彼と彼女の365日

如月ゆう

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June

6月4日(火) 祭りの予感⑥

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「劇の衣装が出来上がったよー!」

 文化祭が今週の金・土曜日、劇の本番まであと四日という切羽詰まった段階で、指揮を執っていた文化祭実行委員の女子は喜色の声を上げながら教室に駆けてきた。

 書き割りや小道具、その全てはもう作り終えて待機民が殆どだった現状。
 待ちに待った朗報に、教室の皆も色めき立つ。

「それじゃ、サイズ確認をしたいから出演者は私に付いてきて」

 指示に従い、数名が立ち上がった。
 そのまま歩いて教室を出る姿を眺めていれば、その内の一人から何気なく声を掛けられる。

「そらは来ないの?」

「いや……出演者って指定されてたし、俺が行くのはマズイんじゃないの?」

 質問に質問で返すな、とどこかの誰かさんに怒られそうな会話の流れ。
 そんな俺の返答に対して、同じく立ち上がっていた翔真は笑いながら話に参加してくる。

「何でだよ、同じクラスメイトなんだし問題ないだろ。それとも、まだ何か仕事でも残ってるのか?」

「全く、全然。むしろ、かなり暇してた……けど……」

「じゃあ、決まりだな」
「れっつごー」

 無理矢理に引っ張られ、背中を押されながら、俺もまたその集団に混じるのであった。


 ♦ ♦ ♦


 行き着いた先は被服室。
 ウチには家庭科の科目がカリキュラムとしてあるものの、裁縫は全く授業として存在しないという――中々に存在意義の不明な教室だ。

 その中には数台のミシンが並び置かれ、つい先程まで作業がなされていたであろうことは明白。
 完成された衣装がそれぞれの演者に手渡され、男子は漢らしくその場で、女子は隣の準備室に移動し、着替えを始める。

 ――それから数分。

「私、参上……!」

 やましい気持ちがないことをアピールすべく、なるべく準備室からは視線を逸らして外の景色を眺めていたところに、背後から声は掛かった。

 ドヤ顔でポーズを決め立ち尽くすその姿は、姫は姫でもおてんば姫を彷彿とさせる。
 ……まぁ、恥ずかしさを隠すために戯けてるんだろうけど。

「おぉー、良いんじゃないか? 似合ってると思うぞ」

 よくイメージされる、赤色を基調にした重ね羽織りの着物――のように見えるデザイン。
 もちろん、そんなしっかりとした物は作れないために所詮は見かけだけではあるものの、かなりの力作であることが窺える。

「ふへへ……いえーい」

 それ故か、本人のテンションも心做しか高いように見える。
 パタパタと両腕を仰いで袖を鳴らし、口元にも僅かながら笑みを浮かべて、時たまピースを向けてきた。

「サイズや着心地は大丈夫そうなのか?」

「うむ、満足」

 なら良かった。
 …………なんて、作成者でもない俺が思うべき台詞ではないか。

 かなたの衣装姿を一頻り眺めた俺は、何となく辺りを見渡す。
 すると、何やらアクシデントでもあったようで、一部で女子たちがてんやわんやしていた。

「…………何かあったのかな?」

「分からん。……が、一応行ってみるか」

 状況確認だけでもしようと足を運べば、その中心にいたのは翔真。何故か上半身は裸のままで放置されている。

「えっ……何この状況?」

「そらか……。俺もよく分からないけど、作った衣装のサイズが合わないらしいんだ」

 ……………………は?

「……………………は?」

 話を聞いてみれば、予想外で致命的な内容に、心の声と現実の声がリンクした。

「それ、どうにかなる――とかいう問題じゃなくね?」

 今を何月の何日だと思っている。
 本番までフルで見積っても百時間ちょいだぞ……。

「そうなんだよなぁ……。あー、誰か俺より小柄で役の台詞を覚えてる奴がいれ、ば――…………あっ」

 ……………………ん?
 ――って、おい待て。まさか…………。

「おい、そらくんや。ちょーっと、この衣装を着てみないか?」

「…………断る」

 それだけは絶対に嫌だ。
 たとえ身体にピッタリと入りそうなサイズで、なおかつ役の台詞も覚えているとしても、劇に出るのだけは勘弁……!

「いや、でもほら……周り見てみ?」

 諭され、言われた通りに目を向ければ、この場にいたクラスメイトが全員こちらを注視している。

 まるで空気を読め、と言わんばかりに。

「皆、この日のために頑張ってきたし、成功を願ってるんだからさ――諦めた方がいいぞ」

「……………………マジか」

 それでも、と一縷の望みをかけて試着した衣装は少し大きいくらいで、サイズ的に無理はない。
 遠くから笑って手招きをする幼馴染の姿は、逃れようのない世界へと導く死神を彷彿とさせているようで――結局、俺の出演が決まってしまった。
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