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4.結界消失
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「着いたぞ」
丸二日、昼も夜も馬車を走らせ続けた結果、いよいよ王国と隣国の国境の門に到着した。
門と言っても、城壁の三門とは違い、大人の男の人の身長より少し高いくらいの高さしかなく、一応、石造りなのだが、扉部分は簡素な木造りで、昼間なせいか開けっぱなしになっている。
三の門で衛兵が馭するそこそこ立派な馬車から、ごく普通の辻馬車に乗り換えたので、乗り心地が良いとはいえなかった。腰がものすごく痛い。
国境に到着したのは理解したが、これからどうしたら良いのかわからない。
「さっさと降りてくれ」
どうしたらいいのかわからなかったけれど、降りてくれと言われたので馬車を降りる。
乗り降りするためのステップも、介添えもない馬車を降りるのはとても大変で、時間がかかった。残念ながら、世の中の15歳女子よりも随分と小柄なのだ。
少女というよりも幼女にしか見えないくらいには発育不良だった。
無愛想な辻馬車の馭者は、イライラしながらも黙って待ってくれていたけれど、手伝ってはくれなかった。
ようやく地面に足をつけることが出来たけれど、こんな場所で放置されてもどうして良いのかわからない。
「あの…これから私はどうしたら…っ!」
しかし無情にも、地面に降りた途端、辻馬車は元来た道に向かって走り去った。
「ぅ…」
途方に暮れた。
***
地面ばかりみて項垂れてばかりもいられないので、気を取り直して辺りを見回すと、門番小屋の窓から、門番と思しき中年の男が顔を出している。
あまり友好的ではない表情だ。
この国の聖女と言われてはいたけれど、今現在は、こんな場所に放置されるただの平民の子どもで。
そんなただの子どもに、この国の門番は優しくない。
「アンタ国外追放者だね!どんな犯罪を犯したのか知らないが、とっととこの道を真っ直ぐ、あっちの森に向かいな。運が良ければ隣の国に繋がってるよ」
小屋にいた中年の男の妻らしき女が出てきて、まるで野良犬でも追い払うかのように言い放つ。手には箒を持っている。
国境の森には、魔獣がいる。
身を守る術を持たない者が、この道を行けば間違いなく死ぬ。
そんな森にほど近い国境の門番が、強そうでもないごく普通の平民なのは、門よりこっち側には、決して魔獣が入ってこないからだ。
この国の人間以外が、この結界を超えたという話も聞いたことがない。
王国の大結界は、この国に敵意を持つ者を拒む、と言われている。
結界の中心は、王国の正教会の奥に厳重に守られている大きな魔石と魔石の周りに構築された術式。
解くことはとても難しく、とても長い期間、維持され続けている。
代々のこの国の聖女を中心に、祈りと呼ばれている聖なる力を注ぎ込み効力を発する、と言われている。
聖女の力が強ければ、結界の効力も強くなり、弱ければ、弱まる。
ここ数年の結界は、とても強く、このような力の無さそうな夫婦でも、門番が務まるのだ。
大結界は、この国を物理的にも精神的にも護るものだから、その中心にある魔石や術式は、何人もの屈強の聖騎士が守っている。
それらに力を注ぐ歴代の聖女もまた大切に守られていたのだが、今世代の聖女は大きな力を持ち、ある程度術式から離れても充分な力を注ぐことが出来たことと、平民の聖女ということで、貴族の子女が中心の侍女や侍従たちが聖女を侮り、聖女予算を横領して自らの懐に入れるなど、大切に守られているとは言い難い状態だった。
なまじ聖女の力が強いために、歴代の聖女の時代には、共に力を注いでいた教会の神父やシスターたちはその大切な仕事を放棄して久しい。
聖女の存在があるからこその正教会の権力は、ここ10年間、肝心の聖女には還元されることはなく、半ば公然と、教会の者たちの懐に入れられていた。
いわゆる横領で犯罪なのだが、組織ぐるみで行えば罪の意識も薄まる。10年も続けば、それが当たり前になる。
なので、みんな忘れていたのだ。
大結界は、力を注がなければ消滅するということを。
***
平民にしては美しい顔の造りをしているが、顔色が悪く、目も虚で、ボーッとしている薄気味悪い幼女というのが門番夫婦から見たジルヴァラの第一印象で、さらに良く見れば、薄汚れてはいるが、聖職者がきるようなそこそこ仕立ての良いローブを着ている。
どう見てもワケアリだ、と。
国内で始末してしまうと都合の悪い下級貴族や商人が、魔獣の森に捨てられるのは、わりとよくあることだった。
それであれば、下手に拘る方が面倒くさいことになると判断し、早々に追い払う。門番の知恵だ。
「さっさとお行き!」
門番の妻が、元聖女の腕をつかみ、強引に門の外へ、結界の外へと引きずり出す。
王族や貴族たちが忘れてしまった大事なことを、門番夫婦は、そもそも最初から知らなかった。
聖女は、本来は、結界の中心の魔石と術式の近くで力を注ぐ。
結界に綻びがあれば、その場所へ行き修復する。
あくまで、結界の中からそれらの作業は行われる。
結界の外に出てしまえば、力を注ぐことが出来なくなるのだ。
主たる聖女が、結界の外に出てしまった時、魔石と術式からなる護国の大結界は消滅することは、王家や正教会に保管してある書物に書き記されているし、大事なこととして口伝でも伝えられている。
それでも、生まれる前から当たり前に存在し、何百年と続いている大結界が消滅するなど、想像もできなかった。
むしろ、殆どの国民は、大結界の存在を忘れていた。
存在を忘れるほどの長い時間、維持され続けていて、それはまるで朝になれば日が昇るのと同じくらいの自然現象として捉えられていた。
王国は当たり前のように大結界に護られていたので、それが一人の聖女の献身ゆえとも、その献身が無くなれば、消滅するということも忘れていた。
元聖女ジルヴァラは、特に何も考えることなく結界に近づき、そのまま結界の外へ出た。
その瞬間、誰にも気づかられないまま、目に見えない大きな力が消失し、護国の王国は、普通の王国になった。
実にあっけなく。
丸二日、昼も夜も馬車を走らせ続けた結果、いよいよ王国と隣国の国境の門に到着した。
門と言っても、城壁の三門とは違い、大人の男の人の身長より少し高いくらいの高さしかなく、一応、石造りなのだが、扉部分は簡素な木造りで、昼間なせいか開けっぱなしになっている。
三の門で衛兵が馭するそこそこ立派な馬車から、ごく普通の辻馬車に乗り換えたので、乗り心地が良いとはいえなかった。腰がものすごく痛い。
国境に到着したのは理解したが、これからどうしたら良いのかわからない。
「さっさと降りてくれ」
どうしたらいいのかわからなかったけれど、降りてくれと言われたので馬車を降りる。
乗り降りするためのステップも、介添えもない馬車を降りるのはとても大変で、時間がかかった。残念ながら、世の中の15歳女子よりも随分と小柄なのだ。
少女というよりも幼女にしか見えないくらいには発育不良だった。
無愛想な辻馬車の馭者は、イライラしながらも黙って待ってくれていたけれど、手伝ってはくれなかった。
ようやく地面に足をつけることが出来たけれど、こんな場所で放置されてもどうして良いのかわからない。
「あの…これから私はどうしたら…っ!」
しかし無情にも、地面に降りた途端、辻馬車は元来た道に向かって走り去った。
「ぅ…」
途方に暮れた。
***
地面ばかりみて項垂れてばかりもいられないので、気を取り直して辺りを見回すと、門番小屋の窓から、門番と思しき中年の男が顔を出している。
あまり友好的ではない表情だ。
この国の聖女と言われてはいたけれど、今現在は、こんな場所に放置されるただの平民の子どもで。
そんなただの子どもに、この国の門番は優しくない。
「アンタ国外追放者だね!どんな犯罪を犯したのか知らないが、とっととこの道を真っ直ぐ、あっちの森に向かいな。運が良ければ隣の国に繋がってるよ」
小屋にいた中年の男の妻らしき女が出てきて、まるで野良犬でも追い払うかのように言い放つ。手には箒を持っている。
国境の森には、魔獣がいる。
身を守る術を持たない者が、この道を行けば間違いなく死ぬ。
そんな森にほど近い国境の門番が、強そうでもないごく普通の平民なのは、門よりこっち側には、決して魔獣が入ってこないからだ。
この国の人間以外が、この結界を超えたという話も聞いたことがない。
王国の大結界は、この国に敵意を持つ者を拒む、と言われている。
結界の中心は、王国の正教会の奥に厳重に守られている大きな魔石と魔石の周りに構築された術式。
解くことはとても難しく、とても長い期間、維持され続けている。
代々のこの国の聖女を中心に、祈りと呼ばれている聖なる力を注ぎ込み効力を発する、と言われている。
聖女の力が強ければ、結界の効力も強くなり、弱ければ、弱まる。
ここ数年の結界は、とても強く、このような力の無さそうな夫婦でも、門番が務まるのだ。
大結界は、この国を物理的にも精神的にも護るものだから、その中心にある魔石や術式は、何人もの屈強の聖騎士が守っている。
それらに力を注ぐ歴代の聖女もまた大切に守られていたのだが、今世代の聖女は大きな力を持ち、ある程度術式から離れても充分な力を注ぐことが出来たことと、平民の聖女ということで、貴族の子女が中心の侍女や侍従たちが聖女を侮り、聖女予算を横領して自らの懐に入れるなど、大切に守られているとは言い難い状態だった。
なまじ聖女の力が強いために、歴代の聖女の時代には、共に力を注いでいた教会の神父やシスターたちはその大切な仕事を放棄して久しい。
聖女の存在があるからこその正教会の権力は、ここ10年間、肝心の聖女には還元されることはなく、半ば公然と、教会の者たちの懐に入れられていた。
いわゆる横領で犯罪なのだが、組織ぐるみで行えば罪の意識も薄まる。10年も続けば、それが当たり前になる。
なので、みんな忘れていたのだ。
大結界は、力を注がなければ消滅するということを。
***
平民にしては美しい顔の造りをしているが、顔色が悪く、目も虚で、ボーッとしている薄気味悪い幼女というのが門番夫婦から見たジルヴァラの第一印象で、さらに良く見れば、薄汚れてはいるが、聖職者がきるようなそこそこ仕立ての良いローブを着ている。
どう見てもワケアリだ、と。
国内で始末してしまうと都合の悪い下級貴族や商人が、魔獣の森に捨てられるのは、わりとよくあることだった。
それであれば、下手に拘る方が面倒くさいことになると判断し、早々に追い払う。門番の知恵だ。
「さっさとお行き!」
門番の妻が、元聖女の腕をつかみ、強引に門の外へ、結界の外へと引きずり出す。
王族や貴族たちが忘れてしまった大事なことを、門番夫婦は、そもそも最初から知らなかった。
聖女は、本来は、結界の中心の魔石と術式の近くで力を注ぐ。
結界に綻びがあれば、その場所へ行き修復する。
あくまで、結界の中からそれらの作業は行われる。
結界の外に出てしまえば、力を注ぐことが出来なくなるのだ。
主たる聖女が、結界の外に出てしまった時、魔石と術式からなる護国の大結界は消滅することは、王家や正教会に保管してある書物に書き記されているし、大事なこととして口伝でも伝えられている。
それでも、生まれる前から当たり前に存在し、何百年と続いている大結界が消滅するなど、想像もできなかった。
むしろ、殆どの国民は、大結界の存在を忘れていた。
存在を忘れるほどの長い時間、維持され続けていて、それはまるで朝になれば日が昇るのと同じくらいの自然現象として捉えられていた。
王国は当たり前のように大結界に護られていたので、それが一人の聖女の献身ゆえとも、その献身が無くなれば、消滅するということも忘れていた。
元聖女ジルヴァラは、特に何も考えることなく結界に近づき、そのまま結界の外へ出た。
その瞬間、誰にも気づかられないまま、目に見えない大きな力が消失し、護国の王国は、普通の王国になった。
実にあっけなく。
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