語られないフェアリーテイル

如月ゆう

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療養クッキング

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 三ヶ月も寝ていたというのに不思議と身体の調子は良く、今すぐにでも動ける状態ではあった。
 しかし、念の為とお師匠さまに療養を言い渡された俺はこうして現在、孤児院内で暇を持て余しているというわけだ。

 窓から外の様子を覗けば、そこではルゥを含む数人の子ども達がお師匠さまの指導の元、模擬の素手戦闘を行っている。

「へぇー、みんな強くなってるな……」

 確か……前に彼らの様子を見たのは一年と少し前だっただろうか。
 その時よりも体が成長をしているのはもちろんだが、それ以上に身体そのものの使い方が身に付いている。

 きっと、俺が旅をしている間も健気に修行を続けていたのだろう。
 そう思うと、俺も早く体を動かしたかった。

 そして驚くべきことは、ルゥがその中で善戦しているという事だ。
 獣人族からの基礎的な稽古とここでの修行――見積もっても四ヶ月ほどしか鍛錬をしていないというのに、その成長は凄まじかった。

 これに加えて彼女には魔法があるのだ。
 行使できる中身にもよるだろうが、お師匠さま以来の実力者になるかもしれない。

「……レスくーん。今、暇?」

 そんな折に声が掛かる。
 振り返れば、そこには可愛らしいエプロンを着用するソニアの姿が見て取れた。

「見ての通り、とてつもなく暇しているな。何だ? 用があるなら、特別に無償で請け負ってやるぞ」

「ほんと? やった……!」

 前掛け部分で濡れた手を拭いていた彼女は、その水気の取れた腕を掲げて嬉しそうにはしゃぎ出す。

「あのね、あのね。私と一緒にお菓子作ろ? レスくんのも食べたいし、私の腕も見てほしいし!」

 お菓子作り……悪くないな。
 ルゥ達の成長には目を見張るものがあったのだし、こうなるとソニアの方も気になってくる。

「いいよ、作ろうか」

 ガタリと音を立てて椅子から立ち上がると、凝り固まった体を解すべく伸びをした。
 体を左右に傾ければ小気味良く骨が鳴り、気分を一新させてくれる。

 …………あっ、そういえば前にプリンの作り置きをしてたっけ。
 確認して残っていれば、それも出してやるか。


 ♦ ♦ ♦


「――というわけで、早速つくろー!」

 そうやる気満々に声を上げるソニアは可愛らしく両拳を構えて、身体で気持ちを体現してくれている。

「まぁ、それはいいんだけどさ……何を作る気なんだ?」

「うーん、そうだなぁ…………お昼は別の子らが作ってくれてるし、ちょっと早いけどおやつの準備でもしようかな……」

「了解。なら、一人一品ずつ作って、あとで味見し合うか」

 返ってきた答えに対して頷いた俺は、そう提案した。

「うん、そうしよー!」

 というわけで調理開始。
 せっかくなら食べるまで中身は分からない方が楽しいだろうと思い、視界になるべくソニアの姿を捉えないようにしつつ材料を用意していく。

 まず始めに作っていくのは生地だ。
 材料は強力粉、薄力粉、水、バターの四種類だけであり、細かい作業こそあるものの基本は混ぜて、寝かせて、折り畳めば出来上がり。

 焼けば口当たりは軽くて香ばしく、サクサクとした食感となり、お菓子にはもってこいの代物。
 それを円形に成形すれば、壁を作るように縁部分を丸めて、ベリー系の果物を盛り付ける。

 最後にクリームチーズを要所に乗せてあげれば、十五分ほど焼くことで俺のデザート料理は完成だ。

 これなら、量を確保しつつも目新しさを取り入れることができるし、我ながら良い選択だと思った。

「あれ、レスくんももう終わり?」

 掛けられた言葉に振り向けば、金属製の盆にお菓子を乗せたソニアの姿が見て取れる。
 直径四センチほどの小さな円形の生地が複数にわたって並べられており、明らかに作っているものはクッキーだ。

「おう、そっちもあとは焼くだけみたいだな。それじゃ、お互いにまずは一回ずつ焼いて試食するか」

「そうだね」

 というわけで、待つこと数十分。
 甘い香りの放つ、美味しそうな二種類のお菓子が場に並ぶ。

「…………ねぇ、レスくん。これ何?」

 恐らく初めて見たのだろう。
 俺の出すお菓子に対して、ソニアは首を捻っていた。

「そいつは魔族の伝統料理『ピッツァ』をアレンジしたものだ。本来なら厚めのモチっとした生地の上にトマトソースやら野菜、肉、チーズを乗せて焼くんだけど、デザートということでドワーフの伝統料理で使われる生地『パイ』で代用して、果物を乗せてみた」

「へぇ……そんな料理があるんだ。やっぱり、旅をしてると色々なことを知れるんだね」

 感心したようにそう呟かれる。
 一方のソニアはといえば、外見はなんてことのない普通のクッキーだった。

 香ばしいきつね色をしており、基本に忠実。

「じゃあ、食うか」

「うん……!」

 互いが互いの品を取り、一口食む。
 サクッとした食感が口の中で響き、まず最初に感じたのはクッキーそのものの甘み。

 まろやかな優しい味わいであり、砂糖とは違う甘い香りが鼻腔をくすぐる。
 ……しかし、少し甘すぎやしないだろうか。俺は好きだから問題ないけど、苦手とする子にはどうするんだろう。

 ――という考えは杞憂だった。聞くまでもなく、その答えを俺はすぐに知ることになる。
 突如として感じる苦味。けれど、それは瞬時に口内に残存するクッキーをコーティングし、ちょうど良い調和を生み始めた。

「…………なるほど、ビターチョコレートを入れたわけか。それで敢えて外生地を甘くした、と」

「さすが、レスくん!」

 正解、とばかりに手を叩かれる。

「こっちのお菓子も美味しいよ! このパイ……? っていうのがすごくサクサクしてて、乗っている果物やチーズとの相性が良い! あとで、教えてね」

「おう」

 そう言われると俺も素直に嬉しい。
 それじゃ、特に問題もないようだし残りを全部焼いて――。

「あら……何よ、あんた達。随分と楽しそうで――それと、いい匂い……。お菓子を作ってたの?」

 目敏く……いや、鼻敏く現れたのは俺の妹弟子であるリズ。
 俺たちの様子に少し目くじらを立てていたが、机に置いていた試食の残りを見るや否や早速手を伸ばす。

「――♪ どっちも美味しいけど、私はこっちのパイもどきの方が好きね。この生地の食感……懐かしいわ」

 どうやら、第三者による軍配は俺に上がったようだ。
 だというのに、ソニアは特に気にした様子もなく、逆にニヤニヤとして笑みを浮かべてリズにこう言う。

「そう……。ちなみにリズ姉、その大好きーなお菓子はレスくんが作ったんだよ?」

 瞬間、固まるリズの動き。

「へ、へぇー……そう。レスがね……。べ、別に変なことは言ってないわ。うん……す、すすす好きよ、このお菓子。流石は、孤児院一の料理の腕を持っているだけはあるわね。何もおかしなことはないわ……お菓子だけに」

「おい、落ち着け。なんか、意味の分からないことを口走ってるぞ」

 なんだよ、最後のやつ。
 全然上手くないし、面白くもないぞ。

「あはは……ごめんごめん、リズ姉! うん、レスくんの料理は美味しいもんね、それはしょうがないよ。それより、この二品をおやつに出そうと思うんだけど、どうかな?」

「…………えっ? あ、あぁ……おやつね。うん、いいんじゃないかしら。でも、それだけじゃ数が足らないんじゃない?」

 落ち着きを取り戻したのか、軽く息をつきながら今度はちゃんと答える。
 だが、どうやら目の前の皿が量の全てだと勘違いしたようだ。

「あっ、それは焼いてないだけでもう作って――」

「よし、それなら私も作ってあげようじゃない!」

 時すでに遅し。
 ソニアの説明も聞かず、勝手にリズは自己完結をする。

「……………………えっ?」
「……………………はっ?」

 想定外の事態に呆ける俺たちをよそに、常備されているレシピ集の一つを手に取ると勝手に保管庫から材料を取り出し始めた。

「……おい、ソニア。こいつ、料理できるようになったのか?」
「……知らないよ。もうここを出て数年になるから……万が一……?」

 いそいそと準備を進めるあちら。コソコソと会話を紡ぐこちら。
 昔ならいざ知らず、リズの現状を把握できていないため止めようにも止められない。

 だが、その判断が命取りだった。

「――えっと……まずは卵を溶かして、と……」
「おい、待て待て! 冷えた状態のまま始めるな、ちゃんと常温に戻さないとスポンジが膨らまない!」

「――あっ、味見は大事よね」
「リズ姉、すとーっぷ! 確かに味見をしない料理下手はいるけど、生地をそのまま食べてもお腹壊すだけだよー!」

「――もう少し焼こうかしら……中まで焼けてないと怖いし…………」
「頼むから、もう止めてくれ……。それはチョコを混ぜた色じゃなくて、焦げてんだよ!」

 気が付けば、俺たちは机でグッタリしていた。
 疲れから息切れは止まらず、それ以上に心労が酷い。

 材料は合っており、レシピもしっかりと守っているのにどうしてこうなるんだ……。

「さぁ、できたわ! ソニアのせいで味見ができなかったのだけど、多分美味しいと思う。だって変なものは入れていないのだし」

 ……うん、そうだな。材料は完璧だ。
 だが、問題点はそこじゃないんだよ……!

 目の前にあるのは、黒焦げた薄い物体。
 スポンジとは果たして何だったのだろうか。

「じゃあ、みんなで味見しましょう」

 リズ意気揚々とそう言うと、謎の物体Xを切り分けていく。

「死なば諸共、か……」
「……止められなかった、私たちの責任だね」

 もう一度嘆息をすると、出された物体の破片を口へと放った。
 始めに感じたのは圧倒的な苦味。表面はガリッと、中は硬く、モッサリとした口当たりでパサパサ。

 なまじ食べられなくはないだけに、妙な拷問っぽさを感じる。

「何これ、まっず……!」

 代弁ありがとう。
 いくら俺たちでもそこまで率直で的確な意見は言い難いから、本人が気付いてくれるのは素直に助かる。

「――なんか焦げ臭いけど、どうしたんだ?」

 外まで届いていたのだろう。
 そんなことを言いながらウィリーも現れる。

「いや、俺たちがおやつになるものを作ってたらだな……」
「リズ姉も作るんだって言い出して、その試食を……」

「あれ、姉さんって料理でき……た…………わけがないみたいだね」

 机の上にある黒い物体を見つけたのだろう。
 尻すぼみに声は小さくなり、疑問調だった口調は段々と確信に変わっていく。

「…………にしてもそれ、どうするのさ?」

 余った残りは、丸々ホール一個分全て。
 苦行がまだまだ続くことに憂鬱な気持ちでいっぱいだった。


 ♦ ♦ ♦


 本日の総評。

 安心してほしいことに、作ったものは残らず俺たちで食べ切った。

 また、俺とソニアのデザートも子供たちに評判だった。

 では最後に、リズの料理の消費に付き合ってくれたウィリーの感想を綴って終えようと思う。

「…………ごめん、姉さん。流石の僕でも、擁護できない」

 だ、そうだ。
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