彼と彼女の365日

如月ゆう

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August

8月5日(月) 穏やかな時間

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「……………………涼しい」

 普段なら暑くて寝苦しいはずの睡眠。
 湿気と熱気のダブルパンチで、額はじっとりと汗ばみ、昨夜の入浴も形無し――となるのが通例のはずなのだが、気の向くままに起きてみればそんな感想が口をついた。

 足元には、昨夜から回しっぱなしの扇風機が一生懸命に風を送って俺の足元を涼めてくれている。
 しかし、これは毎晩の通例。であれば、感じる変化の原因はここではないのだろう。

 …………ということは、だ。
 それとは別に顔へ吹く、この緩やかなそよ風――そして、その発生元が答えだろうか?

 気になった俺は、直接尋ねてみた。

「…………おい、勝手に入るなとは言わんが人が寝てる時にまで来るなよ」

 他人のゲーミングチェアへと腰かけ、左手でスマホを扱い、右手で今もずっと団扇うちわを煽いでくれている幼馴染に俺は声を掛ける。

 すると、いつもとは違い眠たげな様子もない彼女は、どちらの手も止めることなく、それどころか目さえも呉れずに口を開いた。

「……『もう昼過ぎだから、起こしてきて』って、そらママに頼まれた」

「…………起こしてねーじゃねぇか」

 矛盾する証言と現実に呆れ、ため息を吐く俺。
 そこで初めて、かなたを瞳はこちらを捉える。

「…………ちゃんと起こしてた。煽いで、風を当てて……」

「そんなことで起きられたら、アラームなんて要らんわアホ」

「…………いたい」

 軽く額にチョップをすると、手のスマホを持ったままぶつけられた箇所を抑え、ジトっとした目で訴えてきた。
 それでも煽ぐ手だけは止めないあたり、さすがとしか言いようがないけどな。

 というか、かなたが冗談を言うなど珍しいものだ。
 大方、起こしには来たけど全国大会のこともあってそのまま寝かせてくれ、しかも俺が寝苦しそうにしてたものだから煽いでくれていた――ってところだろうか。

 …………ふむ、それを知られまいと誤魔化す姿は存外に良いと思うぞ。褒めて遣わす。
 まぁ、全てただの推測なんだけども……。多分、当たってるだろ。幼馴染だしな……うん。

 閑話休題。

「――で? 結局、お前は何しに来たんだ?」

 目的を聞くべく、単刀直入に聞いてみた。

「……別に、何もない。ただ、暇だったから」

 だというのに、つまらない話だ。
 その気持ちは分かるから、頷いておくけど。

「まぁ、そうか。俺たちが大会に行ってる間に、補習も終わったしな」

「そう、終わった。だから、宿題以外はやることがなくて暇」

 夏休みに入ってからずっと続いていた午前授業という名の補習――それも先週の金曜日に終わり、むしろ俺たちは手持ち無沙汰になっていた。

 人間、少しくらい忙しい方が活動的になるのかもしれない。

 故に同調し、うんうんと互いに理解を深めながら肯定しあって、果てには同時に同じ台詞を言う。

『…………まぁ、終わったといっても前半が――だけど』

 これから始まるお盆の時期。
 それが過ぎれば、今度は補習後半がスタートだ。やったね。

 ……これでいつ宿題をすればいいというのだろうか。
 ちなみに、『今』などというマジレスは受け付けないので悪しからず。

 ――などと、少しも身にならないような無駄な思考にダラダラと耽ていると、僅かに彼女のスマホが震えた。

「ん……詩音からだ。…………へぇー、明日から一年生のⅠ類は勉強合宿だって」

「あー……あったな、そんなの。マジで宿題する時間がなくて、ご愁傷さま」

 同じ経験をした手前、言うことでもないのかもしれないが言わずにはいられなかった。
 可哀想に……頑張れ一年坊主。

 まるで……というか、文字通り他人事のように応援をすると、一方のかなたは思い当たることがないのか首を捻っている。

「…………そんなの、あった?」

「えー……マジかよ…………。お前はアレを忘れるのか……」

 三泊五日――という、謎のパワーワードをスローガンに置かれたあの行事。
 覚えてないのなら、話してやるとするか。

 去年の今頃を思い出しながら、俺は記憶を紡いでいった。
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