223 / 284
October
10月29日(火) 化学
しおりを挟む
チャイムが鳴れば、先生らは教材を持って教室から立ち去り、生徒はガタガタと椅子や机を鳴らして銘々に動き出す。
「あー……化学、嫌。……疲れた」
そうして訪れるお昼休み。
つい先ほどまで行われていた授業教科に対する愚痴を言いながら、私は机に倒れ伏した。
目線を上げれば、意味の分からない言葉や式がズラリ。
コレが四限目でなければ、次の授業の準備ということですぐに黒板は真っ白――いや、この場合は真っ黒かな……――になるのだけど、日直も含めた全員が昼食の用意をし始めるため、もうしばらくはこの複雑怪奇な文字たちを視界に入れなければならないのが辛いところ。
「相変わらずだね、かなちゃん……。もう終わったんだし、お昼食べよ?」
「…………ん、食べる」
親友の詩音がお弁当を持って話しかけに来てくれる。
その言葉にようやく頭を上げた私は、机の横に掛けた鞄から同じものを取り出して、いつものメンバーの元へ集まった。
「……化学なんていらなーい。……勉強したくなーい。……何でアレが好きな人がいるのか、理解できない」
とはいえ、鬱憤が消えたわけではない。
日頃の、溜まりに溜まった理系科目への恨みが今になって噴き出す。
「――俺は、逆に何で化学を嫌う人がいるのかの方が理解できないけどな」
……と、そんなタイミングで現れたのはそら。
幼馴染であり、私とは正反対に理系を得意とするヤツは、意趣返しのように私の言葉と似たフレーズを用いて真逆のことを言ってきた。
…………なんかムカつく。
「…………原子もイオンもモルも、酸と塩基も、中和も、酸化還元も……全部分からない。……目に見えないものの話をされても困る。……性質も、記号も、公式も多すぎ」
「いやいや、酸化還元なんてただの反応式のパズルだろ。性質や記号や公式はそれを解くために必要なもので、ゲームのルールや仕様を覚えることと何ら変わらないし……。酸と塩基や中和、イオンは中学で習ったことの応用。モル計算は、中身自体は中学生でも解けるような簡単な計算なのに、一見すると難しい問題を解いているように見えて気持ちいい。そして何より、原子は『テルル』が可愛すぎる! 何だよ、その語感。原子番号五十二番って最高かよ……!」
えぇー…………キモい。
一線越えてるというか……なんか、ウチの教科担当と同じこと言ってるし…………毒されてしまったか。
「そ、そんなに好きなんだね…………化学……」
さすがのコレには詩音もドン引き。
唯一、畔上くんだけはそんな様子にもニコニコと楽しそうな笑みを浮かべていた。
……多分、彼はそんなそらを最初から知ってたんだと思う。
「なら、やっぱり進む学部もそっち系なの?」
「いいや、残念ながら違う。……まぁ、同じ理系ではあるけど」
などと考えていれば、いつの間にか会話の主導権が私とそらから、そらと詩音に移ってしまっていた。
うーむ、まだまだ文句も反論したいこともあって言い足りないのだけど……でも、そういう話をそらから聞いたことがなかったような気もする。
丁度いいから、黙って聞いていよう。
「へぇー、そうなんだ。でも、どうして? せっかく、そこまで好きなのに……」
「あぁ、そりゃもちろん――」
そこで言葉を切ったそらは、一瞬だけこちらに目を向けた。
「…………あー……もちろん、アレだ。その……好きなこととやりたいことはイコールにならないからさ。ゲーム好きだからって、クリエイターやプロゲーマーになるか? 本が好きだからって、作家や編集者になるか? 会社員は会社が好きなのか? 違うだろ、って話だよ」
「う、うん……確かにそうだけど…………」
一瞬だけ言葉につまる素振りを見せるも、いつも通りの無茶苦茶な理論を展開し、詩音は困った表情で返事をする。
「だろ? それに、好きなことほど趣味に留めといた方が良いって言うしな。趣味を仕事にしたら、苦痛で仕方ないらしいぞ」
「あっ、それはよく聞くかも……」
かと思えば、今度は納得した。
いや、その前に化学が趣味って何……。誰かそこを先に突っ込んでよ。
ていうか結局、進学の話も聞けてないし……。
――でもまぁ、いっか。
別に今すぐ知りたいことでもないし、聞けばいつでも教えてくれるはず。
ぶっちゃけ、何の話が事の発端なのかももう記憶にないし……大人しくお弁当を食べることにしよう。
「あー……化学、嫌。……疲れた」
そうして訪れるお昼休み。
つい先ほどまで行われていた授業教科に対する愚痴を言いながら、私は机に倒れ伏した。
目線を上げれば、意味の分からない言葉や式がズラリ。
コレが四限目でなければ、次の授業の準備ということですぐに黒板は真っ白――いや、この場合は真っ黒かな……――になるのだけど、日直も含めた全員が昼食の用意をし始めるため、もうしばらくはこの複雑怪奇な文字たちを視界に入れなければならないのが辛いところ。
「相変わらずだね、かなちゃん……。もう終わったんだし、お昼食べよ?」
「…………ん、食べる」
親友の詩音がお弁当を持って話しかけに来てくれる。
その言葉にようやく頭を上げた私は、机の横に掛けた鞄から同じものを取り出して、いつものメンバーの元へ集まった。
「……化学なんていらなーい。……勉強したくなーい。……何でアレが好きな人がいるのか、理解できない」
とはいえ、鬱憤が消えたわけではない。
日頃の、溜まりに溜まった理系科目への恨みが今になって噴き出す。
「――俺は、逆に何で化学を嫌う人がいるのかの方が理解できないけどな」
……と、そんなタイミングで現れたのはそら。
幼馴染であり、私とは正反対に理系を得意とするヤツは、意趣返しのように私の言葉と似たフレーズを用いて真逆のことを言ってきた。
…………なんかムカつく。
「…………原子もイオンもモルも、酸と塩基も、中和も、酸化還元も……全部分からない。……目に見えないものの話をされても困る。……性質も、記号も、公式も多すぎ」
「いやいや、酸化還元なんてただの反応式のパズルだろ。性質や記号や公式はそれを解くために必要なもので、ゲームのルールや仕様を覚えることと何ら変わらないし……。酸と塩基や中和、イオンは中学で習ったことの応用。モル計算は、中身自体は中学生でも解けるような簡単な計算なのに、一見すると難しい問題を解いているように見えて気持ちいい。そして何より、原子は『テルル』が可愛すぎる! 何だよ、その語感。原子番号五十二番って最高かよ……!」
えぇー…………キモい。
一線越えてるというか……なんか、ウチの教科担当と同じこと言ってるし…………毒されてしまったか。
「そ、そんなに好きなんだね…………化学……」
さすがのコレには詩音もドン引き。
唯一、畔上くんだけはそんな様子にもニコニコと楽しそうな笑みを浮かべていた。
……多分、彼はそんなそらを最初から知ってたんだと思う。
「なら、やっぱり進む学部もそっち系なの?」
「いいや、残念ながら違う。……まぁ、同じ理系ではあるけど」
などと考えていれば、いつの間にか会話の主導権が私とそらから、そらと詩音に移ってしまっていた。
うーむ、まだまだ文句も反論したいこともあって言い足りないのだけど……でも、そういう話をそらから聞いたことがなかったような気もする。
丁度いいから、黙って聞いていよう。
「へぇー、そうなんだ。でも、どうして? せっかく、そこまで好きなのに……」
「あぁ、そりゃもちろん――」
そこで言葉を切ったそらは、一瞬だけこちらに目を向けた。
「…………あー……もちろん、アレだ。その……好きなこととやりたいことはイコールにならないからさ。ゲーム好きだからって、クリエイターやプロゲーマーになるか? 本が好きだからって、作家や編集者になるか? 会社員は会社が好きなのか? 違うだろ、って話だよ」
「う、うん……確かにそうだけど…………」
一瞬だけ言葉につまる素振りを見せるも、いつも通りの無茶苦茶な理論を展開し、詩音は困った表情で返事をする。
「だろ? それに、好きなことほど趣味に留めといた方が良いって言うしな。趣味を仕事にしたら、苦痛で仕方ないらしいぞ」
「あっ、それはよく聞くかも……」
かと思えば、今度は納得した。
いや、その前に化学が趣味って何……。誰かそこを先に突っ込んでよ。
ていうか結局、進学の話も聞けてないし……。
――でもまぁ、いっか。
別に今すぐ知りたいことでもないし、聞けばいつでも教えてくれるはず。
ぶっちゃけ、何の話が事の発端なのかももう記憶にないし……大人しくお弁当を食べることにしよう。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
幼馴染と話し合って恋人になってみた→夫婦になってみた
久野真一
青春
最近の俺はちょっとした悩みを抱えている。クラスメート曰く、
幼馴染である百合(ゆり)と仲が良すぎるせいで付き合ってるか気になるらしい。
堀川百合(ほりかわゆり)。美人で成績優秀、運動完璧だけど朝が弱くてゲーム好きな天才肌の女の子。
猫みたいに気まぐれだけど優しい一面もあるそんな女の子。
百合とはゲームや面白いことが好きなところが馬が合って仲の良い関係を続けている。
そんな百合は今年は隣のクラス。俺と付き合ってるのかよく勘ぐられるらしい。
男女が仲良くしてるからすぐ付き合ってるだの何だの勘ぐってくるのは困る。
とはいえ。百合は異性としても魅力的なわけで付き合ってみたいという気持ちもある。
そんなことを悩んでいたある日の下校途中。百合から
「修二は私と恋人になりたい?」
なんて聞かれた。考えた末の言葉らしい。
百合としても満更じゃないのなら恋人になるのを躊躇する理由もない。
「なれたらいいと思ってる」
少し曖昧な返事とともに恋人になった俺たち。
食べさせあいをしたり、キスやその先もしてみたり。
恋人になった後は今までよりもっと楽しい毎日。
そんな俺達は大学に入る時に籍を入れて学生夫婦としての生活も開始。
夜一緒に寝たり、一緒に大学の講義を受けたり、新婚旅行に行ったりと
新婚生活も満喫中。
これは俺と百合が恋人としてイチャイチャしたり、
新婚生活を楽しんだりする、甘くてほのぼのとする日常のお話。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる