彼と彼女の365日

如月ゆう

文字の大きさ
上 下
170 / 284
September

9月6日(金) リハーサル

しおりを挟む
 体育祭を明日に控えた今日という日。
 そのリハーサルと会場設営が、今回の主だった目的である。

 とはいえ、後者は部活動生のお仕事。
 そのため、いつも通りに朝からグラウンドへと集合した全校生徒の半分ほどは、午前中いっぱいで帰宅となるだろう。

 ……羨ましい限りだ。

 さて、そんなわけでリハーサルということになるのだが……行われることといえば、動きの確認がメイン。
 すでに計画されているプログラム通りに進行していき、アナウンスなどを元に入場門へと整列して、退場までの流れを復習さらっていく。

 この際、当たり前ではあるが競技は行われず、入場した後は協議が終わった体ですぐさま退場していくだけ。
 例外なのは、最初の開会式における入場行進と応援合戦くらいだ。

 前者は行進のルートや、その後の開会式での準備体操などの整列確認。
 後者は決められた時間に定められた時間内に演武を終わらせられるかの予行演習としてフルで実施される。

 なので、本日の練習の殆どがその様子をただ見守る時間でしかなく、体力というよりは暑さと暇との勝負であった。

 でもまぁ、疲れないという意味では悪くない。
 本番当日は、応援パネルをする兼ね合いで自分のブロックの応援合戦の内容は見られないし、そういった点ではむしろラッキーだったりする。

「しかし……高校の体育祭は練習が楽だよなぁー」

「……分かる」

 現在、行われているのは『障害物競走』。
 やる気のない若人らが実行委員の先導に従ってスタート位置へと移動していく様子を、スタンド席から文字通り高みの見物でもしつつ、俺はそう呟いた。

 そして、賛同してくれるのは同じ中学でかつ、幼馴染のかなた。
 昨日の不調もどこ吹く風で、同様に座ってグラウンドを眺めている。

「えっ……そ、そうかな……?」

 一方で、菊池さんは納得しがたいらしく、首を少し傾けた。

「そっか……菊池さんの学校は、ここと似た感じの練習内容だったんだな」

「…………羨ましい」

 昔を懐かしみ、羨望の目を二人して彼女に向ける。
 ウチのは最早、練習というより訓練。学校というより更生施設のレベルだったからな。

「なにせ、入場行進の時は『拳を握って目の高さまで振れ』、『脚の付け根、膝はそれぞれ直角になるまで上げろ』、『隣の人と上げる腕と足、歩幅を合わせろ。ただし、前は向いたまま横目と気配だけで察知な』、『カーブの時も横一列合わせろ。外側は歩幅を大きく、内側は小さく』、『声を張れ』――って散々言われたからな。しかも歩行速度は遅いわ、待機中もその場足踏みやらで二・三十分くらい延々とそのままだし」

「……ダメな人が一人でもいたら、やり直しもあった」

「そのくせ、上手くいったらいったで『もう一回』ときたもんだ。……マジでふざけんなよ、あの体育教師どもが」

 本当に、この学校とは大違いである。
 適当に歩こうが、声を出さなかろうが怒られることのないこの学校とはな。

 まぁでも、その経験があったからこそ今の幸せを噛み締めていられるというのもまた事実。
 怪我の功名……なのかもしれん。

「――てか、翔真はどうなんだよ? さっきから会話に入ってこないけど」

 果たして、厳しかった学校か、否か。
 ボーッと何かを考えるように一点を見つめていた親友に声を掛けた。

「えっ……? あっ、悪い……何の話だ?」

 こちらに気が付くと同時に、珍しくも彼は取り乱す。

「だから、中学校の体育祭だよ。この学校より厳しかったか?」

 再度、要約して話の流れを教えるも、しかし今日は歯切れが悪かった。

「あー……いや、どうだったかな……。……悪い、忘れた」

「おいおい、まだ二年前だぞ」

 呆れた笑いがこみ上げて仕方ない。
 勉強のし過ぎで、昔の記憶から上書きしていってるんじゃなかろうか。

「それより、次は『男子・棒引き』だぞ。そらの番だろ?」

「何だ、もうそんな時間か」

 渋々と立ち上がった俺は、スタンド席を下りていき、すぐ横に併設された入場門前へと移動する。

 その際に目に入る生徒たちの様子、ブロックパネルがまだ掲示されていない武骨なスタンド席、まっさらなグラウンド。
 どれもが準備不足で、逆に本番の前日だということを痛感させてくれた。
しおりを挟む


こちらも毎週火曜日に投稿しておりますので、よければ。
ファンタジー作品: 存在しないフェアリーテイル

以下、短編です。
二人のズッキーニはかたみに寄り添う
神の素顔、かくありき
彼女の嘘と、幼き日の夢
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

うわべに潜む零影

クスノキ茶
青春
資産家の御曹司でもある星見恭也は毎日が虚ろに感じていた とある日、転校生朝倉陽菜と出会う。そして、そこから彼の運命は予測不可能な潮流の渦に 巻き込まれていく事に成る。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

生まれ変わっても一緒にはならない

小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。 十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。 カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。 輪廻転生。 私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...