彼と彼女の365日

如月ゆう

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November

11月9日(土) 新人戦・県大会・一日目②

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 大会一日目が終了した。
 予定されていた全ての試合が終わり、観客も選手も銘々に片付けをして捌けていく。

 そんな中で俺は、ある一人の人物を探していた。

 客席、会場、トイレから通路まで探せる範囲は全部見て回る。
 帰宅でごった返しとなっている人々の顔を一人一人確認していく。

 そうしてようやく、見つけることができた。
 会場の出入り口の傍。建物の陰になって見えづらい、ベンチにポツンと佇む彼の後ろ姿を。

 怒りが湧く。
 ギリリと歯を食いしばり、自然と拳を握りこんだ。

「――――畔上翔真!」

 その名を叫ぶと同時に、詰め寄ってその胸ぐらを掴み上げる。

 不思議だった。
 言いたいことはいっぱいあるはずなのに、込み上げる激情に流されて言葉が出てこない。

 何度も口を開け閉めして、そうして一言だけ絞り出る。

「――俺は、あんな勝ち方などしたくなかった!」

 思い出すのは、先の試合のことだった。


 ♦ ♦ ♦


 白熱した試合だった。

 片や優勝候補、片やしがない弱小校。
 周りからそんな評価を受ける中で、俺たちにできることは目の前の試合を一勝をする――ただそれだけであった。

 一勝さえすれば、シングルスⅡまで回る。
 シングルスⅡまで回れば、俺のわがままでありチームの目標でもある畔上翔真との再戦が果たせる。

 故に、まずは一勝。
 そう意気込み挑んだ一戦目は敗北を喫した。

 俺も選手として出たダブルスであり、一番勝ち目のある戦いだったのだけど、二年生コンビという強力なペアの力の前にはなす術がない。

 残された試合のうち、シングルスⅠはあの蔵敷宙が相手なのだから勝ち目はなく、絶望的といっても間違いではなかった。

 けれど、それでも諦めまいと仲間は頑張ってくれる。
 始まったダブルスⅡは接戦による接戦。ファイナルゲームまで縺れ込み、幾度と続くデュースを制したのは俺たちの方だった。

 そうして、奇跡的な一勝を手にした俺たちはトータルカウント一対二のまま、畔上翔真に挑むこととなる。

「ゲーム! マッチ・ウォンバイ・国立」

 ――けれど、試合は呆気なく幕を閉じる。
 マッチカウント二対〇……ファーストゲームが二十一対九、セカンドゲームが二十一対七の圧勝。

 そんなことって、ないだろ……!
 相手はあの畔上翔真だぞ。こんな覇気のない、虚しく立っているだけの男じゃない!

 俺たちが一体どんな気持ちでこれまでの戦いを乗り越えて、今日を挑んだと思っているんだよ……。
 アイツらの努力は何だったんだよ……。

「――お前は、全てを懸けて挑みに来た対戦相手を侮辱したんだぞ……!」

 そう激昂した俺は、更にキツく胸ぐらを締め上げる。

「……………………すまない」

 しかし、苦しそうな表情一つ見せない彼はただ冷静に、申し訳なさそうに目を伏せて、俺の腕を制すように手を乗せた。

「――――っ!」

「ちょ――それはさすがにダメっスよ、亮吾くん!」

 思わず引いた拳を、今までずっと黙って見守っていた琴葉が抱きつくことで止めに入る。

「ここで殴って問題になったら、それこそ皆の想いはどうなると思ってるんスか……!」

 掛けられた言葉が痛いほどに胸に染み、込み上げた怒りは全て行き場をなくして、空虚な虚しさへと変わる。

 きっと、今の彼には何を言っても通じない。
 ただ、淡々と謝るだけだろう。

 そう確信すると同時に、憤りと虚脱感が体を支配する。

「……………………帰ろう、琴葉」

「…………うん」

 このままここにいても、どうしようもない。
 そう感じて、立ち去ろうとした――その時だった。

「あれ、なんか揉めてる?」
「ウケる、だっさー」
「てか隣の子、可愛くね?」
「やべぇな、バド部かわい子ちゃん多すぎかよ」

 そこに現れたのは複数人の男女。
 染めた髪に、ジャラジャラとした装飾品を身にまとい、お世辞にも品があるとは言えない面々である。

「……君たちは誰だ?」

「ん? あー、ソイツの連れ。友達」

 故に話しかけてみれば、軽薄そうにその中の一人が答えた。

「……亮吾くん」

「あぁ……」

 けど、そうでないことは明白だ。
 畔上翔真のチームの応援席で彼らの姿は見なかった。これまでにも、その姿は見たことがない。そして何より、畔上翔真はこんな趣味の悪い奴らと組むような人間ではないと知っている。

「悪いが、彼はチームの元へ帰す。君たちの出る幕はない――」

「あれ……てかこの人、小豚ちゃんの対戦相手じゃね?」

 早々に蔵敷宙たちへ引き渡そう――そう動こうとした時、彼らのうちの一人が気付いた。

「あ、マジじゃん!」
「ウケる、てことは対戦相手にキレられてたの?」
「お前弱すぎーってか! どんだけだよ!」
「でも、マジで酷い試合だったもんな! 俺でも勝てるわ」
「さすが小豚ちゃんだぜ!」

 そうして始まる罵詈雑言。
 聞くに耐えない悪態と先ほどまでの鬱憤とが相まって、その足を止める。

「――君たちに、畔上翔真の何が分かる……!」

「…………あ?」

 すると、先ほどまで笑っていた面々は冷めた瞳でこちらを見ていた。

「何が分かるって? 全部知ってるさ。お前こそ、知っているのかよ? コイツが昔からどうしようもないほどのデ――」

「――もういいだろ!」

 その声をかき消すように、今日初めて、畔上翔真は声を荒らげる。

「もう、いいだろ……!」

 苦しそうに、言葉を吐き出すその様子に彼らはニヤリとほくそ笑む。

「お前が一緒に来てくれるならな」

「……分かった」

 頷く彼の姿に、俺は瞠目した。

「なっ……! 畔上翔――」

「――これは俺の話だ、関係ないやつは引っ込んでくれ」

 引き止めようとするも、放たれたのはそんな冷たい刃。
 そして、残されるのは俺と琴葉の二人だけ。



 ……さて、試合の話をしよう。
 俺が勝ち、二対二に縺れ込んだ最終戦――シングルスⅢ。

 結論から言えば、俺たちが勝利した。
 勝利してしまった。

 ジャイアントキリングだと、大番狂わせだと、観ている者を大いに奮わせた。

 けれども、何も嬉しくなかった。
 仲間たちが嬉し泣きをする姿を脇目に、俺も一人で泣きそうになる。

 これほどまでに虚しい勝利を、俺は知らない。
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