彼と彼女の365日

如月ゆう

文字の大きさ
上 下
143 / 284
August

8月10日( ) 勉強合宿・帰宅

しおりを挟む
 鬼の徹夜が終わり、朝食を済ませて帰りのバスへと乗り込んだ現在。
 そこは行きの時とは打って変わり、とても静かで、三枝先生も含めた皆が小さな寝息をたてながら眠っていた。

 響くエンジンの鼓動、それに伴う規則正しい振動。それらが蓄積された勉強疲れに作用したのだろう。
 ある者は自身の腕を枕しに、またある者は窓に頭を預け、陽の光を浴びながらも心地よさそうに目を閉じている。

 そんな様子をたった一人、座席に膝立ちして眺める私。
 ブツブツと文句を言いながらも寝かせてくれたそらのおかげで生憎と今は眠気がなく、こうして唯一の生存者と化していた。

 …………いや、生存者ならもう一人いたか。

 バックミラー越しに目が合い、バス内の惨状に苦笑を浮べるおじさん。
 多くの人が倒れている中で、私たちの送り迎えという仕事に従事してくれる真摯な運び屋――運転手さんだ。

 うん、まぁ……数に入れるかは微妙なところだと思うけど……。

 閑話休題。

 さて……故に、この光景を楽しめるのは後にも先にも私だけだという状況。
 それを私はめいいっぱいに楽しんでいた。

 例えば、私の一つ後ろの席。

 睡眠とは、人間の持つ無意識状態の数少ない一つであり、その時の自分についてに限りは己よりも他人の方が理解が深いという不可思議な一時。
 だからこそ、こうして生まれたのだろう。

 仲良く、二人で頭を寄り添わせるようにして眠る詩音と畔上くんの顔を、持ってきておいたスマホのカメラでシャッター音を消して撮影した。

「…………後で送ってあげたら、喜ぶ……かな?」

 何にしても、反応が楽しみ。
 きっと、アワアワと顔を真っ赤にさせるに違いない。

 その予想されうる未来に満足し、口元に微笑みを携えると、シートに着席しなおして、窓の外を見る。
 車内はエアコンが効いていてそれほどには感じないけれど、ギラギラと照りつける太陽が夏をそのまま示していた。

 かと思えば、ふと辺りは暗くなる。
 トンネルに入ったのだろう。オレンジ色の光が仄かに場を照らし、外の世界を映していた窓は光を反射させ、鏡写しに私の背後を見せてきた。

 通路側に身体を傾け、腕枕をしながら寝息をたてる幼馴染の姿を。

 その時、何を思ったのかは私自身にも分からない。多分、衝動というやつだ。

 振り向き、直接そらを見つめるとその頬をそっと撫で、こちら側に頭を傾けさせてあげる。
 そうして肩で受け止めれば、何となくしっくりきたように感じて私はひとつ頷き、また窓の外を眺める作業に戻った。

 首筋を擦る彼の髪がこそばゆい。触れた肩から鼓動が伝わり落ち着かない。
 けれども、そんなに悪いものではない。

 トンネルを抜け、眩い光が差し込む。
 感じた温もりはとても安心するものであり、ほんの少しだけ熱く感じた。

 ――夏はまだまだ、これからだ。
しおりを挟む


こちらも毎週火曜日に投稿しておりますので、よければ。
ファンタジー作品: 存在しないフェアリーテイル

以下、短編です。
二人のズッキーニはかたみに寄り添う
神の素顔、かくありき
彼女の嘘と、幼き日の夢
感想 3

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

生まれ変わっても一緒にはならない

小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。 十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。 カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。 輪廻転生。 私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。

処理中です...