272 / 284
December
12月16日(月) 修学旅行のしおり
しおりを挟む
特進学科らしく、節度ある振る舞いが常であった我がクラスも今日ばかりは騒がしかった。
その理由は偏に、先ほど配られた一冊の冊子であろう。
表紙にはデカデカと『修学旅行のしおり』と綴られ、中を覗けば、来たる一月十三日から十八日までのスケジュールが事細かに記されている。
その他にも、部屋割り、バスや飛行機の座席、スキーのグループ分けなど、生徒が盛り上がるには事欠かない情報ばかりだ。
唯一、部屋のメンバーなどを自由に決められないことに多少の反発を覚える者もいたが……まぁ、それは学校側のぼっちに対する優遇措置なのだと思う。
……なかなかやるじゃん。
「はーい、皆さん。静かにしてくださいねー」
そこへ、いつもの笑顔を浮かべ、ポンと拍手よりも小さく、手を合わせるだけのように一度叩いた先生が口を開いた。
その声音は不思議と全体に行き渡り、それこそ雫の波紋のように伝播して、前から順に水を打ったように静けさを取り戻していく。
「はしゃぐ気持ちも分かりますが、皆さんにはその前に決めていただきたいことが幾つかあります。まずはそちらを終わらせましょう」
……決めること?
殆どのことを学校側が決めているというのに、何を決めればいいのか――そんな思いで一同が首を傾げると、先生はさらに説明を加えた。
「それは、大きく分けて三つ。一つ目はスケジュールの五日目・その午後にあたる自由行動の行き先です。自由とは言っても、最低二人以上での行動が原則ですので、行きたい場所が合致する人を探してください。
二つ目は、同じく五日目の午前中にあるクラス行動の行き先です。こちらの解散場所が午後の自由行動の開始地点にもなりますので、学級委員などを中心に移動時間なども含めて考えた方が良いですよ。
そして三つ目が、それぞれの部屋のリーダー決めです。部屋のメンバーの点呼とその報告が主な仕事なだけで、特に大変というわけでもないんですけどね……」
その語尾の謎の間には「だから、さっさとリーダーを決めろよ? おぉん?」などという意味が込められていそうな気がしなくもない。
それくらいに、あの笑顔が何を考えているのか予想させてはくれなかった。
「さて……最初の二つに関しては各々が行きたい場所を探す時間も必要でしょうし、また来週に決めたいと思います。ですので、今日は迅速に三つ目を決めてしまいましょう」
先生はそれだけを言い残すと、あとは丸投げ。
対して生徒は困惑し、キョロキョロと周りを見渡すだけになってしまうその時、我らが学級委員は動く。
――畔上、動きます!
「えーっと……それじゃあ、部屋のグループごとに分かれて話し合おうか」
その言葉を皮切りに、ゾロゾロとクラスメイトが移動する中で俺は一人その場を動かない。
とはいえ、別に協調性がないとかそんなことではなく、単に後ろに座る翔真と同じ班だからだ。
そして、中心人物の周りに人は集まるもので、動かずとも勝手に他の班員はこちらに寄る。
「――で、どうするんだ翔真?」
そのうちの一人が口を開いた。
「あぁ……うん。皆には集まってもらって申し訳ないんだけど、リーダーは俺がするから気にしないでいいよ。どうせ学級委員として働かなくちゃいけないし、下手に誰かをリーダーにしたところで手間が増えるだけだしね」
かと思えば、鶴の一声であっさりと議題は終了し、俺たちの班は即解散。
手持ち無沙汰になり他の班の状況を覗き見れば、俺たちと同様に学級委員を有する菊池さんの班もまたすぐに決まったようで、班員であるかなたがピースサインを向けてきた。
――それからしばらく。
多くの班がジャンケンなどを駆使してリーダーを決め、それらの結果をまとめ終える頃には用意されていたLHRの時間はもう終わろうとしている。
「はい、お疲れ様でした。それでは、また来週のこの時間にクラス行動と自由行動の行き先を決めますので、ちゃんと調べて、できるだけグループを組んでおいてくださいね」
そんな言葉を送られれば、チャイムがちょうど鳴り響く。
来週――それは二十三日。
そのさらに一週間後は三十日であり、年越し。
もう一週間ほど経てば冬休みも明け、そして修学旅行だ。
都合、一ヶ月。
そう考えると、猶予はそれほど残されてはいない。
けれど、だからこそ、楽しみはより募るわけで……ジャンケンに敗北してリーダーを任された者も、そうでない者も、皆一様にその瞳を輝かせていた。
その理由は偏に、先ほど配られた一冊の冊子であろう。
表紙にはデカデカと『修学旅行のしおり』と綴られ、中を覗けば、来たる一月十三日から十八日までのスケジュールが事細かに記されている。
その他にも、部屋割り、バスや飛行機の座席、スキーのグループ分けなど、生徒が盛り上がるには事欠かない情報ばかりだ。
唯一、部屋のメンバーなどを自由に決められないことに多少の反発を覚える者もいたが……まぁ、それは学校側のぼっちに対する優遇措置なのだと思う。
……なかなかやるじゃん。
「はーい、皆さん。静かにしてくださいねー」
そこへ、いつもの笑顔を浮かべ、ポンと拍手よりも小さく、手を合わせるだけのように一度叩いた先生が口を開いた。
その声音は不思議と全体に行き渡り、それこそ雫の波紋のように伝播して、前から順に水を打ったように静けさを取り戻していく。
「はしゃぐ気持ちも分かりますが、皆さんにはその前に決めていただきたいことが幾つかあります。まずはそちらを終わらせましょう」
……決めること?
殆どのことを学校側が決めているというのに、何を決めればいいのか――そんな思いで一同が首を傾げると、先生はさらに説明を加えた。
「それは、大きく分けて三つ。一つ目はスケジュールの五日目・その午後にあたる自由行動の行き先です。自由とは言っても、最低二人以上での行動が原則ですので、行きたい場所が合致する人を探してください。
二つ目は、同じく五日目の午前中にあるクラス行動の行き先です。こちらの解散場所が午後の自由行動の開始地点にもなりますので、学級委員などを中心に移動時間なども含めて考えた方が良いですよ。
そして三つ目が、それぞれの部屋のリーダー決めです。部屋のメンバーの点呼とその報告が主な仕事なだけで、特に大変というわけでもないんですけどね……」
その語尾の謎の間には「だから、さっさとリーダーを決めろよ? おぉん?」などという意味が込められていそうな気がしなくもない。
それくらいに、あの笑顔が何を考えているのか予想させてはくれなかった。
「さて……最初の二つに関しては各々が行きたい場所を探す時間も必要でしょうし、また来週に決めたいと思います。ですので、今日は迅速に三つ目を決めてしまいましょう」
先生はそれだけを言い残すと、あとは丸投げ。
対して生徒は困惑し、キョロキョロと周りを見渡すだけになってしまうその時、我らが学級委員は動く。
――畔上、動きます!
「えーっと……それじゃあ、部屋のグループごとに分かれて話し合おうか」
その言葉を皮切りに、ゾロゾロとクラスメイトが移動する中で俺は一人その場を動かない。
とはいえ、別に協調性がないとかそんなことではなく、単に後ろに座る翔真と同じ班だからだ。
そして、中心人物の周りに人は集まるもので、動かずとも勝手に他の班員はこちらに寄る。
「――で、どうするんだ翔真?」
そのうちの一人が口を開いた。
「あぁ……うん。皆には集まってもらって申し訳ないんだけど、リーダーは俺がするから気にしないでいいよ。どうせ学級委員として働かなくちゃいけないし、下手に誰かをリーダーにしたところで手間が増えるだけだしね」
かと思えば、鶴の一声であっさりと議題は終了し、俺たちの班は即解散。
手持ち無沙汰になり他の班の状況を覗き見れば、俺たちと同様に学級委員を有する菊池さんの班もまたすぐに決まったようで、班員であるかなたがピースサインを向けてきた。
――それからしばらく。
多くの班がジャンケンなどを駆使してリーダーを決め、それらの結果をまとめ終える頃には用意されていたLHRの時間はもう終わろうとしている。
「はい、お疲れ様でした。それでは、また来週のこの時間にクラス行動と自由行動の行き先を決めますので、ちゃんと調べて、できるだけグループを組んでおいてくださいね」
そんな言葉を送られれば、チャイムがちょうど鳴り響く。
来週――それは二十三日。
そのさらに一週間後は三十日であり、年越し。
もう一週間ほど経てば冬休みも明け、そして修学旅行だ。
都合、一ヶ月。
そう考えると、猶予はそれほど残されてはいない。
けれど、だからこそ、楽しみはより募るわけで……ジャンケンに敗北してリーダーを任された者も、そうでない者も、皆一様にその瞳を輝かせていた。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
あのときは泣きたかった。
さとなか達也
青春
さとなか達也が二年半をかけて、構築した、全くもって、すばらしい、野球青春小説。出版社からも、文庫化のお誘いのあった、作品をモデルに、ストーリーを展開。面白さ、真面目さ、悲しさ、恋愛。すべてを注ぎ込んだ、名作をあなたの元へ。Web発信。頑張ろう!(がんばって!!先生。)さとなか達也
ぜったい、読んで。さとなか 達也
あのときは泣きたかった。
不動の焔
桜坂詠恋
ホラー
山中で発見された、内臓を食い破られた三体の遺体。 それが全ての始まりだった。
「警視庁刑事局捜査課特殊事件対策室」主任、高瀬が捜査に乗り出す中、東京の街にも伝説の鬼が現れ、その爪が、高瀬を執拗に追っていた女新聞記者・水野遠子へも向けられる。
しかし、それらは世界の破滅への序章に過ぎなかった。
今ある世界を打ち壊し、正義の名の下、新世界を作り上げようとする謎の男。
過去に過ちを犯し、死をもってそれを償う事も叶わず、赦しを請いながら生き続ける、闇の魂を持つ刑事・高瀬。
高瀬に命を救われ、彼を救いたいと願う光の魂を持つ高校生、大神千里。
千里は、男の企みを阻止する事が出来るのか。高瀬を、現世を救うことが出来るのか。
本当の敵は誰の心にもあり、そして、誰にも見えない
──手を伸ばせ。今度はオレが、その手を掴むから。

あの空の向こう
麒麟
青春
母親が死に天涯孤独になった、喘息持ちの蒼が
引き取り先の兄と一緒に日々を過ごしていく物語です。
蒼…日本と外国のハーフ。
髪は艶のある黒髪。目は緑色。
喘息持ち。
病院嫌い。
爽希…蒼の兄。(本当は従兄弟)
職業は呼吸器科の医者。
誰にでも優しい。
健介…蒼の主治医。
職業は小児科の医者。
蒼が泣いても治療は必ずする。
陸斗…小児科の看護師。
とっても優しい。
※登場人物が増えそうなら、追加で書いていきます。
暴走♡アイドル3~オトヒメサマノユメ~
雪ノ瀬瞬
青春
今回のステージは神奈川です
鬼音姫の哉原樹
彼女がストーリーの主人公となり彼女の過去が明らかになります
親友の白桐優子
優子の謎の失踪から突然の再会
何故彼女は姿を消したのか
私の中学の頃の実話を元にしました

産賀良助の普変なる日常
ちゃんきぃ
青春
高校へ入学したことをきっかけに産賀良助(うぶかりょうすけ)は日々の出来事を日記に付け始める。
彼の日々は変わらない人と変わろうとする人と変わっている人が出てくる至って普通の日常だった。
【本当にあった怖い話】
ねこぽて
ホラー
※実話怪談や本当にあった怖い話など、
取材や実体験を元に構成されております。
【ご朗読について】
申請などは特に必要ありませんが、
引用元への記載をお願い致します。

私が一番嫌いな言葉。それは、番です!
水無月あん
恋愛
獣人と人が住む国で、ララベルが一番嫌う言葉、それは番。というのも、大好きな親戚のミナリア姉様が結婚相手の王子に、「番が現れた」という理由で結婚をとりやめられたから。それからというのも、番という言葉が一番嫌いになったララベル。そんなララベルを大切に囲い込むのが幼馴染のルーファス。ルーファスは竜の獣人だけれど、番は現れるのか……?
色々鈍いヒロインと、溺愛する幼馴染のお話です。
いつもながらご都合主義で、ゆるい設定です。お気軽に読んでくださったら幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる