彼と彼女の365日

如月ゆう

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December

12月25日(水) クリスマス・後編

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 クリスマス――聖なる夜『聖夜』とも呼ばれるその日は、何処も彼処かしこもがカップルで入り乱れ、くんずほぐれつの時を過ごし、『性夜』と揶揄やゆされるほどに多くの人が文字通りの意味で入り乱れている。

 しかし、その在り方は正しくない。
 『恋人と過ごす日』などという認識が一般的な日本であるが、本場とも言える海外では『家族とともに過ごす日』と考えられており、そのためにお店を閉めることも珍しくはないのだそうだ。

 というわけで、真なるクリスマスを楽しむべく、今年もこうして家族と過ごしている俺は、殆ど家族と同義である倉敷家の面々とともに夕食を囲んでいた。

 定番のチキン、贅沢品と名高いピザ、健康に気を使ったサラダ。
 選り取りみどりに並べられた食卓はクリスマスを祝うに相応しいラインナップとなっており、垂れ流しのテレビをBGM代わりとして歓談に興じつつ、各々が好きなように料理へと手を伸ばしている。

 そうして食べ、あるいは飲み、二時間ほど過ごしていればもう宴もたけなわ
 二人の母は空になったピザの容器やお皿の片付けに精を出し、かなたのお父さんは用事があるからと自らの書斎に篭ってしまった。

 ちなみに、ウチの父親は仕事の関係で不参加である。
 まぁ、そうでなくとも人付き合いの苦手な人だから参加はしなかっただろうし、そのために最初の方であらかじめピザやらチキンやらは取り分けられていたけど……。

 ――失礼、閑話休題。

 そんなわけで、俺とかなたはリビングに二人きり。
 やるなら今しかないだろう――という雰囲気をお互いに察し、互いに目配せをした。

 最初に動いたのはかなただ。
 パタパタと小走りで自室へ駆け上がった彼女は、やけに細長い包みを持って戻ってくる。

「……はい、そら。……これ」

 手渡されたソレは、見た目に反して軽い。
 そのアンバランスさをヒントに考察を重ねてみても中身の予想は全く思い浮かばず、一度床に置く。

「開けてもいいのか?」

 そう尋ねてみれば、コクンと首を縦に振られた。
 なるべく丁寧に包装を外して中身を開いてみれば、そこにあったのは一本のラケットだ。

「おぉー……なるほどな」

 などと答えてはみるものの、別に何かに納得したわけではない。
 むしろその逆。全く予想だにしていなかった品物に、意味もない感想が口から零れる。

 兎にも角にも、先ずは手に取ってみた。
 フレームやグリップなど全体が赤色を基調としているのに対して、ガットは全ての光を吸収する漆黒。また、よく見てみれば縦糸と横糸とでゲージ太さが異なっており、俺好みの仕様になっていることに気が付く。

「……基本的には、そらが今使ってるラケットに合わせた。そこに、これまでに集めたそらのデータを元にして私が調整した……んだけど、どう?」

「んー……実際に使ってみないと何とも言えないな……」

 ――であるが、それはそれとして俺の反応は渋い。
 使用感というのは文字通り『使用した時の感じ』を意味しており、見た目から判断できるようなものではないからだ。

 そのため、シャトルなどを打ってみる必要があり、単にクルクルと手首だけでラケットを振っていても仕方ないのだが……それでも邪魔にならない程度に延々とやってしまっているのは俺の手癖が悪いからであろう。そうに違いない。

 断じて嬉しくて気に入ったとかそういうことではないので勘違いしないように……って、俺は誰に言い訳をしているんだか。

「…………でもまぁ、ありがとさん」

「ん……それなら良かった」

 使い勝手の如何はともかく、プレゼントはプレゼントだ。
 一応としてお礼を告げると、何を汲み取ったのか、かなたは嬉しそうにはにかんでみせた。

「じゃあ、俺の番だな」

 未だに手に持つラケットを一度袋に戻した俺は、着てきたコートのポケットをまさぐり、ずっと密かに隠し入れていたモノを取り出す。

「……何これ?」

 手渡したのは真っ白な洋封筒。
 封蝋をするでもなく、糊付けやシールを貼るでもなく、始めから封の空いている粗雑な代物だ。

「中を見れば分かる」

 そう促してやれば、ペラペラと揺れる封を上に押し開いて、丁寧にその中身を抜き取った。
 入っていたのは一枚の紙――というかカードであり、そこに記されている内容をかなたは一読する。

「…………何これ?」

 だというのに、出た言葉は中身を見る前と何も変わらず、こちらに突きつけるようにカードを見せた。そこにはこう書いてある。

 蔵敷くらしきそらへの何でもお願い券――と。

「読んで字のごとく、だ。ちゃんと注釈を読め。俺を丸一日だけ好きなように扱える――って書いてあるだろ」

 きっとそういう意味の質問ではない、ということは理解している。
 二度目の台詞は「何だよこの舐めたプレゼントはよぉ……?」というニュアンスを含んだものなのだろうけど、それは敢えて無視して俺は愚直に答えてみた。

 ともすれば、かなたはもう一度だけカードの文面に目を通し、再度こちらに目を向ける。

「でも……別にこんなのがなくても、そらはお願いを聞いてくれる……」

「けど、全部ってわけじゃないだろ? それは、そんな普段なら断るお願いも頑張って叶えてやる――って券だ。言い方を変えれば、今回のプレゼント料金で俺を一日雇用できる権利でもある」

「……………………そう」

 券であり権利。
 我ながら上手いことを言ったものだと自画自賛してみるも、返る反応は芳しいものではない。

 ……やはり無理のあるプレゼントだっただろうか。
 最後までアイデアが思い付かず、買い物に来ていた子供の発言をそのまま流用した苦肉の策だったのだが、どうやら満足してくれなかったらしい。

 いやまぁ、当たり前といえば当たり前だし、予想できたことではあるか……。

「――っていうつもりだったが、やっぱりやめるか」

「……………………?」

 そう切り出すと、ジッとカードを眺めて考え事をしていた彼女の目が俺を捉えた。

「さすがに適当な選択をしすぎた。後日にはなるが、ちゃんとしたものを買ってくるから――」

 渡したそれは返せ――と続けようとした矢先、プレゼントを回収しようと差し出した俺の手を拒否するように、洋封筒とカードを胸に抱えて彼女は首を横に振る。

「うぅん、これでいい……これがいい」

 その言葉こそが正しいとばかりに言い換え、一層強く胸に抱く。
 瞳の奥からは意志の強さを感じ取れ、手放す気がないことをすぐに察した。

 行き場をなくした手が寂しく、ニギニギとその場で数回ほど開閉すれば、自身の後頭部まで持ち上げて頭を掻く。

「……そうか。なら、その封筒ともども使うときまで大事に取っておいてくれ」

 何に使うのか、どんな願い事を考えているのかは分からない。
 けれど、こうやって差し出して、向こうが受け取った以上は、持てる自分の力の全てを尽くして叶えてあげるだけである。

 高校生活もあと一年と少し。
 同じ時を過ごせる日もそう残されてはいないのだから。
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