彼と彼女の365日

如月ゆう

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September

9月16日(月) 放生会

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 月曜日。祝日。敬老の日。
 人によっては様々な捉え方ができる今日という日であるが、我が福岡県民にとっては、博多三大祭りの一つ――『放生会』の真っ只中である。

 今年も十二日から十八日までの七日七夜で行われ、筥崎宮はこざきぐうの通りは様々な露店で溢れていた。

 カランコロンと響く下駄の音。
 最寄りの駅から歩いて、集合場所に指定している石鳥居の前へと向かえば、そこにはすでに先客が二人いる。

「よお、遅くなったな」

「……お待たせ」

 声を掛けると、ようやくこちらに気が付いたようで、揃って返事をしてくれた。

「いいや、全然」

「う、うん……私たちも今、来たところだから」

 何を隠そう、翔真と菊池さんだ。

 前者は、カーキ色のサマーニットに黒のスキニーパンツ。ロング丈のシャツで裾を、リングネックレスで胸元にワンポイントをあしらうという、シンプルながらもセンスに溢れた装い。
 後者は、水色を基調とした下地にピンクの小さな花を無数に咲かせた浴衣。今宵の祭りに対しても充分なやる気が見て取れ、また、素直に似合っていると思われる。

「…………詩音、可愛い」

「そ、そう……かな……? かなちゃんも大人っぽくて素敵だよ」

 そうして、そんな問答をする幼馴染。
 彼女もまた浴衣を身にまとい、それは白を基調とした下地に黒のストライプ柄のみという、かなりシックなデザインをしていた。

 とまぁ、こんな感じのいつものメンバー。
 何事もなく揃ったことだし、早速回ろう――。

「――しかし、意外だな……そら」

「……………………何が?」

 一歩進もうとし、しかし、終わらぬ雑談で遮られ、俺は親友の方へと向き直る。

「照れて誤魔化さなくてもいい。その着ている浴衣のことだよ。まさか、そらまで用意してるとはな」

「う、うん……それは、私も思った……」

「……お母さんのおかげ」

 珍しそうにマジマジと見つめてくる二人と、ドヤ顔の一人。

「しょうがないだろ……。コイツかなたの両親がわざわざ買ってきてくれたんだから……」

 ムカつきと呆れとで嘆息が零れる。
 その言葉通り、かなたの両親が「浴衣を買ってきたから着ないか」と、無理に勧めてきたためにこうなったのだ。

 何でも、かなたの分を単品で買うよりもセットで買う方が安かったらしく、それなら、折角だから俺の分も一緒に――という流れだったらしい。

 貰えるだけありがたいと思う反面、余計なことをしてくれたという気持ちでいっぱいな、どうも思春期です。

「おかげで自転車に乗れないわ、電車経由の徒歩で来ないといけないわで、かなり面倒だったんだぞ」

 故に、それなりの悪態が口をついた。

「……っていうけど、電車代を出すってお母さんの言葉に負けたのはそらじゃん」

「…………………………………………」

 ……しょうがないだろ。
 それと一緒に露店で遊ぶお金もくれたんだから……。

 いわば、これはバイトなのだ。
 相手の望む服に着替え、対価としてお金を貰う。両者ともに合意の健全なやり取り。……うん、そうに違いない。

「まぁまぁ……せっかく集まったんだし、こんな所で話ばかりしてないで、そろそろ見て回ろうか」

「あっ、そうだね」

 と、必死に何かに弁解をしていれば、翔真は提案をしてきた。
 菊池さんも肯定しているし、俺としても異論はない。

 出店の通りへ行き着けば、橙色の光で溢れている。

 定番のりんご飴、わたあめ、チョコバナナ。焼き鳥にベビーカステラ、果てはトルコアイスや冷やしパインまで。
 食以外にも、金魚すくい、射的、紐くじ、亀釣りや型抜きにお化け屋敷などなど……。

 喧騒と人で満ちたこの場所は、しかし、思いのほか居心地が悪くなかった。

「さて……何を食おうかなぁ」

「……私、トルネードポテト」

「ドネルケバブも捨て難いな……」

「二人とも、花より団子だな。詩音さんは?」

「わ、私……? 私は……お化け屋敷、とか……」

「へぇー、意外。怖いの好きなの?」

「好き、というか…………怖かったら、くっ付いていられるし……」

「えっ? ごめん、周りの声で聞こえな――」

「――おい、翔真。冷やしパインじゃんけんをしに行くぞ。この先のばあちゃんの店が安いんだよ」

「……あ、ポテト。ちょっと買ってくる」

「別にいいけどさ、冷やしパインってそこまでして食べるものなのか?」

「いや、全然。冷たいだけだし。でも、百円なんだぞ? じゃんけんに勝ったら、プラス一本とかお得だろ!」

「それ、単に在庫処分しているだけなんじゃ……」

「ね、ねぇ……かなちゃん、どこに行ったの……?」

「あ?」
「え……?」

「ただいまー……って、どした?」

「お前を探してたんだよ!」
「倉敷さんを探していたんだよ」
「かなちゃんを探してたの……!」

 などと、他に負けず劣らずの騒ぎを繰り広げていたせいかもしれないけれど。

 カランコロンと下駄は鳴る。
 明るく伸びるこの夜道が、その光を失うまで。ずっと、きっと、いつまでも……。
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