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November
11月20日(水) しがない此度のエピローグ①
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「――まさか、貴方がこんなことをするなんて思ってもみなかったわ」
紫がかる夕空の下。
四方八方から響く部活動生の発声に紛れて、そんな風に声を掛けられる。
「えぇ、俺も同じ気持ちですよ」
顔を上げれば、そこにいたのは元バドミントン部マネージャーの橘結菜先輩だ。
夏の、引退する先輩方へ向けたお別れ会以降――初めての来訪である。
「けど……やっぱり君も男の子だね、翔真くん。頭にそんな傷を作って……」
自分の後頭部を指すような形でジェスチャーをして位置を示すと、彼女は心配そうに尋ねてきた。
「どう……? やっぱり、まだ痛いの?」
「いえ、それは全く。このように作業できるくらいには、問題ないです」
そう言って、俺は学校から支給された草取り鎌を振るう。
根ごと土を掘り返すように雑草を抜いては一か所に集め、抜いては一か所に集めを繰り返し、ある程度溜まったところで透明な袋へと移していく。
その工程を一通り見せ、無事なアピールをしてみれば、結菜先輩はおかしそうに笑った。
「本当だ。なら、一安心」
「そもそも、俺も相手も含めて一番大きい怪我がこの頭の傷だったんですから、心配いりませんよ」
俺もまた、大袈裟だと一笑に付す。
けれど、そんな俺の態度に結菜先輩は今度は呆れた笑みを浮かべた。
「それも凄い話だけど……。だって、相手は大人数で、しかも武器を持っていたんだよね?」
「そうですね」
「……そんな状況で勝っちゃったんだ?」
「試合でもないただの喧嘩に、勝ち負けなんてないですよ」
師範が言っていたことを思い出し、受け売りとして語る。
「何かやってたの?」
「えぇ、まぁ……中学の頃に一年間だけですが」
主人公に憧れ、強くなるために近所の空手とキックボクシングと合気道へと通っていた。
その経験が多少なりとも役に立ったのだろう。
おかげで、守りたいものを守ることができたのだから。
「でも、良かったね。全てが丸く収まって」
「……はい、本当に」
結末から言うと、襲ってきた彼らは警察に捕まった。
騒ぎの一部始終を見ていた一般人の方が連絡を入れたらしく、事情を聞いた先生が呼んだのであろう救急車と殆ど同タイミングでやって来たのだ。
現場の状況――倒れ伏す武装した少年らと、頭から血を流して座り込む俺を前に警察は判断を迷ったようであるが、周囲からの聞き込み、監視カメラの映像などから状況を整理し、治療の終えた俺や意識を取り戻した彼らに事情聴取をすることで家庭裁判所に送致することを決めたらしい。
……が、専門的な内容故に詳しくは理解していない。
警察によれば、判決次第で少年院などといった施設への保護処分となるらしいが……金輪際関わってこないのであれば、結果はどうだっていいと感じる。
そして、一方の俺はといえば、素手による攻撃・打ち身以外の外傷のなさ、という事実が先に殴られたことによる正当防衛として認められ、お咎めはなし。
ただ、喧嘩をしたという学校側のケジメとして、別教室による謹慎処分と部活動時間中の奉仕活動を今週いっぱいまで行うよう命じられた。
そのため、今もこうしてせっせとグラウンドの草むしりに勤しんでいるわけだ。
「…………………………………………」
「…………………………………………」
事件のあらましは以上。
話すこともなくなり、お互い無言になる。
けれど、それ以上に先輩と最後に会った際の告白の件が尾を引き、上手く話せない。
「…………結菜先輩、あの時はすみませんでした」
色々と悩んだ末に出てきたのは、そんな謝罪。
指している時期も内容も曖昧で分からないかもしれないけれど、言葉を受け取った彼女は儚げに笑った。
「……何のこと?」
きっと、理解している。伝わっている。
それでも俺に言わせたいようだ。
「その……告白のこと、です……」
俺は、過去に結菜先輩を拒絶した。
いや、先輩だけではない。行為を示してくれた相手全員に対して、自分が傷つきたくないというそれだけの理由で無下にした。
付き合うことで、バレることが怖かったのだ。
俺は何も凄くない。陰で醜く足掻いて、努力して、そうして成り立たせていただけ。
完全完璧な畔上翔真なんていうのはただの仮面で、ハリボテで……そのような事実を知られてしまえば、きっと落胆させてしまう。過去の二の舞になってしまう。
「……そんな、手前勝手な理由で断りました。本当にすみません」
頭を下げた。
結菜先輩が一体どんな顔をしているのか、俺には少しも分からない。
その時、そっと髪を触れられてピクリと反応してしまう。
「――それを今、伝えてくれたってことは、もう吹っ切れたのかな?」
優しく、労わるように撫でられた頭は、まるで木漏れ日のようだ。
だから、顔を上げて心の底から肯定する。
「はい」
「……そっか」
結菜先輩は何も知らない。
事件の経緯も、俺の過去も、それが先程の謝罪と関係していることも――おそらく、半分も理解していないだろう。
それなのに、ただただ笑顔で頷いてくれた。
「なら、今だったら私、翔真くんの彼女になれるかな?」
「それは……ごめんなさい」
「……理由を聞いてもいい?」
向けられる真剣な眼差し。
それは、あの夏と同じ……いや、まさに今、俺たちはあの瞬間をやり直しているのだ。
ならば、あの時できなかった答えを今ここで。
「――好きな人が、できました」
たった一つのシンプルな解答を口にする。
同時に、俺の胸の中で何かがストンと落ちた気がした。
「…………その子は、幸せだね」
「そう、でしょうか……。俺は不安です」
とはいえ、
ポツリと呟く俺を前に、先輩は腰に手を当て、立ち上がる。
「弱気になるな! ……君は私が恋した人なんだから」
そうして、また優しい笑みを浮かべれば、今度は手を後ろに組んで背を向けた。
それから、半身になって軽く手を振る。
「それじゃ、私は行くよ。……バイバイ、翔真くん」
「はい……さようなら」
これは別れだ。
畔上翔真と橘結菜という二人の人間の関係性の終わり。
けれど、別れたならば再会すればいい。
たとえ終わっても、なくならずに残り続けるものだってある。
「また、遊びに行くね」
「その時は、みんな喜ぶと思います」
その事を示すように、彼女は道半ばで振り返ってくれた。
紫がかる夕空の下。
四方八方から響く部活動生の発声に紛れて、そんな風に声を掛けられる。
「えぇ、俺も同じ気持ちですよ」
顔を上げれば、そこにいたのは元バドミントン部マネージャーの橘結菜先輩だ。
夏の、引退する先輩方へ向けたお別れ会以降――初めての来訪である。
「けど……やっぱり君も男の子だね、翔真くん。頭にそんな傷を作って……」
自分の後頭部を指すような形でジェスチャーをして位置を示すと、彼女は心配そうに尋ねてきた。
「どう……? やっぱり、まだ痛いの?」
「いえ、それは全く。このように作業できるくらいには、問題ないです」
そう言って、俺は学校から支給された草取り鎌を振るう。
根ごと土を掘り返すように雑草を抜いては一か所に集め、抜いては一か所に集めを繰り返し、ある程度溜まったところで透明な袋へと移していく。
その工程を一通り見せ、無事なアピールをしてみれば、結菜先輩はおかしそうに笑った。
「本当だ。なら、一安心」
「そもそも、俺も相手も含めて一番大きい怪我がこの頭の傷だったんですから、心配いりませんよ」
俺もまた、大袈裟だと一笑に付す。
けれど、そんな俺の態度に結菜先輩は今度は呆れた笑みを浮かべた。
「それも凄い話だけど……。だって、相手は大人数で、しかも武器を持っていたんだよね?」
「そうですね」
「……そんな状況で勝っちゃったんだ?」
「試合でもないただの喧嘩に、勝ち負けなんてないですよ」
師範が言っていたことを思い出し、受け売りとして語る。
「何かやってたの?」
「えぇ、まぁ……中学の頃に一年間だけですが」
主人公に憧れ、強くなるために近所の空手とキックボクシングと合気道へと通っていた。
その経験が多少なりとも役に立ったのだろう。
おかげで、守りたいものを守ることができたのだから。
「でも、良かったね。全てが丸く収まって」
「……はい、本当に」
結末から言うと、襲ってきた彼らは警察に捕まった。
騒ぎの一部始終を見ていた一般人の方が連絡を入れたらしく、事情を聞いた先生が呼んだのであろう救急車と殆ど同タイミングでやって来たのだ。
現場の状況――倒れ伏す武装した少年らと、頭から血を流して座り込む俺を前に警察は判断を迷ったようであるが、周囲からの聞き込み、監視カメラの映像などから状況を整理し、治療の終えた俺や意識を取り戻した彼らに事情聴取をすることで家庭裁判所に送致することを決めたらしい。
……が、専門的な内容故に詳しくは理解していない。
警察によれば、判決次第で少年院などといった施設への保護処分となるらしいが……金輪際関わってこないのであれば、結果はどうだっていいと感じる。
そして、一方の俺はといえば、素手による攻撃・打ち身以外の外傷のなさ、という事実が先に殴られたことによる正当防衛として認められ、お咎めはなし。
ただ、喧嘩をしたという学校側のケジメとして、別教室による謹慎処分と部活動時間中の奉仕活動を今週いっぱいまで行うよう命じられた。
そのため、今もこうしてせっせとグラウンドの草むしりに勤しんでいるわけだ。
「…………………………………………」
「…………………………………………」
事件のあらましは以上。
話すこともなくなり、お互い無言になる。
けれど、それ以上に先輩と最後に会った際の告白の件が尾を引き、上手く話せない。
「…………結菜先輩、あの時はすみませんでした」
色々と悩んだ末に出てきたのは、そんな謝罪。
指している時期も内容も曖昧で分からないかもしれないけれど、言葉を受け取った彼女は儚げに笑った。
「……何のこと?」
きっと、理解している。伝わっている。
それでも俺に言わせたいようだ。
「その……告白のこと、です……」
俺は、過去に結菜先輩を拒絶した。
いや、先輩だけではない。行為を示してくれた相手全員に対して、自分が傷つきたくないというそれだけの理由で無下にした。
付き合うことで、バレることが怖かったのだ。
俺は何も凄くない。陰で醜く足掻いて、努力して、そうして成り立たせていただけ。
完全完璧な畔上翔真なんていうのはただの仮面で、ハリボテで……そのような事実を知られてしまえば、きっと落胆させてしまう。過去の二の舞になってしまう。
「……そんな、手前勝手な理由で断りました。本当にすみません」
頭を下げた。
結菜先輩が一体どんな顔をしているのか、俺には少しも分からない。
その時、そっと髪を触れられてピクリと反応してしまう。
「――それを今、伝えてくれたってことは、もう吹っ切れたのかな?」
優しく、労わるように撫でられた頭は、まるで木漏れ日のようだ。
だから、顔を上げて心の底から肯定する。
「はい」
「……そっか」
結菜先輩は何も知らない。
事件の経緯も、俺の過去も、それが先程の謝罪と関係していることも――おそらく、半分も理解していないだろう。
それなのに、ただただ笑顔で頷いてくれた。
「なら、今だったら私、翔真くんの彼女になれるかな?」
「それは……ごめんなさい」
「……理由を聞いてもいい?」
向けられる真剣な眼差し。
それは、あの夏と同じ……いや、まさに今、俺たちはあの瞬間をやり直しているのだ。
ならば、あの時できなかった答えを今ここで。
「――好きな人が、できました」
たった一つのシンプルな解答を口にする。
同時に、俺の胸の中で何かがストンと落ちた気がした。
「…………その子は、幸せだね」
「そう、でしょうか……。俺は不安です」
とはいえ、
ポツリと呟く俺を前に、先輩は腰に手を当て、立ち上がる。
「弱気になるな! ……君は私が恋した人なんだから」
そうして、また優しい笑みを浮かべれば、今度は手を後ろに組んで背を向けた。
それから、半身になって軽く手を振る。
「それじゃ、私は行くよ。……バイバイ、翔真くん」
「はい……さようなら」
これは別れだ。
畔上翔真と橘結菜という二人の人間の関係性の終わり。
けれど、別れたならば再会すればいい。
たとえ終わっても、なくならずに残り続けるものだってある。
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「その時は、みんな喜ぶと思います」
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