彼と彼女の365日

如月ゆう

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June

6月9日( ) 懺悔の滲む過去の残滓・少年編

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 ――平成二十八年、六月九日、木曜日。

 それは忘れもしない。
 俺の人生が変わった、転換の日。

 中学二年生だったあの頃の俺は、今よりももっと明るく、まともな人間であったと自覚している。
 部活動に従事し、勉強もそこそこに多くの友達と色良い学園生活を送っていた。

 だがしかし、子供というのは純粋で残酷だ。
 囃し立て、煽り合い、他人を弄ることで笑い話にすることがある。

 友達だからこれくらい、などと程度の強要を行い、弄って、弄られて、それが楽しいみたいな風潮があった。

 それは俺にも言えたことで、幼馴染という関係――それが長く続いているというのはかなり珍しいらしく、かなたと常に行動しているという事実は、彼らにとって揶揄する対象となったようだ。

「ラブラブ夫婦」
「結婚式はどこであげるのですか?」
「おしどり夫婦だから、お前らの名字は今日からおしどりだな」

 今思えばなんてことのない罵りで、大したことでもなかったのだけど、思春期というのも重なり、当時の俺はかなりのストレスを抱え込んでしまった。

 単純に心が弱かった。
 馬鹿にされたくないという自己保身でいっぱいだった。

 故に行動に出た。出してしまった。

 改めて言おう。
 子供というのは純粋で残酷な生き物だ。

 だからこそ、人間の誰しもが持っている『自分が一番大事』だという本能を遺憾無く発揮し、全力で、他人を傷つけることも厭わない。

 俺は、かなたにこう告げたのだ。

「…………なぁ、もう俺に付きまとうのは止めてくれよ」

 その時の彼女の表情は今でも覚えている。

 昔のかなたはよく笑う子だった。そんな子の初めて見せた困惑した笑み。
 何とか取り繕おうと笑うけれど、目尻が悲しく垂れ下がっている泣きそうな顔。

「そら…………? ど、どうしたの?」

「別にどうもしてねぇよ。ただ、もうお前のことウザくなったから構ってくるな。そう言ってんだ」

 その時、俺は初めてかなたの涙を見た。
 儚げに流れる雫は、重量に従って静かに落ちる。

「どうして……どうして、そんなこと言うの……? そら、何があった――」

「――うっせぇな、マジでウザイ! もう話しかけてくんな!」

 それだけを言って、俺は後にする。
 けど、これでいいんだ。アイツと関わらなければ皆に馬鹿にされることもない。楽しく暮らせる。

 そう思っていた。

 しかし、事態はそう上手くは進まない。
 むしろ、想像とは真逆を行く。

 かなたが俺に泣かされた、という話はその日のうちに瞬く間に広がり、放課後にもなれば、いつしか俺は『可愛い幼馴染を泣かせた悪い奴』に変わっていた。

 女子からは誹謗中傷、男子からは暴力の嵐。
 けれどそれは、虐めた悪い奴を懲らしめるための正義の鉄槌として扱われ、誰も止める者はいない。

 唯一味方の可能性でいてくれた者の存在は、俺自身が切り離した。
 だからその時、俺は自分の仕出かしたことを初めて理解したのだ。


 ♦ ♦ ♦


 気が付くと、息を荒らげて目を開けていた。
 広がるのは見知った天井。首を廻らせれば、愛用のパソコンや椅子、本棚が目に入り、ようやく自室であると悟る。

「くそ……久々に見たな」

 目元を覆うように頭を押さえれば、指先が僅かに濡れた。
 体は熱く、汗をビッショリとかいているのが分かる。

 喉は渇き、着替えたく、されど動く気力は湧かない。
 懺悔の言葉だけが心の中で巣食っていた。

 枕元のスマホが指し示すは六月九日の日曜日、午前三時。
 文化祭から一夜明けた日。

 奇しくもあの日と同じだからあの夢を見たのか、昨日の出来事が起因しているのか……。
 どちらにしても、考えるだけ無駄である。

 過去は棄てた。二人でそう決めた。

 ――が、拭えるものではない。
 いつも、いつまでも纏わりついてくる感覚を、俺は肌で感じていた。
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こちらも毎週火曜日に投稿しておりますので、よければ。
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