彼と彼女の365日

如月ゆう

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July

7月22日(月) 夏休みの始まり

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 今日から始まる夏休み。
 だというのに、今日も今日とて俺とかなたは学校に来ていた。

「はぁー……はよーっす」
「……おはー」

 暑さでやる気までもが溶ける中、教室へ入ればいつものように先に登校している二人へ声を掛ける。

「おはよう」
「お、おはよう……!」

 その変わらずその優等生っぷりを発揮するような、だらけのない返事は、俺たちに関心を覚えさせるほど。

「補習一発目だっていうのに、元気が良いなぁ。……何かいいことでもあったのか?」

 ついつい、聞き馴染みのある某アニメ化した書籍のとあるキャラの台詞を混じえて尋ねてみた。

「いや、別に。去年もこうだったし、慣れただけさ」

「二人は逆に、元気ないね……?」

 が、しかしそのネタに気付いてくれる者は誰一人としていない。
 まぁ、俺と違ってそんなにアニメを見るタイプでもないし、そんなものか……。

「…………休み、たい」

 一方で、ガックリと夏に負けて机に突っ伏す幼馴染が一人。
 その彼女を慰めるように、ワシャワシャと髪を撫でながら俺は不満をぶつける。

「逆に、元気でいられる理由がないだろ。午前授業とはいえ平日は補習だらけで、まともな休みといえば八月の十日からのお盆休みだけ……。それで宿題まで出されてるんだぜ?」

 言葉は悪いが、教師陣は頭がおかしいとしか思えない。
 特に数学の田辺。青チャートをこれまでに習った範囲全部解いてこい――とか、マジで舐めてんのか。

「そもそも、休みのない夏休みってなんだよ。目的を思い出せ、暑くて勉強にならないから始まった休業だろ」

 止まらない不満を口に出し、同時に撫で付ける手の動きも留まるところを知らなかった。
 対するかなたは、反対に少しの身動ぎすらもせず、身を投げた猫のようにされるがままだ。

「いや、でもほら……クーラーあるしさ」

「そ、それに……先生たちも大変だって、聞く……よ?」

 そんな俺の愚痴にも負けず、擁護する二人の姿は何と眩しいことか。到底、俺には真似できない。
 …………する気もないけど。

 そして、その想いが伝わったのだろう。
 当事者は現れる。

「そうなんです……実は私たちも忙しくて、本当は大変なんですよ?」

「げっ、先生…………」

 何か、過去にもやったことのある流れに苦い顔を禁じ得なかった。

「毎日のように教員研修はありますし、事務作業、教材研究、夏休み明けの授業の準備に、人によっては部活動の指導とやることは多いのです」

 そう自慢げに語る先生の目の奥は全くと言っていいほどに笑っていなくて、ヤバい。

 その後に、「むしろ、二学期制な分だけ学期ごとの成績を出す回数が減って、楽な方なんですけどね」と付け加えるあたり、かなり。

 この前の件でも思ったけど、学校という職はもしかしたらブラックなものなのではないだろうか。
 公務員――安定の職業という認識の裏には、思いがけない怪物が潜んで怖い。

「――だからですね」

 これは、先生ではなく教育現場そのものが悪いのでは?
 と、この時クラス全体が考えていた。

「――宿題も仕方のないことなのです」

 ならば、先生は悪くない。責めるのは間違っている!
 と、クラス全体は反省していた。

「――決して、私たちは忙しいのに生徒だけが午後をのんびりと過ごせる事実が羨ましくて、その苦労を少しでも味わってもらおうと勉強漬けになるような量の宿題を嫌がらせとして出している、とかそんなことはないので我慢してこなしてくれると先生は嬉しいですね」

 その時までは。

『……………………は?』

 クラス皆の目は怒りに燃え、その熱量は外に揺蕩う夏の暑さをも超える。
 文化祭でさえ見せなかった団結力がこの場で無駄に発揮され、浮かぶ思いは等しく同じ。

 ――田辺、この野郎が……!

 こうして始まる夏休み。
 真っ青な空と筆記用具の駆ける音がどこまでも続いていく。



 余談。
 ちなみに、三枝先生は宿題を出していなかったりする。
 かなたは認めないけれど、彼女の人気な理由はもしかしたらそういう所なのかもしれない。
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こちらも毎週火曜日に投稿しておりますので、よければ。
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