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December
12月15日(日) 練習試合
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「なんか嬉しそうッスね、亮吾くん」
電車に揺られて、およそ一時間。
そこそこの長旅の果てにあるホームへと足を踏み出した俺に対して、琴葉は声を掛けてきた。
「そんなに今日が楽しみだったんスか?」
「…………まぁね」
そう答える俺の口元は、きっと笑みを浮かべているのだろう。
それもそのはず。
あの日以来、この時もずっと待ち望んでいたのだから。
初めて訪れる場所であるが、掲げられた表示板を頼りに進めば問題ないらしく、先行する部員の後を追うように駅舎を出れば、すぐ目の前にはグラウンドが広がっていた。
そのまま道なりに歩くこと数分。
とある建物の前に立つ監督の姿を見つけ、全員で駆け寄れば、両の指で事足りる点呼を済ませ、早速とばかりに中へと入る。
目の前の閉ざされた扉。
そこから微かに響くのは――飽きるほどに聞き慣れた室内シューズと床との擦過音、そして楽器の弦を弾いたような小気味よい音だ。
その取っ手に指を掛け、横へとスライドさせれば、体育館いっぱいに用意されたコートとそこで練習する生徒の姿が現れる。
「これはどうも、わざわざ遠いところから来ていただきありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ。場所を提供していただき、ありがとうございます」
それと同時に近付いてきたのは、相手校の監督だろう。
大会で何度か顔を見たことがあるその人は、見かけに似合わず丁寧な言葉遣いでウチの監督と軽い挨拶を交わす。
「まさか、あの和白高校さんと練習試合を組んでいただけるとは……初めての全国に緊張するウチの者にとっても心強い限りです」
「何を言いますか。こちらこそ、負けた者としてぜひその胸をお借りしたい」
いや…………これ、挨拶か?
微かに緊張感の宿るやり取りを前に少しばかり辟易し、体育館全体を見渡せば、ある一人の男と目が合った。
そう。今回、俺たちがやって来たのは和白高校。
立ち並ぶコートの一番奥――出入り口から最も遠く離れた場所で、そいつは自分の汗を拭っていた。
彼の名前は――畔上翔真。
未だに勝ったことのない、俺の永遠のライバルだ。
そこに、かつての新人戦で感じた、見るに堪えない辛気臭さは存在しておらず、よく見知った姿である。
「――さて、すでに二面ほどコートを用意してもらっておるから、皆は身体を温めてきなさい」
風の噂で、立ち直った――とは聞いていたが、真実で良かった。
これで、あの時の続きができる。
「…………? 亮吾くん、どうしたっスか? 早く準備するっス」
「あぁ、うん……すぐ行く」
琴葉の言葉に、我に返った。
いつの間にか監督たちの会話も終わっていたようで、俺は逸る気持ちを抑えて体育館に一歩足を踏み出す。
♦ ♦ ♦
「前回は悪かったね」
小一時間ほどアップなどに時間を有し、いよいよその時が来た。
贅沢にも五つのコートを使って、ダブルスからシングルスまでの全ての試合を一度に行うようで、部員の各々がそれぞれの相手と相対している。
そんな俺の目の前には畔上翔真が立っており、勝負前だというのにそう言い放ってきた。
「でも、もう大丈夫。今回こそは、国立――君と全力で戦おう」
「俺も負けない」
それだけを返し、互いに自陣へと向かう。
こちらがサーブ。畔上翔真がレシーブ。
「ラブオール・プレイ!」
用意された審判の合図を皮切りに、低めのサーブを切り出せば、相手はロビングでコートの奥へと返してくる。
それに反応し、素早くバックステップを踏んだ俺は落下地点に入ってそのままスマッシュ。
鋭い一撃がフォア側へと突き刺さるが、そこは流石の反射神経を見せ、難なく拾った。
しかし、返球に鋭さはない。
浮いてはいないまでも力のない打球に、立ち位置とは逆を目掛けてドライブを繰り出せば、畔上翔真は腕をめいいっぱいに伸ばした受けのヘアピンを返すので、こちらも同様にヘアピン。
そのまま再びのロビングで仕切り直され、最初の状況へと戻るまさに一進一退の攻防だ。
その、やり取りの一つ一つに、俺の胸が段々と熱くなっていくのを感じていた。
そうだ、これだ。俺が求めていたもの。やりたくて、でも出来なかった戦い。
緩急入り混じるシャトルの応酬、その刹那に繰り広げられるフェイントの読み合い。
まだ一球目だというのに何十球とラリーは続き、その度に思考は加速してゆく。
そんな中、返しで打ち上げた俺のロビングに反応し、天に手を翳す畔上翔真の姿が。
同時にジャンプし、自由落下するシャトルを今か今かと待ち構える姿は神々しくあり、まるで羽でも生えているかのようにその場に鎮座する。
全身を弓なりに引き絞り、筋力から落下エネルギ―までその全ての勢いを余すことなく伝えて、振り抜かれるラケット。
そうして打ち抜かれた打球は、この場に存在する何もかもを取り残して、誰にも触れられることなくコートの隅を一人駆け抜けた。
電車に揺られて、およそ一時間。
そこそこの長旅の果てにあるホームへと足を踏み出した俺に対して、琴葉は声を掛けてきた。
「そんなに今日が楽しみだったんスか?」
「…………まぁね」
そう答える俺の口元は、きっと笑みを浮かべているのだろう。
それもそのはず。
あの日以来、この時もずっと待ち望んでいたのだから。
初めて訪れる場所であるが、掲げられた表示板を頼りに進めば問題ないらしく、先行する部員の後を追うように駅舎を出れば、すぐ目の前にはグラウンドが広がっていた。
そのまま道なりに歩くこと数分。
とある建物の前に立つ監督の姿を見つけ、全員で駆け寄れば、両の指で事足りる点呼を済ませ、早速とばかりに中へと入る。
目の前の閉ざされた扉。
そこから微かに響くのは――飽きるほどに聞き慣れた室内シューズと床との擦過音、そして楽器の弦を弾いたような小気味よい音だ。
その取っ手に指を掛け、横へとスライドさせれば、体育館いっぱいに用意されたコートとそこで練習する生徒の姿が現れる。
「これはどうも、わざわざ遠いところから来ていただきありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ。場所を提供していただき、ありがとうございます」
それと同時に近付いてきたのは、相手校の監督だろう。
大会で何度か顔を見たことがあるその人は、見かけに似合わず丁寧な言葉遣いでウチの監督と軽い挨拶を交わす。
「まさか、あの和白高校さんと練習試合を組んでいただけるとは……初めての全国に緊張するウチの者にとっても心強い限りです」
「何を言いますか。こちらこそ、負けた者としてぜひその胸をお借りしたい」
いや…………これ、挨拶か?
微かに緊張感の宿るやり取りを前に少しばかり辟易し、体育館全体を見渡せば、ある一人の男と目が合った。
そう。今回、俺たちがやって来たのは和白高校。
立ち並ぶコートの一番奥――出入り口から最も遠く離れた場所で、そいつは自分の汗を拭っていた。
彼の名前は――畔上翔真。
未だに勝ったことのない、俺の永遠のライバルだ。
そこに、かつての新人戦で感じた、見るに堪えない辛気臭さは存在しておらず、よく見知った姿である。
「――さて、すでに二面ほどコートを用意してもらっておるから、皆は身体を温めてきなさい」
風の噂で、立ち直った――とは聞いていたが、真実で良かった。
これで、あの時の続きができる。
「…………? 亮吾くん、どうしたっスか? 早く準備するっス」
「あぁ、うん……すぐ行く」
琴葉の言葉に、我に返った。
いつの間にか監督たちの会話も終わっていたようで、俺は逸る気持ちを抑えて体育館に一歩足を踏み出す。
♦ ♦ ♦
「前回は悪かったね」
小一時間ほどアップなどに時間を有し、いよいよその時が来た。
贅沢にも五つのコートを使って、ダブルスからシングルスまでの全ての試合を一度に行うようで、部員の各々がそれぞれの相手と相対している。
そんな俺の目の前には畔上翔真が立っており、勝負前だというのにそう言い放ってきた。
「でも、もう大丈夫。今回こそは、国立――君と全力で戦おう」
「俺も負けない」
それだけを返し、互いに自陣へと向かう。
こちらがサーブ。畔上翔真がレシーブ。
「ラブオール・プレイ!」
用意された審判の合図を皮切りに、低めのサーブを切り出せば、相手はロビングでコートの奥へと返してくる。
それに反応し、素早くバックステップを踏んだ俺は落下地点に入ってそのままスマッシュ。
鋭い一撃がフォア側へと突き刺さるが、そこは流石の反射神経を見せ、難なく拾った。
しかし、返球に鋭さはない。
浮いてはいないまでも力のない打球に、立ち位置とは逆を目掛けてドライブを繰り出せば、畔上翔真は腕をめいいっぱいに伸ばした受けのヘアピンを返すので、こちらも同様にヘアピン。
そのまま再びのロビングで仕切り直され、最初の状況へと戻るまさに一進一退の攻防だ。
その、やり取りの一つ一つに、俺の胸が段々と熱くなっていくのを感じていた。
そうだ、これだ。俺が求めていたもの。やりたくて、でも出来なかった戦い。
緩急入り混じるシャトルの応酬、その刹那に繰り広げられるフェイントの読み合い。
まだ一球目だというのに何十球とラリーは続き、その度に思考は加速してゆく。
そんな中、返しで打ち上げた俺のロビングに反応し、天に手を翳す畔上翔真の姿が。
同時にジャンプし、自由落下するシャトルを今か今かと待ち構える姿は神々しくあり、まるで羽でも生えているかのようにその場に鎮座する。
全身を弓なりに引き絞り、筋力から落下エネルギ―までその全ての勢いを余すことなく伝えて、振り抜かれるラケット。
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