彼と彼女の365日

如月ゆう

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June

6月10日( ) 懺悔の滲む過去の残滓・少女編

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 ――平成二十八年、六月十日、金曜日。

 私は今でも後悔している。
 あの時、全てを打ち明け彼を擁護していれば何も変わることはなかったのだと。

 昨日の出来事から明けた今日。
 いつも通りに学校へと登校すれば、友達の女の子らが駆け寄ってくる。

「かなた、昨日は大丈夫だった……?」
「泣いてたみたいだけど、辛くない?」

「……うん、大丈夫」

「本当? アイツと家が隣同士らしいから、心配だったよ……」

 掛けてくる声はどれも私を気遣う優しいものばかりで、けれど何故か心の底でちりつく。

 教科書や筆記道具などの必需品を机の中に入れれば、私は教室後方に設置された通学バッグ置き場へと足を向けた。

 チラと目に入るのは、私の場所のその次。
 出席番号順ゆえに、そこは彼の置き場で、そして鞄も既に入っているにもかかわらず、教室では見かけない。

 もう登校時間ギリギリ。
 そうでなくても、部活で早く出ていたはずだ。

「ねぇ、あの…………そらはどこに……?」

 昨日の今日でこんな質問はおかしく思われるかもしれないけれど、気になった私は思い切って聞いてみた。

 すると――。

「あー……そうだよね。昨日、あんなことされたのに会いたくないよね……。でも安心して。ほかの男子が今、懲らしめてるみたいだから」

「えっ……………………?」

 私の背中に冷たい何かが走る。

「そうそう、平気な顔して今日の部活にも来てたって私も聞いた。だから、その時も事情を知ってる先輩とお灸を据えてたみたい」

「あっ、それ私見たよ。体育用具室の裏でやってた」

「ハンド部のコート、その真ん前だもんね」

 何……? どういうこと?
 言っている意味は何となく察することができる。けれど、理解ができない。

 何でそんなことになってるの……?

「まぁでも、アイツが悪いよねー」
「だよね、虐めは最低」

 聞けば、私はそらから虐められたと思われているらしい。

「や……違……。わ、私は別に虐められてなんか――」

 けれど、私は分かっている。
 あの時のそらの言葉は、何か彼なりの事情があって紡がれたものであることを。

 それ以前に、これまでそらから酷いことをされた経験なんてものは少しもなく、だからこそ辛い言葉に耐え切れず涙が零れてしまったわけで……。

 しかし、訪れる展開は思っていたものとは異なる。

「かなた…………別にいいんだよ、あんな奴を庇わなくても」
「こんな良い子を虐めるのんて、ホント最っ低……!」

 何これ…………怖い……。

 誰も言葉通りの意味を受け取ってはくれず、何かを言う度に私の株だけが上がり、逆にそらの心象は地に落ちていく。

 その声は届いているはずなのに全く届いておらず、彼ら彼女らの自身の正当化のために私の解釈が捻じ曲げられていくのは見ていて気持ちが悪かった。

 初めて人を嫌悪しそうだ。

 結局そのまま予鈴は鳴り響き、生徒は各々自分の席へと帰っていく。
 同時に複数名の男子生徒が教室にゾロゾロと戻ってき、その最後尾に探し求めていた人の姿もまた見ることができた。

 そして、長年見てきたからこそ分かる。
 脇腹を押さえる手、僅かに引きずられた足、顔など見えるところに外傷はないけれどきっとあの身体には――。

 これを止めるためには私が言う他ないのだろう。
 けれど、またさっきみたいに言い分を曲解されたらどうしよう。きっと、そのしわ寄せは彼に降りかかる。

 それは嫌だ。それだけは嫌だ。
 でも、ならばどうすればいいんだろう。

 堂々巡りする思考の中、助けてくれる人は誰もいない。
 私は初めて一人ぼっちになった。


 ♦ ♦ ♦


 気が付くと、息を荒らげて目を開けていた。
 広がるのは見知った天井。首を廻らせれば、いつも使っている机に椅子、本棚が目に入り、ようやく自分の部屋であることを悟る。

「久々に見たなー……あの夢」

 手の平全体で顔を覆うと、指先が僅かに濡れた。
 体は熱く、汗をビッショリとかいているのが分かる。

 喉は渇き、着替えたくて、でも動く気力は湧かない。
 懺悔の言葉だけが心の中で巣食っていた。

 枕元のスマホが指し示すは六月十日の月曜日、午前三時。
 今日は土曜日に催された文化祭二日目の振替休日だ。

 だというのに、気分は最悪。
 これ以上、眠る気にもならない。

 今日が過ぎれば、明日からはまた学校。
 棄てたはずの過去が再び私たちを苛もうとしている今、だけどもあの頃から変わった――変わってしまった私たちなら今度は違う未来を紡ぐことが出来ると思う。

 拭うことはできず、どこまでも纏わりついてくるコレとも対峙する時がついに来たのだ。
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