144 / 284
August
8月11日(日) 水着選び
しおりを挟む
夏休み真っ盛り。
お盆も間近に迫り、家族連れが多く見受けられるこのショッピングモールに俺は幼馴染のかなたと二人で来ていた。
家から自転車で十数分の距離。
通りを一本挟めばすぐそこは海だというのにあまり潮の香りは感じられず、それでいて涼しくもなく、照りつける夏の猛威からその身を守るようにして、クーラーの効く店内を並んで歩く。
「――で、俺は何で連れてこられたんだ?」
朝なのか昼なのか、どちらとも断言しにくいような微妙な時間帯に家を訪れ、碌な説明もないままここまで同行を求められたわけであるが……俺としてもそろそろ事情が知りたい。
そのため、ごった返す人の間を縫うようにして先陣を切る少女に付いて行きつつ、尋ねてみれば彼女は答えるでもなく何かをこちらに差し出してきた。
「…………ん」
「……? 何だソレ?」
それは紛れもない一台のスマホ。
画面にはすでにメッセージアプリのトーク履歴が映っており、その文章を目で追うことで大体の内容を察することができる。
「…………あぁ、なるほどな」
納得して、首肯。
要約すると、菊池さんが大型プール施設の割引券を手に入れたから皆で行かないか……というお誘い。
つまりは――。
「――水着を買いに来た、ってところか?」
「……正解」
ということだった。
全く……それならそうと、素直に言えばいいものを。
…………いや、まぁ……事前に説明があろうがなかろうが特に結果は何も変わらないんだけどな。どっちにしても、俺は付いてきてたし。
ただこう、何というか……気持ちの問題、って話なだけ。
「ていうかさ、順番おかしくない?」
「…………? 何が?」
「そのプールの話、初耳なんだけど。普通、俺を誘って参加の意思を確認したうえで、水着を買わない? 俺が行けなかったらどうするの? 三人だけで行くの? 独りだけプールに行けないのに、そいつに水着を選ばせるのか?」
……それって、結構えげつなくない?
幼馴染の酷な仕打ちに心を痛めていると、しかし、当の本人は気にした様子もなくあっけらかんとこう言い放つ。
「だって、来るよね」
もはや、疑問形ですらないソレはただの確定事項。
俺が断ることなど微塵も考えていないらしい。
「いや…………行くけどさ……」
そこで俺は言葉を切り、代わりにため息を吐いた。
なんだか毒気を抜かれた気分だ。
無条件な信頼は俺の最も嫌うことなのに、何でかコイツの言葉だけは笑って許せてしまう。
「……それに、どうせ暇してる」
「うっせーよ……」
まぁ、その通りなんだけどさ。
外に出る理由なんて、大体がかなたのお願いか翔真との予定か俺自身の気まぐれのどれかでしかない。
だから否定はせず、ただ憎まれ口を叩くだけにとどまった。
「…………あと一応、他の用事もある」
「あるのかよ……そっちは何?」
「明日からおばあちゃんのところに行くから……」
あー、そういえば何か言ってた気がするな……母さんが。
どうしてお隣の旅行事情をウチの親が教えてくれるのかという謎は……まぁ、置いておくとして確か――。
「――三泊四日で沖縄、だっけか?」
「……うん、そう。だから、それに必要そうなものも買う」
「なるほど、了解。なら、さっさと見て回るか」
「おー」
威勢よく手を突き出すかなたの背を押し、俺たちは歩みを進めるのであった。
♦ ♦ ♦
そうして到着した水着売り場。
店内にいる殆どが女性ばかりで浮いている気がかなりしているのだけれど、先行するかなたに付き従うように入店すれば、特に咎められるようなことはなかった。
「……じゃあ、探そー」
妙に張り切る彼女は、早速とばかりに商品を物色し始める。
ビキニ、タンキニ、ワンピース。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。
形から色合いまで多数ある水着の中から目的の一着を見つけようと、グルっと全体を見て回るように。
さて、ここで少し話は変わるが、女性の買い物というのは非常に長い。
まぁ……そこが男の懐の深さであり、甲斐性というものなのだろうけど、それは別として……。
主な理由としては、まずその吟味にある――と、俺は思う。
一着一着を手にとっては、『試着候補』かどうかを考え、気になればそれをカゴへと入れていく。一着一着を、だ。
そして、一通り見終わったならば次は試着。
ここでイメージに合ったものかどうかを判別し、違うなら没。またこの際、『試着候補』から外れた商品を思い出して、試すこともある。
この流れを飽くまで行うため、どうしても時間がかかってしまうというわけだ。
……あくまでも、俺の主観であるがな。
だがしかし、その一般性がどうにもかなたには当てはまらないようなのである。
「…………じゃあ、試着してくる」
「あいよ、いってらっしゃい」
一着一着を手に取るところまでは同じなのだけど、数秒で次の商品へと移ってしまい、ものの十数分で全体を確認し終えると、そこには選ばれし一着のみ。
それを試着室に持っていき、カーテンを閉め、待つこと数分。
「……どう?」
シャーっと音を立てて開けば、当たり前だが水着姿の幼馴染が立っていた。
白のフレアビキニを着用し、その上から水色のパレオが巻かれている。
「……………………うむ」
…………………………………………うむ。
何が「うむ」なのかは分からない。ただ、納得というか満足してしまった。
語彙力の欠片もない返事に、けれどもかなたは呆れるでもなく嬉しそうに僅かに口角を上げる。
「…………ん、コレにする」
「いいのか? 一着しか試着してないが……」
「……いいの、大丈夫」
そう答えたら、さっさと元の服装に戻り、そそくさと会計を済ませてしまった。
……まぁ、本人が良いなら別にいいか。
結局、いつもこうなのだ。
全部見る癖に最終的に残すのは数着で、しかも俺の反応を見たらすぐにレジへと持っていく。
短い時間で済むのはありがたいのだけど、果たして年頃の女の子がそれでいのだろうか。
「……じゃあ、次行こー」
出てきた彼女は、特に気にした様子もない。
次の目的を果たすべく、俺たちは次のお店へと赴くのであった。
お盆も間近に迫り、家族連れが多く見受けられるこのショッピングモールに俺は幼馴染のかなたと二人で来ていた。
家から自転車で十数分の距離。
通りを一本挟めばすぐそこは海だというのにあまり潮の香りは感じられず、それでいて涼しくもなく、照りつける夏の猛威からその身を守るようにして、クーラーの効く店内を並んで歩く。
「――で、俺は何で連れてこられたんだ?」
朝なのか昼なのか、どちらとも断言しにくいような微妙な時間帯に家を訪れ、碌な説明もないままここまで同行を求められたわけであるが……俺としてもそろそろ事情が知りたい。
そのため、ごった返す人の間を縫うようにして先陣を切る少女に付いて行きつつ、尋ねてみれば彼女は答えるでもなく何かをこちらに差し出してきた。
「…………ん」
「……? 何だソレ?」
それは紛れもない一台のスマホ。
画面にはすでにメッセージアプリのトーク履歴が映っており、その文章を目で追うことで大体の内容を察することができる。
「…………あぁ、なるほどな」
納得して、首肯。
要約すると、菊池さんが大型プール施設の割引券を手に入れたから皆で行かないか……というお誘い。
つまりは――。
「――水着を買いに来た、ってところか?」
「……正解」
ということだった。
全く……それならそうと、素直に言えばいいものを。
…………いや、まぁ……事前に説明があろうがなかろうが特に結果は何も変わらないんだけどな。どっちにしても、俺は付いてきてたし。
ただこう、何というか……気持ちの問題、って話なだけ。
「ていうかさ、順番おかしくない?」
「…………? 何が?」
「そのプールの話、初耳なんだけど。普通、俺を誘って参加の意思を確認したうえで、水着を買わない? 俺が行けなかったらどうするの? 三人だけで行くの? 独りだけプールに行けないのに、そいつに水着を選ばせるのか?」
……それって、結構えげつなくない?
幼馴染の酷な仕打ちに心を痛めていると、しかし、当の本人は気にした様子もなくあっけらかんとこう言い放つ。
「だって、来るよね」
もはや、疑問形ですらないソレはただの確定事項。
俺が断ることなど微塵も考えていないらしい。
「いや…………行くけどさ……」
そこで俺は言葉を切り、代わりにため息を吐いた。
なんだか毒気を抜かれた気分だ。
無条件な信頼は俺の最も嫌うことなのに、何でかコイツの言葉だけは笑って許せてしまう。
「……それに、どうせ暇してる」
「うっせーよ……」
まぁ、その通りなんだけどさ。
外に出る理由なんて、大体がかなたのお願いか翔真との予定か俺自身の気まぐれのどれかでしかない。
だから否定はせず、ただ憎まれ口を叩くだけにとどまった。
「…………あと一応、他の用事もある」
「あるのかよ……そっちは何?」
「明日からおばあちゃんのところに行くから……」
あー、そういえば何か言ってた気がするな……母さんが。
どうしてお隣の旅行事情をウチの親が教えてくれるのかという謎は……まぁ、置いておくとして確か――。
「――三泊四日で沖縄、だっけか?」
「……うん、そう。だから、それに必要そうなものも買う」
「なるほど、了解。なら、さっさと見て回るか」
「おー」
威勢よく手を突き出すかなたの背を押し、俺たちは歩みを進めるのであった。
♦ ♦ ♦
そうして到着した水着売り場。
店内にいる殆どが女性ばかりで浮いている気がかなりしているのだけれど、先行するかなたに付き従うように入店すれば、特に咎められるようなことはなかった。
「……じゃあ、探そー」
妙に張り切る彼女は、早速とばかりに商品を物色し始める。
ビキニ、タンキニ、ワンピース。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。
形から色合いまで多数ある水着の中から目的の一着を見つけようと、グルっと全体を見て回るように。
さて、ここで少し話は変わるが、女性の買い物というのは非常に長い。
まぁ……そこが男の懐の深さであり、甲斐性というものなのだろうけど、それは別として……。
主な理由としては、まずその吟味にある――と、俺は思う。
一着一着を手にとっては、『試着候補』かどうかを考え、気になればそれをカゴへと入れていく。一着一着を、だ。
そして、一通り見終わったならば次は試着。
ここでイメージに合ったものかどうかを判別し、違うなら没。またこの際、『試着候補』から外れた商品を思い出して、試すこともある。
この流れを飽くまで行うため、どうしても時間がかかってしまうというわけだ。
……あくまでも、俺の主観であるがな。
だがしかし、その一般性がどうにもかなたには当てはまらないようなのである。
「…………じゃあ、試着してくる」
「あいよ、いってらっしゃい」
一着一着を手に取るところまでは同じなのだけど、数秒で次の商品へと移ってしまい、ものの十数分で全体を確認し終えると、そこには選ばれし一着のみ。
それを試着室に持っていき、カーテンを閉め、待つこと数分。
「……どう?」
シャーっと音を立てて開けば、当たり前だが水着姿の幼馴染が立っていた。
白のフレアビキニを着用し、その上から水色のパレオが巻かれている。
「……………………うむ」
…………………………………………うむ。
何が「うむ」なのかは分からない。ただ、納得というか満足してしまった。
語彙力の欠片もない返事に、けれどもかなたは呆れるでもなく嬉しそうに僅かに口角を上げる。
「…………ん、コレにする」
「いいのか? 一着しか試着してないが……」
「……いいの、大丈夫」
そう答えたら、さっさと元の服装に戻り、そそくさと会計を済ませてしまった。
……まぁ、本人が良いなら別にいいか。
結局、いつもこうなのだ。
全部見る癖に最終的に残すのは数着で、しかも俺の反応を見たらすぐにレジへと持っていく。
短い時間で済むのはありがたいのだけど、果たして年頃の女の子がそれでいのだろうか。
「……じゃあ、次行こー」
出てきた彼女は、特に気にした様子もない。
次の目的を果たすべく、俺たちは次のお店へと赴くのであった。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
夏の出来事
ケンナンバワン
青春
幼馴染の三人が夏休みに美由のおばあさんの家に行き観光をする。花火を見た帰りにバケトンと呼ばれるトンネルを通る。その時車内灯が点滅して美由が驚く。その時は何事もなく過ぎるが夏休みが終わり二学期が始まっても美由が来ない。美由は自宅に帰ってから金縛りにあうようになっていた。その原因と名をす方法を探して三人は奔走する。
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
ハッピークリスマス !
設樂理沙
青春
中学生の頃からずっと一緒だったよね。大切に思っていた人との楽しい日々が
この先もずっと続いていけぱいいのに……。
―――――――――――――――――――――――
|松村絢《まつむらあや》 ---大企業勤務 25歳
|堂本海(どうもとかい) ---商社勤務 25歳 (留年してしまい就職は一年遅れ)
中学の同級生
|渡部佳代子《わたなべかよこ》----絢と海との共通の友達 25歳
|石橋祐二《いしばしゆうじ》---絢の会社での先輩 30歳
|大隈可南子《おおくまかなこ》----海の同期 24歳 海LOVE?
――― 2024.12.1 再々公開 ――――
💍 イラストはOBAKERON様 有償画像
〖完結〗王女殿下の最愛の人は、私の婚約者のようです。
藍川みいな
恋愛
エリック様とは、五年間婚約をしていた。
学園に入学してから、彼は他の女性に付きっきりで、一緒に過ごす時間が全くなかった。その女性の名は、オリビア様。この国の、王女殿下だ。
入学式の日、目眩を起こして倒れそうになったオリビア様を、エリック様が支えたことが始まりだった。
その日からずっと、エリック様は病弱なオリビア様の側を離れない。まるで恋人同士のような二人を見ながら、学園生活を送っていた。
ある日、オリビア様が私にいじめられていると言い出した。エリック様はそんな話を信じないと、思っていたのだけれど、彼が信じたのはオリビア様だった。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
その花は、夜にこそ咲き、強く香る。
木立 花音
青春
『なんで、アイツの顔見えるんだよ』
相貌失認(そうぼうしつにん)。
女性の顔だけ上手く認識できないという先天性の病を発症している少年、早坂翔(はやさかしょう)。
夏休みが終わった後の八月。彼の前に現れたのは、なぜか顔が見える女の子、水瀬茉莉(みなせまつり)だった。
他の女の子と違うという特異性から、次第に彼女に惹かれていく翔。
中学に進学したのち、クラスアート実行委員として再び一緒になった二人は、夜に芳香を強めるという匂蕃茉莉(においばんまつり)の花が咲き乱れる丘を題材にして作業にはいる。
ところが、クラスアートの完成も間近となったある日、水瀬が不登校に陥ってしまう。
それは、彼女がずっと隠し続けていた、心の傷が開いた瞬間だった。
※第12回ドリーム小説大賞奨励賞受賞作品
※表紙画像は、ミカスケ様のフリーアイコンを使わせて頂きました。
※「交錯する想い」の挿絵として、テン(西湖鳴)様に頂いたファンアートを、「彼女を好きだ、と自覚したあの夜の記憶」の挿絵として、騰成様に頂いたファンアートを使わせて頂きました。ありがとうございました。
愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた
迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」
待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。
「え……あの、どうし……て?」
あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。
彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。
ーーーーーーーーーーーーー
侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。
吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。
自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。
だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。
婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。
※基本的にゆるふわ設定です。
※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます
※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。
※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。
※※しれっと短編から長編に変更しました。(だって絶対終わらないと思ったから!)
〖完結〗では、婚約解消いたしましょう。
藍川みいな
恋愛
三年婚約しているオリバー殿下は、最近別の女性とばかり一緒にいる。
学園で行われる年に一度のダンスパーティーにも、私ではなくセシリー様を誘っていた。まるで二人が婚約者同士のように思える。
そのダンスパーティーで、オリバー殿下は私を責め、婚約を考え直すと言い出した。
それなら、婚約を解消いたしましょう。
そしてすぐに、婚約者に立候補したいという人が現れて……!?
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話しです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる