神の素顔、かくありき

如月ゆう

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後編 然して俺と彼女の出会いは果てる

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「して? なにか聞きたいことはないかの?」

 早速とばかりに神様はそう尋ねてくる。
 そんなこと急に言われても困る……と一般人なら思うだろうが、普段から色々なことを妄想していた俺は違う。小説書きとして妄想は重要なファクターだしな。

「ほう、それは楽しみじゃ」

 僅かだが、俺を見つめる瞳からは期待の色が見て取れた。
 その期待に応えられる内容かは分からないが、最初に聞くべきことは俺の中で決まっている。
 やはり、人間と世界を作ったのは貴方なのか、そして作ったのならその理由について聞いてみたい。

「まぁ、お前さんならそうくるじゃろうな」

 予想していたとばかりに頷く神様。

「端的に言うと、答えはイエスじゃ。理由も簡単で、今回の催しと同じく暇だったからじゃな」

 事も無げにそう言う。
 言われた俺としても、まぁそんなものかと納得する答えだった。
 それでも、あんな世界を作ってくれたことに対する不満は消えちゃいないけどな。

「ふむ……。その事についてなんじゃが、確かにわしは世界――具体的には宇宙という空間を作ったぞ? ただ、その先の惑星の誕生や生命の進化には手を加えておらんわい。じゃから、わしを責めるのは少々お門違いではなかろうか?」

 そう拗ねたように口を尖らせる。
 しかし、神様が世界を作ったから俺たち人間が生まれたわけで……だったら、その責任はやはり神様にあるのではなかろうか。

「……そんなことないわい。そうやって元を辿ろうとするなら、そもそもわしが生まれた何らかの原因に文句を言えば良かろう」

 …………え、それはどういうことで?
 言われたことが理解出来ず、頭を悩ませる。いや、意味は分かるのだ。ただ、それに対する理解が追いつかない。
 だって、じゃあ神様はどうやって生まれたんだ、という話になってしまう。

「そうなんじゃよ。わしも気がついた頃にはここにいたし、この世界も当然存在した。無から生まれたのか、誰かに創り出されたのか、分からず終いじゃ」

 最初こそ困惑していた俺も、発言を聞いているうちに神様の言いたいことを理解してきた。

 俺たちは自分たちの尺度で物事を捉えていたため、宇宙の誕生について神の存在や様々な仮説を立ててきた。
 けれど、それよりも高位の存在がいると分かった今、今度はその存在の誕生について考えるのが筋というものだろう。

 だとするなら、世界を作った要因、その要因を作った要因、と以下無限に俺は責任を求めなくちゃいけないことになる。
 それは最早、人間が踏み入れることのできる領域ではなかった。

 どこまで考えようとも、誕生の謎を解き明かすことは出来ないのだ。

「ふむ、何にせよ納得してくれたようで何よりじゃ」

 喋り疲れたのか、そこで一息つく神様。
 その姿があまりにも人間らしくて、神様としての威厳をあまり感じられないな。

「……そんなこと言われても困るわい。お前さんらが勝手なイメージを押し付けているだけじゃろ」

 ……あっ、勝手なイメージと言えば、人間って色々な神様を創り出しているけど実際はアンタ一人だけなんだな。
 やけに多神教を推してくる先生がウチの学校にいるが、このことを知ったら激怒しそうだ……。

「うむ、それもまた勝手な押し付けじゃの。わしの存在を騙りよって。初めて神の概念が出てきた時なんか、正直わしのことがバレたんじゃないかと冷や冷やしたぞ」

 あー、神様視点ではそう感じるのか。なんか新鮮。

「……他人事じゃのう。あと、アレじゃ。やけに都合のいいように解釈されとるのが気に食わん」

 そんなこと言われても……創ったのは人間なんだし、そりゃ都合のいいようにもなるでしょ。

 そう伝えてみるも、神様は拗ねたようにそっぽを向くだけだ。
 まぁ、そうやって頬を膨らませてむくれる姿は大変愛らしく、どれだけ見ていても飽きないのだが。

 その時、ふとある建物の存在を思い出した。
 都合がいいと言えば、神社なんかもそうだな。お賽銭入れて、願い事を叶えてもらおうとするやつ。

「あぁ、アレじゃな。アレは本当にアコギな商売よな。大体考えても見ろ、人間が使う通貨を供えたって、わしには何の関係もないじゃろうて」

 そう言われれば、そうだな。
 もし仮に神がいるとするなら、人間の通貨なんて必要としないはずだ。
 なにせ、願いを叶えることが出来るのだから。金なんて、貰わずとも造ってしまえばいい。

「そうじゃろ、そうじゃろ。まぁ、造ったところで使い道がないんじゃがな」

 じゃあ、神様は誰の願いも叶えたことがないのか?

「いや、極々たまに、ホントに気が向いた時だけじゃが、何回か叶えてやったことはあるぞ。……両手の指で足りるほどじゃけどな」

 へぇ、とりあえず今後、神社に拝みに行くのは止めにしよう。
 意外な事実を知り、俺はそう決意すると神様は頻りに何度も頷いている。

「うむうむ、それが良かろう」

…………………………………………。

「…………………………………………」

 そこでふと、会話が途切れる。
 この世界に時間の概念があるのかは知らないが、俺の感覚上では穏やかに時が流れる。

 ……そういえば、俺はいつ戻ることができるのだろうか?

「なんじゃ、もう戻りたくなったのか? あれだけ、あの世界を嫌っていたというのに……」

 半ば呆れられた態度で、そう指摘される。
 けれど、そういう訳ではなかった。
 正直言って、こっちの世界の方が俺としては居心地がいい。神様に出会えて、意外な事実を知れて、楽しくて面白かった。

「そう言ってもらえると、呼んだ甲斐があったというものじゃ」

 そう照れたように神様は笑う。

 それでも、帰属本能というものだろうか。何となく、帰らなければならない――人としてここに長居しては行けない気がする。そういう義務感を感じた。

「……ふむ。まぁ、お前さんがそう思うのなら従おう。…………少々名残惜しいがの」

 …………あぁ、俺もだよ。

「して、どうじゃ? まだその殺神衝動は残っておるのか?」

 ……ちょっとうまいこと言ってて腹が立つ。
 やめろ! ドヤ顔するな、鬱陶しい!

 …………はぁ、別にもうそんな気はない。
 神様って奴は、俺の思ってた存在とは違ったしな。

「ホントに良いのか? 人間ごときにどうあっても殺されはせんが、一発ど突くぐらいのことは出来るぞ?」

 いや、本当に遠慮しておく。
 それに、見た目が美少女過ぎて殴れろうにも殴れん。
 せめて、俺の嫌いな顔だったらいけたんだけどなぁ……。

「…………ふむ、これならどうじゃ?」

 そう声をかけられ、神様の方を向いた――その瞬間、俺は黙ってその場で立ち上がり、駆け出す。
 脚のバネを利用し、相手との短い距離で見事な加速を得た俺は、そのままジャンプ。全体重となけなしの加速力を乗せて、両足を叩き込んだ。
 そのまま倒れている隙をついてマウントを取ると、とりあえず二、三発追加で殴っておく。

「――いたた。お前さん、さっきの殊勝な発言はどこへ行ったんじゃ……」

 後ろから声がかかり、そのことに驚いた俺は振り上げていた手を止める。
 気がつくと、目の前には誰も倒れていなかった。

 振り向くと、頬を手で擦り、しかめっ面の表情をした神様の姿が見て取れる。
 その姿は、虫歯を痛がる小さな子供のようで何とも愛らしい。俺の荒んだ心も癒される。

「お前さん…………。分かってはいたが、物凄い情緒が不安定じゃの……」

 ――あっ、いやすまん。つい出来心で。
 でも仕方ないだろ。知っててやったんだろうが、変えた姿が俺を人間不信へと陥れたクソ野郎だったんだ。一発ケジメをつけるのが、人ってもんだよ。

 俺の言い訳に苦笑をすると、神様は顔の前で手を振る。

「いやいや。お前さん、全然一発で満足しとらんかったぞ。それに、もう二年前の話だから今更恨みはない、とあっちの世界で言っておったではないか」

 恨みはないさ。それはホント。ただまぁ、それでもやっておくべき事ってあるだろ。……使命感ってやつ?

 無茶苦茶な言い訳を平然と言い放つ俺を前に、神様はやれやれとばかりに両手を上げて首を振る。

「……まぁ、今のはわしが煽ったせいでもあるしな。甘んじて、報いとして受け入れよう」

 さすが、神様。懐の深さが半端ない。

「――それでじゃ、本当にお前さんは満足したのかの? またあの世界に戻るわけじゃが、やっていけるのか?」

 すると、今までの表情とは異なり、やけに真剣みを帯びた表情でそう問いかけてくる。
 その言葉と表情に、俺は一つため息をついた。

 しょうがないさ、誰でもない俺が決めたんだからな。
 確かに今でも世界はクソッタレだと思うし、人間はゴミだと感じるし、そんなことしか考えられない自分が嫌いだ。

 そこで俺は深く息を吸い、俺らしい笑みを向けて言葉を紡ぐ。

 けどまぁ、アンタが見てると知った今は、それに恥じないよう生きてみるさ。

「…………そうか」

 神様は静かに頷く。
 慈しむようなその笑顔は、本当にこの子が神様なんだと思い知らされる。
 その瞬間、景色が霞み、視界の端から徐々に闇が広がっていく。

「では心翔よ、さらばじゃ」

 その一言に何か思う暇もなく、俺は意識を手放した。


 ♦ ♦ ♦


 目が覚めると、そこには見慣れた天井と掛布団の感触。
 ……何やら面白い夢を見ていた気がする。
 傍らに置いてあった携帯を手に取ると、小説用にいつも使っているメモ帳を開いた。
 自身の夢を小説にするなんて馬鹿らしいとも思うが、なんとなく自分の中で書きたいという衝動が生まれている。
 
 タイトルは、そうだな……。
 
 『神の素顔、かくありき』――なんて良いんじゃないだろうか。
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長編タイトル
ファンタジー作品: 存在しないフェアリーテイル
幼馴染による青春ストーリー: 彼と彼女の365日

以下、短編です。
二人のズッキーニはかたみに寄り添う
彼女の嘘と、幼き日の夢
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