彼と彼女の365日

如月ゆう

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July

7月30日(火) 全国大会・団体戦・一日目

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 始まった全国大会一日目。
 その栄えある最初の部門は団体である。

 とはいえ、今日は前半戦。第一回戦から三回戦までしか行われず、見せ場ともいうべき準々決勝以降は明日からだ。

 それでも、今日が終われば残るは八校だけ。
 参加校の八十四パーセントが消え、虚しく明日の結果を待つしかできない――というのは、過酷で残酷なことだと感じた。

 だけど、今日はその話ではない。
 翔真たちは無事に勝ち残り、そして試合を終えた後の話である。


 ♦ ♦ ♦


 宿へと帰りつけば、そこから夕食までは時間があるということで俺たちには自由時間が与えられていた。

 というわけで、和式部屋に集合して皆でトランプだ――などと騒いでいる中、俺のスマホが連絡通知を発する。

『下のお土産屋で会えないかな?』

 お相手は、例の少女――橋本七海選手。
 昨日、無理矢理に連絡先を渡され、軽くメッセージのやり取りをしてみれば偶然にも同じ宿泊場所であることが判明した故のお誘いだろう。

 何にせよ、文面では面倒で聞きづらかったことを確かめるいい機会である。

『分かった。すぐ行く』

 端的にそう返すと、仲間には断りを入れて一人エレベーターで下へと降りた。
 エントランス横に設営されたお土産屋――その一角で、開催地であるここ熊本県の某有名キャラクターを形取ったクッキーを吟味する件の少女を見つける。

「あー……えっと…………橋本、さん……?」

「えっ……? あ! そらくん、来てくれたんだ!」

 何と呼べばいいのか分からず、無難な対応で挑んでみれば、対する彼女は随分とフランクな様子で接してくれる。

「でも、『橋本さん』って堅いなー。『七海』って呼んでよ! 僕も『そらくん』って勝手に呼んでるしさ!」

「…………じゃあ、七海さんで」

「うん、よろしくね!」

 ニパッと弾けた笑みは、まるで太陽のようだった。
 暑いのか肩まで捲し上げた袖、快活さを表すポニーテール、全てがゲームチャットで受け取っていた印象とは異なる。

「それで……昨日じゃ聞けなかったことを聞こうと思って来たんだが……」

「うん、いいよ! なんでも聞いて!」

 そう応えてくれた彼女に、俺は昨日から思っていたことを口にした。

「じゃあ、まず……何で『Sky_celloor』の正体が俺だと分かったんだ? 顔出しなんてどこにもした覚えはないんだが……」

 第一の疑問だ。
 昨日の開会式が終わった後、すぐに彼女は俺たちの元へと訪れたわけだけど……どうして俺が和白高校の生徒だとバレて、あまつさえ顔まで割れていたのか。

「あぁ、それはね……一緒にゲームで遊んでる時に、部活でバドミントンをやってることや大会に出ること、優勝した――って話をそらくんがしてたから、どの大会の優勝者なのかなって日付けを元に探したんだ! 運営のホームページに行けば、トロフィーを授与するそらくんの写真もあったしね」

 …………などと供述しており――って、マジ?
 やだ、ストーカーみたいで怖いんですけど……。

 過去に「まさか……」と思っていた方法を使われて特定されていたことに、俺は驚きを隠し得ない。
 どこまでガチ勢なんだこの子は……仮にもオリンピック候補生で、テレビにも出る有名人なのだから、そんな情報は知りたくなかった。

「あー……さいですか。…………じゃあ、次ね」

「はいはーい!」

 元気のよろしいことで。
 ……多分、本人的には悪気はないのだろうな。

「チャットとキャラが違うようだけど、何で?」

 第二の疑問だ。
 ゲーム内チャットでは、一人称が『私』であったり、敬語を使う場面が非常に多かったが、こうして話してみればボクっ娘の元気娘というイメージが強い。……というか事実だ。その差は何だろうか。

「えっとねー…………それは、その……僕が女の子だってアピールしたかったんだ。普段はこの通り、僕は自分のことを『僕』って呼んでるし、そのせいで勘違いされるのが嫌だったから」

「なるほどな……」

 言われてみれば、納得の理由だ。
 正直なところ、こうして出会う気もなかった俺としては画面の相手の性別など関係ないと思っていたため、それは無駄な頑張りだったと言う他ないんだけど。

「他には、何かある?」

「ん? ……あぁ、じゃあ俺をここに呼んだ理由は?」

 別に疑問というほどの内容でもないけれど、誘ったからには目的があったはず。
 こっちの用も済んだわけだし、次はこっちが付き合ってやろうと思っての発言だった。

 ――のだが。

「えっ? ……別にないよ?」

 意外そうに彼女は小首を傾げるだけだ。

「昨日はそんなに時間取れなかったし、そうしたらちょうど夕食まで自由時間を貰ったから、せっかくだし会って話せないかなーって思っただけ」

「…………そうか」

 後ろで手を組み、笑顔を浮かべる少女。
 その姿を見て、俺はよく笑う子だと感じた。

 でも、はて……何で、ふとそんな事を思ったのやら……。
 不思議でしょうがない。

「……まぁ、全国大会もまだ二日目で時間はある。そうでなくとも、連絡手段は確保したんだ。また会う機会はあるし、話もできるだろ」

「うん、そうだね。だから、今後ともよろしくね……そらくん!」

「よろしく、七海さん」

 互いに握手を交わし、良い締めくくりである。

 ……そう思ったのだけど、途中で気付いてしまったことが一つ。どうしても聞いておきたい。

「――で、さ。二階から覗いてるあの子らは七海さんの友達?」

 視界の端に捉えた十数名の少女たち。
 その中には、昨日見かけたお下げ髪の子もいた。

「あー……うん、僕の部活のメンバーとマネージャー…………」

「だよな……」

 何やら面白いものでも見つけたかのような笑みと、敵対心むき出しの目つき――相反する二つの感情をいっぺんに向けられ、げんなりする。

「ごめん、ちょっと注意してくる。――こらー、皆で何見てるのー!」

 キャッキャと逃げる少女たち。そして追いかける一人の少女。

 願わくば、その振る舞いを従業員に人らに注意されないように……と、俺はそう新たな友人に対して祈った。
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