彼と彼女の365日

如月ゆう

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May

5月25日(土) 県大会・個人戦シングルス・一日目

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 ついにこの日がやって来た。
 そらママの車出しで私が一緒についてきたこの場所は、久留米市にある総合体育館。

 表には『福岡県高等学校総合体育大会バドミントン選手権大会』と書かれた垂れ幕が目に入り、多くの学生とその保護者とでごった返しになっていた。

「じゃあ、俺は集合場所に行くから」

 ラケットやシューズの入ったバッグを背負ったそらは、会場に着くや否やそう告げる。

「うん、じゃあ頑張ってね!」
「がんばー」

 その走り去る後ろ姿に二人で手を振ってあげると、私たちは流れる人の波に従って歩みを進めた。
 行き着く先は観客席。上から覗けるコート上では、未だに試合用の整備が行われており、ガヤガヤと人の声で満たされている。

 さて……一応、詩音たちマネージャーが席の一角を確保しているらしいので、探さなければ。

「かなたちゃん、ここのどこかに部活の皆が取ってくれている席があるのよね?」

「はい、みたいです。多分…………あっ、あそこですね」

 辺りをチラチラと見渡してみれば、見覚えのあるジャージ姿に身を包んだ一団を発見。
 その周りにも、これまた見知った学生服が見て取れ、足早に私たちは近づいていく。

「やっほー、詩音」

「あっ、かなちゃん! ――と、はじめまして」

 私の挨拶に元気よく反応してくれた詩音は、続いて隣に立っていたそらママに気が付き、恭しく礼をした。

「はい、はじめまして。倉敷くらしきそらの母です」

「ど、どうも……マネージャーの菊池きくち詩音しおんです」

 何気に初の顔合わせ。
 とはいえ、それは割と当たり前の事実だったりする。

 高校には授業参観なんて行事はないし、人の親と接する機会なんて滅多になくなってきているのだから。

「それで、今日の試合ってどんな感じなの?」

 これ以上は話が続かないだろうと思い、素直に気になっていた事柄を尋ねてみた。
 すると、手渡されたのは一枚の用紙。開いて見ると、それはトーナメントのようで、今日一日で準々決勝まで行われるみたいだ。

 その対戦順なのだが……。

「そらと畔上くんは決勝まで別なんだね」

「うん、そうなの。翔真くんも、『戦うのが楽しみだ』って言ってた」

 もうすでに決勝戦を見据えているあたり、流石というほかないな。
 けれどそれを笑う者がいないのは、彼なら実現してしまうのだろうと分かっているからだ。

 その一方で、そらはといえば……決勝に上がる前に一つの試練が待ち受けていた。
 同校から三名以上出場している学校ならば、誰もが体験をする、してしまう状況。

 ――同じ学校生徒での対戦である。
 奇しくも、現バド部部長と同じ側のトーナメントに選ばれたそらは、畔上くんと戦う前にその彼を打ち倒さなければならない。

 部内戦二位、去年の九州大会でベスト四を勝ち取っているそんな選手を。

「……頑張れ」

 私は小さく、激励の言葉を送る。
 大会の開始を待ち遠しく思っている会場は、全体的に熱気で溢れていた。

 もうすぐ試合が始まるのだ。


 ♦ ♦ ♦

「…………嘘でしょ?」

 本日行われる最終試合。
 それがつい今しがた終わり、伴って呟かれた言葉は一体誰のものだっただろうか。

 私かもしれないし、隣にいる詩音かもしれない。
 はたまた、この場で一緒に観戦している他のマネージャーの可能性もあれば、興味本位で自主的に見に来たレギュラー落ちのメンバーなのかも。

 しかし、唯一言えることとしては、それは誰しもが予想していなかった結果――ということだろう。

 結果を言えば、そらと部長さんが戦うことはなかった。
 その一つの可能性として、今日行われるのが準々決勝までなのだから、お互いに勝ち残って明日戦おうというものなのだけれど、もちろんそんな話などではない。

 空気が重かった。
 すなわち、負けた者が現れたという表れであり、運良くなのか勝ち進んだそらとの準決勝に挑める一歩手前の試合で部長さんは負けてしまったという話。

 前者におけるそらの勝ち上がりが意外だったのか、後者による部長さんの敗退が予想外だったのか。あるいはその両方か。
 何にしても起きた事実は、皆に大きな衝撃を与えたといえよう。

「――取り込んでいるところ失礼。畔上翔真くんはいるかな?」

 そんな折に、全く聞き覚えのない声が私たち方へと降ってきた。
 目を向けると、そこには目を見張るほどの巨躯を持つ一人の男性が立っている。

「……誰?」

「……俺が知るわけないだろ」

 思わず隣に立つそらへと尋ねてみるも、期待した返答はこない。
 使えない幼馴染め……。

 しかし、ニーチェ曰く『深淵を覗く時、深淵もまたあなたを覗いている』らしい。
 であれば、畔上くんを知っている彼の正体を、畔上くん自身もまた知っているはずであり、実際にこう返していた。

「君は確か――国立くにたち亮吾りょうごくん……だったか?」

「その通り、覚えててもらえて光栄だ!」

 仰々しく喜ぶ彼の姿をジッと眺め、追加された情報であるその名前を脳内検索かけてみるけれど、私の記憶に合致する者はいない。
 それはそらも同じだったようで、やはり直接的な物言いで質問が飛ぶ。

「で、誰?」

「去年の県大会に一年生ながらに出場し、ベスト八にまで残った選手だよ。そこで勝てていれば九州大会への出場権も手に入れていたほどの実力者だ」

 へぇー、凄い選手なんだ……。
 でも、あれ……? 去年の県大会っていえば、畔上くんも出ていたような……。

 素直に関心していると、とある一つの事実を思い出す。

「そう、その大事な試合で君に負けた相手こそが俺であり――」

 だよね……去年、畔上くんは九州大会に出てたし。

「――今大会で、そっちにいる部長さんを倒した相手でもある」

 瞬間、私たちサイドの空気は変わる。
 明確に敵を見るような目となり、私としても少し注視するようになった。

 だってそれは、明日のそらの対戦相手と明言しているに等しいから。

「君との再戦を待ち望んでいたよ。決勝は負けない」

 そして、彼にとっては準決勝など眼中にないようである。
 手を差し出した相手に応じるように、畔上くんは笑って握り返す。いつもとは違う、少し棘のある笑みを浮かべながら。

「そう……でも、前だけ見て足をすくわれないようにね」

 その姿はまるで、見向きもされていない親友のことに対して怒っているようでもあった。
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