彼と彼女の365日

如月ゆう

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August

8月11日(日) 水着選び

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 夏休み真っ盛り。
 お盆も間近に迫り、家族連れが多く見受けられるこのショッピングモールに俺は幼馴染のかなたと二人で来ていた。

 家から自転車で十数分の距離。
 通りを一本挟めばすぐそこは海だというのにあまり潮の香りは感じられず、それでいて涼しくもなく、照りつける夏の猛威からその身を守るようにして、クーラーの効く店内を並んで歩く。

「――で、俺は何で連れてこられたんだ?」

 朝なのか昼なのか、どちらとも断言しにくいような微妙な時間帯に家を訪れ、碌な説明もないままここまで同行を求められたわけであるが……俺としてもそろそろ事情が知りたい。

 そのため、ごった返す人の間を縫うようにして先陣を切る少女に付いて行きつつ、尋ねてみれば彼女は答えるでもなく何かをこちらに差し出してきた。

「…………ん」

「……? 何だソレ?」

 それは紛れもない一台のスマホ。
 画面にはすでにメッセージアプリのトーク履歴が映っており、その文章を目で追うことで大体の内容を察することができる。

「…………あぁ、なるほどな」

 納得して、首肯。
 要約すると、菊池さんが大型プール施設の割引券を手に入れたから皆で行かないか……というお誘い。

 つまりは――。

「――水着を買いに来た、ってところか?」

「……正解」

 ということだった。
 全く……それならそうと、素直に言えばいいものを。

 …………いや、まぁ……事前に説明があろうがなかろうが特に結果は何も変わらないんだけどな。どっちにしても、俺は付いてきてたし。
 ただこう、何というか……気持ちの問題、って話なだけ。

「ていうかさ、順番おかしくない?」

「…………? 何が?」

「そのプールの話、初耳なんだけど。普通、俺を誘って参加の意思を確認したうえで、水着を買わない? 俺が行けなかったらどうするの? 三人だけで行くの? 独りだけプールに行けないのに、そいつに水着を選ばせるのか?」

 ……それって、結構えげつなくない?

 幼馴染の酷な仕打ちに心を痛めていると、しかし、当の本人は気にした様子もなくあっけらかんとこう言い放つ。

「だって、来るよね」

 もはや、疑問形ですらないソレはただの確定事項。
 俺が断ることなど微塵も考えていないらしい。

「いや…………行くけどさ……」

 そこで俺は言葉を切り、代わりにため息を吐いた。
 なんだか毒気を抜かれた気分だ。

 無条件な信頼は俺の最も嫌うことなのに、何でかコイツの言葉だけは笑って許せてしまう。

「……それに、どうせ暇してる」

「うっせーよ……」

 まぁ、その通りなんだけどさ。
 外に出る理由なんて、大体がかなたのお願いか翔真との予定か俺自身の気まぐれのどれかでしかない。

 だから否定はせず、ただ憎まれ口を叩くだけにとどまった。

「…………あと一応、他の用事もある」

「あるのかよ……そっちは何?」

「明日からおばあちゃんのところに行くから……」

 あー、そういえば何か言ってた気がするな……母さんが。
 どうしてお隣の旅行事情をウチの親が教えてくれるのかという謎は……まぁ、置いておくとして確か――。

「――三泊四日で沖縄、だっけか?」

「……うん、そう。だから、それに必要そうなものも買う」

「なるほど、了解。なら、さっさと見て回るか」

「おー」

 威勢よく手を突き出すかなたの背を押し、俺たちは歩みを進めるのであった。


 ♦ ♦ ♦


 そうして到着した水着売り場。
 店内にいる殆どが女性ばかりで浮いている気がかなりしているのだけれど、先行するかなたに付き従うように入店すれば、特に咎められるようなことはなかった。

「……じゃあ、探そー」

 妙に張り切る彼女は、早速とばかりに商品を物色し始める。

 ビキニ、タンキニ、ワンピース。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。
 形から色合いまで多数ある水着の中から目的の一着を見つけようと、グルっと全体を見て回るように。

 さて、ここで少し話は変わるが、女性の買い物というのは非常に長い。
 まぁ……そこが男の懐の深さであり、甲斐性というものなのだろうけど、それは別として……。

 主な理由としては、まずその吟味にある――と、俺は思う。
 一着一着を手にとっては、『試着候補』かどうかを考え、気になればそれをカゴへと入れていく。一着一着を、だ。

 そして、一通り見終わったならば次は試着。
 ここでイメージに合ったものかどうかを判別し、違うなら没。またこの際、『試着候補』から外れた商品を思い出して、試すこともある。

 この流れを飽くまで行うため、どうしても時間がかかってしまうというわけだ。
 ……あくまでも、俺の主観であるがな。

 だがしかし、その一般性がどうにもかなたには当てはまらないようなのである。

「…………じゃあ、試着してくる」

「あいよ、いってらっしゃい」

 一着一着を手に取るところまでは同じなのだけど、数秒で次の商品へと移ってしまい、ものの十数分で全体を確認し終えると、そこには選ばれし一着のみ。
 それを試着室に持っていき、カーテンを閉め、待つこと数分。

「……どう?」

 シャーっと音を立てて開けば、当たり前だが水着姿の幼馴染が立っていた。
 白のフレアビキニを着用し、その上から水色のパレオが巻かれている。

「……………………うむ」

 …………………………………………うむ。

 何が「うむ」なのかは分からない。ただ、納得というか満足してしまった。
 語彙力の欠片もない返事に、けれどもかなたは呆れるでもなく嬉しそうに僅かに口角を上げる。

「…………ん、コレにする」

「いいのか? 一着しか試着してないが……」

「……いいの、大丈夫」

 そう答えたら、さっさと元の服装に戻り、そそくさと会計を済ませてしまった。
 ……まぁ、本人が良いなら別にいいか。

 結局、いつもこうなのだ。
 全部見る癖に最終的に残すのは数着で、しかも俺の反応を見たらすぐにレジへと持っていく。

 短い時間で済むのはありがたいのだけど、果たして年頃の女の子がそれでいのだろうか。

「……じゃあ、次行こー」

 出てきた彼女は、特に気にした様子もない。
 次の目的を果たすべく、俺たちは次のお店へと赴くのであった。
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