彼と彼女の365日

如月ゆう

文字の大きさ
上 下
275 / 284
December

12月19日(木) 北海道の冬事情

しおりを挟む
 北海道の冬は寒い。
 なので、自分の体温がこもって温かヌクヌクとしている早朝の布団から抜け出すことはとても難しいのだけど、だからといって早起きが出来ないわけではない。

 むしろ、アラームさえも必要ないかもしれない。
 どうしても寒くて、延々と寝ていたい衝動には駆られるものの、向かいに面する公道を通る除雪車の音で、否が応にも目が覚めてしまうのだ。

 そんなわけで、ベッドから出たくはないけど騒音で眠れもしない――という状況に今日もまた陥っていた僕は、意を決して冷え切った空間へと身体を投げ出した。

「うぅ~……寒い」

 服の上から手のひらで身体を擦り、暖房器具の電源を入れる。
 ジジジっと音が鳴るものの、部屋が暖まるまでにはまだ時間があるので、その間にでも着替えを済ませてしまおう。

 一度寝巻きを全て脱ぎ、下着姿になった僕。
 そのままクローゼットに掛けてある制服を羽織り、一つ一つボタンを止めながら窓の外を眺めてみれば、見慣れた白銀の世界が一面に広がっていた。

 外では何人もの人が雪かきに精を出している。
 騒々しいことで有名な除雪車もさすがに私道までは対象外なので、こうして毎朝働くことは北海道の常なのだ。

 ……僕も、家にいた頃は手伝わされていたっけ。

 上着は身に着けず、ブラウスとスカートのまま部屋を出ると、施錠し、その足で洗面所へと歩く。

「あっ、七海先輩! おはようございます!」
「うん、おはよう」

「七海、おつかれー」
「おつかれ――って、まだ朝だけどね」

 すでに起きている子も多いようで、道中、顔見知りの子らが挨拶をしてくれた。
 その他にも行き交う生徒は多く、目的地へと辿り着けば、数はさらに多くなる。

 それもそのはず。
 ここ玫瑰花はまなす女学院高等学校は道内から学業や部活動の優秀生徒を集めている私立高校であり、その学生寮ともなれば朝練などの関係上、用意の時間はどうしても被ってしまう。

 むしろ、今日はまだ少ない方で、もしかしたら布団の誘惑に負けている子もいるのかもしれない。

 ――というわけで、列に並んで諸々の準備を済ませ、バイキング形式の朝食を頂けば、自室に戻ってブレザーを羽織った。
 昨夜のうちに用意していた荷物を肩に外へと向かうと、学校が運行しているスクールバスがすでに寮の前に止まっている。

 朝同様、寮生の殆どがこの時間に登校するということで、玄関はごった返し。
 車中は暖かいというよりもむしろ熱く、コート要らずだった。

 そんな折、ポケットの中のスマホが震える。

「あれま……」

「…………? 七海先輩、どうかしましたか?」
「何かトラブル?」

 画面を見て思わず呟けば、一緒に乗車していた寮生であり部活のメンバーが尋ねてきた。

「うん……汽車が雪で遅延して、一愛ひめは今日の朝練に参加できない――って」

 メッセージアプリに綴られた内容を要約し、伝えると、対する二人の態度は驚愕でも何でもないただの苦笑だ。

「あちゃー……それは仕方ないね」
「でも、今年は一段と多いですね―……」

 北国育ちにとって、交通機関の遅延自体はそれほど珍しいものでもない。

 雪が降るのは以ての外、それが人の身長ほどに積もることでさえよくあるこの場所では、対策こそされているものの、どうしても遅れが生じてしまうことがある。

 そのため、冬は車で送ってもらう生徒も多く、こうして今バスが通っている道のように、一本の綺麗なわだちが学校まで伸びていた。

「朝練はともかくとして、授業には間に合いますかね?」

「どうだろう……僕には何とも……」

 一愛から来たのは報告だけだ。
 それ以外には詳しい状況説明もなく、彼女がどんな状態なのか皆目見当もつかない。

「というかさ、それって電車通学の子らは全員来られないってことだよね?」

「あー……うん、そうなるね……」

 そうだった……。
 しょうがないことではあるけど、多人数のいない部活を想像すると少しだけ物悲しい気分になる。

「そっかー……となると、七海の相手になれる人がいないなぁ……」

 しかし、メンバーは別のことを危惧しているらしく、そう呟かれた一言に首を傾げた。

「僕は別に誰が相手でも問題ないけど……?」

「七海は良くても、他の子が気を遣うのよ。――ねぇ?」

 悲しいかな。
 同意を求めるような質問に対して、話を聞いていた他の子たちもブンブンと首を縦に振る。

 えぇ……つまらないなー。

 そうして窓の外を覗けば、フワリフワリと舞い落ちて風に流される雪の姿がチラついた。

 パウダースノーなどと褒められることの多い北海道ではあるけど、住んでて感じることは、得られる恩恵よりも課せられる不利益――ということだ。
 毎日毎朝雪かきをしなければならない対価がスキーへのベストコンディションと考えれば、そう思うのも当たり前のことだけど……。

「あっ……でも、そらくんたちは喜ぶか……」

 ふと思い浮かんだ一人の顔に、思わず僕は呟いた。

「…………? 七海先輩、何か言いましたか?」
「誰が何を喜ぶの……?」

「うぅん、別に何でもないよ」

 反応するメンバーに慌てて首と手を振って誤魔化す。
 彼女らもまた特に気にした素振りはなく、安堵の溜息を零して再びバスの外へと目を向けた。

 北海道の冬は厳しい。
 雪虫は出るし、雪かきは大変。移動に関しても怪我や事故、果てには遅延までもが当たり前で、好きな季節だと豪語できる人は少ないだろう。

 けれども、そんなに苦労の絶えない冬で雪だけども、そらくんがやって来る間だけは許してあげよう――と少しだけそう思った。
しおりを挟む


こちらも毎週火曜日に投稿しておりますので、よければ。
ファンタジー作品: 存在しないフェアリーテイル

以下、短編です。
二人のズッキーニはかたみに寄り添う
神の素顔、かくありき
彼女の嘘と、幼き日の夢
感想 3

あなたにおすすめの小説

うわべに潜む零影

クスノキ茶
青春
資産家の御曹司でもある星見恭也は毎日が虚ろに感じていた とある日、転校生朝倉陽菜と出会う。そして、そこから彼の運命は予測不可能な潮流の渦に 巻き込まれていく事に成る。

【完結】見えない音符を追いかけて

蒼村 咲
青春
☆・*:.。.ストーリー紹介.。.:*・゚☆ まだまだ暑さの残るなか始まった二学期。 始業式の最中、一大イベントの「合唱祭」が突然中止を言い渡される。 なぜ? どうして? 校内の有志で結成される合唱祭実行委員会のメンバーは緊急ミーティングを開くのだが──…。 ☆・*:.。.登場人物一覧.。.:*・゚☆ 【合唱祭実行委員会】 ・木崎 彩音(きざき あやね) 三年二組。合唱祭実行委員。この物語の主人公。 ・新垣 優也(にいがき ゆうや) 三年一組。合唱祭実行委員会・委員長。頭の回転が速く、冷静沈着。 ・乾 暁良(いぬい あきら) 三年二組。合唱祭実行委員会・副委員長。彩音と同じ中学出身。 ・山名 香苗(やまな かなえ) 三年六組。合唱祭実行委員。輝の現クラスメイト。 ・牧村 輝(まきむら ひかり) 三年六組。合唱祭実行委員。彩音とは中学からの友達。 ・高野 真紀(たかの まき) 二年七組。合唱祭実行委員。美術部に所属している。 ・塚本 翔(つかもと しょう) 二年二組。合唱祭実行委員。彩音が最初に親しくなった後輩。 ・中村 幸貴(なかむら こうき) 二年一組。合唱祭実行委員。マイペースだが学年有数の優等生。 ・湯浅 眞彦(ゆあさ まさひこ) 二年八組。合唱祭実行委員。放送部に所属している。 【生徒会執行部】 ・桐山 秀平(きりやま しゅうへい) 三年一組。生徒会長。恐ろしい記憶力を誇る秀才。 ・庄司 幸宏(しょうじ ゆきひろ) 三年二組。生徒会副会長。 ・河野 明美(こうの あけみ) 三年四組。生徒会副会長。 【その他の生徒】 ・宮下 幸穂(みやした ゆきほ) 三年二組。彩音のクラスメイト。吹奏楽部で部長を務めていた美人。 ・佐藤 梨花(さとう りか) 三年二組。彩音のクラスメイト。 ・田中 明俊(たなか あきとし) 二年四組。放送部の部員。 【教師】 ・篠田 直保(しのだ なおやす) 教務課の主任。担当科目は数学。 ・本田 耕二(ほんだ こうじ) 彩音のクラスの担任。担当科目は歴史。 ・道里 晃子(みちさと あきこ) 音楽科の教員。今年度は産休で不在。 ・芦田 英明(あしだ ひであき) 音楽科の教員。吹奏楽部の顧問でもある。 ・山本 友里(やまもと ゆり) 国語科の教員。よく図書室で司書の手伝いをしている。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

生まれ変わっても一緒にはならない

小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。 十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。 カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。 輪廻転生。 私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...