74 / 284
June
6月9日( ) 懺悔の滲む過去の残滓・少年編
しおりを挟む
――平成二十八年、六月九日、木曜日。
それは忘れもしない。
俺の人生が変わった、転換の日。
中学二年生だったあの頃の俺は、今よりももっと明るく、まともな人間であったと自覚している。
部活動に従事し、勉強もそこそこに多くの友達と色良い学園生活を送っていた。
だがしかし、子供というのは純粋で残酷だ。
囃し立て、煽り合い、他人を弄ることで笑い話にすることがある。
友達だからこれくらい、などと程度の強要を行い、弄って、弄られて、それが楽しいみたいな風潮があった。
それは俺にも言えたことで、幼馴染という関係――それが長く続いているというのはかなり珍しいらしく、かなたと常に行動しているという事実は、彼らにとって揶揄する対象となったようだ。
「ラブラブ夫婦」
「結婚式はどこであげるのですか?」
「おしどり夫婦だから、お前らの名字は今日からおしどりだな」
今思えばなんてことのない罵りで、大したことでもなかったのだけど、思春期というのも重なり、当時の俺はかなりのストレスを抱え込んでしまった。
単純に心が弱かった。
馬鹿にされたくないという自己保身でいっぱいだった。
故に行動に出た。出してしまった。
改めて言おう。
子供というのは純粋で残酷な生き物だ。
だからこそ、人間の誰しもが持っている『自分が一番大事』だという本能を遺憾無く発揮し、全力で、他人を傷つけることも厭わない。
俺は、かなたにこう告げたのだ。
「…………なぁ、もう俺に付きまとうのは止めてくれよ」
その時の彼女の表情は今でも覚えている。
昔のかなたはよく笑う子だった。そんな子の初めて見せた困惑した笑み。
何とか取り繕おうと笑うけれど、目尻が悲しく垂れ下がっている泣きそうな顔。
「そら…………? ど、どうしたの?」
「別にどうもしてねぇよ。ただ、もうお前のことウザくなったから構ってくるな。そう言ってんだ」
その時、俺は初めてかなたの涙を見た。
儚げに流れる雫は、重量に従って静かに落ちる。
「どうして……どうして、そんなこと言うの……? そら、何があった――」
「――うっせぇな、マジでウザイ! もう話しかけてくんな!」
それだけを言って、俺は後にする。
けど、これでいいんだ。アイツと関わらなければ皆に馬鹿にされることもない。楽しく暮らせる。
そう思っていた。
しかし、事態はそう上手くは進まない。
むしろ、想像とは真逆を行く。
かなたが俺に泣かされた、という話はその日のうちに瞬く間に広がり、放課後にもなれば、いつしか俺は『可愛い幼馴染を泣かせた悪い奴』に変わっていた。
女子からは誹謗中傷、男子からは暴力の嵐。
けれどそれは、虐めた悪い奴を懲らしめるための正義の鉄槌として扱われ、誰も止める者はいない。
唯一味方の可能性でいてくれた者の存在は、俺自身が切り離した。
だからその時、俺は自分の仕出かしたことを初めて理解したのだ。
♦ ♦ ♦
気が付くと、息を荒らげて目を開けていた。
広がるのは見知った天井。首を廻らせれば、愛用のパソコンや椅子、本棚が目に入り、ようやく自室であると悟る。
「くそ……久々に見たな」
目元を覆うように頭を押さえれば、指先が僅かに濡れた。
体は熱く、汗をビッショリとかいているのが分かる。
喉は渇き、着替えたく、されど動く気力は湧かない。
懺悔の言葉だけが心の中で巣食っていた。
枕元のスマホが指し示すは六月九日の日曜日、午前三時。
文化祭から一夜明けた日。
奇しくもあの日と同じだからあの夢を見たのか、昨日の出来事が起因しているのか……。
どちらにしても、考えるだけ無駄である。
過去は棄てた。二人でそう決めた。
――が、拭えるものではない。
いつも、いつまでも纏わりついてくる感覚を、俺は肌で感じていた。
それは忘れもしない。
俺の人生が変わった、転換の日。
中学二年生だったあの頃の俺は、今よりももっと明るく、まともな人間であったと自覚している。
部活動に従事し、勉強もそこそこに多くの友達と色良い学園生活を送っていた。
だがしかし、子供というのは純粋で残酷だ。
囃し立て、煽り合い、他人を弄ることで笑い話にすることがある。
友達だからこれくらい、などと程度の強要を行い、弄って、弄られて、それが楽しいみたいな風潮があった。
それは俺にも言えたことで、幼馴染という関係――それが長く続いているというのはかなり珍しいらしく、かなたと常に行動しているという事実は、彼らにとって揶揄する対象となったようだ。
「ラブラブ夫婦」
「結婚式はどこであげるのですか?」
「おしどり夫婦だから、お前らの名字は今日からおしどりだな」
今思えばなんてことのない罵りで、大したことでもなかったのだけど、思春期というのも重なり、当時の俺はかなりのストレスを抱え込んでしまった。
単純に心が弱かった。
馬鹿にされたくないという自己保身でいっぱいだった。
故に行動に出た。出してしまった。
改めて言おう。
子供というのは純粋で残酷な生き物だ。
だからこそ、人間の誰しもが持っている『自分が一番大事』だという本能を遺憾無く発揮し、全力で、他人を傷つけることも厭わない。
俺は、かなたにこう告げたのだ。
「…………なぁ、もう俺に付きまとうのは止めてくれよ」
その時の彼女の表情は今でも覚えている。
昔のかなたはよく笑う子だった。そんな子の初めて見せた困惑した笑み。
何とか取り繕おうと笑うけれど、目尻が悲しく垂れ下がっている泣きそうな顔。
「そら…………? ど、どうしたの?」
「別にどうもしてねぇよ。ただ、もうお前のことウザくなったから構ってくるな。そう言ってんだ」
その時、俺は初めてかなたの涙を見た。
儚げに流れる雫は、重量に従って静かに落ちる。
「どうして……どうして、そんなこと言うの……? そら、何があった――」
「――うっせぇな、マジでウザイ! もう話しかけてくんな!」
それだけを言って、俺は後にする。
けど、これでいいんだ。アイツと関わらなければ皆に馬鹿にされることもない。楽しく暮らせる。
そう思っていた。
しかし、事態はそう上手くは進まない。
むしろ、想像とは真逆を行く。
かなたが俺に泣かされた、という話はその日のうちに瞬く間に広がり、放課後にもなれば、いつしか俺は『可愛い幼馴染を泣かせた悪い奴』に変わっていた。
女子からは誹謗中傷、男子からは暴力の嵐。
けれどそれは、虐めた悪い奴を懲らしめるための正義の鉄槌として扱われ、誰も止める者はいない。
唯一味方の可能性でいてくれた者の存在は、俺自身が切り離した。
だからその時、俺は自分の仕出かしたことを初めて理解したのだ。
♦ ♦ ♦
気が付くと、息を荒らげて目を開けていた。
広がるのは見知った天井。首を廻らせれば、愛用のパソコンや椅子、本棚が目に入り、ようやく自室であると悟る。
「くそ……久々に見たな」
目元を覆うように頭を押さえれば、指先が僅かに濡れた。
体は熱く、汗をビッショリとかいているのが分かる。
喉は渇き、着替えたく、されど動く気力は湧かない。
懺悔の言葉だけが心の中で巣食っていた。
枕元のスマホが指し示すは六月九日の日曜日、午前三時。
文化祭から一夜明けた日。
奇しくもあの日と同じだからあの夢を見たのか、昨日の出来事が起因しているのか……。
どちらにしても、考えるだけ無駄である。
過去は棄てた。二人でそう決めた。
――が、拭えるものではない。
いつも、いつまでも纏わりついてくる感覚を、俺は肌で感じていた。
0
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
うわべに潜む零影
クスノキ茶
青春
資産家の御曹司でもある星見恭也は毎日が虚ろに感じていた
とある日、転校生朝倉陽菜と出会う。そして、そこから彼の運命は予測不可能な潮流の渦に
巻き込まれていく事に成る。

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

生まれ変わっても一緒にはならない
小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。
十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。
カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。
輪廻転生。
私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる