180 / 284
September
9月16日(月) 放生会
しおりを挟む
月曜日。祝日。敬老の日。
人によっては様々な捉え方ができる今日という日であるが、我が福岡県民にとっては、博多三大祭りの一つ――『放生会』の真っ只中である。
今年も十二日から十八日までの七日七夜で行われ、筥崎宮の通りは様々な露店で溢れていた。
カランコロンと響く下駄の音。
最寄りの駅から歩いて、集合場所に指定している石鳥居の前へと向かえば、そこにはすでに先客が二人いる。
「よお、遅くなったな」
「……お待たせ」
声を掛けると、ようやくこちらに気が付いたようで、揃って返事をしてくれた。
「いいや、全然」
「う、うん……私たちも今、来たところだから」
何を隠そう、翔真と菊池さんだ。
前者は、カーキ色のサマーニットに黒のスキニーパンツ。ロング丈のシャツで裾を、リングネックレスで胸元にワンポイントをあしらうという、シンプルながらもセンスに溢れた装い。
後者は、水色を基調とした下地にピンクの小さな花を無数に咲かせた浴衣。今宵の祭りに対しても充分なやる気が見て取れ、また、素直に似合っていると思われる。
「…………詩音、可愛い」
「そ、そう……かな……? かなちゃんも大人っぽくて素敵だよ」
そうして、そんな問答をする幼馴染。
彼女もまた浴衣を身にまとい、それは白を基調とした下地に黒のストライプ柄のみという、かなりシックなデザインをしていた。
とまぁ、こんな感じのいつものメンバー。
何事もなく揃ったことだし、早速回ろう――。
「――しかし、意外だな……そら」
「……………………何が?」
一歩進もうとし、しかし、終わらぬ雑談で遮られ、俺は親友の方へと向き直る。
「照れて誤魔化さなくてもいい。その着ている浴衣のことだよ。まさか、そらまで用意してるとはな」
「う、うん……それは、私も思った……」
「……お母さんのおかげ」
珍しそうにマジマジと見つめてくる二人と、ドヤ顔の一人。
「しょうがないだろ……。コイツの両親がわざわざ買ってきてくれたんだから……」
ムカつきと呆れとで嘆息が零れる。
その言葉通り、かなたの両親が「浴衣を買ってきたから着ないか」と、無理に勧めてきたためにこうなったのだ。
何でも、かなたの分を単品で買うよりもセットで買う方が安かったらしく、それなら、折角だから俺の分も一緒に――という流れだったらしい。
貰えるだけありがたいと思う反面、余計なことをしてくれたという気持ちでいっぱいな、どうも思春期です。
「おかげで自転車に乗れないわ、電車経由の徒歩で来ないといけないわで、かなり面倒だったんだぞ」
故に、それなりの悪態が口をついた。
「……っていうけど、電車代を出すってお母さんの言葉に負けたのはそらじゃん」
「…………………………………………」
……しょうがないだろ。
それと一緒に露店で遊ぶお金もくれたんだから……。
いわば、これはバイトなのだ。
相手の望む服に着替え、対価としてお金を貰う。両者ともに合意の健全なやり取り。……うん、そうに違いない。
「まぁまぁ……せっかく集まったんだし、こんな所で話ばかりしてないで、そろそろ見て回ろうか」
「あっ、そうだね」
と、必死に何かに弁解をしていれば、翔真は提案をしてきた。
菊池さんも肯定しているし、俺としても異論はない。
出店の通りへ行き着けば、橙色の光で溢れている。
定番のりんご飴、わたあめ、チョコバナナ。焼き鳥にベビーカステラ、果てはトルコアイスや冷やしパインまで。
食以外にも、金魚すくい、射的、紐くじ、亀釣りや型抜きにお化け屋敷などなど……。
喧騒と人で満ちたこの場所は、しかし、思いのほか居心地が悪くなかった。
「さて……何を食おうかなぁ」
「……私、トルネードポテト」
「ドネルケバブも捨て難いな……」
「二人とも、花より団子だな。詩音さんは?」
「わ、私……? 私は……お化け屋敷、とか……」
「へぇー、意外。怖いの好きなの?」
「好き、というか…………怖かったら、くっ付いていられるし……」
「えっ? ごめん、周りの声で聞こえな――」
「――おい、翔真。冷やしパインじゃんけんをしに行くぞ。この先のばあちゃんの店が安いんだよ」
「……あ、ポテト。ちょっと買ってくる」
「別にいいけどさ、冷やしパインってそこまでして食べるものなのか?」
「いや、全然。冷たいだけだし。でも、百円なんだぞ? じゃんけんに勝ったら、プラス一本とかお得だろ!」
「それ、単に在庫処分しているだけなんじゃ……」
「ね、ねぇ……かなちゃん、どこに行ったの……?」
「あ?」
「え……?」
「ただいまー……って、どした?」
「お前を探してたんだよ!」
「倉敷さんを探していたんだよ」
「かなちゃんを探してたの……!」
などと、他に負けず劣らずの騒ぎを繰り広げていたせいかもしれないけれど。
カランコロンと下駄は鳴る。
明るく伸びるこの夜道が、その光を失うまで。ずっと、きっと、いつまでも……。
人によっては様々な捉え方ができる今日という日であるが、我が福岡県民にとっては、博多三大祭りの一つ――『放生会』の真っ只中である。
今年も十二日から十八日までの七日七夜で行われ、筥崎宮の通りは様々な露店で溢れていた。
カランコロンと響く下駄の音。
最寄りの駅から歩いて、集合場所に指定している石鳥居の前へと向かえば、そこにはすでに先客が二人いる。
「よお、遅くなったな」
「……お待たせ」
声を掛けると、ようやくこちらに気が付いたようで、揃って返事をしてくれた。
「いいや、全然」
「う、うん……私たちも今、来たところだから」
何を隠そう、翔真と菊池さんだ。
前者は、カーキ色のサマーニットに黒のスキニーパンツ。ロング丈のシャツで裾を、リングネックレスで胸元にワンポイントをあしらうという、シンプルながらもセンスに溢れた装い。
後者は、水色を基調とした下地にピンクの小さな花を無数に咲かせた浴衣。今宵の祭りに対しても充分なやる気が見て取れ、また、素直に似合っていると思われる。
「…………詩音、可愛い」
「そ、そう……かな……? かなちゃんも大人っぽくて素敵だよ」
そうして、そんな問答をする幼馴染。
彼女もまた浴衣を身にまとい、それは白を基調とした下地に黒のストライプ柄のみという、かなりシックなデザインをしていた。
とまぁ、こんな感じのいつものメンバー。
何事もなく揃ったことだし、早速回ろう――。
「――しかし、意外だな……そら」
「……………………何が?」
一歩進もうとし、しかし、終わらぬ雑談で遮られ、俺は親友の方へと向き直る。
「照れて誤魔化さなくてもいい。その着ている浴衣のことだよ。まさか、そらまで用意してるとはな」
「う、うん……それは、私も思った……」
「……お母さんのおかげ」
珍しそうにマジマジと見つめてくる二人と、ドヤ顔の一人。
「しょうがないだろ……。コイツの両親がわざわざ買ってきてくれたんだから……」
ムカつきと呆れとで嘆息が零れる。
その言葉通り、かなたの両親が「浴衣を買ってきたから着ないか」と、無理に勧めてきたためにこうなったのだ。
何でも、かなたの分を単品で買うよりもセットで買う方が安かったらしく、それなら、折角だから俺の分も一緒に――という流れだったらしい。
貰えるだけありがたいと思う反面、余計なことをしてくれたという気持ちでいっぱいな、どうも思春期です。
「おかげで自転車に乗れないわ、電車経由の徒歩で来ないといけないわで、かなり面倒だったんだぞ」
故に、それなりの悪態が口をついた。
「……っていうけど、電車代を出すってお母さんの言葉に負けたのはそらじゃん」
「…………………………………………」
……しょうがないだろ。
それと一緒に露店で遊ぶお金もくれたんだから……。
いわば、これはバイトなのだ。
相手の望む服に着替え、対価としてお金を貰う。両者ともに合意の健全なやり取り。……うん、そうに違いない。
「まぁまぁ……せっかく集まったんだし、こんな所で話ばかりしてないで、そろそろ見て回ろうか」
「あっ、そうだね」
と、必死に何かに弁解をしていれば、翔真は提案をしてきた。
菊池さんも肯定しているし、俺としても異論はない。
出店の通りへ行き着けば、橙色の光で溢れている。
定番のりんご飴、わたあめ、チョコバナナ。焼き鳥にベビーカステラ、果てはトルコアイスや冷やしパインまで。
食以外にも、金魚すくい、射的、紐くじ、亀釣りや型抜きにお化け屋敷などなど……。
喧騒と人で満ちたこの場所は、しかし、思いのほか居心地が悪くなかった。
「さて……何を食おうかなぁ」
「……私、トルネードポテト」
「ドネルケバブも捨て難いな……」
「二人とも、花より団子だな。詩音さんは?」
「わ、私……? 私は……お化け屋敷、とか……」
「へぇー、意外。怖いの好きなの?」
「好き、というか…………怖かったら、くっ付いていられるし……」
「えっ? ごめん、周りの声で聞こえな――」
「――おい、翔真。冷やしパインじゃんけんをしに行くぞ。この先のばあちゃんの店が安いんだよ」
「……あ、ポテト。ちょっと買ってくる」
「別にいいけどさ、冷やしパインってそこまでして食べるものなのか?」
「いや、全然。冷たいだけだし。でも、百円なんだぞ? じゃんけんに勝ったら、プラス一本とかお得だろ!」
「それ、単に在庫処分しているだけなんじゃ……」
「ね、ねぇ……かなちゃん、どこに行ったの……?」
「あ?」
「え……?」
「ただいまー……って、どした?」
「お前を探してたんだよ!」
「倉敷さんを探していたんだよ」
「かなちゃんを探してたの……!」
などと、他に負けず劣らずの騒ぎを繰り広げていたせいかもしれないけれど。
カランコロンと下駄は鳴る。
明るく伸びるこの夜道が、その光を失うまで。ずっと、きっと、いつまでも……。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
幼馴染と話し合って恋人になってみた→夫婦になってみた
久野真一
青春
最近の俺はちょっとした悩みを抱えている。クラスメート曰く、
幼馴染である百合(ゆり)と仲が良すぎるせいで付き合ってるか気になるらしい。
堀川百合(ほりかわゆり)。美人で成績優秀、運動完璧だけど朝が弱くてゲーム好きな天才肌の女の子。
猫みたいに気まぐれだけど優しい一面もあるそんな女の子。
百合とはゲームや面白いことが好きなところが馬が合って仲の良い関係を続けている。
そんな百合は今年は隣のクラス。俺と付き合ってるのかよく勘ぐられるらしい。
男女が仲良くしてるからすぐ付き合ってるだの何だの勘ぐってくるのは困る。
とはいえ。百合は異性としても魅力的なわけで付き合ってみたいという気持ちもある。
そんなことを悩んでいたある日の下校途中。百合から
「修二は私と恋人になりたい?」
なんて聞かれた。考えた末の言葉らしい。
百合としても満更じゃないのなら恋人になるのを躊躇する理由もない。
「なれたらいいと思ってる」
少し曖昧な返事とともに恋人になった俺たち。
食べさせあいをしたり、キスやその先もしてみたり。
恋人になった後は今までよりもっと楽しい毎日。
そんな俺達は大学に入る時に籍を入れて学生夫婦としての生活も開始。
夜一緒に寝たり、一緒に大学の講義を受けたり、新婚旅行に行ったりと
新婚生活も満喫中。
これは俺と百合が恋人としてイチャイチャしたり、
新婚生活を楽しんだりする、甘くてほのぼのとする日常のお話。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる