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October
10月29日(火) 化学
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チャイムが鳴れば、先生らは教材を持って教室から立ち去り、生徒はガタガタと椅子や机を鳴らして銘々に動き出す。
「あー……化学、嫌。……疲れた」
そうして訪れるお昼休み。
つい先ほどまで行われていた授業教科に対する愚痴を言いながら、私は机に倒れ伏した。
目線を上げれば、意味の分からない言葉や式がズラリ。
コレが四限目でなければ、次の授業の準備ということですぐに黒板は真っ白――いや、この場合は真っ黒かな……――になるのだけど、日直も含めた全員が昼食の用意をし始めるため、もうしばらくはこの複雑怪奇な文字たちを視界に入れなければならないのが辛いところ。
「相変わらずだね、かなちゃん……。もう終わったんだし、お昼食べよ?」
「…………ん、食べる」
親友の詩音がお弁当を持って話しかけに来てくれる。
その言葉にようやく頭を上げた私は、机の横に掛けた鞄から同じものを取り出して、いつものメンバーの元へ集まった。
「……化学なんていらなーい。……勉強したくなーい。……何でアレが好きな人がいるのか、理解できない」
とはいえ、鬱憤が消えたわけではない。
日頃の、溜まりに溜まった理系科目への恨みが今になって噴き出す。
「――俺は、逆に何で化学を嫌う人がいるのかの方が理解できないけどな」
……と、そんなタイミングで現れたのはそら。
幼馴染であり、私とは正反対に理系を得意とするヤツは、意趣返しのように私の言葉と似たフレーズを用いて真逆のことを言ってきた。
…………なんかムカつく。
「…………原子もイオンもモルも、酸と塩基も、中和も、酸化還元も……全部分からない。……目に見えないものの話をされても困る。……性質も、記号も、公式も多すぎ」
「いやいや、酸化還元なんてただの反応式のパズルだろ。性質や記号や公式はそれを解くために必要なもので、ゲームのルールや仕様を覚えることと何ら変わらないし……。酸と塩基や中和、イオンは中学で習ったことの応用。モル計算は、中身自体は中学生でも解けるような簡単な計算なのに、一見すると難しい問題を解いているように見えて気持ちいい。そして何より、原子は『テルル』が可愛すぎる! 何だよ、その語感。原子番号五十二番って最高かよ……!」
えぇー…………キモい。
一線越えてるというか……なんか、ウチの教科担当と同じこと言ってるし…………毒されてしまったか。
「そ、そんなに好きなんだね…………化学……」
さすがのコレには詩音もドン引き。
唯一、畔上くんだけはそんな様子にもニコニコと楽しそうな笑みを浮かべていた。
……多分、彼はそんなそらを最初から知ってたんだと思う。
「なら、やっぱり進む学部もそっち系なの?」
「いいや、残念ながら違う。……まぁ、同じ理系ではあるけど」
などと考えていれば、いつの間にか会話の主導権が私とそらから、そらと詩音に移ってしまっていた。
うーむ、まだまだ文句も反論したいこともあって言い足りないのだけど……でも、そういう話をそらから聞いたことがなかったような気もする。
丁度いいから、黙って聞いていよう。
「へぇー、そうなんだ。でも、どうして? せっかく、そこまで好きなのに……」
「あぁ、そりゃもちろん――」
そこで言葉を切ったそらは、一瞬だけこちらに目を向けた。
「…………あー……もちろん、アレだ。その……好きなこととやりたいことはイコールにならないからさ。ゲーム好きだからって、クリエイターやプロゲーマーになるか? 本が好きだからって、作家や編集者になるか? 会社員は会社が好きなのか? 違うだろ、って話だよ」
「う、うん……確かにそうだけど…………」
一瞬だけ言葉につまる素振りを見せるも、いつも通りの無茶苦茶な理論を展開し、詩音は困った表情で返事をする。
「だろ? それに、好きなことほど趣味に留めといた方が良いって言うしな。趣味を仕事にしたら、苦痛で仕方ないらしいぞ」
「あっ、それはよく聞くかも……」
かと思えば、今度は納得した。
いや、その前に化学が趣味って何……。誰かそこを先に突っ込んでよ。
ていうか結局、進学の話も聞けてないし……。
――でもまぁ、いっか。
別に今すぐ知りたいことでもないし、聞けばいつでも教えてくれるはず。
ぶっちゃけ、何の話が事の発端なのかももう記憶にないし……大人しくお弁当を食べることにしよう。
「あー……化学、嫌。……疲れた」
そうして訪れるお昼休み。
つい先ほどまで行われていた授業教科に対する愚痴を言いながら、私は机に倒れ伏した。
目線を上げれば、意味の分からない言葉や式がズラリ。
コレが四限目でなければ、次の授業の準備ということですぐに黒板は真っ白――いや、この場合は真っ黒かな……――になるのだけど、日直も含めた全員が昼食の用意をし始めるため、もうしばらくはこの複雑怪奇な文字たちを視界に入れなければならないのが辛いところ。
「相変わらずだね、かなちゃん……。もう終わったんだし、お昼食べよ?」
「…………ん、食べる」
親友の詩音がお弁当を持って話しかけに来てくれる。
その言葉にようやく頭を上げた私は、机の横に掛けた鞄から同じものを取り出して、いつものメンバーの元へ集まった。
「……化学なんていらなーい。……勉強したくなーい。……何でアレが好きな人がいるのか、理解できない」
とはいえ、鬱憤が消えたわけではない。
日頃の、溜まりに溜まった理系科目への恨みが今になって噴き出す。
「――俺は、逆に何で化学を嫌う人がいるのかの方が理解できないけどな」
……と、そんなタイミングで現れたのはそら。
幼馴染であり、私とは正反対に理系を得意とするヤツは、意趣返しのように私の言葉と似たフレーズを用いて真逆のことを言ってきた。
…………なんかムカつく。
「…………原子もイオンもモルも、酸と塩基も、中和も、酸化還元も……全部分からない。……目に見えないものの話をされても困る。……性質も、記号も、公式も多すぎ」
「いやいや、酸化還元なんてただの反応式のパズルだろ。性質や記号や公式はそれを解くために必要なもので、ゲームのルールや仕様を覚えることと何ら変わらないし……。酸と塩基や中和、イオンは中学で習ったことの応用。モル計算は、中身自体は中学生でも解けるような簡単な計算なのに、一見すると難しい問題を解いているように見えて気持ちいい。そして何より、原子は『テルル』が可愛すぎる! 何だよ、その語感。原子番号五十二番って最高かよ……!」
えぇー…………キモい。
一線越えてるというか……なんか、ウチの教科担当と同じこと言ってるし…………毒されてしまったか。
「そ、そんなに好きなんだね…………化学……」
さすがのコレには詩音もドン引き。
唯一、畔上くんだけはそんな様子にもニコニコと楽しそうな笑みを浮かべていた。
……多分、彼はそんなそらを最初から知ってたんだと思う。
「なら、やっぱり進む学部もそっち系なの?」
「いいや、残念ながら違う。……まぁ、同じ理系ではあるけど」
などと考えていれば、いつの間にか会話の主導権が私とそらから、そらと詩音に移ってしまっていた。
うーむ、まだまだ文句も反論したいこともあって言い足りないのだけど……でも、そういう話をそらから聞いたことがなかったような気もする。
丁度いいから、黙って聞いていよう。
「へぇー、そうなんだ。でも、どうして? せっかく、そこまで好きなのに……」
「あぁ、そりゃもちろん――」
そこで言葉を切ったそらは、一瞬だけこちらに目を向けた。
「…………あー……もちろん、アレだ。その……好きなこととやりたいことはイコールにならないからさ。ゲーム好きだからって、クリエイターやプロゲーマーになるか? 本が好きだからって、作家や編集者になるか? 会社員は会社が好きなのか? 違うだろ、って話だよ」
「う、うん……確かにそうだけど…………」
一瞬だけ言葉につまる素振りを見せるも、いつも通りの無茶苦茶な理論を展開し、詩音は困った表情で返事をする。
「だろ? それに、好きなことほど趣味に留めといた方が良いって言うしな。趣味を仕事にしたら、苦痛で仕方ないらしいぞ」
「あっ、それはよく聞くかも……」
かと思えば、今度は納得した。
いや、その前に化学が趣味って何……。誰かそこを先に突っ込んでよ。
ていうか結局、進学の話も聞けてないし……。
――でもまぁ、いっか。
別に今すぐ知りたいことでもないし、聞けばいつでも教えてくれるはず。
ぶっちゃけ、何の話が事の発端なのかももう記憶にないし……大人しくお弁当を食べることにしよう。
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