彼と彼女の365日

如月ゆう

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June

6月30日(日) 団体戦

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 九州大会最終日。
 今日は九州八県、各二校ずつの計十六校がトーナメントで争う団体戦が行われる。

 とはいえ、俺の出番も昨日で終わり、何の関係もなくなったため隣に座る幼馴染とボーッと自校を応援していた。

「――優勝した気分はどうだ?」

 そんな中、急な背後からの声に振り向いてみれば、俺の一つ後ろの席に国立亮吾と準決勝で声の張る応援をしていたちびっ娘がドサリと座る。

「おいっス、どもっス、お久しぶりっス!」

 快活と親しげにかなたたちに声を掛ける少女であるが、これは珍しい。
 内部でもまともに友人を作れていないかなたが、まさか外部の子と交友関係を持つとは……。

 意外な嬉しい一面にほっこりしつつ、国立に向き直って、こっちはこっちの会話をする。

「疲れた……それだけだ」

 階下の試合会場で行われているのは第二回戦。
 今は、そのダブルス二組目であるのだが俺たちの学校は順調に得点していた。

「疲れた、か……。皆、死にものぐるいで練習して、ここまで頑張ってきたというのに、その当人がこれとは泣けてくるね」

「仕方ないだろ……実感がないんだよ。表彰式は今日だしな」

 昨日の出来事は、本当に夢だったのではないか――という思いでいっぱいだ。
 後半なんて意識が朦朧とした状態だったし、気が付けば寝ていて、覚醒した頃には次の日になっていたのだから。

 それに、大会の結果こそ喜ばしいものだけど別にそれを目的として過ごしてきたわけじゃないしな。
 だからまぁ、感じるものなんてこんなものだと思う。

「…………県大会の時は悪かったな」

 ともすれば唐突に、謝罪がなされた。

「昨日の試合――後半戦だけだったけど、自分の試合が終わったあとに見て思ったよ。あの時の誤審がなければ、君は俺に勝っていた。全ての結果が変わっていたと、そう思う」

 そんな言葉に俺は、心底ため息を零す。

「アホか、『勝負は時の運』って言うだろうが。アレはなるべくしてなった結果だ、運命だ。それをお前が勝手に悔やんでんじゃねえ」

 これは俺の持論だけど、たかだか十数年しか生きていない若造の考え方だけど、人生というのはそういうものなのだと思う。
 何をどう思おうとも、起こるべくして起こる現実の積み重ねであると。

「だから、たらればを語るくらいなら、全国大会で翔真と戦うことだけを考えろよ。詳しくは知らないが、そんなんで勝ち残れるほど甘くはないぜ?」

 見れば、試合はいつの間にか終わっていた。
 ダブルスの二戦とシングルスの一戦、見事な三タテでうちの高校は三回戦へと駒を進めている。

 聞いていた国立は、苦笑を浮かべて言い返してきた。

「知らないなら、騙るなよ……全く。…………畔上翔真に伝えておいてくれるか?」

「何を?」

「『全国では負けない』とな。――琴葉、行くよ」

 それだけを言い残し立ち上がれば、スタスタと通路へと歩いてしまう。
 その様子に気付いた少女は慌てた様子でワタワタと、何かよく分からない行動をしながら追いかけていた。

「ちょちょ……亮吾くん、待ってくださいっス――わぷっ……! いたた……だからって、急に止まらないで……」

「悪い悪い、一つ言い残したことがあってな」

 こちらへ向き直り、指を突き付けられる。

「今年の新人戦、君にも畔上翔真にも負けないから」

 そうして去っていく姿を見送れば、俺はまたボーッと階下の試合を眺め始めた。


 ♦ ♦ ♦


 授与式なども全て終え、閉会式さえも幕を下ろした今回の大会。
 傾く夕日を眺めながら、俺は翔真と歩いていた。

「団体戦二位、おめでとう。惜しかったな」

 二対二のまま、翔真のいるシングルス三組目までもつれ込んだ決勝戦であったが、そこで負け、準優勝という結果で終えることとなった。

「昨日の、どこかの誰かさんとの試合で疲れが残っていなければ、勝ってたかもしれないんだけどなー」

「なら、早々に諦めて手を抜いてくれたら良かったものを。そうすれば、俺ももっと楽に今日を過ごせたんだし」

 そう言い合えば、俺たちは互いに笑う。
 全く……どんな当て付けだよって話だ。

 けど、全体的な結果としてみれば、団体戦二位、個人戦シングルスはワンツーフィニッシュであるわけだし、ダブルスも三年生のペアが優勝と、華々しい。
 監督も鼻が高いだろうし、文句はなかった。

「でもまぁ、そらとは本気で戦えて良かったよ。これを逃したら、次は秋の新人戦まで待たないといけないからな」

 そう語る翔真の話を聞き、せっかくだからとずっと聞きたかった質問をぶつけてみた。

「……なぁ、なんでそこまでして俺と戦いたかったんだ? 優勝しておいて言うのもなんだが、俺はそこまで強くないだろ?」

「ホントにだな、そのセリフは舐めてる」

 爆笑にお腹を押さえる翔真を横目に、答えが返ってくるまで俺は待つ。
 しばらくはクツクツと笑っていたが、やがて波が去ったのか目じりを指で拭いつつ教えてくれた。

「そらはさ、俺の憧れなんだ。超えるべき人なんだよ」

「…………は? 何を言ってるんだ、お前は。勉強もスポーツも成績はそっちの方が上だろ」

「数字上はね。でも、それはそらがやる気じゃないからだ。本気でなにかに取り組んだ時、そらはきっと俺以上に色んなことができる。成し遂げられる」

 買いかぶり過ぎだ……と自分では思うけれど、彼はそうではないようだ。
 目が、雰囲気が本気だった。

「だから、そんな本気のそらと戦って勝てたなら……その時初めて自分を肯定できると思うんだ」

 けれど、その言葉の意味だけは分からなかった。
 分かったのは、彼のような人間もまた何かを抱えているということだけ。

 だから、そのことには何も触れず、この言葉を残しておく。

「なら、好きなだけ挑んでくればいい。俺で良ければ、いつでも相手になるさ」

「…………ああ、そうさせてもらうよ」

 前を向けば、楽しく談笑するかなたと菊池さんが。そしてその前を大会のメンバーや応援に来てくれたマネージャー、先生、そして監督が歩いている。

 沈む夕日はその光景を真っ赤に照らし、差された影は細く、長く、どこまでも真っ直ぐに伸びていた。
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