彼と彼女の365日

如月ゆう

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November

11月28日(木) 第一次・勉強ブーム②

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 突如として始まった勉強ブーム。
 それは拡大の一途を辿り、とどまるところを知らず、休み時間になる度に多くの生徒が押し掛けていた。

「ヤバいな、アレ……」
「……同意」

「もう……二人とも、そんな他人事みたいに……」

 そんな様子を脇目に読書をしながら呟けば、俺の膝に頭を預けたかなたは頷き、菊池さんは咎めるように頬を膨らませる。

「でも、実際に他人事だろ? 翔真に教えてもらいたい問題なんてないし、かと言ってあの状況を解決する術を俺は持っちゃいないんだから」

「……むしろ、詩音は行かなくていいの?」

 かなたの何気ない一言が、菊池さんの顔を真っ赤に染め上げさせた。
 だがこれは、怒りというよりは羞恥からだろう。

「わ、私は……翔真くんの邪魔にはなりたくないから……」

 なるほど……殊勝な心掛けだ。

 けどそれでいいのか、恋する乙女。
 負けてしまうぞ、恋する乙女。

 中には翔真に近づくためだけに、この機会を利用している人もいるだろうにな……。

「――あの……蔵敷くん、ちょっといいかな?」

 その時、声が掛かる。
 菊池さんではない。ましてや、かなたでもない。

 聞き慣れない声の響きに、手元の本から顔を上げるとそこには交流の少ないクラスメイトらが立っていた。

 …………クラスメイトなのに交流が少ないとはこれ如何に。

「ん……? 俺? ……何の用?」

 何にしても、思いがけない出来事に首を傾ける。

「数学で分からないところがあったから、教えて欲しいな――って。蔵敷くん、理系が得意だから……」
「私は……その、化学を……」

「えっ…………何で?」

 そういうのは、あそこで齷齪あくせくと頑張っている翔真の役目では……?

 などという気持ちが漏れたのだろう。
 ついつい、冷たい態度を取ってしまった。

「翔真くんが忙しそうだから……」
「あっ……で、でも嫌なら別に……」

 思わず遠慮し始める二人。

 ……ふむ、わざわざ俺に頼むということは翔真目当てではない。
 むしろ、本気で勉強をする意志があるとみて間違いないようにも思える。

 でないと、こんな自称コミュ障にお願いすることなんてないはずだ。

「いや……まぁ、別にいいよ」

 たまに乞われ、翔真に教えるときのスタイルと同じように、いつも鞄に忍ばせている落書き用のノートと筆箱を取り出せば、近場の空いた席から椅子を二つ引っ張って、質問者たちは向かいに座った。


 ♦ ♦ ♦


「――てなわけで、そこの答えは『テルミット反応』。そっちは、ここで計算間違いしてる」

「そっか、なるほどー」
「あっ、本当だ……」

 それから数分。
 例を混じえ、時に図解し、解説を行うと彼女らは理解したように頷く。

「ありがとう、助かった」
「あ、ありがとう……!」

 そうして、満足げに去っていく二人の背中を眺めながら椅子の背もたれに体重を預ければ、重く息を吐いた。

「……疲れた」

 いつものメンバー以外とまともに喋ったのはいつ以来だろうか。
 大抵は一言二言で済む業務連絡ばかりだったし、妙に口が乾く。

 ……まぁ、今回のことは突発的なイレギュラーだろうし、天災に遭遇してしまったとでも考えておこう。

「あの……蔵敷くん、そうもいかないみたい……」

 菊池さんの言葉に、我に返った。
 ゆっくりと視線を向けると、何故かそこにはノートや問題集・プリントを握った生徒が数人、列をなしている。

「…………何でだよ」

 そう呟きながらも、答えはすでに予想できている。
 多分、先程の光景を見て、ここを翔真に次ぐ第二の解説場だと勘違いしたのだろう。

 そして、その中には――。

「どうして栞奈ちゃんまでいるの……」

 顔見知った、後輩のマネージャーまで来ていた。
 学年どころか、所属学科まで違うというのに。

「あの、えっと……楓が翔真先輩の噂を聞いて、行きたいって言いだして……それなら、私もそら先輩に教えてもらおうかな――って」

「マジかぁー……」

 つくづくため息しか出ない。

 しかし、一度請け負ってしまった以上は投げ出すわけにはいかない。
 俺は、一部の例外を除いて、全ての人に良い意味でも悪い意味でも平等に接すると決めているのだから。

「はぁー……いいよ。もう、誰でも来いよ」

 投げやりに覚悟を決めた俺は、読もうと指をページに挟んでずっと持っていた本に栞を挟み、机の中に仕舞う。

 ……あとで、何か詫びの品でも奢らせよう。
 その例外の一人であり、この騒ぎの中心人物でもある、あの色男に。

 そう画策しながら、再びペンを取った。
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