの笑顔があった。

 ……ツン、効いていない。
 これはこれで、結構悲しいものがある。


「今日もリボンをつけてくれたんだ。似合うよ、メルディ」
「あ、ありがとうございます!」
 不意打ちの褒め言葉に、思わず頬を染めて礼を言ってしまう。

 我に返って後悔しても、もう遅い。
 がっくりと肩を落とすと、アレクシスが不審なものを見る目をしている。
 気持ちはわかるが、こちらだって想定外の事態なのだから、勘弁してほしい。

 ――全然、駄目だ。
 ツンは効かないし、デレが止まらない。
 サウリが手強いのか、メルディが下手くそなのかすら判断がつかないのだから、どうしようもない。

「……道は、かなり険しいわ」
 メルディはそう呟くと、大きく息を吐いた。



 悩んだら、原点に返ってみよう。
 早々にツンデレにつまづいたメルディは、中央教会に行ってみることにした。
 世界樹の花が消滅している可能性だってあるし、『ツンデレ』という神の言葉は気のせいだったかもしれない。

 何にしても、一度気分を変えた方がいい。
 サウリにツンが効かなかった翌日、教会に向かおうと孤児院を出たメルディが目にしたのは、黒髪に水色の瞳の少年の姿だった。

「……おはよう、アレクシス。随分早いのね、何か用があったの?」
「中央教会に行くんだろう? 俺も一緒に行く」
「何で知っているの?」
「院長からサウリ叔父さんに連絡があった」

 無断で外出しては心配するだろうし、メルディにもそれなりに仕事があるので、院長に伝えるのはいつものことだ。
 だが、まさかサウリに連絡が入るとは思わなかった。
 それに、確かにこれから教会に行くところではあるが、何故アレクシスが同行しようとしているのかがよくわからない。

「……サウリ様は?」
 アレクシスが来る時は、サウリと一緒のことが多い。
 今日もそうなのかと思って聞いたのだが、何故かアレクシスの眉が顰められる。

「サウリ叔父さんは忙しいから、メルディにばかり構っていられない」
「それはそうだろうけれど。……だったら、アレクシスも忙しいんじゃないの?」
 こう見えても、アレクシスは伯爵令息だ。
 社交界デビューを来年に控えているわけだし、孤児院で一緒に遊ぶことももうじきなくなるだろう。

 正直な感想を述べると、アレクシスの表情が更に曇った。
 水色の瞳はサウリと同じ色でとても綺麗なので、せっかくなら笑顔でいればいいのにと思う。
 だが、アレクシスはメルディに対してはいつもこんな感じで、少し冷たいというか意地悪だ。

 結構昔から一緒に遊んでいるのにこの態度なのだから、おそらくメルディのことがあまり好きではないのだろう。
 こちらとしては弟のように思っているので、少し寂しくもある。

「聖女候補に選ばれたんだから、一人で行動は良くない」
「でも、誰も知らないわよ?」
 メルディは聖女候補に選ばれたばかりで、それを知っているのはサウリとアレクシス、院長とアニタとトニ、後は教会の関係者だろう。
 特に何も心配はいらないと思うのだが、アレクシスの表情は硬い。

 こういう律儀というか真面目なところは、貴族の育ちゆえだろうか。
 大して興味のないメルディのためにわざわざ同行しようというのだから、意外とお人よしである。
 あるいは、アレクシスも少しはメルディを姉のように思ってくれているのかもしれない。


「いいから、行くぞ」
 そう言って歩き出した先には、馬車が停めてある。
 どうやら送ってくれるらしいとわかって後を追うと、アレクシスの腰に妙な物があるのに気付いた。

「……ねえ。何で剣なんて持っているの?」
 アレクシスが腰に佩いているのは、間違いなく剣だろう。
 さすが伯爵令息が持つ物だけあって、鞘の装飾はシンプルだが美しい。
 詳しいことを知らないメルディが見ても、恐らく値打ちものだろうとわかるほどだ。

 貴族の令息でなくとも、騎士を目指す少年が剣を佩いているのを見たことはある。
 サウリも昔は騎士だと聞いたことがあるし、アレクシスも騎士を目指しているのかもしれない。
 だが、剣を持っているところを見るのは初めてだったので、妙な違和感を感じてしまう。

「……さすがに、丸腰で対応できるほどの腕は、まだない」
 丸腰以前に、何に対応するつもりなのだろう。
 少し気になりはしたが、どんどんとアレクシスの眉間の皺が深まるのを見て、何となく聞くのがためらわれた。

 馬車に乗る時には手を貸してくれたし、メルディに対して怒っているわけではなさそうだが、不機嫌であることは間違いない。
 よくはわからないが面倒になったメルディは、アレクシスを放置して車窓を眺めることにした。
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