彼と彼女の365日

如月ゆう

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September

9月13日(金) 中秋の名月

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 一日に青空は二度やってくる。

 一回目は言わずもがな、午前中の晴れた日のこと。
 明るく、清々しいまでの水色は私たちの心を軽くしてくれる。

 二回目は夕方。黄昏時、またの名を逢魔ヶ刻。
 一度茜色へと移ろった空は、夜へと侵色されるそのひと時の間に、お昼時とは違った青空を私たちに見せてくれるのだ。

 そんな時分、自転車のカラカラと車輪が回る音を聞きながら、私は翔真くんと二人、並んで帰路についていた。

 最近は部活の休憩時間に会いに行くことも少なく、話したい内容は底を尽きないというのに、緊張からか不思議と口は開いてくれない。
 そのため、手持ち無沙汰になった私は沈みゆく太陽に背を向けて、煌々と輝く満月に目を向けてみた。

 それを見て思い浮かぶのは、やはり夏目漱石だろうか。
 英語の教師だったかの御仁が『I LOVE YOU』を訳すにあたって言った、あの言葉。

 先ほどの『逢魔ヶ刻』と合わせて、国語の与太話で学んだものであり、俗説や創作との声も大きいらしいのだけど、私個人としてはそんなことが気にならないくらいには好きな話だ。

 月を女性に見立てているあたりが特に。

 夜に輝く、唯一にして無二の存在。
 手が届かない、それでも見上げ慈しんでくれる対象として挙げてくれるなんて、とても素敵なことだと思うから。

 それに、月といえば文化祭でもやった『かぐや姫』。
 五人の公と一人の帝に愛されるほどの絶世の美女。その方と並び立ててくれるのだから、告白の言葉としてこれ以上のものはないだろう。

 ――と、そんなことを考えていると、隣からふと声が掛かる。

「月が綺麗だね」

「……………………えっ……?」

 今、翔真くんは何て言ったの……?

 聞こえはしたけど確証が持てず、つい確認しようと彼の方を向けば、彼もまたこちらを向いていた。
 あたりの影でその表情は見えないけれど、確実に私の方を向いている。

「だから、さ……月が綺麗だよ。輝いて見える」

 聞こえた、今度は。
 思わず口に手を覆う。

 やだ……どうしよう…………。
 ……もう、死んでもいいかも。

 心臓が高鳴って仕方がない。
 口から溢れ出そうだ。

 でも、まだ焦るな私。
 人間は何事も三度目が大事。

 二度あることは三度ある。仏の顔も三度まで。三度目の正直。
 先人の言葉に従って、吐きそうな気持ちを生唾と一緒に飲み込み、震えそうな声を何とか押し殺して最後に尋ねた。

「それって、どういう――」

 けれども、言い終わるよりも早く、彼の手が私の肩を掴む。

 その瞬間に、全てを悟った。
 だから私は、あるがままを受け止める。

 ゆっくりと近づく顔も。
 接触部から伝わってくる温もりも。
 肩から静かに向きを変えられる私の身体も。
 その後に伸び、一点を指差して動かない彼の腕も全て――。

 ――――って、えっ……?

「ほら、詩音さんもさっき見てたよね……あの満月。今日は中秋の名月だってさ」

 ニッコリと、なんの悪意もない爽やかな笑みを浮かべた翔真くんは、呆然とする私を置いてサッと身体を離して立ち上がった。

「でも、今どき月見団子なんて食べる家庭ってあるのかな? あっ……けど、そらのところは倉敷さん家とそういうのやっていても不思議じゃないか…………明日の部活で聞いてみよ」

 なんて、自己完結で終わらせるし……。

 あーーっ、もーー! あー、もう! あーもう!
 翔真くんのバカー! 勘違いさせるようなこと言ってー! そのくせ、今も私を置いていかないように待ってくれるし! アホー! けど、そういうところが好き! 大好きー!

 でもって、私のドキドキを返してよー!
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