彼と彼女の365日

如月ゆう

文字の大きさ
上 下
162 / 284
August

8月29日(木) 湿気

しおりを挟む
 本日もまた雨天なり。
 けれど、規模は昨日ほどでもなく学校も交通機関も平常運転であり、午後から始まるいつもの体育祭の練習はそれぞれのブロックが体育館や武道場など、この学校に存在する屋内施設に分かれて行われていた。

 さて、ここで余談なのだが、この学校はマンモス校である。
 一学年だけで六百から七百名ほどの生徒が存在し、それが三学年分であるため、ざっと合わせて二千名ほど。

 体育祭では、赤・青・黄・白と四ブロックに色分けするため、一ブロックあたり約五百人。
 その数が室内に篭もったら、一体どうなるのだろうか。

 まだ残暑もある。雨で窓も碌に開けられず、また湿気が酷い。
 汗が滴り、それがまた蒸気へと昇華する悪循環。

 いわゆるサウナ状態である現状に、この場にいる全員が不快感を示していた。

「暑っつい……」
「あぁ、これはさすがに……辛いな」

 故にか、口を開くのは俺と翔真のみ。
 俺の隣に座っているかなた、そしてその向こうの菊池さんはドミノ倒しのようにこちらに倒れ込み、ダウナー気分を全面に押し出している。

 しかし、だからといってしてあげられることは特にない。
 一応、こっそりとポケットに忍ばせておいた扇子で自分にも風が当たるように二人を扇いではいるけれど、このムワッとした熱気では逆効果な気がしないでもなかった。

「…………そういや、最近の日本は『暑いことで有名な国』の出身者からも苦言を吐かれるくらいに暑い――って、ネットで見たっけ」

「……だとしたら、いつか世界で一番熱い国なるかもなー」

 なんとバカげているのだろうか。
 この気候も、俺たちの会話も。

 茹だるような熱気は頭の回転を鈍くし、会話に全く実が生まれない。
 脳死で、思い付いたままの言葉を口に出していくこの作業を会話と呼んでいいのかさえ、甚だ疑問ではあるけれど……。

「……でも、なんでこんなに暑いんだろうな。温暖化か……?」

 放たれた疑問。
 誰も答える者はいないであろうと思われた問いであったが、すでに答えを知っている――もとい、自己完結していた内容であったので、間髪入れずに俺は答えた。

「それもあるけど、一番の理由は湿気だろうな。空気中に水分が多いだけ、どうしても暑くなる」

 だから、恨むべきは湿度なのだ。
 それは島国であるがために定められた運命なのかもしれないが、でもやはり、許してはおけない。

「冬も同じだ。寒い日は湿度が高い方が、体感温度は低くなる。だから意外に思う人も多いけど、下手な北海道の地域よりもこっちの方が寒いからな」

 日本では九州は南に位置するから――なんてイメージで暖かいと思われがちだが、そんなことはない。
 地図帳を引っ張り出してみろ。福岡なんて、東京と緯度はそんなに変わらないぞ。

「そうか……。なら、どうしようもないな」

「だな。除湿機能付きのクーラーとか設置してくれたら話は変わるんだろうけど…………てか、私立なんだからそれくらいやれよ」

 不満が募って仕方なかった。
 何度拭っても汗は滲み、その徒労も、肌着が濡れる感覚も、聞こえる雨の音も、今は全てが煩わしい。

 この街も、この国も、俺はそこそこに好きだけれど、毎年夏に訪れるこの湿度による不快感だけは憎むほどに嫌いだな――と改めて思う今日この頃であった。
しおりを挟む


こちらも毎週火曜日に投稿しておりますので、よければ。
ファンタジー作品: 存在しないフェアリーテイル

以下、短編です。
二人のズッキーニはかたみに寄り添う
神の素顔、かくありき
彼女の嘘と、幼き日の夢
感想 3

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

CHERRY GAME

星海はるか
青春
誘拐されたボーイフレンドを救出するため少女はゲームに立ち向かう

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

食いしん坊な親友と私の美味しい日常

†漆黒のシュナイダー†
青春
私‭――田所が同級生の遠野と一緒に毎日ご飯を食べる話。

青春の初期衝動

微熱の初期衝動
青春
青い春の初期症状について、書き起こしていきます。 少しでも貴方の心を動かせることを祈って。

かつて僕を振った幼馴染に、お月見をしながら「月が綺麗ですね」と言われた件。それって告白?

久野真一
青春
 2021年5月26日。「スーパームーン」と呼ばれる、満月としては1年で最も地球に近づく日。  同時に皆既月食が重なった稀有な日でもある。  社会人一年目の僕、荒木遊真(あらきゆうま)は、  実家のマンションの屋上で物思いにふけっていた。  それもそのはず。かつて、僕を振った、一生の親友を、お月見に誘ってみたのだ。  「せっかくの夜だし、マンションの屋上で、思い出話でもしない?」って。  僕を振った一生の親友の名前は、矢崎久遠(やざきくおん)。  亡くなった彼女のお母さんが、つけた大切な名前。  あの時の告白は応えてもらえなかったけど、今なら、あるいは。  そんな思いを抱えつつ、久遠と共に、かつての僕らについて語りあうことに。  そして、皆既月食の中で、僕は彼女から言われた。「月が綺麗だね」と。  夏目漱石が、I love youの和訳として「月が綺麗ですね」と言ったという逸話は有名だ。  とにかく、月が見えないその中で彼女は僕にそう言ったのだった。  これは、家族愛が強すぎて、恋愛を諦めざるを得なかった、「一生の親友」な久遠。  そして、彼女と一緒に生きてきた僕の一夜の物語。

処理中です...