彼と彼女の365日

如月ゆう

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July

7月6日(土) 彼女のいない部活風景

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 団体、そしてシングルスとダブルスで各一組ずつ全国大会に出場し、また、九州大会で団体戦二位、シングルスで一位と二位、ダブルスで一位を取ったウチの学校。
 ともなれば人気は凄まじいようで、まだ夏の大会も終わっていないというのに既に三年生が引退した他学校と俺たちは練習試合をしていた。

 とはいえ、こんな大事な時期にスタメンを出すわけもなく、全国大会に出場するメンバー以外の一・二年生で試合を受け持つことになっている。
 そして、それはもちろん九州大会でことが済んだ俺にもいえることで……。

 さて、ここで問題です。
 スタメンのいない今、誰が相手校のエースと戦うでしょう? シンキングタイムは十秒ならぬ、十行。スタート!










 はい、というわけで正解は『俺』でしたー。
 スタメン除けば、唯一九州大会まで進んでいるから当たり前ですね。

 ……いや、何でだよ。
 確かに運良く勝ちはしたものの、部内ランキングでいえば俺は六位だぞ。六位だぞ!

 まだ上に二人もいるというのに、なぜ俺が駆り出されなければならないのか。不思議で仕方なかった。

 まぁ、試合をするのは嫌いじゃないし、むしろ好きだから良いんだけどさ……。
 でもそうじゃないというか、納得できないというか。別に俺じゃなくても良くない? ――的な。

 ぶっちゃけると、練習試合くらい弱い相手と戦ってボコボコにして優越感に浸りたい。
 ここ最近は、辛い試合展開が多かったし。

 ――なんて思いながら、体育館の隅に腰掛けてタオルで汗を拭いていた。
 見つめる先のコートでは、他の部員らの健闘している姿が見て取れる。

 ……ていうかテンション高いな、今日の俺。
 心の声だからって、やさぐれ過ぎてキャラぶれしてんぞ。

 まぁ、いつもは居て、心の緩衝材になってくれる幼馴染の姿が今日はないから――っていうのが理由の一つなんだけどな。
 おかげで、心の中で気持ちを整理する必要が出てきてしまい、いつも以上に思考に耽てしまう。

「――あの、蔵敷先輩……!」

 ――そんな時だった。

「これ、ドリンクです! ……もし良かったら」

 普段ならかなたが行っているであろうポジションを補完するように、一年生の新人マネージャーちゃんがわざわざドリンクを届けてくれる。

「あぁ、わざわざありがとう。えーっと……」

 名前…………何だっけ。
 いや、覚えてる……覚えているんだ。菊池さんがよく話しているから『栞菜かんなちゃん』という下の名前は……!

 でもだからこそ逆に、俺は上の名前が思い出せないでいた。

 あー……記憶から出てこない……。
 でも、ここでいきなり下の名前呼びをするのはハードル高いしなぁ。気持ち悪く思われるよなぁ。だからって、名前を忘れた体で話を進めるのも悪いし……。

 えぇい、ままよ。

「あー……ありがとう。その……か、栞菜……ちゃん?」

 この時ばかりは翔真のイケメンが羨ましい、とそう無い物ねだりをしつつ、その名前を呼び、恐る恐る相手の様子を窺えば――。

「…………っ! はい……! あ、あの……私もそら先輩って呼んでいいですか?」

「えっ…………別にいい、けど……」

「やった……!」

 ――そんな予想外の反応に、こちらが困惑することとなる。

 俺の返事に喜び、ドリンクを渡し終わったというのに隣に――普段ならかなたのいる位置に座りこむ栞菜ちゃんの真意が分からなかった。

 いやまぁ、俺は別に鈍感系ではないし、むしろそういった人の機微に関しては敏感で過敏な方だから、本当は薄々察しているというか……勘づいているからこそ実際はそうじゃないと良いなぁ……って感じなんだけど。

 ていうか、何かフラグ建てたっけ……?

「それにしても、そら先輩は凄いですね。ずっと見てましたけど、今日は全戦全勝ですよ!」

「あぁ、うん……そうだね。運が良かったと思う」

 雑談を振られ、思考を一時中断。
 何にせよ、せっかく接してきてくれたのなら相応の対応で迎えてあげなければ可哀想だし。

「でも、大会で見せたあのネットに当てる凄い技は使ってなかったですよね? 何か理由があるんですか?」

 その尋ねられた疑問に思わず俺は苦笑いを向ける。

 やっぱり気になるよな……。噂では相手校からも舐めプされた、と不満が来ているそうだし。

「いくつか理由があるんだけどね、一つは監督から止められているんだ」

 過去に怒られ、それ以来はこっそりとしか使っていなかったあの技。
 それを大会では披露してしまったわけだけれども、その完成度の高さと優勝という結果から暗黙的に認められ、しかし、戦い方として邪道だと監督からはあまり良い顔をしてもらえないため、いざという時以外は使わないようにしているのだ。

「じゃあ、ほかの理由は何ですか?」

「単純に手の内を見せたくないだけ、かな。まぁ、アレを使わなくても勝手に相手が警戒してくれて戦いやすくなるから必要がない――っていうのもあるけど」

「わー、やっぱり凄いんですね!」

 そう答えれば、拍手で喝采され、少しばかりこそばゆかった。

「――栞菜ー。あんまりサボってると先輩に言いつけるよー」

 ともすれば、唐突に呼び掛ける声が。
 二人してその方向へと向いてみれば、同じ新人マネージャーである楓ちゃんなる人物が大きく手を振ってこちらを呼んでいる。

「楓、ごめーん。今行くー。――では先輩、この後も頑張ってくださいね!」

「あぁ、ドリンクありがとう」

「いえいえ、それでは!」

 そう言い残すと、トテトテと栞菜ちゃんは楓ちゃんの元へと駆けていき、合流した二人は一緒に別の仕事へと向かってしまった。
 その後ろ姿はまるで双子の姉妹であるかのようで、顔も声も苗字さえも違うのに不思議なものだと感じる。

「ふぅー……」

 一息つき、壁にもたれかかり、天井を見上げ、そこで初めて自分の中で生まれている感情に気が付いた。

「…………疲れた」

 たった一言。四文字で書き表せる、シンプルな答え。
 それを口に出せば、酷くスッキリと腑に落ちる。

 あの子は良い子だと思う。顔も、お世辞を抜きにして可愛い部類だろう。
 というか、翔真という大エースがいる関係上、それはマネージャーの皆に言えることなんだけど……。

 でも、やはり彼女栞菜ちゃん彼女かなたとは違った。
 過ごした時間の長さがものをいうのであるのだろうけど、気を使わない関係というのが俺には丁度良かった。

「ま、それに俺の勘違いって線も往々にして存在するよな」

 モテない男子あるあるの一つ。
 少し優しくされただけで『コイツ、もしかして俺のこと好き!?』現象。

 そのことを踏まえれば、自意識過剰が過ぎているのかもしれない。
 ならば勝手に振ってやる方が可哀想だ。もうこの件については考えないでおこう。

 そう起きたこと全てに目を瞑り、むしろ忘れるためにも、俺は幼馴染のいない部活に従事するのであった。
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