彼と彼女の365日

如月ゆう

文字の大きさ
上 下
257 / 284
December

12月1日(日) 堕落へと誘うもの

しおりを挟む
「さて……テスト前日だし、少しくらいは見直しておくか」

 予定も未定な、何でもない日曜日。
 そう一人で意気込んでいると、いつもの如くそいつは現れる。

「やほー、来たよ」

 いつもニコニコあなたの隣に這い寄る混沌、ニャルラトホテプ、です!

 とばかりに自然に、不自然なく、いつの間にかリビングへと我が幼馴染はやって来た。
 ……いや、別にニコニコな笑顔を浮かべているわけでも、ニャルラトホテプでもないんだけどな。

「……って、おー。コタツある」

 勝手知ったる様子で上着を脱ぎ置き、ついでに持ってきた荷物をソファへと放った彼女は、目敏くもウチに配備された子を見つける。

 暖かぬくぬく。
 毛布のようなカーペットの上に座って首までスッポリと覆い、普段なら座ったときにふくらはぎが当たるようなソファの下部分を背もたれ代わりにして、深夜アニメの録画を観ている俺を見ながら。

「私も入ろー」

 そう言うと、真似るように毛布をめくってかなたは自分の身体を突っ込んだ。
 掘り炬燵ではないため、互いに延ばした足が触れ、絡み合う。

「……ミカンもある。また、おばあちゃんから?」

「おう、今年も伊豆の別荘に行ったから――って送ってきてくれた」

 中央にこんもりと盛られたソレを手に取り、皮をむいて一房口に頬ばれば、甘くて優しい果汁がいっぱいに広がり、コタツの温もりと相まって多幸感で満たされた。

「うまうま」

「はぁー……美味ぇ。やっぱり冬は、コタツにミカンだな」

 一つ食べ始めれば、俺の手も口も胃袋も留まるところを知らなくなる。
 パクリパクリと一つ二つ……満足出来ずに三つ四つ……オマケにもう一つ手を伸ばして――。

「……ウチにもコタツ、欲しいなぁー」

 残骸が両の手の指を超える頃合いになって、かなたはポツリと呟いた。

「いや、お前の家は床暖房があるだろ……」

 こんな旧時代の遺物ではない、最新鋭のシステムを搭載しているくせに何て言い様だ。

「末端冷え性の俺からすれば、歩いても足が冷えないってのは結構羨ましいんだからな」

「うむ……アレは便利。いつでも暖かくて、エアコンがいらない」

 輻射熱、というやつか。
 エアコン特有のもあっとした空気を感じることなく、足元から頭まで全身で熱を感じられるとは……やはり素晴らしい。

「……けど、不思議とコタツを選んでしまう」

「……まぁ、その気持ちは分からなくもない」

 だけども、そんなかなたの一言に俺は頷く。
 何せ、今でもこうしてコタツを使っているのだから。

 この家を買った時、床暖房にすることもできたはずだ。でも、両親はそうしなかった。
 ……単にお金がなかっただけかもしれないけど。

 本当にそっちがいいのなら、リフォームすればいいだけである。
 ……単にお金がないだけかもしれないけれど。

 つまりは、そういうこと。
 その理由こそがコタツの持つ魅力であり、価値なのだろう。

 コタツ、凄い!
 コタツ、安い!

「――そういえば、その荷物は何なんだ?」

 改めて、コタツの美点に気付いたところで、ふと俺はあることを思い出した。

 家が隣同士ですぐに行き帰りができる俺たちは、それ故に手ぶらで訪れることが多い。
 そのため、珍しくも持参した中身が気になり尋ねてみれば、面倒そうに彼女は目線を向ける。

「……一応、明日に備えて勉強道具を持ってきた」

「あー……なるほどな。そういえば俺も、ノートの見直しくらいはしようと思ってたんだっけか……」

 などとは言いつつも、お互いに全く動く気配はない。
 ジッと身を固め、思考に耽り、静かな空間の中でテレビの音だけが響き渡る。

『…………でもまぁ、後でいっか』

 ハモる声。一致する意思。
 時間が経過するうちに、冬の寒さも厳しさも……何ならやる気さえをも解きほぐされてしまった。

 やはり、コタツは恐ろしい。
しおりを挟む


こちらも毎週火曜日に投稿しておりますので、よければ。
ファンタジー作品: 存在しないフェアリーテイル

以下、短編です。
二人のズッキーニはかたみに寄り添う
神の素顔、かくありき
彼女の嘘と、幼き日の夢
感想 3

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

CHERRY GAME

星海はるか
青春
誘拐されたボーイフレンドを救出するため少女はゲームに立ち向かう

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

食いしん坊な親友と私の美味しい日常

†漆黒のシュナイダー†
青春
私‭――田所が同級生の遠野と一緒に毎日ご飯を食べる話。

青春の初期衝動

微熱の初期衝動
青春
青い春の初期症状について、書き起こしていきます。 少しでも貴方の心を動かせることを祈って。

かつて僕を振った幼馴染に、お月見をしながら「月が綺麗ですね」と言われた件。それって告白?

久野真一
青春
 2021年5月26日。「スーパームーン」と呼ばれる、満月としては1年で最も地球に近づく日。  同時に皆既月食が重なった稀有な日でもある。  社会人一年目の僕、荒木遊真(あらきゆうま)は、  実家のマンションの屋上で物思いにふけっていた。  それもそのはず。かつて、僕を振った、一生の親友を、お月見に誘ってみたのだ。  「せっかくの夜だし、マンションの屋上で、思い出話でもしない?」って。  僕を振った一生の親友の名前は、矢崎久遠(やざきくおん)。  亡くなった彼女のお母さんが、つけた大切な名前。  あの時の告白は応えてもらえなかったけど、今なら、あるいは。  そんな思いを抱えつつ、久遠と共に、かつての僕らについて語りあうことに。  そして、皆既月食の中で、僕は彼女から言われた。「月が綺麗だね」と。  夏目漱石が、I love youの和訳として「月が綺麗ですね」と言ったという逸話は有名だ。  とにかく、月が見えないその中で彼女は僕にそう言ったのだった。  これは、家族愛が強すぎて、恋愛を諦めざるを得なかった、「一生の親友」な久遠。  そして、彼女と一緒に生きてきた僕の一夜の物語。

処理中です...