彼と彼女の365日

如月ゆう

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May

5月26日(日) 県大会・個人戦シングルス・二日目 ― 上

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 バドミントン福岡県大会、二日目がやってきた。

 会場は変わらず久留米市にある総合体育館。
 しかし、勝ち残った選手は昨日に比べて当然少なくなっているため、全体的に広々とした印象を受ける。

 また、観客の歓声も小さく感じ、バッシュの床と擦れる音、シャトルを打ち抜く響き、ラケットの風切り音、その全てが事細かに耳に届いてきた。
 張り詰めた空気は重く、これが準決勝なのかと否が応でも体感してしまう。

 ステップを踏み、軽くラケットを振るって調子を確かめていれば、もう試合時間まで幾許もない。
 既に主審や副審、線審が持ち場につきつつある中で対戦相手の国立亮吾もまたその姿を見せる。

「おや……君は確か、畔上翔真の隣にいた――」

 …………覚えていたのか。
 終ぞ翔真にご執心な様子だったし、まともに覚えられていないと思っていたのだが……。どうやら初手から読みミスがあるようで、幸先が悪い。

蔵敷くらしきそらだ。よろしく頼む」

「こちらこそよろしく」

 にこやか――というわけでもないが、普段の流れから握手を交わし、サーブレシーブかコートかのジャンケンを審判の指示で行う。
 今度は幸先が良いのか、俺が勝った。

「……じゃあ、エンドコートで」

 少しでも有利になるようにと、先の展開も踏まえてコートを選んだ。
 一方の相手はレシーブを選択したがために、俺のサーブからいよいよ試合は開始されていく。

「蔵敷トゥサーブ、ラブオール、プレイ!」

 何度も聞いた馴染みのあるコールに、浅く息を吐いてリズムを整えた。

 一投目は完璧といっても差し支えないほどに、浮きのないショートサーブ。
 やや反応の遅れた相手はヘアピンでネット際に落としてきたため、こちらも同様に、敵の立ち位置とは逆に落としにかかる。

 しかし、流石というべきかその打球にすぐさま反応をすれば、プッシュ気味の後衛への打ち込み。
 すぐさま俺も落下地点に入り、クリアを試みるものの、少し体勢が崩れてしまったせいで落下地点が浅い。

 相手は絶好の攻撃機会。ゆったりとした動作で身体を反り、ラケットを構えた。

 来る……!
 その一挙手一投足を眺め、コースを絞ろうと画策する。

 元々の巨躯に加えた、ジャンプの高さ。
 今まで経験したことのないほどに打点位置は高く、シャトルの落下に合わせて振るわれる腕は鞭のようにしなった。

 それはまさに一瞬の出来事だ。
 反応し、レシーブを差し向けようとしたときにはすでに球筋は床へと到っている。

「サービスオーバー、ワン・ラブ」

 虚しくも主審の掛け声が聞こえた。
 シャトルを拾って相手に返す間にも、考えていたのは先ほどの衝撃的なショットのこと。

「…………速ぇよ」

 思わず口元が歪む。冷や汗が止まらない。
 翔真の自称ライバル――ということだったが、実力は伊達ではないらしかった。

 大きく息を吸い、そして吐いた俺は、気合を入れなおす。
 まだまだ試合は始まったばかりなのだから。

 ――そう思っていた。
 十数分後。二十一対七という点数差で一ゲーム目を落とすまでは……。


 ♦ ♦ ♦


 大敗の一ゲーム目。
 しかし、元々俺のプレイスタイルとして一ゲーム目は落としがちであり、後半から調子を上げていくスロースターターなためにそれほどのダメージはなかった。

 タオルで汗を拭き、水分を摂ればそれだけで切り替えられるようないつものこと。

 けれど、点数差としては重いものがあったのか、二ゲーム目が始まって暫く経っても分はあちらにある。

 「……昨日の畔上翔真の言葉が少し気にかかっていたけど、思ったほどに大したことはないんだね」

 スコアは六対十。
 相手のミスでシャトルはネットを越えず、そのための球の受け渡しをしている最中にそんなことを言われた。

 だが、やり取りは一瞬で、しかも一方的なものであったためにそれ以上のことは何もない。
 嫌味も皮肉も返すことは能わず、蟠りだけが残る。

 となれば、やり返す方法はもはやプレイでしかないだろう。

 相手の嫌なところを突くような、ショートサーブを見せれば、対応できずに敵は前へ落とすという消極的な攻めをする他なかった。
 それを逆方向に、合わせるようにしてヘアピンで落とせば、プッシュ気味の返しと俺の浅いクリア。

 気が付けば、試合冒頭と全く同じ展開である。

 弓なりに反るその姿は威圧感で溢れ、数秒後には超速のスマッシュが自陣のどこかに炸裂するに違いない。
 差し迫る緊張感に唇を舐めると、構えた。

 勝負は一瞬だ。
 気持ちの良い音が会場全体に響く中で、小さく、しかし確かにコツンと何かが床に落ちる音が混じる。

「――セブン・テン」

 審判のコールが、俺の得点であることを教えてくれた。

 やっとだ。長かった。
 一ゲームと少し……それだけの時間を経ることでようやく相手の動きとその癖を把握できた。カウンターを決められた。

 ならば後は、追いついて追い越すだけ。
 継続するサーブ権に、相手が送ってくるシャトルを受け取りながら、そう考えていた。

 敵もまた自慢の一撃を返された反動からか、ジワジワと焦りを感じているようで、気が付けば十九対十七というスコア差で追い詰めている。

 同じく俺のサーブから始まったラリーであるが、相手が甘く打ち上げた球にすぐさま駆け寄った。

 スマッシュ――それを俺もまた打つのだが、敵とは違って強烈な速度を有しているわけでもない。
 挑む武器は射角。目一杯のジャンプで高さを取れば、捉えた打球はサーブラインよりも手前に深く突き刺さる。

「トゥエンティー・セブンティーン」

 バドミントンは速さのスポーツ。故に世界一初速が速いスポーツとも称されるが、何もそれだけが全てではない。
 読みや、裏をかいたコース、打球の正確性だけでも十分に戦っていけるのだ。

 マッチポイントとなった俺に対し、いよいよ後がなくなった相手は最早苛立ちを隠そうともしていなかった。

 これまでのショートサーブとは打って変わり、ここにきて俺はロングサーブを披露する。
 意表を突くように打った一撃ではあるが、それだけで揺さぶれるような甘い敵ではない。

 即座に対応し、緩めのスマッシュを打ってくるのでドライブレシーブ。
 真っ直ぐと平行に飛ぶ球筋は、だがしかし、その途中で大きく変化した。

 羽根の部分がネットをかすめ、勢いを失ったままに落ちていく――俗に言うネットイン。
 直線的な軌道から一転して落ちるシャトルには、誰もが反応できないだろう。

 二ゲーム目は何とか取れた。

「くそ……マグレが……!」

 またもやポツリと呟かれた言葉だったが、今度はちゃんと言い返してあげよう。

「知らないのかよ……運も実力のうち、って言うだろうに」
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