彼と彼女の365日

如月ゆう

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December

12月14日(土) 北の国のおバカさん

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『そらくん、助けて~!』

 それは休日の宵の口。
 土曜補習・部活動と学生の本分を果たし、夕食まで時間を潰そうとルーティンワークが如くパソコンの電源を付けた時、俺のスマホに一本の連絡が入った。

 通話ボタンを押せば、スピーカーから響く助け声。
 その音量の大きさに驚いて耳を離せば、画面にはポニーテールの少女が半泣き状態で映っている。

 どうやら、テレビ通話をかけてきたらしい。

「何……一体どうしたの、七海さん?」

 しかし、分かることはそれくらいで状況が全く飲み込めず、困惑した俺はそんな言葉しか返せなかった。

『うん…………実は――』

 一方で、ガサゴソと自分のすぐそばを探り出した七海さんは、何かを引っ張り出すと、スマホのカメラいっぱいにそれを広げて見せる。

『…………見える?』

「……『二学期・期末考査』って、これテスト?」

 本人の顔も隠れ、広がる白一色。
 その中に綴られていた一部の文字を音読することで、ようやく話の流れが見えてきた。

 恐らく……いや、確実にその隣にデカデカと記された『二十三』という数字が関係していることだろう。

『そう……テストで赤点を取っちゃって、そのやり直しを来週の始めに提出しないといけないの……』

 …………ですよねー。
 知らされた事実に意外性なんてものはどこにもなく、ただただため息が零れる。

『そらくん、頭良かったよね……? 一応、私はスポーツ特待生ってことでそれで許されるんだけど、提出しなかったら追試を受けないといけなくなるから……良かったら教えてくれない?』

「別に良いけど……でも、そういうのは友達に聞けば住む話じゃ――?」

 俺にしては珍しく、至極真っ当な質問を繰り出した。
 ともすれば、七海さんは困ったような苦笑を一つ。

『うん……普通はそうなんだよね。でも、一愛ひめがそういうのに厳しくて……「勉強してないななみんが悪い。普通なら追試で合格点を取らないといけないところを、問題の解き直しで許してもらえるんだから、それくらい自分で考えなさい」って言い回ってるの』

 ……なるほど。そりゃ、大変だ。
 まぁ、課せられた作業自体はプレッシャーも何もない楽なものだけど。

「おっけー、そういう事ならできる範囲で教えよう。……ところで、『ひめ』って誰?」

『あれ……? 全国大会の時に、何度か会ってたと思うけど……覚えてない?』

「さぁ……少なくとも紹介されてはないな」

 その発言から同じ部員だということは察せられるが……果てさて、数が多すぎて一体誰がその件の『一愛』さんなのやら。

『あっ、そっかー。一愛はね、私たちの部の副部長で、いつも髪をお下げにした背の小さい子だよ』

「――あぁ……あの睨んでた子か」

 確か……全国大会の二日目だったかな。
 まるで面白いものでも見つけたような、愉快そうな視線を多く向けられる中で、唯一敵対的な態度をとっていた子だ。

 あとは、開会式に七海さんを呼びに来てたりもしてたっけ。

 何にしても覚えていた事実に一人で納得していると、カメラ越しの七海さんは静かに苦笑いを浮かべていた。

『あはは……ごめんね。あの子、男性を毛嫌いしてるんだ』

 なるほど、さらに納得。
 とはいえ、ウチにも男性不信の子が一人いるが……人が違うだけで対応の仕方も変わってくるんだな。

 片やビクビクと脅え、片やバシバシと威嚇する。
 改めて、人間の多様性に驚かされる。

「いや、別に気にしてない。それよりも、さっさとやり直しを終わらせようか。量はどれくらいあるんだ?」

 二十三点――すなわち、七十七点分の問題ともなれば、相応の数を解き直さなければいけないはず。
 出来ることなら夕飯までに終わらせたいものだ、と考えながら尋ねてみると――。

『えっと……そらくんに聞きたいのは、数IIと数B、あと化学!』

 ……………………ん?

「……ちょっと待って。一教科じゃないの?」

『うん……三つ』

 そう恥ずかしそうに頬を赤らめる彼女。
 そりゃ、そうだ。いくら何でも赤点が多すぎる。

 それに加えて――。

「しかも、『俺に』聞きたいことって言ったよな? まさか他にも――」

 気になる言い回しに反応してみれば、ぎこちなさそうに頷かれた。

『う、うん……国語と地理もダメで……かなにも聞こうかなって』

「…………マジか」

 俺は天を仰いだ。
 それ、今日までに終わらなくね? ――とも思った。

『む、無理……かな?』

 けど、一度引き受けた以上は引き下がれまい。

「分かった。取り敢えず、問題用紙に間違えた箇所を赤ペンで記載して、写メ送って」

『りょ、了解……です!』

 運動部らしい、丁寧な返事。
 これで、ご飯を食べながらでも解法や解説を考えられる。

「あぁ……それと――」

『……………………?』

「――かなたには同じ内容を正確に伝えて、ちゃんとお願いしろな」

 親しき仲にも礼儀あり。
 そういうことは、後出しせずにきちんと頼むべきだろう。

 ――などと暗に伝えれば、意図が伝わったのかしっかりと頷いた。

「じゃあ、こっちは風呂とかご飯とか済ませてくるから、七海さんもあとは寝るだけの状態にしといて」

『は、はい……!』

 なかなか長丁場になりそうだ。
 通話ボタンを切った俺は、密かにそんな覚悟をしつつ階下へと降りて行った。
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