彼と彼女の365日

如月ゆう

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September

9月4日(水) アイスクリーム

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 ただいまはお昼休み。
 激しくも長い体育祭の練習は一区切りとなる時間帯であり、グラウンドや体育館、武道場などブロックごとに分かれて練習をしていた皆々様が挙って校舎や食堂、売店へと移動する。

 それは俺・かなた・翔真・菊池さんも例に漏れない。
 流れる人の群れの波に乗って先へと目指すが、しかし、目的地はいつもの教室などではなかった。

 珍しくも、今日は全員お弁当を持ってきていない。
 故に、食堂へと俺たちはその足を向ける。隣に付属している大学の食堂へと。

 それは単純に高校専用の食堂が存在しないからであり、また、建設費用の節約というやつであろう。
 だけども、意外にもデメリットは少なかったりする。むしろ、メリットの方が多い。

 まず、大学生と昼食時間が被るのでは……という懸念についてだが、これは一時間ほどズレがあるため全くの無問題なのだ。
 やはり、食堂を共同利用するにあたってその辺のことはきちんと考えられたのだと思う。よくできている。

 大学側に作ってあるため収容人数も充分で、むしろ設備は真新しく綺麗。値段も安い。量も多い。
 気になる点があるとすれば、入ってすぐに調理カウンターがあるため料理を買うまでの混雑が酷い――というところだろうか。

 まぁ、それでもメリットに比べれば些末な問題だけど。

「あー……なんか、アイス食べたい」

 そんなこの場所で、一番人気である『チキン南蛮風ライス』を食べた俺はそう呟いた。

 この料理、盛られたご飯の上に手のひらより一回りほど大きなチキン南蛮が乗せられたワンプレートであり、ひとつ三百五十円という破格の値段。
 食べ盛りの学生としては非常に嬉しい商品である。

 ……話が逸れた。元に戻そう。

「…………私も、食べたい」

「そうだな……じゃあ、皆で買いに行こうか。詩音さんも、それで大丈夫?」

「あっ……うん、私は別にどっちでも……」

 他の皆も当然食べ終わったところで、まったりとしていた時間への言葉だったために、話を聞いていた友人らは思いのほか乗り気に答えてくれた。

 ――というわけで、一同はこれまた大学内に存在するコンビニへと移動する。

 空調が効いて涼しく、明るい店内。
 そこに体操服姿の男女四人はかなり浮いているように感じるが、それはそれとして、アイスの入ったショーケースを物色していく。

 定番のアイス、そのコンビニ限定のアイス、期間限定の味。
 多種多様に揃う商品を見ていると、ふと昔のことを思い出した。

「……なぁ、『デッカルチョ』ってアイスが売ってたのを皆は知ってるか?」

「…………? いや、知らないけど……」
「わ、私も……」

 だよなぁ……。何せ発売は今から十年前。
 発売終了してもう六年が経つのだ。

「……私は覚えてる。小学生の頃、そらが毎日のように食べてたから」

「それくらい美味かったんだよ、特にティラミス味が。あの『ゴリゴリ君』で有名な紅城乳業が生産してたんだけど、なんで辞めたんだろう……」

 あぁ……何もかもが懐かしい。
 思い出しただけで食べたくなる。

 後にも先にも、アイスでここまで美味しいと言えたのはアレだけだったのになぁ……。

「でも、もう売ってないんだろ? なら、諦めて別のを選びなよ」

 何だと、翔真……!
 貴様、悲しみにくれる相手に向かってなんてものの言い草だ!

 いや、まぁ……その通りなんだけどさ。

「……私、コレにするー。ソフトクリーム」

 そして、かなた。
 お前は少し興味を持てや。

「俺は……やっぱり『アイスの箱』かなー。……詩音さんは?」

「わ、私は……その、特には…………」

「そっか…………うん、やっぱり『パプコ』に変える。それで、だけどさ……詩音さんがよかったら一緒に食べない?」

「あっ……た、食べる……! ……ます」

 ヤバい、泣きそう……。
 誰も話を聞いてくれない。

 みんな勝手にアイス選び終わってるし、何なら今すぐにでもレジに向かいそうな雰囲気だ。

 そんな折、トントンと肩を叩かれた。
 振り返ると、かなたは小首を傾げて立っている。

「…………で、結局そらは何にするの?」

「……フラッペ、飲むわ」

「……ん、なら一口交換ね」

 そうして、トテトテと一足先に会計へ。
 翔真たちも、いつの間にか外へと出ているが、袋は開けずに未だに中にいる俺を急かすように笑顔で手招きしていた。

 その瞬間に、俺は気付く。

「あぁ……そうか」

 なんでこんなにも、あのアイスを求めるのか。
 それは思い出があるからだ。

 昔の、あの楽しかった頃に食べた味だから、一番の記憶に残り、一番の味になっている。

 なら、それを覆すのもまた思い出の味しかない。
 こうやって、何でもない日に皆でアイスを買って、くだらないことを話しながら食べる。

 この思い出が、時間を置くことでいつかの未来に、ふとしたタイミングで思い出し、極上の一品へと変わるのだろう。
 きっと、そうに違いない。

 大事なのは味じゃない。
 大事に大事に秘められた、想い出なのだ。

「――なんて、そんなわけないけどな」

 あー、マジで『デッカルチョ』が食べたいわー。
 再販されないかなー。
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