彼と彼女の365日

如月ゆう

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July

7月5日(金) 定期考査・最終日

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「試験、終わったー!」

 授業終了の挨拶を終え、解答用紙をまとめて教室を出ていく試験監督の先生を見送れば、誰からともなくそんな歓声が沸く。

「…………疲れた」

 そんな中で、疲労困憊な声とともに机に突っ伏す幼馴染がいれば、

「ふふ、そうだね」

 その頭を撫で、宥める友人の存在があり、

「お疲れさん、翔真」
「あぁ、お疲れ様」

 俺もまた後ろに座る親友と労いの言葉を掛けあっていた。

「――で、今回は何するよ?」

 そして、いつもの如く、恒例のように、試験終わりに行う四人での息抜きを敢行すべく、俺は意見を募ってみる。

「…………何でもいい」
「わ、私もお任せで……」
「俺も、特にやりたいことはないかなー」

 だがしかし、返ってくる言葉はどれも他人任せのものばかりで思わずため息が零れた。

「はぁ……誰も彼も自主性がなくて悲しいよ」

 日本人はそういうところが欠点だと思う。
 もっと海外を見習え、臆するな、意見出してこー!

「……じゃあ、そんな自主性のあるそらくんはちゃんと意見を出してくれるんだよな?」

「任せろ」

 そう煽れば、こう煽り返されるが、試験が終わって間もなく未だに調子よく巡る俺の灰色の脳細胞に死角はない。

「…………………………………………」

『…………………………………………』

「……………………博多駅、とか?」

「安牌じゃん!」
「……そもそも、やりたいことじゃないし」
「は、ははは……」

 せっかく答えた案であったのに、三人からは何故か不評であった。
 安牌上等、何でも揃っている所に行った方が選択肢が増えるというのに……。

「……まぁ、本音を言うと久々にゲーセンに行きたかっただけなんだけどな」

 と、冗談はここまで。
 正直な話を俺がすれば、しかし、三人からは首を傾けられる。

「それで何で博多駅なんだ? ゲームセンターなら他にも探せばあるだろ」
「飽きたら他の場所にも行けるじゃん」

 翔真の疑問は最もであるが、そこも含めての場所選択だ。
 決して家に近いから、ではないので悪しからず。

「……お金は大丈夫?」
「心配するな、月始だから小遣いを貰ってる」

 そして、金銭事情を把握されている幼馴染からはそんな懸念の言葉が掛けられるも、そこを気にする必要もない。
 自分に使える金が多少は減るが……まぁ、必要経費というやつである。

「――ってことで、博多駅へ行こうか」

「……おー」
「了解」
「う、うん」


 ♦ ♦ ♦


 様々な音楽が入り混じり、響き、共鳴し、隣の声さえも聞き取ることの危うい空間。
 そこはまさに音の暴力で溢れ、騒々しさの具現のようである。

 そんな場所――博多駅に隣接するバスターミナルの七階に俺たちは来ていた。

「おー、あんまし変わってないな」
「…………うるさい」
「ゲームセンターなんて、かなり久々な気がするよ」
「わ、私は初めて……!」

 三者三様、十人十色で千差万別。それぞれが思い思いの反応をするなか、取り敢えずは王道かつ目の前に広がっているクレーンゲームへと向かってみる。

「わぁ……お菓子からぬいぐるみまで、いっぱいあるんだね」

 ――のだが、初体験だと告白していた菊池さんは珍しくもはしゃいだ様子で目をキラキラと輝かせて景品を見ていた。

「そらー……私、あのクッション欲しい」

 そして、そんな彼女とは裏腹に情緒のなさを露呈していた幼馴染が一人。
 いや……昔からこうだし、別にいいんだけどさ。

「おっ、そらはクレーンゲームできるのか?」

「まぁな。台選びはせにゃならんが、だいたい千円位で取れる」

 そう言ってかなたの指す台の前へと立てば、そこにはよく分からないキャラクター風のクッションが置いてある。
 しかも、用意周到に既にお金の入れられた状態で。

「…………がんば」
「頑張れよ」
「が、頑張ってー」

 応援を背に挑むゲームのシステムは、ボーム型の重しを少しずつズラして下に落とす――というよくあるもの。
 重要なのは爪を引っ掛ける位置と回数であるため、お金にして千円分、プレイ回数八回目で無事に落としきった。

『おー……!』

 普段は浴びることのない友人からの感嘆の声は、存外気持ちがいい。
 でも、それ以上に――。

「…………ありがと」

 ギュッと口元を隠すように抱きしめ、そうかなたからお礼を言われてしまえば、それに勝るものはなかった。

「…………気にすんな」

 フイと視線を逸らし、話を変えるように後ろで見ていた二人に声を掛ける。

「まぁ、取り方としてはこんな感じだ。俺ばっかりもなんだし、二人も何かやってみれば?」

 クレーンゲームは確かに景品を取ることも重要である。
 でも、それだけならば店員にコツを聞くなり、取りやすい位置に移動してもらったりといったサービスを受ければいいだけであり、本当の楽しみ方ではない。

 取れるか取れないかのハラハラ感。苦労して得られた達成感を味わってもらうべく提案すれば、しかし、翔真と菊池さんは顔を見合わせた。

「うーん、とは言ってもなぁ……。詩音さんは気になるものあった?」

「わ、私……? 私は、ある……けど…………」

「じゃあ、それにしようか」

 ならば向かおう、と皆で歩みを進めようとすると慌てた様子で彼女は止めに入る。

「あ、ある……けど、難しそう……だから……!」

 だけれども、そんなことで引き下がる俺たちではない。
 先程も言った通り、景品獲得なんて二の次。全員で取れた喜びや取れなかった悔しさを感じ、楽しむことが目的なのだから。

「ん? そんなの別に気にしなくていいよ。こっちには天下のそら先生がいるんだしさ」

「勝手に頼るな。どうせなら、『俺が取ってやんよ!』くらい言ってやれよ」

「……詩音、私の残ったプレイ回数あげる」

 だから、店員を呼んで余った四プレイ分を菊池さんの欲しい景品がある台へと移し替えてもらい、そして挑む。
 丁度四プレイということで、一人一回ずつ。

 その相手は、大きな動物のだきぐるみであった。

 …………うん、確かにこれは難しいかも。
 というか、デカイのは専門外だから正直言って難易度さえ分からない。

「……ちょっと、やってみていい?」

 一番手は俺。初挑戦という興味に負け、アームを動かしてみる。
 しかし、こういった大きな景品の大体はただ持ち上げようとしても途中で落としてしまうため、しっかりと狙いを定める必要がある。

 それはタグの穴。
 まるでプロのような技であるが、そうでもしなければ基本的に無理であり、時間内ならばいくらでもアームの位置は微調整できるシステムであったため一縷の望みにかける……!

「――あっ、外したわ」

 まさに即落ち二コマ。いや、二行。
 そして、続く詩音さん、かなたもあえなく失敗してしまい、残るは翔真一人。

 慎重に、微調整を繰り返して狙う彼の動作は、どうやら俺と同じくタグを狙っているようで……。
 目的の位置で掴むボタンを押せば、しかし、アームは回転しながら落ちていく。狙っていた指からタグが逸れた。

 ――あぁ、こりゃダメだ。

 そう落胆する俺をよそに、しかし奇跡は起きる。
 さらに回転を続けたアームは、意図していなかった指でタグを搦め取り、そうして持ち上げたのだ。

『おー!』

 移動し、ゆっくりと受け取り口まで景品を運んでくれれば、自動でアームは開き、スルリと勝手に景品は落ちてくれた。

 ……本当なら、爪にタグが引っかかるんだけどなぁ。
 これもイケメンの力か。

「はい、詩音さんどうぞ」

 受け取り口からそのだきぐるみを取りだした翔真は、菊池さんに手渡す。

「あ、ありがとう……翔真くん!」

 その笑顔が眩しい。

 単なる思い付きではあったが、ゲーセンここに来て良かったと思う。
 息抜きのつもりだったのだけど、思いもよらず良い一日へと変貌した。

 そう俺も翔真も、二人の少女の笑顔を見ることで感じたのであった。
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