彼と彼女の365日

如月ゆう

文字の大きさ
上 下
116 / 284
July

7月17日(水) 三者面談・畔上家

しおりを挟む
「…………母さん、今の状況分かってる?」

 一人、教室の外で待機していた俺。
 そこに現れた母さんの様子を見て、俺は呆れていた。

「はい、もちろんなのです。少しですが、遅刻をしたのです」

 三枝先生とは、また違った趣きの緩さで笑う母親のその言葉を聞き、思わずため息を吐く。

「少し……?」

「はいー」

「十五分の遅刻が少しなわけよね!? 三者面談なんだけど……」

 一組に対して十五分。その間の先生の準備時間も合わせて二十分おきに組まれている予定において、十五分はもはや遅刻ではない。
 ドタキャンとか、ブッチとか呼ばれるものだろう。

 そんな所業を仕出かした実の親に俺は頭を抱える一方で、当の本人はのほほんとしていた。

 ……まぁ、こうなることは予想していたから面談の順番は最後にしてもらっていたし、先生にも予め遅れるかもって話はしてたけどさ。

「…………で、じゃあ遅れた理由は何? あと、何でそらたちが一緒なの……!」

 俺が頭を抱え多毛一つの理由。
 それは、母さんと一緒に横に並んで立っている三人の友人だ。

 部活中であるはずの彼らがどうしてこんなことになっているのか。
 気になって仕方がなかった。

「あー……それはな…………何か、体育館に迷い込んできたから……」
「…………私たちが、連れてきた」

「し、翔真くんのお母さん……凄く綺麗……」
「あら、ありがとうございます♪ 貴方もとても可愛らしいのです」

 と、尋ねてみれば、困惑しながらも答えてくれる。主に前者二人が。
 後者は知らない。何の話しをしているんだ、本当に。

「はぁー……母さんさ、何回か来たことあるんだから迷子にならないでよ……」

 確かに大学も附属しているせいで、ちょっとややこしい構造をしているけど、初めて来るわけじゃないのだし、そろそろ道順くらい覚えて欲しい。
 そう指摘すると、大の大人がふくれっ面を見せる。

「むっ、一年も前のことなど覚えてないのですよ!」

「いや、つい一か月前に文化祭で来たでしょうが……」

 もう、ウチの親はダメかもしれなかった。

「……もういいや。先生も待たせてるし、早く済ませよう」

「はい。それでは皆さん、ありがとうなのです。翔ちゃんとは、これからも仲良くしてくださいね」

「そういうのはいいから……! あっ……皆、母さんを連れてきてくれてありがとう」

 そら、倉敷さん、詩音さんの三人に手を振る母さんの背中を押し、俺は教室へと赴いた。


 ♦ ♦ ♦


「――成績を見てもお分かりになることですが、畔上くんは非常に優秀な生徒です。私たちが特に何か言うことはないかと……」

 面談が始まるなり、成績表を差し出した先生は開口一番にそんなことを言う。

「それは、学校生活においても部活動においても同様のことが言えます。このままを維持できれば、一般入試はおろか、推薦入試から特待まで進学先は引く手数多だと思いますよ」

 褒めちぎらんばかりの評価。
 その先生の言葉に、俺は安堵の息を吐いた。

 良かった、俺の努力は今のところ実っているのだと。

「先生?」

「はい、何でしょう?」

 そこへ母さんは声を掛ける。

「ということは、翔ちゃんには進学できるアテがあるということでしょうか? 例えば、この学校に附属している大学とか……」

「え、えぇ……もちろんです」

 先程の話を聞いて、何でそんな疑問が口をつくのか――と言いたげなほどに先生は困惑していた。
 それは、「…………というか、ウチのレベルくらいなら今の畔上くんが受けても受かるような……」という、返事の裏に続いた小さな囁きが如実に表している。

「で、では……もしかして九大にも?」

「九州大学、ですか? えぇ、そうですね。それどころか、ポテンシャルだけでいえば東大さえ夢ではありません。ですので、彼にはこのまま――」

「――凄いのです! 聞いたですか、翔ちゃん? 目標としていた大学に行けるかもなのです!」

 そして、先生の話を無視して息子に抱きつき、母さんは喜ぶ。
 九大なんて、大学のことも碌に知らなかった中学生の時に、有名で頭の良さそうなところを適当に選んだだけだというのに……。

「てか、母さん……なんで急にそんなことを聞いてるの……。自分で言うのもなんだけど、優秀だって先生が言ってたよね?」

 無理やりに引き剥がし、その理由を問い詰めれば予想外の答えが返ってくる。

「はい、聞いたのです。でも、まだ上には上がいますから……」

 そう言って母さんはある一点を指差す。
 それは俺の成績で、確かに十四位と書いていた。

「うん…………まぁ、いるね。俺より上の成績者が十三人、この日本中のどこかにね」

 もしクラス順位だったならば、なるほど心配してもおかしくはない。
 中の中という成績なのだし、九大は怪しく見えてくるだろう。

 でも、それは全国模試の結果だ。
 およそ二百三十万人中の十四位だ。

「それで心配されちゃ、もうどうしようもないよ……」

 机に腕をつき、俺は項垂れる。
 先生が「まぁまぁ」と、宥めてくれながら。

「――ということですので、お母様が心配されるようなことは何もないかと……」

「そうなのですか? ……なら、いいのですが」

 その曖昧なまま納得する姿が、息子の俺としてはどうにも不安要素で仕方がなかった。
 が、これ以上何を言ってもしょうがあるまい。

「あっ、それとですね……一応の確認ではあるのですが、今の話の流れ的にも、畔上くんは進学希望ということで問題ないでしょうか?」

「大丈夫です」
「はいー」

 その質問に二人して頷き、俺たちの面談は無事に終了を迎えたのであった。
 ……………………無事?
しおりを挟む


こちらも毎週火曜日に投稿しておりますので、よければ。
ファンタジー作品: 存在しないフェアリーテイル

以下、短編です。
二人のズッキーニはかたみに寄り添う
神の素顔、かくありき
彼女の嘘と、幼き日の夢
感想 3

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

CHERRY GAME

星海はるか
青春
誘拐されたボーイフレンドを救出するため少女はゲームに立ち向かう

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

食いしん坊な親友と私の美味しい日常

†漆黒のシュナイダー†
青春
私‭――田所が同級生の遠野と一緒に毎日ご飯を食べる話。

青春の初期衝動

微熱の初期衝動
青春
青い春の初期症状について、書き起こしていきます。 少しでも貴方の心を動かせることを祈って。

かつて僕を振った幼馴染に、お月見をしながら「月が綺麗ですね」と言われた件。それって告白?

久野真一
青春
 2021年5月26日。「スーパームーン」と呼ばれる、満月としては1年で最も地球に近づく日。  同時に皆既月食が重なった稀有な日でもある。  社会人一年目の僕、荒木遊真(あらきゆうま)は、  実家のマンションの屋上で物思いにふけっていた。  それもそのはず。かつて、僕を振った、一生の親友を、お月見に誘ってみたのだ。  「せっかくの夜だし、マンションの屋上で、思い出話でもしない?」って。  僕を振った一生の親友の名前は、矢崎久遠(やざきくおん)。  亡くなった彼女のお母さんが、つけた大切な名前。  あの時の告白は応えてもらえなかったけど、今なら、あるいは。  そんな思いを抱えつつ、久遠と共に、かつての僕らについて語りあうことに。  そして、皆既月食の中で、僕は彼女から言われた。「月が綺麗だね」と。  夏目漱石が、I love youの和訳として「月が綺麗ですね」と言ったという逸話は有名だ。  とにかく、月が見えないその中で彼女は僕にそう言ったのだった。  これは、家族愛が強すぎて、恋愛を諦めざるを得なかった、「一生の親友」な久遠。  そして、彼女と一緒に生きてきた僕の一夜の物語。

処理中です...