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June
6月9日( ) 懺悔の滲む過去の残滓・少年編
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――平成二十八年、六月九日、木曜日。
それは忘れもしない。
俺の人生が変わった、転換の日。
中学二年生だったあの頃の俺は、今よりももっと明るく、まともな人間であったと自覚している。
部活動に従事し、勉強もそこそこに多くの友達と色良い学園生活を送っていた。
だがしかし、子供というのは純粋で残酷だ。
囃し立て、煽り合い、他人を弄ることで笑い話にすることがある。
友達だからこれくらい、などと程度の強要を行い、弄って、弄られて、それが楽しいみたいな風潮があった。
それは俺にも言えたことで、幼馴染という関係――それが長く続いているというのはかなり珍しいらしく、かなたと常に行動しているという事実は、彼らにとって揶揄する対象となったようだ。
「ラブラブ夫婦」
「結婚式はどこであげるのですか?」
「おしどり夫婦だから、お前らの名字は今日からおしどりだな」
今思えばなんてことのない罵りで、大したことでもなかったのだけど、思春期というのも重なり、当時の俺はかなりのストレスを抱え込んでしまった。
単純に心が弱かった。
馬鹿にされたくないという自己保身でいっぱいだった。
故に行動に出た。出してしまった。
改めて言おう。
子供というのは純粋で残酷な生き物だ。
だからこそ、人間の誰しもが持っている『自分が一番大事』だという本能を遺憾無く発揮し、全力で、他人を傷つけることも厭わない。
俺は、かなたにこう告げたのだ。
「…………なぁ、もう俺に付きまとうのは止めてくれよ」
その時の彼女の表情は今でも覚えている。
昔のかなたはよく笑う子だった。そんな子の初めて見せた困惑した笑み。
何とか取り繕おうと笑うけれど、目尻が悲しく垂れ下がっている泣きそうな顔。
「そら…………? ど、どうしたの?」
「別にどうもしてねぇよ。ただ、もうお前のことウザくなったから構ってくるな。そう言ってんだ」
その時、俺は初めてかなたの涙を見た。
儚げに流れる雫は、重量に従って静かに落ちる。
「どうして……どうして、そんなこと言うの……? そら、何があった――」
「――うっせぇな、マジでウザイ! もう話しかけてくんな!」
それだけを言って、俺は後にする。
けど、これでいいんだ。アイツと関わらなければ皆に馬鹿にされることもない。楽しく暮らせる。
そう思っていた。
しかし、事態はそう上手くは進まない。
むしろ、想像とは真逆を行く。
かなたが俺に泣かされた、という話はその日のうちに瞬く間に広がり、放課後にもなれば、いつしか俺は『可愛い幼馴染を泣かせた悪い奴』に変わっていた。
女子からは誹謗中傷、男子からは暴力の嵐。
けれどそれは、虐めた悪い奴を懲らしめるための正義の鉄槌として扱われ、誰も止める者はいない。
唯一味方の可能性でいてくれた者の存在は、俺自身が切り離した。
だからその時、俺は自分の仕出かしたことを初めて理解したのだ。
♦ ♦ ♦
気が付くと、息を荒らげて目を開けていた。
広がるのは見知った天井。首を廻らせれば、愛用のパソコンや椅子、本棚が目に入り、ようやく自室であると悟る。
「くそ……久々に見たな」
目元を覆うように頭を押さえれば、指先が僅かに濡れた。
体は熱く、汗をビッショリとかいているのが分かる。
喉は渇き、着替えたく、されど動く気力は湧かない。
懺悔の言葉だけが心の中で巣食っていた。
枕元のスマホが指し示すは六月九日の日曜日、午前三時。
文化祭から一夜明けた日。
奇しくもあの日と同じだからあの夢を見たのか、昨日の出来事が起因しているのか……。
どちらにしても、考えるだけ無駄である。
過去は棄てた。二人でそう決めた。
――が、拭えるものではない。
いつも、いつまでも纏わりついてくる感覚を、俺は肌で感じていた。
それは忘れもしない。
俺の人生が変わった、転換の日。
中学二年生だったあの頃の俺は、今よりももっと明るく、まともな人間であったと自覚している。
部活動に従事し、勉強もそこそこに多くの友達と色良い学園生活を送っていた。
だがしかし、子供というのは純粋で残酷だ。
囃し立て、煽り合い、他人を弄ることで笑い話にすることがある。
友達だからこれくらい、などと程度の強要を行い、弄って、弄られて、それが楽しいみたいな風潮があった。
それは俺にも言えたことで、幼馴染という関係――それが長く続いているというのはかなり珍しいらしく、かなたと常に行動しているという事実は、彼らにとって揶揄する対象となったようだ。
「ラブラブ夫婦」
「結婚式はどこであげるのですか?」
「おしどり夫婦だから、お前らの名字は今日からおしどりだな」
今思えばなんてことのない罵りで、大したことでもなかったのだけど、思春期というのも重なり、当時の俺はかなりのストレスを抱え込んでしまった。
単純に心が弱かった。
馬鹿にされたくないという自己保身でいっぱいだった。
故に行動に出た。出してしまった。
改めて言おう。
子供というのは純粋で残酷な生き物だ。
だからこそ、人間の誰しもが持っている『自分が一番大事』だという本能を遺憾無く発揮し、全力で、他人を傷つけることも厭わない。
俺は、かなたにこう告げたのだ。
「…………なぁ、もう俺に付きまとうのは止めてくれよ」
その時の彼女の表情は今でも覚えている。
昔のかなたはよく笑う子だった。そんな子の初めて見せた困惑した笑み。
何とか取り繕おうと笑うけれど、目尻が悲しく垂れ下がっている泣きそうな顔。
「そら…………? ど、どうしたの?」
「別にどうもしてねぇよ。ただ、もうお前のことウザくなったから構ってくるな。そう言ってんだ」
その時、俺は初めてかなたの涙を見た。
儚げに流れる雫は、重量に従って静かに落ちる。
「どうして……どうして、そんなこと言うの……? そら、何があった――」
「――うっせぇな、マジでウザイ! もう話しかけてくんな!」
それだけを言って、俺は後にする。
けど、これでいいんだ。アイツと関わらなければ皆に馬鹿にされることもない。楽しく暮らせる。
そう思っていた。
しかし、事態はそう上手くは進まない。
むしろ、想像とは真逆を行く。
かなたが俺に泣かされた、という話はその日のうちに瞬く間に広がり、放課後にもなれば、いつしか俺は『可愛い幼馴染を泣かせた悪い奴』に変わっていた。
女子からは誹謗中傷、男子からは暴力の嵐。
けれどそれは、虐めた悪い奴を懲らしめるための正義の鉄槌として扱われ、誰も止める者はいない。
唯一味方の可能性でいてくれた者の存在は、俺自身が切り離した。
だからその時、俺は自分の仕出かしたことを初めて理解したのだ。
♦ ♦ ♦
気が付くと、息を荒らげて目を開けていた。
広がるのは見知った天井。首を廻らせれば、愛用のパソコンや椅子、本棚が目に入り、ようやく自室であると悟る。
「くそ……久々に見たな」
目元を覆うように頭を押さえれば、指先が僅かに濡れた。
体は熱く、汗をビッショリとかいているのが分かる。
喉は渇き、着替えたく、されど動く気力は湧かない。
懺悔の言葉だけが心の中で巣食っていた。
枕元のスマホが指し示すは六月九日の日曜日、午前三時。
文化祭から一夜明けた日。
奇しくもあの日と同じだからあの夢を見たのか、昨日の出来事が起因しているのか……。
どちらにしても、考えるだけ無駄である。
過去は棄てた。二人でそう決めた。
――が、拭えるものではない。
いつも、いつまでも纏わりついてくる感覚を、俺は肌で感じていた。
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