彼と彼女の365日

如月ゆう

文字の大きさ
上 下
254 / 284
November

11月28日(木) 第一次・勉強ブーム②

しおりを挟む
 突如として始まった勉強ブーム。
 それは拡大の一途を辿り、とどまるところを知らず、休み時間になる度に多くの生徒が押し掛けていた。

「ヤバいな、アレ……」
「……同意」

「もう……二人とも、そんな他人事みたいに……」

 そんな様子を脇目に読書をしながら呟けば、俺の膝に頭を預けたかなたは頷き、菊池さんは咎めるように頬を膨らませる。

「でも、実際に他人事だろ? 翔真に教えてもらいたい問題なんてないし、かと言ってあの状況を解決する術を俺は持っちゃいないんだから」

「……むしろ、詩音は行かなくていいの?」

 かなたの何気ない一言が、菊池さんの顔を真っ赤に染め上げさせた。
 だがこれは、怒りというよりは羞恥からだろう。

「わ、私は……翔真くんの邪魔にはなりたくないから……」

 なるほど……殊勝な心掛けだ。

 けどそれでいいのか、恋する乙女。
 負けてしまうぞ、恋する乙女。

 中には翔真に近づくためだけに、この機会を利用している人もいるだろうにな……。

「――あの……蔵敷くん、ちょっといいかな?」

 その時、声が掛かる。
 菊池さんではない。ましてや、かなたでもない。

 聞き慣れない声の響きに、手元の本から顔を上げるとそこには交流の少ないクラスメイトらが立っていた。

 …………クラスメイトなのに交流が少ないとはこれ如何に。

「ん……? 俺? ……何の用?」

 何にしても、思いがけない出来事に首を傾ける。

「数学で分からないところがあったから、教えて欲しいな――って。蔵敷くん、理系が得意だから……」
「私は……その、化学を……」

「えっ…………何で?」

 そういうのは、あそこで齷齪あくせくと頑張っている翔真の役目では……?

 などという気持ちが漏れたのだろう。
 ついつい、冷たい態度を取ってしまった。

「翔真くんが忙しそうだから……」
「あっ……で、でも嫌なら別に……」

 思わず遠慮し始める二人。

 ……ふむ、わざわざ俺に頼むということは翔真目当てではない。
 むしろ、本気で勉強をする意志があるとみて間違いないようにも思える。

 でないと、こんな自称コミュ障にお願いすることなんてないはずだ。

「いや……まぁ、別にいいよ」

 たまに乞われ、翔真に教えるときのスタイルと同じように、いつも鞄に忍ばせている落書き用のノートと筆箱を取り出せば、近場の空いた席から椅子を二つ引っ張って、質問者たちは向かいに座った。


 ♦ ♦ ♦


「――てなわけで、そこの答えは『テルミット反応』。そっちは、ここで計算間違いしてる」

「そっか、なるほどー」
「あっ、本当だ……」

 それから数分。
 例を混じえ、時に図解し、解説を行うと彼女らは理解したように頷く。

「ありがとう、助かった」
「あ、ありがとう……!」

 そうして、満足げに去っていく二人の背中を眺めながら椅子の背もたれに体重を預ければ、重く息を吐いた。

「……疲れた」

 いつものメンバー以外とまともに喋ったのはいつ以来だろうか。
 大抵は一言二言で済む業務連絡ばかりだったし、妙に口が乾く。

 ……まぁ、今回のことは突発的なイレギュラーだろうし、天災に遭遇してしまったとでも考えておこう。

「あの……蔵敷くん、そうもいかないみたい……」

 菊池さんの言葉に、我に返った。
 ゆっくりと視線を向けると、何故かそこにはノートや問題集・プリントを握った生徒が数人、列をなしている。

「…………何でだよ」

 そう呟きながらも、答えはすでに予想できている。
 多分、先程の光景を見て、ここを翔真に次ぐ第二の解説場だと勘違いしたのだろう。

 そして、その中には――。

「どうして栞奈ちゃんまでいるの……」

 顔見知った、後輩のマネージャーまで来ていた。
 学年どころか、所属学科まで違うというのに。

「あの、えっと……楓が翔真先輩の噂を聞いて、行きたいって言いだして……それなら、私もそら先輩に教えてもらおうかな――って」

「マジかぁー……」

 つくづくため息しか出ない。

 しかし、一度請け負ってしまった以上は投げ出すわけにはいかない。
 俺は、一部の例外を除いて、全ての人に良い意味でも悪い意味でも平等に接すると決めているのだから。

「はぁー……いいよ。もう、誰でも来いよ」

 投げやりに覚悟を決めた俺は、読もうと指をページに挟んでずっと持っていた本に栞を挟み、机の中に仕舞う。

 ……あとで、何か詫びの品でも奢らせよう。
 その例外の一人であり、この騒ぎの中心人物でもある、あの色男に。

 そう画策しながら、再びペンを取った。
しおりを挟む


こちらも毎週火曜日に投稿しておりますので、よければ。
ファンタジー作品: 存在しないフェアリーテイル

以下、短編です。
二人のズッキーニはかたみに寄り添う
神の素顔、かくありき
彼女の嘘と、幼き日の夢
感想 3

あなたにおすすめの小説

うわべに潜む零影

クスノキ茶
青春
資産家の御曹司でもある星見恭也は毎日が虚ろに感じていた とある日、転校生朝倉陽菜と出会う。そして、そこから彼の運命は予測不可能な潮流の渦に 巻き込まれていく事に成る。

【完結】見えない音符を追いかけて

蒼村 咲
青春
☆・*:.。.ストーリー紹介.。.:*・゚☆ まだまだ暑さの残るなか始まった二学期。 始業式の最中、一大イベントの「合唱祭」が突然中止を言い渡される。 なぜ? どうして? 校内の有志で結成される合唱祭実行委員会のメンバーは緊急ミーティングを開くのだが──…。 ☆・*:.。.登場人物一覧.。.:*・゚☆ 【合唱祭実行委員会】 ・木崎 彩音(きざき あやね) 三年二組。合唱祭実行委員。この物語の主人公。 ・新垣 優也(にいがき ゆうや) 三年一組。合唱祭実行委員会・委員長。頭の回転が速く、冷静沈着。 ・乾 暁良(いぬい あきら) 三年二組。合唱祭実行委員会・副委員長。彩音と同じ中学出身。 ・山名 香苗(やまな かなえ) 三年六組。合唱祭実行委員。輝の現クラスメイト。 ・牧村 輝(まきむら ひかり) 三年六組。合唱祭実行委員。彩音とは中学からの友達。 ・高野 真紀(たかの まき) 二年七組。合唱祭実行委員。美術部に所属している。 ・塚本 翔(つかもと しょう) 二年二組。合唱祭実行委員。彩音が最初に親しくなった後輩。 ・中村 幸貴(なかむら こうき) 二年一組。合唱祭実行委員。マイペースだが学年有数の優等生。 ・湯浅 眞彦(ゆあさ まさひこ) 二年八組。合唱祭実行委員。放送部に所属している。 【生徒会執行部】 ・桐山 秀平(きりやま しゅうへい) 三年一組。生徒会長。恐ろしい記憶力を誇る秀才。 ・庄司 幸宏(しょうじ ゆきひろ) 三年二組。生徒会副会長。 ・河野 明美(こうの あけみ) 三年四組。生徒会副会長。 【その他の生徒】 ・宮下 幸穂(みやした ゆきほ) 三年二組。彩音のクラスメイト。吹奏楽部で部長を務めていた美人。 ・佐藤 梨花(さとう りか) 三年二組。彩音のクラスメイト。 ・田中 明俊(たなか あきとし) 二年四組。放送部の部員。 【教師】 ・篠田 直保(しのだ なおやす) 教務課の主任。担当科目は数学。 ・本田 耕二(ほんだ こうじ) 彩音のクラスの担任。担当科目は歴史。 ・道里 晃子(みちさと あきこ) 音楽科の教員。今年度は産休で不在。 ・芦田 英明(あしだ ひであき) 音楽科の教員。吹奏楽部の顧問でもある。 ・山本 友里(やまもと ゆり) 国語科の教員。よく図書室で司書の手伝いをしている。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

生まれ変わっても一緒にはならない

小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。 十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。 カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。 輪廻転生。 私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...