彼と彼女の365日

如月ゆう

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December

12月10日(火) 三者面談②・畔上家

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「――これが、先週行われた定期考査の結果です」

 三者面談、二日目。
 この日最後の面談をするのが俺たちなのだけど、相も変わらず母さんが校舎内を迷い、前回と同じように数十分押しで話し合いがスタートした。

「わぁー、凄いのです! 翔ちゃん、今回もよく頑張りましたね!」

 というわけで、開始早々に開示された此度の成績表を受け取り、確認してみれば、母さんはテストを受けた当時者以上に喜んでみせる。

「あー……うん、ありがとう」

 だが、不思議かな。
 それは実に嬉しいことであり、誇るべきことなのだろうけど、自分以上に喜ぶ他者の姿を見ていると不思議と心が凪ぐ。

 まぁ……前回も同じような点数を取れていたし、とか、平均点が高いけど皆頑張ったのかな、とか。そんな少し言い訳がましいことばかりが頭をよぎった。

「むぅ……翔ちゃんはもう少し喜んでもいいと思うのです……。これは凄いことなのですから。ですよね、先生?」

「はい、謙遜なさる必要はないですよ。全体的に点数が高い中で、それでも学年一位の成績を維持するというのは誰にでも出来ることではありません。入学してからどれだけ一位の記録を続けられるのか――私たち教員の間でも噂になっているほどです」

 そんな俺の態度が気に入らなかったのか、先生に同意を求める母さんに対して、先生はいつものにこやかな笑みを浮かべながら答える。

「また、今回におかれましては畔上くんに多大なる尽力を頂きました」

「……………………?」
「そうなのですか?」

 だがしかし、その言葉の意味を受け取りかねて、二人して首を傾げた。

「はい。彼のおかげで全校生徒が勉学に励むようになり、また、そのおかげで手が足りなくなってしまった私たち教員の代わりに、生徒に向けて解説も行って頂きました。この件に関しましては理事長も認知しており、後日改めて感謝状を贈りたい――との案も出ているほどです」

「えっ……………………?」
「感謝状!? 凄いのですよ、翔ちゃん! 学校のためにたくさん頑張ったのですね!」

 そして、その驚くべき内容に絶句する。
 大袈裟だろ――とか、俺以外にも頼られている人はいた――とか、そんな指摘よりも先に思い浮かんだことは「そらの冗談が現実になった……」という一言。

 フラグ回収するにしても、もう少し別の事柄があったのではないだろうか……。

「ですが、まだ詳しいことは決まっておらず……詳細が決定次第、追って連絡をしますので楽しみにして頂けたらと思います」

「はい、待つのです♪」

 最早、俺ではなく母さんが返事をしている――という事実に誰もツッコミを入れる者はおらず、閑話は休題し、本筋へと話は戻る。

「それで、希望する進路のことなのですが……ここに行きたい――などといった具体的な変化はありましたか?」

 恐らくは、志望大学のことを聞いているのだろう。
 前回は進学希望しか伝えておらず、その先はまだ決めていなかった。

「はい、決めました」

 だから、俺は自信を持ってそう答えた。
 この五ヶ月間で決めた――いや、既に決まっていた答えを口に出す。

「東大の医学部に入って、医者を目指したいです」

「…………医者?」
「それはまた……過酷な道を選びましたね」

 対する母さんは困惑した表情を見せ、先生は何かを深く考え込む。

 それもそのはず。
 だってこれは誰にも打ち明けたことのない、俺だけが知っていて持っていた密かな夢だったのだから。

「はい、だから今まで誰にも言えずにいました。俺なんかが医者……しかも東大だなんて、大言壮語が過ぎます。けれど、この前の一件があり、自分自身を受け入れることができるようになって、ようやく夢に向き合えました」

 俺は、どこまでも優しくありたい。
 そして同時に、人に尽くすことの出来る医者になりたい。

 そう語れば、先生は柔らかく笑ってくれる。

「…………そうですか。ちなみに、お母様も知らなかったご様子ですが……どうお考えですか?」

「……どうもこうもないのです。翔ちゃんの好きなように生きてくれれば、それだけで私は嬉しいですし……何より、夢を語る今の翔ちゃんはキラキラしていてとても素敵なのです」

 母さんの手が、俺の髪を梳いた。
 年頃、人前、そんな条件下から振りほどきたくなるものの、不思議と身体は動かない。

 そんな様子を見る先生の、笑いの質が少し変わった。
 慈しむような教師然とした態度から、いつものそらに対するようなからかいの表情へと。

「なるほど……。では、進路の方も問題ないということで……本日の面談は以上です。御足労頂き、ありがとうございました」

「ありがとうございました」
「どうも、ありがとうございます」

 そのまま話は終わり、背中を向けて教室と廊下とを繋ぐドアの方へと歩みを進める。
 その手が取っ手に触れた時、背後から声が掛かった。

「畔上くん。今の成績のままであれば、貴方の夢は叶えられるものです。これまでの努力は、何も間違えてはいませんよ。どうかこれからも、今の貴方を貫いてください」

「…………っ! はい、ありがとうございます!」

 もう一度。再び頭を下げた俺は、母さんとともに教室を後にする。

 外へと出れば、一陣の風。
 沈む太陽、橙色めいた光の残滓、冷たく乾いた空気。

 だがしかし、それらが色付くこの景色も存外に悪くないように思えた。
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