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July
7月17日(水) 三者面談・畔上家
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「…………母さん、今の状況分かってる?」
一人、教室の外で待機していた俺。
そこに現れた母さんの様子を見て、俺は呆れていた。
「はい、もちろんなのです。少しですが、遅刻をしたのです」
三枝先生とは、また違った趣きの緩さで笑う母親のその言葉を聞き、思わずため息を吐く。
「少し……?」
「はいー」
「十五分の遅刻が少しなわけよね!? 三者面談なんだけど……」
一組に対して十五分。その間の先生の準備時間も合わせて二十分おきに組まれている予定において、十五分はもはや遅刻ではない。
ドタキャンとか、ブッチとか呼ばれるものだろう。
そんな所業を仕出かした実の親に俺は頭を抱える一方で、当の本人はのほほんとしていた。
……まぁ、こうなることは予想していたから面談の順番は最後にしてもらっていたし、先生にも予め遅れるかもって話はしてたけどさ。
「…………で、じゃあ遅れた理由は何? あと、何でそらたちが一緒なの……!」
俺が頭を抱え多毛一つの理由。
それは、母さんと一緒に横に並んで立っている三人の友人だ。
部活中であるはずの彼らがどうしてこんなことになっているのか。
気になって仕方がなかった。
「あー……それはな…………何か、体育館に迷い込んできたから……」
「…………私たちが、連れてきた」
「し、翔真くんのお母さん……凄く綺麗……」
「あら、ありがとうございます♪ 貴方もとても可愛らしいのです」
と、尋ねてみれば、困惑しながらも答えてくれる。主に前者二人が。
後者は知らない。何の話しをしているんだ、本当に。
「はぁー……母さんさ、何回か来たことあるんだから迷子にならないでよ……」
確かに大学も附属しているせいで、ちょっとややこしい構造をしているけど、初めて来るわけじゃないのだし、そろそろ道順くらい覚えて欲しい。
そう指摘すると、大の大人がふくれっ面を見せる。
「むっ、一年も前のことなど覚えてないのですよ!」
「いや、つい一か月前に文化祭で来たでしょうが……」
もう、ウチの親はダメかもしれなかった。
「……もういいや。先生も待たせてるし、早く済ませよう」
「はい。それでは皆さん、ありがとうなのです。翔ちゃんとは、これからも仲良くしてくださいね」
「そういうのはいいから……! あっ……皆、母さんを連れてきてくれてありがとう」
そら、倉敷さん、詩音さんの三人に手を振る母さんの背中を押し、俺は教室へと赴いた。
♦ ♦ ♦
「――成績を見てもお分かりになることですが、畔上くんは非常に優秀な生徒です。私たちが特に何か言うことはないかと……」
面談が始まるなり、成績表を差し出した先生は開口一番にそんなことを言う。
「それは、学校生活においても部活動においても同様のことが言えます。このままを維持できれば、一般入試はおろか、推薦入試から特待まで進学先は引く手数多だと思いますよ」
褒めちぎらんばかりの評価。
その先生の言葉に、俺は安堵の息を吐いた。
良かった、俺の努力は今のところ実っているのだと。
「先生?」
「はい、何でしょう?」
そこへ母さんは声を掛ける。
「ということは、翔ちゃんには進学できるアテがあるということでしょうか? 例えば、この学校に附属している大学とか……」
「え、えぇ……もちろんです」
先程の話を聞いて、何でそんな疑問が口をつくのか――と言いたげなほどに先生は困惑していた。
それは、「…………というか、ウチのレベルくらいなら今の畔上くんが受けても受かるような……」という、返事の裏に続いた小さな囁きが如実に表している。
「で、では……もしかして九大にも?」
「九州大学、ですか? えぇ、そうですね。それどころか、ポテンシャルだけでいえば東大さえ夢ではありません。ですので、彼にはこのまま――」
「――凄いのです! 聞いたですか、翔ちゃん? 目標としていた大学に行けるかもなのです!」
そして、先生の話を無視して息子に抱きつき、母さんは喜ぶ。
九大なんて、大学のことも碌に知らなかった中学生の時に、有名で頭の良さそうなところを適当に選んだだけだというのに……。
「てか、母さん……なんで急にそんなことを聞いてるの……。自分で言うのもなんだけど、優秀だって先生が言ってたよね?」
無理やりに引き剥がし、その理由を問い詰めれば予想外の答えが返ってくる。
「はい、聞いたのです。でも、まだ上には上がいますから……」
そう言って母さんはある一点を指差す。
それは俺の成績で、確かに十四位と書いていた。
「うん…………まぁ、いるね。俺より上の成績者が十三人、この日本中のどこかにね」
もしクラス順位だったならば、なるほど心配してもおかしくはない。
中の中という成績なのだし、九大は怪しく見えてくるだろう。
でも、それは全国模試の結果だ。
およそ二百三十万人中の十四位だ。
「それで心配されちゃ、もうどうしようもないよ……」
机に腕をつき、俺は項垂れる。
先生が「まぁまぁ」と、宥めてくれながら。
「――ということですので、お母様が心配されるようなことは何もないかと……」
「そうなのですか? ……なら、いいのですが」
その曖昧なまま納得する姿が、息子の俺としてはどうにも不安要素で仕方がなかった。
が、これ以上何を言ってもしょうがあるまい。
「あっ、それとですね……一応の確認ではあるのですが、今の話の流れ的にも、畔上くんは進学希望ということで問題ないでしょうか?」
「大丈夫です」
「はいー」
その質問に二人して頷き、俺たちの面談は無事に終了を迎えたのであった。
……………………無事?
一人、教室の外で待機していた俺。
そこに現れた母さんの様子を見て、俺は呆れていた。
「はい、もちろんなのです。少しですが、遅刻をしたのです」
三枝先生とは、また違った趣きの緩さで笑う母親のその言葉を聞き、思わずため息を吐く。
「少し……?」
「はいー」
「十五分の遅刻が少しなわけよね!? 三者面談なんだけど……」
一組に対して十五分。その間の先生の準備時間も合わせて二十分おきに組まれている予定において、十五分はもはや遅刻ではない。
ドタキャンとか、ブッチとか呼ばれるものだろう。
そんな所業を仕出かした実の親に俺は頭を抱える一方で、当の本人はのほほんとしていた。
……まぁ、こうなることは予想していたから面談の順番は最後にしてもらっていたし、先生にも予め遅れるかもって話はしてたけどさ。
「…………で、じゃあ遅れた理由は何? あと、何でそらたちが一緒なの……!」
俺が頭を抱え多毛一つの理由。
それは、母さんと一緒に横に並んで立っている三人の友人だ。
部活中であるはずの彼らがどうしてこんなことになっているのか。
気になって仕方がなかった。
「あー……それはな…………何か、体育館に迷い込んできたから……」
「…………私たちが、連れてきた」
「し、翔真くんのお母さん……凄く綺麗……」
「あら、ありがとうございます♪ 貴方もとても可愛らしいのです」
と、尋ねてみれば、困惑しながらも答えてくれる。主に前者二人が。
後者は知らない。何の話しをしているんだ、本当に。
「はぁー……母さんさ、何回か来たことあるんだから迷子にならないでよ……」
確かに大学も附属しているせいで、ちょっとややこしい構造をしているけど、初めて来るわけじゃないのだし、そろそろ道順くらい覚えて欲しい。
そう指摘すると、大の大人がふくれっ面を見せる。
「むっ、一年も前のことなど覚えてないのですよ!」
「いや、つい一か月前に文化祭で来たでしょうが……」
もう、ウチの親はダメかもしれなかった。
「……もういいや。先生も待たせてるし、早く済ませよう」
「はい。それでは皆さん、ありがとうなのです。翔ちゃんとは、これからも仲良くしてくださいね」
「そういうのはいいから……! あっ……皆、母さんを連れてきてくれてありがとう」
そら、倉敷さん、詩音さんの三人に手を振る母さんの背中を押し、俺は教室へと赴いた。
♦ ♦ ♦
「――成績を見てもお分かりになることですが、畔上くんは非常に優秀な生徒です。私たちが特に何か言うことはないかと……」
面談が始まるなり、成績表を差し出した先生は開口一番にそんなことを言う。
「それは、学校生活においても部活動においても同様のことが言えます。このままを維持できれば、一般入試はおろか、推薦入試から特待まで進学先は引く手数多だと思いますよ」
褒めちぎらんばかりの評価。
その先生の言葉に、俺は安堵の息を吐いた。
良かった、俺の努力は今のところ実っているのだと。
「先生?」
「はい、何でしょう?」
そこへ母さんは声を掛ける。
「ということは、翔ちゃんには進学できるアテがあるということでしょうか? 例えば、この学校に附属している大学とか……」
「え、えぇ……もちろんです」
先程の話を聞いて、何でそんな疑問が口をつくのか――と言いたげなほどに先生は困惑していた。
それは、「…………というか、ウチのレベルくらいなら今の畔上くんが受けても受かるような……」という、返事の裏に続いた小さな囁きが如実に表している。
「で、では……もしかして九大にも?」
「九州大学、ですか? えぇ、そうですね。それどころか、ポテンシャルだけでいえば東大さえ夢ではありません。ですので、彼にはこのまま――」
「――凄いのです! 聞いたですか、翔ちゃん? 目標としていた大学に行けるかもなのです!」
そして、先生の話を無視して息子に抱きつき、母さんは喜ぶ。
九大なんて、大学のことも碌に知らなかった中学生の時に、有名で頭の良さそうなところを適当に選んだだけだというのに……。
「てか、母さん……なんで急にそんなことを聞いてるの……。自分で言うのもなんだけど、優秀だって先生が言ってたよね?」
無理やりに引き剥がし、その理由を問い詰めれば予想外の答えが返ってくる。
「はい、聞いたのです。でも、まだ上には上がいますから……」
そう言って母さんはある一点を指差す。
それは俺の成績で、確かに十四位と書いていた。
「うん…………まぁ、いるね。俺より上の成績者が十三人、この日本中のどこかにね」
もしクラス順位だったならば、なるほど心配してもおかしくはない。
中の中という成績なのだし、九大は怪しく見えてくるだろう。
でも、それは全国模試の結果だ。
およそ二百三十万人中の十四位だ。
「それで心配されちゃ、もうどうしようもないよ……」
机に腕をつき、俺は項垂れる。
先生が「まぁまぁ」と、宥めてくれながら。
「――ということですので、お母様が心配されるようなことは何もないかと……」
「そうなのですか? ……なら、いいのですが」
その曖昧なまま納得する姿が、息子の俺としてはどうにも不安要素で仕方がなかった。
が、これ以上何を言ってもしょうがあるまい。
「あっ、それとですね……一応の確認ではあるのですが、今の話の流れ的にも、畔上くんは進学希望ということで問題ないでしょうか?」
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……………………無事?
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