彼と彼女の365日

如月ゆう

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October

10月18日(金) 大会前夜

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「いよいよ、明日から大会だな」

「……そうだな」

 俺たち以外、まだ誰もいない体育館。
 そこに一面だけネットを張れば、アップがてらにラリーをしつつ会話に興じていた。

 部員の姿が見えないのは、単にHRホームルームが他よりも早く終わったため。
 一緒にやって来た菊池さんとかなたはマネージャーの仕事とかでこの場におらず今は二人だけだが、もう数分もすればみんな集まってくるだろう。

「…………緊張してるか?」

 唐突で、意味不明な問い。
 それ故に怪訝な表情を浮かべてしまう。

「は? ……何で?」

「そらにとって、初めての団体戦だからさ」

 ……あぁ、なるほど。
 個人戦に出場したかったように、俺は団体競技が嫌いだ。その点を翔真は心配しているのだろう。

「別に、何も変わらないさ。俺が勝っても、周りが負ければ全体で負ける――ってところは確かに嫌だけど、それは負けた本人が一番分かってるだろうしな。……それに試合そのものは結局、個人の戦いだ」

 だから、何も変わらない。
 一応、個人戦とは違って団体戦は学校の名前を背負ってる――とも言えるのだけど……そこに関しては心の底から興味がないから無問題モーマンタイ

 勝手に背負わせるな、ハゲ。
 俺たちは目の前の一試合を全力で戦うだけじゃ、ボケ。

 ――なんつってな。

「そうか……」

 いつものように強い言葉で一蹴すると、翔真は影のある笑みを浮かべた。
 心做しか、シャトルの勢いも弱い気がする。

「…………俺は、緊張してるよ」

 親友の思わぬ告白に、ラケットの振るタイミングが遅れた。

 フレームに当たり、響く甲高い音。
 一方で、シャトルはヒョロヒョロと放物線を描くものの、しかし、ネットは越えない。

 落ちたソレを拾い、ラリーを再開すれば、同時に話も再開される。

「……俺が部長になって、一・二年生だけの初めての試合だからさ……夏の結果が良かっただけに、すごいプレッシャーだよ」

「……確かに、先輩たちは強かったな」

 オリンピック候補のダブルスペア。
 二勝または二敗していたら勝率百パーセント――団体戦では打って付けの選手であり、まるで物語のような性質を持っていた先輩。
 翔真と殆ど変わらない実力の持ち主だった部長。

 序盤で負けても四戦目、五戦目と望みは繋げていけたし、調子が良ければ――それこそ、県大会までは最初の三人で蹴散らせるくらいには選手が粒ぞろいだった。

 それと比べれば、今の選手層は薄い。薄すぎる。
 監督が先行逃げ切りと明言したのがその証拠。だから、翔真の不安も無理はない。

「まぁ、だとしても、少なくとも今は心配することねぇよ。俺に、お前に、ダブルスの二年……九州大会の経験者が三人もいるんだ。地区大会や県大会くらい訳ないさ」

 励ますように、そう答えてシャトルを返す。
 ともすれば、急に彼は笑い始めた。

「……………………何だよ」

 その理由が俺には分からず、少し不機嫌になる。

「いや、だって……珍しいから。まさか、そらが自分を勘定に入れるなんて思ってもみなかったよ」

「……俺は、自分が弱いとは思ってない。まぁ、そこまで強くもないわけだが……それでも、ある程度は勝ち上がっていける自信くらいある」

「ははは……いいや、強いさ。そらが認めてくれる俺が認めるくらいには、君は強い」

 左手を天井に、ラケットを構える美しいフォーム。
 ジャンプをすれば、その打点は二メートルを優に超える。

「――だから期待してるよ、親友」

 そう言って放たれたスマッシュは、誰にも拾われることなく、何にも阻まれることなく、コートの奥のその隅へと打ち込まれた。

「……ま、発言が少し負けフラグっぽかったけどな」

「…………うるせぇーよ。負けフラグ建てときゃ、変に勝利を気負う必要がなくて、逆に勝ちに繋がるだろうが」

「何だよ、その理論」

 コート外へと転がるシャトルを拾いに行けば、ようやく部員は集まり始める。
 翔真の笑う顔にも、もう影は見当たらない。

 涼やかな秋の風に混じって、闘争者たちの熱が燻っているのを俺は僅かに感じた気がした。
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