75 / 284
June
6月10日( ) 懺悔の滲む過去の残滓・少女編
しおりを挟む
――平成二十八年、六月十日、金曜日。
私は今でも後悔している。
あの時、全てを打ち明け彼を擁護していれば何も変わることはなかったのだと。
昨日の出来事から明けた今日。
いつも通りに学校へと登校すれば、友達の女の子らが駆け寄ってくる。
「かなた、昨日は大丈夫だった……?」
「泣いてたみたいだけど、辛くない?」
「……うん、大丈夫」
「本当? アイツと家が隣同士らしいから、心配だったよ……」
掛けてくる声はどれも私を気遣う優しいものばかりで、けれど何故か心の底でちりつく。
教科書や筆記道具などの必需品を机の中に入れれば、私は教室後方に設置された通学バッグ置き場へと足を向けた。
チラと目に入るのは、私の場所のその次。
出席番号順ゆえに、そこは彼の置き場で、そして鞄も既に入っているにもかかわらず、教室では見かけない。
もう登校時間ギリギリ。
そうでなくても、部活で早く出ていたはずだ。
「ねぇ、あの…………そらはどこに……?」
昨日の今日でこんな質問はおかしく思われるかもしれないけれど、気になった私は思い切って聞いてみた。
すると――。
「あー……そうだよね。昨日、あんなことされたのに会いたくないよね……。でも安心して。ほかの男子が今、懲らしめてるみたいだから」
「えっ……………………?」
私の背中に冷たい何かが走る。
「そうそう、平気な顔して今日の部活にも来てたって私も聞いた。だから、その時も事情を知ってる先輩とお灸を据えてたみたい」
「あっ、それ私見たよ。体育用具室の裏でやってた」
「ハンド部のコート、その真ん前だもんね」
何……? どういうこと?
言っている意味は何となく察することができる。けれど、理解ができない。
何でそんなことになってるの……?
「まぁでも、アイツが悪いよねー」
「だよね、虐めは最低」
聞けば、私はそらから虐められたと思われているらしい。
「や……違……。わ、私は別に虐められてなんか――」
けれど、私は分かっている。
あの時のそらの言葉は、何か彼なりの事情があって紡がれたものであることを。
それ以前に、これまでそらから酷いことをされた経験なんてものは少しもなく、だからこそ辛い言葉に耐え切れず涙が零れてしまったわけで……。
しかし、訪れる展開は思っていたものとは異なる。
「かなた…………別にいいんだよ、あんな奴を庇わなくても」
「こんな良い子を虐めるのんて、ホント最っ低……!」
何これ…………怖い……。
誰も言葉通りの意味を受け取ってはくれず、何かを言う度に私の株だけが上がり、逆にそらの心象は地に落ちていく。
その声は届いているはずなのに全く届いておらず、彼ら彼女らの自身の正当化のために私の解釈が捻じ曲げられていくのは見ていて気持ちが悪かった。
初めて人を嫌悪しそうだ。
結局そのまま予鈴は鳴り響き、生徒は各々自分の席へと帰っていく。
同時に複数名の男子生徒が教室にゾロゾロと戻ってき、その最後尾に探し求めていた人の姿もまた見ることができた。
そして、長年見てきたからこそ分かる。
脇腹を押さえる手、僅かに引きずられた足、顔など見えるところに外傷はないけれどきっとあの身体には――。
これを止めるためには私が言う他ないのだろう。
けれど、またさっきみたいに言い分を曲解されたらどうしよう。きっと、そのしわ寄せは彼に降りかかる。
それは嫌だ。それだけは嫌だ。
でも、ならばどうすればいいんだろう。
堂々巡りする思考の中、助けてくれる人は誰もいない。
私は初めて一人ぼっちになった。
♦ ♦ ♦
気が付くと、息を荒らげて目を開けていた。
広がるのは見知った天井。首を廻らせれば、いつも使っている机に椅子、本棚が目に入り、ようやく自分の部屋であることを悟る。
「久々に見たなー……あの夢」
手の平全体で顔を覆うと、指先が僅かに濡れた。
体は熱く、汗をビッショリとかいているのが分かる。
喉は渇き、着替えたくて、でも動く気力は湧かない。
懺悔の言葉だけが心の中で巣食っていた。
枕元のスマホが指し示すは六月十日の月曜日、午前三時。
今日は土曜日に催された文化祭二日目の振替休日だ。
だというのに、気分は最悪。
これ以上、眠る気にもならない。
今日が過ぎれば、明日からはまた学校。
棄てたはずの過去が再び私たちを苛もうとしている今、だけどもあの頃から変わった――変わってしまった私たちなら今度は違う未来を紡ぐことが出来ると思う。
拭うことはできず、どこまでも纏わりついてくるコレとも対峙する時がついに来たのだ。
私は今でも後悔している。
あの時、全てを打ち明け彼を擁護していれば何も変わることはなかったのだと。
昨日の出来事から明けた今日。
いつも通りに学校へと登校すれば、友達の女の子らが駆け寄ってくる。
「かなた、昨日は大丈夫だった……?」
「泣いてたみたいだけど、辛くない?」
「……うん、大丈夫」
「本当? アイツと家が隣同士らしいから、心配だったよ……」
掛けてくる声はどれも私を気遣う優しいものばかりで、けれど何故か心の底でちりつく。
教科書や筆記道具などの必需品を机の中に入れれば、私は教室後方に設置された通学バッグ置き場へと足を向けた。
チラと目に入るのは、私の場所のその次。
出席番号順ゆえに、そこは彼の置き場で、そして鞄も既に入っているにもかかわらず、教室では見かけない。
もう登校時間ギリギリ。
そうでなくても、部活で早く出ていたはずだ。
「ねぇ、あの…………そらはどこに……?」
昨日の今日でこんな質問はおかしく思われるかもしれないけれど、気になった私は思い切って聞いてみた。
すると――。
「あー……そうだよね。昨日、あんなことされたのに会いたくないよね……。でも安心して。ほかの男子が今、懲らしめてるみたいだから」
「えっ……………………?」
私の背中に冷たい何かが走る。
「そうそう、平気な顔して今日の部活にも来てたって私も聞いた。だから、その時も事情を知ってる先輩とお灸を据えてたみたい」
「あっ、それ私見たよ。体育用具室の裏でやってた」
「ハンド部のコート、その真ん前だもんね」
何……? どういうこと?
言っている意味は何となく察することができる。けれど、理解ができない。
何でそんなことになってるの……?
「まぁでも、アイツが悪いよねー」
「だよね、虐めは最低」
聞けば、私はそらから虐められたと思われているらしい。
「や……違……。わ、私は別に虐められてなんか――」
けれど、私は分かっている。
あの時のそらの言葉は、何か彼なりの事情があって紡がれたものであることを。
それ以前に、これまでそらから酷いことをされた経験なんてものは少しもなく、だからこそ辛い言葉に耐え切れず涙が零れてしまったわけで……。
しかし、訪れる展開は思っていたものとは異なる。
「かなた…………別にいいんだよ、あんな奴を庇わなくても」
「こんな良い子を虐めるのんて、ホント最っ低……!」
何これ…………怖い……。
誰も言葉通りの意味を受け取ってはくれず、何かを言う度に私の株だけが上がり、逆にそらの心象は地に落ちていく。
その声は届いているはずなのに全く届いておらず、彼ら彼女らの自身の正当化のために私の解釈が捻じ曲げられていくのは見ていて気持ちが悪かった。
初めて人を嫌悪しそうだ。
結局そのまま予鈴は鳴り響き、生徒は各々自分の席へと帰っていく。
同時に複数名の男子生徒が教室にゾロゾロと戻ってき、その最後尾に探し求めていた人の姿もまた見ることができた。
そして、長年見てきたからこそ分かる。
脇腹を押さえる手、僅かに引きずられた足、顔など見えるところに外傷はないけれどきっとあの身体には――。
これを止めるためには私が言う他ないのだろう。
けれど、またさっきみたいに言い分を曲解されたらどうしよう。きっと、そのしわ寄せは彼に降りかかる。
それは嫌だ。それだけは嫌だ。
でも、ならばどうすればいいんだろう。
堂々巡りする思考の中、助けてくれる人は誰もいない。
私は初めて一人ぼっちになった。
♦ ♦ ♦
気が付くと、息を荒らげて目を開けていた。
広がるのは見知った天井。首を廻らせれば、いつも使っている机に椅子、本棚が目に入り、ようやく自分の部屋であることを悟る。
「久々に見たなー……あの夢」
手の平全体で顔を覆うと、指先が僅かに濡れた。
体は熱く、汗をビッショリとかいているのが分かる。
喉は渇き、着替えたくて、でも動く気力は湧かない。
懺悔の言葉だけが心の中で巣食っていた。
枕元のスマホが指し示すは六月十日の月曜日、午前三時。
今日は土曜日に催された文化祭二日目の振替休日だ。
だというのに、気分は最悪。
これ以上、眠る気にもならない。
今日が過ぎれば、明日からはまた学校。
棄てたはずの過去が再び私たちを苛もうとしている今、だけどもあの頃から変わった――変わってしまった私たちなら今度は違う未来を紡ぐことが出来ると思う。
拭うことはできず、どこまでも纏わりついてくるコレとも対峙する時がついに来たのだ。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
幼馴染と話し合って恋人になってみた→夫婦になってみた
久野真一
青春
最近の俺はちょっとした悩みを抱えている。クラスメート曰く、
幼馴染である百合(ゆり)と仲が良すぎるせいで付き合ってるか気になるらしい。
堀川百合(ほりかわゆり)。美人で成績優秀、運動完璧だけど朝が弱くてゲーム好きな天才肌の女の子。
猫みたいに気まぐれだけど優しい一面もあるそんな女の子。
百合とはゲームや面白いことが好きなところが馬が合って仲の良い関係を続けている。
そんな百合は今年は隣のクラス。俺と付き合ってるのかよく勘ぐられるらしい。
男女が仲良くしてるからすぐ付き合ってるだの何だの勘ぐってくるのは困る。
とはいえ。百合は異性としても魅力的なわけで付き合ってみたいという気持ちもある。
そんなことを悩んでいたある日の下校途中。百合から
「修二は私と恋人になりたい?」
なんて聞かれた。考えた末の言葉らしい。
百合としても満更じゃないのなら恋人になるのを躊躇する理由もない。
「なれたらいいと思ってる」
少し曖昧な返事とともに恋人になった俺たち。
食べさせあいをしたり、キスやその先もしてみたり。
恋人になった後は今までよりもっと楽しい毎日。
そんな俺達は大学に入る時に籍を入れて学生夫婦としての生活も開始。
夜一緒に寝たり、一緒に大学の講義を受けたり、新婚旅行に行ったりと
新婚生活も満喫中。
これは俺と百合が恋人としてイチャイチャしたり、
新婚生活を楽しんだりする、甘くてほのぼのとする日常のお話。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる