彼と彼女の365日

如月ゆう

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June

6月16日(日) 菊池詩音の葛藤

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 今日は部活の練習日。
 今月末に九州大会を控えているということで、メンバーはより一層気合を入れ、また、マネージャーの皆も忙しなくそのお手伝いをしているのですが、私はそれに集中できていませんでした。

 そして、それは同じく個人戦・団体戦と控えている翔真くんにもまた言えることで……。

 珍しくも体育館を訪れ、汗を拭く蔵敷くんに飲み物などを渡しているかなちゃんの姿を見ているとモヤモヤが止まりません。

「蔵敷先輩って、相変わらずあの人と仲良いですよね。最近はずっと部活に来ているみたいですし」

 そんな時に話しかけてきたのは、後輩マネージャーの栞那ちゃん。

「そうですよー……。私なんて、先輩たちと間違えて何度かお手伝いをお願いしちゃったんですから……」

 そして、乱入者がもう一人。
 同じく後輩の楓ちゃんもまた、話に参加をしてきた。

 その二人は、私と同様に彼らの様子を眺めているけれど、見る目、浮かぶ感情というものは私とは違っていると思う。

 それもそのはず。
 クラスとは異なり、部活にまであの文化祭の出来事は広まっていないのだから。

 ――だから、彼らの行動は普段と何も変わらず、いつも通りの振る舞いであり、皆からはただ微笑ましく見えているだけなのだろうけど、今の私にしてみればそれはとても歪だった。

「…………うん、そうだね。本当に、あの二人は仲良しだと思う」

 同調し、相槌を打つけれど、果たしてそれは真実だろうか?

 分からない。分かるはずがない。
 虐めの被害者と加害者が時を経て仲良くしているなんて、想像もつかなければ、理解もできない。

 一体どんな気持ちで、二人は接し合っているのだろう……。

「…………詩音先輩?」
「…………大丈夫ですか?」

 そんな気持ちの一端が少し外に漏れてしまったのか、心配した様子で声を掛けてくれた。

「うん、大丈夫。……さっ、私たちは私たちのできる仕事をしようか!」

 気持ち明るめに、生まれた蟠りは一度よそに置いて彼らから視線を外した。前を向く。

「大会が近いし、まだまだやることは多いからね」

「はーい……」
「頑張りまーす……」

 やりかけだった各々の仕事を片付けるべく、私たちは動く。
 そんな最中に目に入ったのは、私と似た葛藤を抱える一人の男の子。いつも見ているから分かることだけど、プレイがちょっとだけ荒々しい。

 今も一人、シャトルを床に立ててそれをスマッシュで当てる――まるでゲームのような打球コントロールの練習をしており、そのラケットの振る音が少し怖く思えた。

「翔真くん、何かイラついてる?」

「――きゃ!」

 耳元で響く声。触れる吐息。
 擽ったくも、全身を何が駆け抜ける感覚に身体が浮き上がる。

 慌てて耳を押さえて振り向けば、そこには香織先輩がいた。
 ノートを左手とお腹で開いて支え、手に持つペンを口元に寄せて立っている。

「それに、詩音ちゃんもそうでしょ?」

 …………何で分かったんだろう?

 不意をつくような形で、立て続けに当てられる私たちの心情。
 しかし、思ったことをそのまま答えては肯定してしまうことになり、故に悩んで、言葉が出てこない。

「何で分かったのか……って顔してるね。私は常に皆のデータをまとめるために、その人の顔や様子を観察してるから、違いには敏感なの。翔真くんは力みすぎて、いつもよりショットの速度が出ていない。詩音ちゃんは、少し立ち止まってあの子たちを見てることが多いかな」

 そう言って指の代わりとして差されたペン先の方向は、見なくても分かる。
 蔵敷くんとかなちゃんのことを示しているのだろう。

「二人と何かあった?」

 言うべきではない、と思う。
 少なくとも、無闇矢鱈に広めていい内容ではない。

 だって、そもそもがこの話は彼らの問題であって、本来は私たちが悩む必要さえない内容なのだから。

 例え被害者と加害者の関係でも、だとしても、今の二人がそれを割り切って楽しく過ごせているのなら、何も問題はなく、事はすでに済んでいる。

 それでも悩むことになっているのは、偏にそれを受け入れられない私たちの許容の問題。
 他人にも、ましてや彼ら二人にも関係のない私たちだけの問題。

 だから言わない、という選択をとれば香織先輩は少し呆れたような微笑みでため息を吐いた。

「まぁ、言いたくないならそれでもいいけど……解決は早めにした方がいいと思う。じゃないと、どんどん心が離れていっちゃうよ」

 続けて「それに、主力の二人が精神的に弱っているのは困るしね」と冗談交じりに呟いた先輩は、お茶目にウインクをしてその場を離れていく。

 解決……か。
 確かにしなければいけない。このままじゃ嫌だ。

 けれど、どうすればいいのか。
 それが私には分からなかった。
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