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October
10月11日(金) 橋本七海の日常②
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「なんか、二学期制の学校は今、秋休みなんだって。羨ましいよねー」
部活の合間の休憩時間。
タオルで汗を拭き、水筒の水を飲み……低い位置の窓から吹く風で火照った身体を休めながら、僕は隣に座る一愛に話を振った。
――が、しかし、すぐに自分の行動が間違いだったと気付く。
「…………ななみーん……それ、どこ情報? ていうか、誰情報かな? ななみんが連絡するような道外の友達っていたっけ?」
「いるよー! それはもちろん、そらくんのことに決ま――あっ……」
ニッコリ笑顔に騙され、口を閉じたときには時すでに遅し。
僕の顔を下から覗き込むように、無理矢理に目を合わせてきて、彼女は語り掛けてきた。
「そら、くん……? それって、アレ? 夏の全国大会の時に私たちに黙って密会、挙句の果てには女生徒専用の練習場にまで連れて来た、あの男のこと?」
「ち、違うよー!? ね、ネットに上がっていた話だよー」
真っ黒すぎる瞳。傾けられる首。はらりと落ちる髪。
目に入るその全てが怖い。
だから、誤魔化そうと適当なことを言ってみるけれど、一愛だけでなく他の子たちにも通用しなかった。
「えっ……七海先輩、あの人と連絡先を交換していたんですか?」
「わわ! おめでとうございます! 頑張ってください!」
「ど、どんな話をしているんですか……?」
ここは女子校。女の園。
恋愛話に飢えている彼女らは、餌を撒いた池の鯉のように食い付いてくる。
やっちゃったなぁ……。
男性不信である一愛は、男に関する話題をあまり良しとしない。
特に、僕のことになるとよく怒り、それは皆も知っているはずなのだけど……熱に当てられたのか、誰一人として止めようとする者はいなかった。
「何の話ですか?」
「あー、そっか。アンタ、全国に付いてきてないんだっけ。七海に彼氏ができたのよ」
「えー! うそぉ!?」
「寄せられた告白の悉くを断ってきた、あの七海先輩がですか!?」
「あーもう、まだ彼氏じゃなーい!」
「でも、狙っているんですよね?」
「『まだ』って、言ってたしね」
「ほ、本気なんだぁ……」
取り敢えず、訂正のためにそんなことを叫んでみる。
けれど、今言うべき言葉ではない気がしてならない。
そりゃ、ちょっとは良いなって思ってはいるし、もしかしたら――なんて考えたりもしているけど、今はあくまでもただのゲーム友達だし、付き合っていないとはいえ仲の良い幼馴染もいるのだから、一筋縄ではいかないわけで……って、だから違ーう!
早く、この騒ぎを止めないと……!
「けど、意外だなぁ。私だったら、完全に翔真くんの方がタイプ」
「あっ、分かりますー! カッコイイですよねー」
「おまけに運動神経も抜群。聞いた話によれば、頭も良いとか……」
「あんな完璧な人、他にいませんよ」
しかし、暴走した乙女はなおも走り続ける。
ひと段落したと思いきや、今度は他の男性の話が始まり、僕はとうとう大声を出した。
「はい! 皆、もう止めー!」
部長として鍛えられた喉を利用し、一喝する。
体育館中に響いたソレは一瞬ではあるものの場を静め、その後に皆はブーイングのような野次が飛ばしてきた。
が、流石にそれで心を乱される僕では――。
「何でですかー?」
「きっと、彼氏と比べられるのが嫌なのよ」
「さすがに、勝てませんもんね。バドミントンを初めて一年で全国に出て、しかもあの『絶対王者』から一セット取った人ですし」
――なんか、カチーンときた。
「それだったら、そらくんだって一球勝負で彼からポイント取ってるよ! しかも、初見で!」
「でも、所詮は一球だし……ねー?」
『ねー』
「それに、九州大会でその畔上なんとかに勝ってるんだから! 実力的にも、そらくんの方が上! 絶対! 僕が言うんだから間違いない! 文句がある人は僕に勝ってからにして!」
もう我慢ならない。
こうなったら、彼の持つ強さを僕自身が証明してやる。
一方で、「それはズルいですよぉー」や「七海に勝てる人なんて居ないのにね」などと部員からブーイングの嵐が飛ぶ中――。
「――……そろそろ、もう、いいんじゃない?」
そんな低い声が響いた。
『――――あっ……』
僕はすっかり、忘れてしまっていた。
皆はようやく、気付いたようだった。
蚊帳の外でありながら、延々と嫌いな男の話を聞かされていた一愛の怒りは既に頂点に達していたらしい。
「…………取り敢えず、練習をすっぽかした罰として、今からノック百本ね」
「えぇー」
「そんなぁ……」
「横暴だー!」
やんややんやと騒ぐ部員。
そこに彼女は青筋を立てて、さらに一言。
「……追加で二セット。これ、副部長命令だから」
わぁー、怖いなー……。
「……それと、ななみん?」
「えっ……あ、何かな?」
矛先が僕にも向き、つい身体を強ばらせる。
「さっきの話に文句があるから、私と試合しよっか」
「…………本気?」
「本気。何か文句でもある?」
「……………………ないです」
そうして、僕は一セット先取の簡単なゲームを、部員の皆は本当に百本ノックを三セットやらされる羽目になったのであった。
――この時、一愛を除いた皆が心に誓う。
『金輪際、一愛の前では決して男の話をしないようにしよう』――と。
部活の合間の休憩時間。
タオルで汗を拭き、水筒の水を飲み……低い位置の窓から吹く風で火照った身体を休めながら、僕は隣に座る一愛に話を振った。
――が、しかし、すぐに自分の行動が間違いだったと気付く。
「…………ななみーん……それ、どこ情報? ていうか、誰情報かな? ななみんが連絡するような道外の友達っていたっけ?」
「いるよー! それはもちろん、そらくんのことに決ま――あっ……」
ニッコリ笑顔に騙され、口を閉じたときには時すでに遅し。
僕の顔を下から覗き込むように、無理矢理に目を合わせてきて、彼女は語り掛けてきた。
「そら、くん……? それって、アレ? 夏の全国大会の時に私たちに黙って密会、挙句の果てには女生徒専用の練習場にまで連れて来た、あの男のこと?」
「ち、違うよー!? ね、ネットに上がっていた話だよー」
真っ黒すぎる瞳。傾けられる首。はらりと落ちる髪。
目に入るその全てが怖い。
だから、誤魔化そうと適当なことを言ってみるけれど、一愛だけでなく他の子たちにも通用しなかった。
「えっ……七海先輩、あの人と連絡先を交換していたんですか?」
「わわ! おめでとうございます! 頑張ってください!」
「ど、どんな話をしているんですか……?」
ここは女子校。女の園。
恋愛話に飢えている彼女らは、餌を撒いた池の鯉のように食い付いてくる。
やっちゃったなぁ……。
男性不信である一愛は、男に関する話題をあまり良しとしない。
特に、僕のことになるとよく怒り、それは皆も知っているはずなのだけど……熱に当てられたのか、誰一人として止めようとする者はいなかった。
「何の話ですか?」
「あー、そっか。アンタ、全国に付いてきてないんだっけ。七海に彼氏ができたのよ」
「えー! うそぉ!?」
「寄せられた告白の悉くを断ってきた、あの七海先輩がですか!?」
「あーもう、まだ彼氏じゃなーい!」
「でも、狙っているんですよね?」
「『まだ』って、言ってたしね」
「ほ、本気なんだぁ……」
取り敢えず、訂正のためにそんなことを叫んでみる。
けれど、今言うべき言葉ではない気がしてならない。
そりゃ、ちょっとは良いなって思ってはいるし、もしかしたら――なんて考えたりもしているけど、今はあくまでもただのゲーム友達だし、付き合っていないとはいえ仲の良い幼馴染もいるのだから、一筋縄ではいかないわけで……って、だから違ーう!
早く、この騒ぎを止めないと……!
「けど、意外だなぁ。私だったら、完全に翔真くんの方がタイプ」
「あっ、分かりますー! カッコイイですよねー」
「おまけに運動神経も抜群。聞いた話によれば、頭も良いとか……」
「あんな完璧な人、他にいませんよ」
しかし、暴走した乙女はなおも走り続ける。
ひと段落したと思いきや、今度は他の男性の話が始まり、僕はとうとう大声を出した。
「はい! 皆、もう止めー!」
部長として鍛えられた喉を利用し、一喝する。
体育館中に響いたソレは一瞬ではあるものの場を静め、その後に皆はブーイングのような野次が飛ばしてきた。
が、流石にそれで心を乱される僕では――。
「何でですかー?」
「きっと、彼氏と比べられるのが嫌なのよ」
「さすがに、勝てませんもんね。バドミントンを初めて一年で全国に出て、しかもあの『絶対王者』から一セット取った人ですし」
――なんか、カチーンときた。
「それだったら、そらくんだって一球勝負で彼からポイント取ってるよ! しかも、初見で!」
「でも、所詮は一球だし……ねー?」
『ねー』
「それに、九州大会でその畔上なんとかに勝ってるんだから! 実力的にも、そらくんの方が上! 絶対! 僕が言うんだから間違いない! 文句がある人は僕に勝ってからにして!」
もう我慢ならない。
こうなったら、彼の持つ強さを僕自身が証明してやる。
一方で、「それはズルいですよぉー」や「七海に勝てる人なんて居ないのにね」などと部員からブーイングの嵐が飛ぶ中――。
「――……そろそろ、もう、いいんじゃない?」
そんな低い声が響いた。
『――――あっ……』
僕はすっかり、忘れてしまっていた。
皆はようやく、気付いたようだった。
蚊帳の外でありながら、延々と嫌いな男の話を聞かされていた一愛の怒りは既に頂点に達していたらしい。
「…………取り敢えず、練習をすっぽかした罰として、今からノック百本ね」
「えぇー」
「そんなぁ……」
「横暴だー!」
やんややんやと騒ぐ部員。
そこに彼女は青筋を立てて、さらに一言。
「……追加で二セット。これ、副部長命令だから」
わぁー、怖いなー……。
「……それと、ななみん?」
「えっ……あ、何かな?」
矛先が僕にも向き、つい身体を強ばらせる。
「さっきの話に文句があるから、私と試合しよっか」
「…………本気?」
「本気。何か文句でもある?」
「……………………ないです」
そうして、僕は一セット先取の簡単なゲームを、部員の皆は本当に百本ノックを三セットやらされる羽目になったのであった。
――この時、一愛を除いた皆が心に誓う。
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