162 / 284
August
8月29日(木) 湿気
しおりを挟む
本日もまた雨天なり。
けれど、規模は昨日ほどでもなく学校も交通機関も平常運転であり、午後から始まるいつもの体育祭の練習はそれぞれのブロックが体育館や武道場など、この学校に存在する屋内施設に分かれて行われていた。
さて、ここで余談なのだが、この学校はマンモス校である。
一学年だけで六百から七百名ほどの生徒が存在し、それが三学年分であるため、ざっと合わせて二千名ほど。
体育祭では、赤・青・黄・白と四ブロックに色分けするため、一ブロックあたり約五百人。
その数が室内に篭もったら、一体どうなるのだろうか。
まだ残暑もある。雨で窓も碌に開けられず、また湿気が酷い。
汗が滴り、それがまた蒸気へと昇華する悪循環。
いわゆるサウナ状態である現状に、この場にいる全員が不快感を示していた。
「暑っつい……」
「あぁ、これはさすがに……辛いな」
故にか、口を開くのは俺と翔真のみ。
俺の隣に座っているかなた、そしてその向こうの菊池さんはドミノ倒しのようにこちらに倒れ込み、ダウナー気分を全面に押し出している。
しかし、だからといってしてあげられることは特にない。
一応、こっそりとポケットに忍ばせておいた扇子で自分にも風が当たるように二人を扇いではいるけれど、このムワッとした熱気では逆効果な気がしないでもなかった。
「…………そういや、最近の日本は『暑いことで有名な国』の出身者からも苦言を吐かれるくらいに暑い――って、ネットで見たっけ」
「……だとしたら、いつか世界で一番熱い国なるかもなー」
なんとバカげているのだろうか。
この気候も、俺たちの会話も。
茹だるような熱気は頭の回転を鈍くし、会話に全く実が生まれない。
脳死で、思い付いたままの言葉を口に出していくこの作業を会話と呼んでいいのかさえ、甚だ疑問ではあるけれど……。
「……でも、なんでこんなに暑いんだろうな。温暖化か……?」
放たれた疑問。
誰も答える者はいないであろうと思われた問いであったが、すでに答えを知っている――もとい、自己完結していた内容であったので、間髪入れずに俺は答えた。
「それもあるけど、一番の理由は湿気だろうな。空気中に水分が多いだけ、どうしても暑くなる」
だから、恨むべきは湿度なのだ。
それは島国であるがために定められた運命なのかもしれないが、でもやはり、許してはおけない。
「冬も同じだ。寒い日は湿度が高い方が、体感温度は低くなる。だから意外に思う人も多いけど、下手な北海道の地域よりもこっちの方が寒いからな」
日本では九州は南に位置するから――なんてイメージで暖かいと思われがちだが、そんなことはない。
地図帳を引っ張り出してみろ。福岡なんて、東京と緯度はそんなに変わらないぞ。
「そうか……。なら、どうしようもないな」
「だな。除湿機能付きのクーラーとか設置してくれたら話は変わるんだろうけど…………てか、私立なんだからそれくらいやれよ」
不満が募って仕方なかった。
何度拭っても汗は滲み、その徒労も、肌着が濡れる感覚も、聞こえる雨の音も、今は全てが煩わしい。
この街も、この国も、俺はそこそこに好きだけれど、毎年夏に訪れるこの湿度による不快感だけは憎むほどに嫌いだな――と改めて思う今日この頃であった。
けれど、規模は昨日ほどでもなく学校も交通機関も平常運転であり、午後から始まるいつもの体育祭の練習はそれぞれのブロックが体育館や武道場など、この学校に存在する屋内施設に分かれて行われていた。
さて、ここで余談なのだが、この学校はマンモス校である。
一学年だけで六百から七百名ほどの生徒が存在し、それが三学年分であるため、ざっと合わせて二千名ほど。
体育祭では、赤・青・黄・白と四ブロックに色分けするため、一ブロックあたり約五百人。
その数が室内に篭もったら、一体どうなるのだろうか。
まだ残暑もある。雨で窓も碌に開けられず、また湿気が酷い。
汗が滴り、それがまた蒸気へと昇華する悪循環。
いわゆるサウナ状態である現状に、この場にいる全員が不快感を示していた。
「暑っつい……」
「あぁ、これはさすがに……辛いな」
故にか、口を開くのは俺と翔真のみ。
俺の隣に座っているかなた、そしてその向こうの菊池さんはドミノ倒しのようにこちらに倒れ込み、ダウナー気分を全面に押し出している。
しかし、だからといってしてあげられることは特にない。
一応、こっそりとポケットに忍ばせておいた扇子で自分にも風が当たるように二人を扇いではいるけれど、このムワッとした熱気では逆効果な気がしないでもなかった。
「…………そういや、最近の日本は『暑いことで有名な国』の出身者からも苦言を吐かれるくらいに暑い――って、ネットで見たっけ」
「……だとしたら、いつか世界で一番熱い国なるかもなー」
なんとバカげているのだろうか。
この気候も、俺たちの会話も。
茹だるような熱気は頭の回転を鈍くし、会話に全く実が生まれない。
脳死で、思い付いたままの言葉を口に出していくこの作業を会話と呼んでいいのかさえ、甚だ疑問ではあるけれど……。
「……でも、なんでこんなに暑いんだろうな。温暖化か……?」
放たれた疑問。
誰も答える者はいないであろうと思われた問いであったが、すでに答えを知っている――もとい、自己完結していた内容であったので、間髪入れずに俺は答えた。
「それもあるけど、一番の理由は湿気だろうな。空気中に水分が多いだけ、どうしても暑くなる」
だから、恨むべきは湿度なのだ。
それは島国であるがために定められた運命なのかもしれないが、でもやはり、許してはおけない。
「冬も同じだ。寒い日は湿度が高い方が、体感温度は低くなる。だから意外に思う人も多いけど、下手な北海道の地域よりもこっちの方が寒いからな」
日本では九州は南に位置するから――なんてイメージで暖かいと思われがちだが、そんなことはない。
地図帳を引っ張り出してみろ。福岡なんて、東京と緯度はそんなに変わらないぞ。
「そうか……。なら、どうしようもないな」
「だな。除湿機能付きのクーラーとか設置してくれたら話は変わるんだろうけど…………てか、私立なんだからそれくらいやれよ」
不満が募って仕方なかった。
何度拭っても汗は滲み、その徒労も、肌着が濡れる感覚も、聞こえる雨の音も、今は全てが煩わしい。
この街も、この国も、俺はそこそこに好きだけれど、毎年夏に訪れるこの湿度による不快感だけは憎むほどに嫌いだな――と改めて思う今日この頃であった。
0
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
うわべに潜む零影
クスノキ茶
青春
資産家の御曹司でもある星見恭也は毎日が虚ろに感じていた
とある日、転校生朝倉陽菜と出会う。そして、そこから彼の運命は予測不可能な潮流の渦に
巻き込まれていく事に成る。

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

生まれ変わっても一緒にはならない
小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。
十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。
カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。
輪廻転生。
私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる