彼と彼女の365日

如月ゆう

文字の大きさ
上 下
273 / 284
December

12月17日(火) ルッキング・フォワード・トゥ・修旅

しおりを挟む
「――そういえば、修学旅行のしおりを昨日貰ったよ」

 何でもない平日。
 たまたま時間が合い、趣味であるゲームを七海さんと一緒に遊んでいた時、ふと思い付いた出来事を口に出してみた。

 こちらとしては、単なる会話のネタになればと思っての他愛のない話題であったのだけど、向こうからしてはそうでもなかったようで、前のめりに立つ姿を彷彿とさせるような声音が耳に届く

「えっ、本当!? いつ来るの? どこ行くの?」

「あー……っと、ちょっと待って」

 そこまで食いつかれては、適当な情報は教えられまい。
 操作していたコントローラーを一度置いた俺は、傍らに放っている鞄を引き寄せて、中からしおりを取りだした。

「十三日から始まって、そっち――新千歳空港に着くのが十四時みたい。そこからバスに乗って小樽まで行って、十五時半から十八時まで観光するってさ」

「小樽かー……ちょっと遠いなぁー」

 画面のクリアリングは欠かさず、チラチラと机に置いた紙面を覗きながら報告すれば、そんな悩ましそうな声が聞こえる。

「そうなのか? でも、俺たちが行くスキー場もホテルも札幌にあるみたいだし、近いんじゃ……」

 確か、七海さんの学校も札幌にあったはず。
 ならばと思い、そんな適当な推理を披露してみせれば、今度は困ったような声音へと変化した。

「うーん……そうなんだけどね。北海道は広いから、それでも距離があるんだ」

「へぇー……」

 地理に疎いためよくは知らなかったが、そういうものなのか。

 でもまぁ、『九州って南にあるから、冬も暖かそうだね』って言われるのと同じ感覚なんだろうな。
 ……緯度的に東京と変わらないっつーの。

「他の日は、他の日は?」

 そんな思考の最中、七海さんから催促が飛ぶ。

「ん? えーっと……九時半から十七時半までスキーだな」

「十七時半…………場所は?」

「『札幌インターナショナル・スキー場』って場所だけど……知ってる?」

「うん、もちろん! ――けど、遠い……」

 響く、絶望の声。
 そのトーンと内容で、好ましい状況ではないことを俺は察した。

 まぁ、通常の高校の放課後は十六時から十七時が一般的だろうし、そこに部活が加わるともなれば難しいだろう。
 ましてや、彼女はバドミントンの有名人。オリンピック候補生なのだから。

「その感じじゃ、残念ながら会うのは難しそうだな」

 煮え切らない七海さんの態度に苦笑し、そう結論づける。

「……残念? そらくんは、僕に会いたいの?」

「えっ? そりゃ、まぁ……せっかく知り合って、こうして遊んでる仲なんだし、会えるに越したことはないだろ」

 ともすれば、今度は真剣な声音でそう尋ねられた。
 おかしなことを聞くものだ。顔も知らないネッ友ならともかく、出会って、連絡先まで交換した相手が旅行先に居るというのに会いに行かない道理がない。

「…………ふぅーん、そっか……」

 そのような俺の考えを聞き、考え、そうして出した返答がそれである。

 随分とあっさりと、どうでもよさげに一言だけで済ました彼女は、小さな小さな声でこう付け加えた。
 それこそ、一度の銃撃音で掻き消えてしまいそうなレベルで――。

「――したっけ、ちょっと頑張ろっかな♪」

 たまたま静かで良かった。
 クリアリングのために、聴覚を研ぎ澄ませておいて良かった。

 マイクとゲーム音とのバランス、そもそもの主音量、どれもが噛み合って届いた言葉に俺は返事をする。

「何を頑張るんだ?」

「んー……ゲーム! もう、あと二部隊だよ?」

 …………マジで?

 慌てて画面を中止すれば、右上には『残り部隊数・三』と記載されていた。
 自分を含めて三部隊――すなわち、相手は二部隊だ。

「さ、優勝目指して頑張ろー!」

 途中の意気消沈は何だったのか。
 すっかりいつもの調子を取り戻した七海さんと、まだまだゲームを楽しむ俺であった。
しおりを挟む


こちらも毎週火曜日に投稿しておりますので、よければ。
ファンタジー作品: 存在しないフェアリーテイル

以下、短編です。
二人のズッキーニはかたみに寄り添う
神の素顔、かくありき
彼女の嘘と、幼き日の夢
感想 3

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

CHERRY GAME

星海はるか
青春
誘拐されたボーイフレンドを救出するため少女はゲームに立ち向かう

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

食いしん坊な親友と私の美味しい日常

†漆黒のシュナイダー†
青春
私‭――田所が同級生の遠野と一緒に毎日ご飯を食べる話。

青春の初期衝動

微熱の初期衝動
青春
青い春の初期症状について、書き起こしていきます。 少しでも貴方の心を動かせることを祈って。

かつて僕を振った幼馴染に、お月見をしながら「月が綺麗ですね」と言われた件。それって告白?

久野真一
青春
 2021年5月26日。「スーパームーン」と呼ばれる、満月としては1年で最も地球に近づく日。  同時に皆既月食が重なった稀有な日でもある。  社会人一年目の僕、荒木遊真(あらきゆうま)は、  実家のマンションの屋上で物思いにふけっていた。  それもそのはず。かつて、僕を振った、一生の親友を、お月見に誘ってみたのだ。  「せっかくの夜だし、マンションの屋上で、思い出話でもしない?」って。  僕を振った一生の親友の名前は、矢崎久遠(やざきくおん)。  亡くなった彼女のお母さんが、つけた大切な名前。  あの時の告白は応えてもらえなかったけど、今なら、あるいは。  そんな思いを抱えつつ、久遠と共に、かつての僕らについて語りあうことに。  そして、皆既月食の中で、僕は彼女から言われた。「月が綺麗だね」と。  夏目漱石が、I love youの和訳として「月が綺麗ですね」と言ったという逸話は有名だ。  とにかく、月が見えないその中で彼女は僕にそう言ったのだった。  これは、家族愛が強すぎて、恋愛を諦めざるを得なかった、「一生の親友」な久遠。  そして、彼女と一緒に生きてきた僕の一夜の物語。

処理中です...