彼と彼女の365日

如月ゆう

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September

9月21日(土) 板挟みの長男

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「ただいまー」

 部活も終わり、詩音さんとも途中で別れ、自転車を走らせること二十分弱。
 自宅であるマンションへと帰り着いた俺は、鍵を開けて玄関へと入る。

 と、そこには見慣れない靴が……。

「あら、翔ちゃん。おかえりなのです」

「あっ、おかえり~」

 リビングの扉を開けるなり、出迎えてくれたのは母さん。
 そして同時に、もう一人も声を掛けてきた。

「姉さん……帰ってきてたんだ」

 畔上こがみ月夜つくよ――現在二十歳の大学二年生。俺の姉。
 普段は大学通学のために一人暮らしをしている彼女であるが、こうして連休の合間を縫っては帰省する自由な人である。

 その証拠に、服装はデニムとキャミソールのみ。
 酒が入っているらしく、その手にはアルミ缶が握られ、いつも以上にテンションが高い。

 一度自室に鞄を置き、料理の用意されている席――姉さんと向かい合う位置に座れば、手を合わせる。

「いただきます」

「はいー、どうぞなのです」

 もぐもぐと箸を進めるたびに減っていく料理たち。
 それらが半分ほど消費されたあたりで、テレビを見ていた姉が口を開いた。

「……そういえば翔真、テレビに出たんだって?」

「あー……まぁ……」

 あまり触れられたくない話題に、言葉を濁しつつ肯定すると、その口元は面白可笑しそうに歪められる。

「しかも、評判が良かったとか……」

「…………みたいだね」

 どうやら引く気はないようだ。
 むしろ、嬉々として聞き出してきた。

「へぇー、あの翔真がねぇ……」

「そうなのです、この前の三者面談の時も翔ちゃんは人気そうで私は嬉しかったのです! ……だから、テレビの放送日を教えてくれなかったのは、少し残念だったのです」

 しょうがないだろ、それは。
 俺もクラスメイトからメッセージが来るまでは、その日が放送日だって知らなかったんだから。

 でもまぁ、結果的にはそうなって助かったと思っている。

「えぇー、じゃあ録画してないの?」

「そうなのです……」

 でないと、これ以上に身内から弄られることになっていたのかもしれない。
 家族揃っての鑑賞会なんて、真っ平ごめんだ。

「――何の話?」

 ともすれば、リビングの扉は開かれ、一人の少女が現れた。

 彼女の名前は畔上こがみ陽向ひなた――十三歳の中学二年生。俺の妹。

 風呂上がりなのか体は火照っており、首にタオルをかけて湿った髪を拭いている。
 また、ショートパンツのモコモコなルームウェアを着用しており、可愛らしくも秋という肌寒い時期に適した格好だ。

「翔真がテレビに出た――って話をね」

 姉さんが簡単に簡潔に、質問に答えると妹の顔色は一変する。
 帰ってきたばかりで知らないだろうからしょうがないけど、陽向の前でその話は禁句なのだ。

 キッとこちら――というか、俺を睨みつけると吐き捨てるようにこう告げた。

「……ホントうざい。マジでうざい。クラスの友達から色々と聞かれて、迷惑してるんですけど……。あんまり調子に乗らないでよね」

 別に、俺が話したわけじゃないんだけどなぁ……。
 ていうか、むしろ俺も被害者の方だし。

 そう思ったところで特に伝わるわけもなく、機嫌を悪くした彼女はプイと顔を背けて出て行ってしまった。
 多分、自室に籠ったのだろう。

「……思春期は難しいな」

 思わず呟いた一言。
 ここ一、二年はずっと刺々しい態度が続いていたが、テレビの件を知ってからはより一層酷くなっている。

 そんな妹に対してため息を吐けば、しかし、姉さんも母さんもニマニマとニコニコと笑みを浮かべてこちらを見ていた。

「まぁ……ある意味、思春期よね~」

「ひなちゃんは、相変わらずなのです」

 そして再度、ため息を吐く。

 男二人、女三人の我ら畔上家。
 けれど、父さんは仕事で遅く、女性陣の相手はいつも俺だ。

 天然な母さん、人を弄って楽しむ姉さん、冷たい妹。
 意図せずして生じる板挟みに、長男としての苦悩を感じる俺であった。
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