彼と彼女の365日

如月ゆう

文字の大きさ
上 下
117 / 284
July

7月18日(木) 三者面談・菊池家

しおりを挟む
「――し、翔真くん……! これ、タオルとドリンクです」

 日も傾き始めた午後のこと。
 今月末に控えている全国大会に向けて、より一層練習に励んでいる翔真くんのために、私はマネージャーとしての役割を果たしていた。

「あぁ……ありがとう、詩音さん」

 そんな彼は練習相手を務めてくれている蔵敷くんと動きについて話していたけれど、私が声を掛けるとしっかりとこちらを向いて、微笑んでお礼を言ってくれる。

 それが何よりも嬉しい。
 笑って、ちゃんと目を見て、言葉にしてくれる――その何気ない心配りに好意を感じた。

「――詩音ー!」

「…………何、美優みゆ?」

 などと惚けていれば、マネージャー仲間の美優から声を掛けられる。
 何だろう……? 与えられた仕事は全部こなしたから、ここに来たはずだけど……。

「アンタ、三者面談でしょ? お母さん来てるっぽいよ」

「えっ……………………?」

 そう言われ、差されていた指の先を見つめ、私は声を上げた。
 そこには確かに、私のお母さんが笑顔で手を振っている。

「えっ……………………!?」

 ――何でこんな所にいるの!?
 確かに今日は私の面談日で、もうすぐ経てば私の番だけど……だから、やれる仕事は先に全部片付けたけど……でも集合場所はここじゃなくて、教室前のはずだ。

「あっ…………じゃ、じゃあ三者面談に行ってくるね……!」

 状況はよく分からないけど、取り敢えず動いた方がいい。
 そう私は考え、後のことは美優に任せて私は体育館の外へとダッシュし、お母さんの背中を押して校舎へ向かう。

「りょ、りょうか~い……」

 背後からはそんな了承の声。
 しかし私は気にすることなく、むしろ気になっていることをお母さんに問い詰めていた。

「な、何でいるの? 教室前で集合するはずだったよね?」

「そんなの、アンタの様子を見たかったからに決まってるでしょ。それより……言ってた好きな子って、あのタオルを渡してた男の子? イケメンだったもんねー、あれは倍率高いわよ」

「し、翔真くんは……別に、そんなんじゃ…………」

「『翔真』くん? 下の名前? へぇー、あの気弱な詩音がねー……――ってそういえば、来る途中の垂れ幕に全国大会出場の欄で『翔真』って書いてあったけど……まさか? そうなの? やだ、顔も良くてスポーツも万能だなんて……アンタ、大丈夫なの?」

 だというのに、気付けば私の方が詰問されているのは何でだろう……?

「もう……良いでしょ、そんなこと……!」

 教室へと向かう階段を上りながら、私は叫ぶ。
 だから、上で集合しようって言ったのに…………。


 ♦ ♦ ♦


「――はい、菊池さんは全教科ともバランス良く点を取ることができており、優秀であると私は思います」

 始まった面談。
 こうなれば、お母さんの態度も真面目なものへと移り変わり、成績表を眺めながら先生の評価を聞いている。

「でも、先生……? 教科別の順位が少し低いような気がするのですが……」

 その中の一点。
 得点数から全国の平均点、偏差値などが細かく載っている内の順位という部分にお母さんは目を付けたようだった。

「それは、得意・不得意な教科を持つ生徒によるものですね。菊池さんのような全体的に等しく点数を取れるような生徒は少なく、本来は得意な教科・好きな教科を積極的に伸ばすようになります。ですので、個別で見れば順位は低く見えるのですが――」

 そこで、先生は総合点の欄を指差し、

「――こうして、総合点で見れば順位は高くなっています」

 そんな結果に、私は心当たりがあった。
 きっと、かなちゃんや蔵敷くんのことを言っているのだと思う。

「確かに……! けど、大学入試って何かの分野に突出していた方が良いとも聞くのですが……それは?」

 一度は納得したお母さんであったけれど、疑問は尽きないようで次の質問をぶつけている。

「お母様が仰られているのは、本入試のことですね。確かにそちらでは学部に合わせて決まった教科のみの受験となるため、得意分野があった方が楽になることも多いですが……合否はそれだけでは決まりません」

 対する先生は、呼吸を置くため一度言葉を切り、再び口を開いた。

「いわゆる『センター試験』――皆さんの代ですと『大学入学共通テスト』と少し内容が変わるのですが、そちらにおいては何よりも総合力が試されます。ですので、むしろ苦手教科を持たない菊池さんの成績は入試的に好ましいのです。本入試はそれよりもだいぶ後になりますし、それまでに対策し、点を伸ばせば何の問題もありません」

「なるほど……そうなんですね」

「はい。むしろ、その対策の目処を立てるためにも、今の段階における進学の予定をお聞きしているのですが……ご希望などはありますか?」

 そう言って尋ねる口調はお母さん向けたものだけれども、視線も意識もが、私へのものだった。
 お母さんもそれを把握しているのか、特には何も言わずに答えを待っている。

「…………あの……私、部活動のマネージャーをしているうちに人のお世話をするのが好きだなって思って……だから、そういう仕事がしてみたい……です」

 だから、言った。
 単純な話で、好きな人と少しでも一緒の時間を過ごすための部活動だったけど、いつしかそれが楽しくなっていた――その私の想いを。

「それは介護系の、ということですか? それとも、看護師や保育士など……?」

「あっ…………それはまだ……決めてない、んですけど……」

 だけど、まだ想いだけ故にそこまで考えが至っていなかった。
 職種という問題があるのだと。

「あぁ、いえ……別に焦る必要はないですよ。あと一年あるのですから、自分の道をゆっくり選んでくださいね」

 その言葉に、私とお母さんは揃って頭を下げる。
 選んだ道が好きな人と離れることになるかもしれないと知っていながら。

 だってその道は、彼を追いかけて得ることのできた――彼の与えてくれたものなのだから。
しおりを挟む


こちらも毎週火曜日に投稿しておりますので、よければ。
ファンタジー作品: 存在しないフェアリーテイル

以下、短編です。
二人のズッキーニはかたみに寄り添う
神の素顔、かくありき
彼女の嘘と、幼き日の夢
感想 3

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

生まれ変わっても一緒にはならない

小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。 十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。 カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。 輪廻転生。 私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。

処理中です...