彼と彼女の365日

如月ゆう

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December

12月3日(火) 中間考査・二日目

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「ただいまー……」

 無事に二日目も乗り越え、帰宅を果たす昼下がり。
 この時間帯は家に誰もいないため、発した声はただ壁に反響するだけで虚しくも通り抜けていく。

「……お邪魔しまーす」

 そんな中、私に続いて背後から声がした。
 脱いだ靴を揃え、お客様用のスリッパを差し出せば、来訪者であるかなちゃんは音もなく静かに履き替える。

「いらっしゃい、こっちが私の部屋だよ」

 先導し、存在するうちの一部屋へと案内した私は、中でくつろぐ旨を伝えて、飲み物を取りに出た。
 カップを二つ、市販のティーパックを用いて紅茶を入れれば、トレーに載せて部屋に運ぶ。

「……それで、かなちゃん? 急に私の家に来たい――だなんて、どうしたの?」

 十数分前。今日のテストが終わった放課後。
 簡単な教室などの掃除を行い、帰宅しようというタイミングで私は彼女から突然の申し出を受けたのだ。

「……………………別に」

 しかし、理由が分からない。
 故に、単刀直入に尋ねてみるも、拗ねたようにそっぽを向かれてしまう。

「蔵敷くんと別行動なんて珍しいけど……もしかして、喧嘩でもしたの?」

 特別な事情を除き、ほとんど毎日一緒に登校し、下校をしてきた二人。
 それなのに、わざわざ離れるようなかなちゃんの行動がおかしく――当てずっぽうで聞いてみれば、僅かにその身体が震えた。

「えっ……それ、本当?」

 自分で言っておきながら、意外も意外。
 出会って一年と半年以上経つけれど、そんな光景は見たことがなかったのだから。

 この二人でも、喧嘩するんだなぁ……。

「……先にすっぽかしたのは、そらの方だし」

 思わぬ事実に、感慨にふけているとまるで子供の言い訳のような口ぶりで彼女は呟く。

「へぇー、あの蔵敷くんが……。相手は?」

 そして、これまた意外な新情報。
 何やら彼は、大事な幼馴染かなちゃんを置いてどこぞの誰かさんと密会をしているらしい。

 とても面白く、興味深い内容に、私はさらに深くまで話へと切り込んだ。

「……畔上、くん」

「……………………え?」

 ともすれば、挙げられた名前はまたも私を呆然とさせるもの。
 ……というよりも、ど本命すぎて候補から外してしまっていた――という意味で意外な人である。

「それってもしかして、昨日の話……?」

「…………? そうだけど……」

 同時に、今日の話ですらなかった。

 えっ……じゃあ、何?
 かなちゃんは、自分を置いて翔真くんとの用事を選んだ蔵敷くんに対して怒ってる……ってこと? 男友達を相手に嫉妬してるの……?

「かなちゃん……それくらい別に気にしなくても――」

「…………それくらい、じゃない!」

 悩むほどの事じゃないのでは……そう呟いてみると、すごい剣幕で怒られる。

 えー……なんでぇー……?
 相手が後輩マネージャーの栞菜ちゃんや、全国大会で仲の良さそうな橋本さんならまだしも、翔真くんは男の子なのに……。

 …………でも待って。
 蔵敷くんのことに詳しいかなちゃんが警戒しているってことは、もしかして彼にはその気が……?

 今思えば、確かにかなちゃんという人気の高い子と幼馴染でありながら、今まで健全な付き合いで済んでいたことは不思議だった。
 ベタベタとくっ付かれても軽く受け流していたし、傍目から見てそのスキンシップに下心のようなものを感じたことは、私は一切ない。

 だとすれば、翔真くんは確かに狙い目だ。
 かっこいいし、努力家で、色んなことができて、その上未だに彼女を作っていないのだから。

 ――――っ!
 …………いや、もしかして……もしかしたら、翔真くんも!?

 それが理由で、告白を断り続けていたのだとすれば、数多の女生徒が敗北したことにも納得がいく。
 お互いを『親友』と称して、妙に仲が良い件についても……。

「――おん」

 全ては、二人が同性愛――。

「詩音? ……聞いてる?」

「えっ……? ……あっ、何? 二人がどうしたの?」

 かなちゃんの声に我を取り戻した。
 どれだけ妄想しても結局のところは聞いてみなければ分からないと、話を進めると彼女は大手を振って答える。

「だから、ケーキ! 勝手に一人だけ、畔上くんに奢ってもらってズルいって話」

「……………………ケーキ?」

「……ん、ケーキ」

 ……………………で、ですよねー。
 私、知ってました。ケーキですよね。あの甘くて、美味しくて、人を幸せにするお菓子。

 それ――恐らく、翔真くんが勉強に付き合わせたお礼としてご馳走したのだろうけど――をどこからか聞いて羨ましく思った、と。
 そういうお話らしかった。

「じゃあ、私たちも食べる?」

 確か冷蔵庫に、両親が仕事で貰ってきたミニケーキセットがあったはず……。

 故に、そう提案してあげると、珍しくもキラキラと期待した目を輝かせる親友であった。


 ♦ ♦ ♦


 軽い。何もかもが軽い。
 手に持つ鞄も、足取りも、空気でさえも。

 詩音の家で美味しいケーキと紅茶を頂き、少し勉強を教えてあげて、そうして気分の良いままに最寄り駅まで辿り着けば、片道十分ほどの距離を歩いて行く。

 時間にして、夕方と呼ぶには些か尚早であり、お昼と呼ぶには既に手遅れな頃合い。

 家に帰りついた私は、鍵を開け、ドアを引き、リビングへと駆け込んだ。

「あら、おかえりなさい」

 録り溜めたドラマでも消化しているのか、出迎えてくれたお母さんの瞳はテレビ画面に集中していた。
 一方の私も、お母さんの手元を注視していた。

 ――真っ白なお皿の上に盛り付けられた、美味しそうなそのフルーツケーキに。

「…………お母さん、それどうしたの?」

「んー……? あっ、これ? 一時間くらい前に、そらちゃんが持ってきてくれたの。暇だったから作ったって言っていたけど……ホントに美味しいわねぇ。毎日作ってくれないかしら」

 そう言って最後の一欠片を口に運べば、もう何も残ってはいない。
 ……いや、むしろ入れられていたのであろうケーキの白い空箱が無惨にも潰されている姿に気付いてしまい、余計にショックが大きい。

「…………残してないの?」

「えっ……? あー……うん。美味しくて、全部食べちゃった☆」

 実の親のふざけた物言いに膝が崩れる。
 怒っているとか、ムカつくとか、そういう次元ではない。今は、ただただ悲しかった……。

「もう少し早く帰って来てたらねぇー」

 もう二度と覆ることのない仮定が、私の心を深く抉るのであった。
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