彼と彼女の365日

如月ゆう

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October

10月22日(火) 即位礼正殿の儀

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「……ねぇ、暇ぁー」

 時間帯は夕方。
 いつも通りの休日の過ごし方として、ウチに遊びに来ていたかなたはそんな不満を漏らした。

 まぁ、テレビは同じ報道しかしていないし、俺自身も個人で楽しむようなものしか持っていないため、そうなるのは仕方ないと言えよう。

「なら、散歩でも行くか? 何か甘いもの食べたくなったし……」

 気分はロールケーキとモンブラン風味のミルクティー。
 故に、暇つぶしも兼ねて誘ってやると、彼女は二つ返事でベッドから飛び上がる。

「おぉー、行く行く」

 ……それ、マットレスのスプリングが痛むから止めて欲しいんだけどなぁ。
 たらなどと考えながらも口には出さず、クローゼットから手頃な上着を羽織った。

「けど、財布持ってきてないから……奢って?」

 そのまま一緒に階段を降りていけば、先頭を歩いていたかなたはその道中で、物理的な上目遣いをしながらお願いを申し出る。

「いいぞ。ただし、俺が会計を済ませた後に残った小銭分だけな」

「……今いくら持ってるの?」

「小銭だけで六百円ちょい。ちなみに、札を使うつもりはないから」

 つまりは、飲み物とスイーツを買う予定であるため、二百円ほどしか残らない計算である。
 ……まぁ、飲み物を奢って貰えるだけ有難いと思え。

 だというのに――。

「……やった、五百円も使えるー」

「何で、俺が飲み物しか買わない計算をしてるんだ……お前は。推測ガバガバかよ」

 ――などという発言が飛び、それにツッコミを入れつつ、俺たちは外へ出た。


 ♦ ♦ ♦


 傾きかけている西日が、これでもかと輝いている。
 世界は赤く染め上がり、まるでこの世の終わりのようだ。

 始まりがあれば、終わりがある。
 よく聞く言葉ではあるが、だったらその逆もまた然り――終わったならば、その先に始まりがあるのではなかろうか。

 少なくとも、今日はその日に相応しい。
 天皇即位礼正殿の儀――平成から令和へ、即位した天皇が日本国の内外に即位を宣明する儀式。

 巷では、接近していた台風が逸れた、即位の瞬間に雨が止んで虹が出た、天照大御神の思し召しだ、などと騒がれている重大な一日だ。

 けれどもその実、俺たちの生きる世界に何か変化があるかと言われれば、そういうわけではない。

 何にも変わらずにどこまでも続いていって、でもその中には、年号やお札など実感のない形で確かに変わるものがある。

「――――なぁ、かなた」

「……何?」

「……お前さ、俺がいなくなったらどうするわけ?」

 そんなことを考えていたら、ずっと心の中に残っていたしこりが気になって、つい口から溢れ出てしまった。

「…………そら、引っ越すの?」

「違ぇよ。ただ……受験だったり、就職だったりで、ずっとこのままってわけにもいかないだろ」

 何とか言葉を濁し、仮定の話にすり替えた。
 けれど、それは嘘だ。あと一年もすればやってくる、未来の話にほかならない。

 俺は、工業大学に行く。
 自分のために、夢のために。文系のかなたでは絶対に交わることのできない道へと踏みだす。

「その時になったら、どうするんだよ? ――って、そう聞いてるんだ」

 だからこそ、かなたにも俺と同じように自分の道を選んでもらいたくて、進路のことは隠しているわけだけど、さすがに心配になって尋ねてしまった。

「…………………………………………」

 彼女は答えない。答えられない。
 ただギュッと俺の腕に組み付いて、手を握って、体重を預けてくる。

「……………………? どうした?」

「……………………なんか、そらが遠くへ行っちゃうような気がした……から」

 逃がさない、どこまででも一緒に付いて行くと――そう宣言するように、強く強く、しがみつく。

「大丈夫だって。少なくとも、今すぐには――あー……事故とかに遭わない限りは、どこかへ行くなんて有り得ない」

「……………………ん」

 そう言って宥めれば、肩に寄り添うその小さな頭を撫でて、一方的に掴まれていた手の平を軽く握り返した。

 猫のように、気持ち良さそうに目を細めるかなた。
 罪悪感で重い俺。

 嘘は言っていない。でもだからこそ、より騙しているような気がして、心にのしかかってきた。

「…………さっきの答えだけどさ」

「…………おう」

「…………やっぱり、分からないよ。そんなこと考えられないし、考えたくもない」

 それは当たり前で、予想のできたこと。

「まぁ、そうだよな……。悪い、変なこと聞いた」

 こんな一度の問答で答えが出るのなら、俺も最初から進路のことなど隠してはいない。
 もっとゆっくりと、少しずつ自覚しながら導き出すべき事柄なのだから。

 だから、これでもいい。

「――――それで、かなたさんや。いつまでこの手は繋いでいればいいわけ?」

「ずっと」

 血管が圧迫されているのか、痺れ始めた腕を差して尋ねると、無慈悲にもそんな答えが返ってくる。

「……マジ? 店の中でも?」

「もちろん」

「えぇー……また近所から噂されるじゃん……」

「もう、とっくに公認」

「いや、そりゃそうだけどさぁー……」

 真っ赤な夕日。伸びる影。
 いつもの街の空気感に、この手の温もり。

 ……それと、悲しげに響く声。

 全てが変わらず、そこにあった。

 それでも、世界は目に見えない形で変わっている。
 小さく、浅く、知覚できないくらいの僅かな変化だけど、少しずつ確かに変わっている。

 それがいつか、歪みとして目の前に現れたとき、彼女はどんな答えを出すのか。
 いや、そもそもとして答えを出すことができるのか。

 俺はそれが、心配でならなかった。
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