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June
6月19日(水) ネット報告会
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「――ってなことが昨日あったんですよね」
現在地は自宅。
帰宅し、夕飯も済ました俺は、日課のゲームに興じていた。
『それは大変でしたね』
会話――というか対話の相手は以前に知り合ったネットの友達である。
六月のあたまに出会って以降、ちょくちょくとパーティを組んでゲームをするようになり、今ではボイスチャットを繋ぐまでの仲に発展していた。
とはいえ、向こうはマイクを持っていないのか……実際に話しているのは俺だけであり、いわゆる聞き専状態。
代わりに、テキストチャットの方で返信をしてくれている――という、少し歪な間柄だ。
そして、そのテキストチャットもゲームをしながらに返信されるものだから、一体どういう方法をとっているのか俺としては非常に気になっており、また、いちいち左上に通知が流れるため少々不便な思いをしていた。
まぁ、我慢のときである。
『しかし、肝心のお友達さんとはどうなったのですか?』
「あー……お陰様で。まだ少しぎこちなさはありますけど、一緒にまたお昼を食べるようになったり……あと、会話も普通にするようになりました」
そんなフレンドには、これまでの事件のことを触りだけ――俺の愚痴として聞いてもらっていた。
相手の顔も名前も年齢も人柄も知らないのに……いや、知らないが故についつい甘えて話していた。
そのために、今もこうして気にかけてもらっているというわけだ。
『それなら良かった。クラスの方は大丈夫なのですか?』
「まぁ、少なくとも妙な噂は流れなくなり――あっ、いや……代わりに別の噂が流れたって言ってたっけ…………」
『へぇ……どんな噂です?』
だからって、ちょっとグイグイ来すぎじゃないかとも思うけれど……今更な話か。
「その時の立ち回りが尾を引いたみたいで、俺とその幼馴染が付き合っているという噂が…………」
子供か、と思うような話である。
翔真や菊池さん曰く、その理由は『実はかなたは、裏で男子に人気があった』から、らしいけど。
そんな話をしつつ、コントローラーを握り自キャラを操作していると、返信が来なくなった。
いつもなら、一分も掛からずに帰ってくるはずなのだが……。
『……………………実際に付き合っているんですか?』
独特な通知音。
数分遅れて届いたメッセージは、しかし、それほど時間のかかるような分量でも、ましてや文面でもない。
「いやいや、まさか。噂だって言ったじゃないですか。アイツとは恋人というよりも、むしろ家族みたいなものですよ」
それを俺は笑って吹き飛ばす。
かなたを好いていることは認めよう。ただそれは、恋愛的な側面を持っていない。そんな俗物的なものではなく、もっと深く根強いものだ。
『…………そうですか。なら、今後も大切にしなきゃいけないですね』
「えぇ、まぁ…………」
そこで一度対話は終わり、しばらくの間はゲームに従事する。
敵を倒し、倒され、もう一度プレイする――というサイクルを数周続けると、俺は話すべき内容があることを思いつき、再び声を掛けた。
「あっ、そういや……来週以降はちょっと忙しくなるんで、あまりゲームできないかもです」
『試験期間か何かですか……?』
ここで一つ補足情報なのだが、お互いの個人情報は殆ど話していない俺たちであるけれど、一つだけ、お互いが高校生であるということは知っていた。
話の都合上、お互いに明かすこととなり、でもそれだけだ。……まぁ、俺の方は声で男だってことまでバレているけど。
「それもありますけど、実は今月末に部活の大会が控えているんです」
『へぇー、何部ですか?』
「バドミントンです」
そして、こうしてまた一つ情報を開示してしまう。
ネットに湧く特定班の人だったら、今月末の大会、バドミントン、っていう要素だけできっと住んでる地域くらいは判断してくるんだろうなぁ……怖い。
『バドミントン、良いですね! もしかして、全国とか……?』
「いえ、俺の方はそこまでの実力は……。ただ、団体の方は行くみたいなんで、付いていくことにはなると思います」
今年の全国大会は熊本県が開催地ということで、人数の多いウチでは全員を連れていくことはできない。
そのため、通例として次の世代でスタメンになりそうな一・二年を数名一緒に連れていくのだけど、個人戦のメンバーとして出場した俺は、多分だがそれに同行することとなる。
『そうですか、凄いんですね』
「メンバーは凄いんでしょうね」
でも、それだけだ。
俺の話ではないので、それ以上に誇ることも、声高に嘯くこともしてはいけない。
「…………まぁなんで、イン率は下がると思います。見かけたら声を掛けてくれて大丈夫ですけど」
『分かりました!』
そう答える彼……彼女? まぁ、どっちでもいい――は、返信してくれた。
ちなみに、どっちでもいいと思ったのは、どうせ分かりはしないからだ。
言葉の端々を切り取ってみても敬語で話すために男女の特定はできず、一人称も上手く『自分』と使っておりあやふや。
また、同じくして高校生だということは知っていても、それが真実かどうかも分からず、結局のところはお互いのことを何も知らない曖昧な関係でしかない。
でも、だからこそ続くものもあるのだろう。
不安定で今にも切れそうな間柄だからこそ、絶妙なバランスを保てることもある。
そんなことを感じつつ、俺は今日もゲームをする。
現在地は自宅。
帰宅し、夕飯も済ました俺は、日課のゲームに興じていた。
『それは大変でしたね』
会話――というか対話の相手は以前に知り合ったネットの友達である。
六月のあたまに出会って以降、ちょくちょくとパーティを組んでゲームをするようになり、今ではボイスチャットを繋ぐまでの仲に発展していた。
とはいえ、向こうはマイクを持っていないのか……実際に話しているのは俺だけであり、いわゆる聞き専状態。
代わりに、テキストチャットの方で返信をしてくれている――という、少し歪な間柄だ。
そして、そのテキストチャットもゲームをしながらに返信されるものだから、一体どういう方法をとっているのか俺としては非常に気になっており、また、いちいち左上に通知が流れるため少々不便な思いをしていた。
まぁ、我慢のときである。
『しかし、肝心のお友達さんとはどうなったのですか?』
「あー……お陰様で。まだ少しぎこちなさはありますけど、一緒にまたお昼を食べるようになったり……あと、会話も普通にするようになりました」
そんなフレンドには、これまでの事件のことを触りだけ――俺の愚痴として聞いてもらっていた。
相手の顔も名前も年齢も人柄も知らないのに……いや、知らないが故についつい甘えて話していた。
そのために、今もこうして気にかけてもらっているというわけだ。
『それなら良かった。クラスの方は大丈夫なのですか?』
「まぁ、少なくとも妙な噂は流れなくなり――あっ、いや……代わりに別の噂が流れたって言ってたっけ…………」
『へぇ……どんな噂です?』
だからって、ちょっとグイグイ来すぎじゃないかとも思うけれど……今更な話か。
「その時の立ち回りが尾を引いたみたいで、俺とその幼馴染が付き合っているという噂が…………」
子供か、と思うような話である。
翔真や菊池さん曰く、その理由は『実はかなたは、裏で男子に人気があった』から、らしいけど。
そんな話をしつつ、コントローラーを握り自キャラを操作していると、返信が来なくなった。
いつもなら、一分も掛からずに帰ってくるはずなのだが……。
『……………………実際に付き合っているんですか?』
独特な通知音。
数分遅れて届いたメッセージは、しかし、それほど時間のかかるような分量でも、ましてや文面でもない。
「いやいや、まさか。噂だって言ったじゃないですか。アイツとは恋人というよりも、むしろ家族みたいなものですよ」
それを俺は笑って吹き飛ばす。
かなたを好いていることは認めよう。ただそれは、恋愛的な側面を持っていない。そんな俗物的なものではなく、もっと深く根強いものだ。
『…………そうですか。なら、今後も大切にしなきゃいけないですね』
「えぇ、まぁ…………」
そこで一度対話は終わり、しばらくの間はゲームに従事する。
敵を倒し、倒され、もう一度プレイする――というサイクルを数周続けると、俺は話すべき内容があることを思いつき、再び声を掛けた。
「あっ、そういや……来週以降はちょっと忙しくなるんで、あまりゲームできないかもです」
『試験期間か何かですか……?』
ここで一つ補足情報なのだが、お互いの個人情報は殆ど話していない俺たちであるけれど、一つだけ、お互いが高校生であるということは知っていた。
話の都合上、お互いに明かすこととなり、でもそれだけだ。……まぁ、俺の方は声で男だってことまでバレているけど。
「それもありますけど、実は今月末に部活の大会が控えているんです」
『へぇー、何部ですか?』
「バドミントンです」
そして、こうしてまた一つ情報を開示してしまう。
ネットに湧く特定班の人だったら、今月末の大会、バドミントン、っていう要素だけできっと住んでる地域くらいは判断してくるんだろうなぁ……怖い。
『バドミントン、良いですね! もしかして、全国とか……?』
「いえ、俺の方はそこまでの実力は……。ただ、団体の方は行くみたいなんで、付いていくことにはなると思います」
今年の全国大会は熊本県が開催地ということで、人数の多いウチでは全員を連れていくことはできない。
そのため、通例として次の世代でスタメンになりそうな一・二年を数名一緒に連れていくのだけど、個人戦のメンバーとして出場した俺は、多分だがそれに同行することとなる。
『そうですか、凄いんですね』
「メンバーは凄いんでしょうね」
でも、それだけだ。
俺の話ではないので、それ以上に誇ることも、声高に嘯くこともしてはいけない。
「…………まぁなんで、イン率は下がると思います。見かけたら声を掛けてくれて大丈夫ですけど」
『分かりました!』
そう答える彼……彼女? まぁ、どっちでもいい――は、返信してくれた。
ちなみに、どっちでもいいと思ったのは、どうせ分かりはしないからだ。
言葉の端々を切り取ってみても敬語で話すために男女の特定はできず、一人称も上手く『自分』と使っておりあやふや。
また、同じくして高校生だということは知っていても、それが真実かどうかも分からず、結局のところはお互いのことを何も知らない曖昧な関係でしかない。
でも、だからこそ続くものもあるのだろう。
不安定で今にも切れそうな間柄だからこそ、絶妙なバランスを保てることもある。
そんなことを感じつつ、俺は今日もゲームをする。
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