彼と彼女の365日

如月ゆう

文字の大きさ
上 下
55 / 284
May

5月24日(金) 定期考査三日目

しおりを挟む
 定期考査三日目。
 本日のテスト科目は英語表現と化学であり、その間に自習時間が設けられている。

 試験そのものは今日で終わらず、土日を挟んだ月曜日が最終日となるわけだけど、それでも今日さえ凌げば休みが来るんだとクラスは一様に浮き足立っていた。

 その話の中には、最終日に行われる教科は土日に勉強すればいいと言い捨て、残りの六教科をこの一週間頑張っていた猛者もいるのだから驚いたものだ。

 要領がいいと褒めるべきか、悪知恵が働くと呆れるべきか。
 何にしてもよく頭が働く。その頑張りをもっと別の場所に活かせばいいものを……。

 だがしかし、例外というものは常に存在するもの。
 目の前の席に座る青年は、いつも以上のやる気のなさで机を枕にしていた。

「あぁー、今週マジで忙しすぎ……。模試が二回、定期考査に加えて明日から県大会とか――どんなハードスケジュールだよ……」

「まぁまぁ、そう言うなって。試合に出られなくて悔しい思いをしてる人らだって大勢いるんだしさ、贅沢な悩みだぞ」

 そう宥めてはみるものの、そらの言い分も分からなくはない。
 そのせいで、本来はあるはずだった試験期間中の部活動禁止も、俺たちだけは特例で練習してもよいと認められていたのだから。

 おかげで試験対策は散々だ。
 なにもこんな時期に催さなくても……という思いくらいは俺にもある。

「…………本っ当に嫌だ。行きたくない。出たくない。何なら生きたくさえない」

 でもまぁ、ここまで拒否する奴はなかなかに珍しいけどな……。
 選ばれて、認められて試合に出るなんてこと早々起きるものでもないんだから、もう少し穏やかなのが普通な気もする。

「あー……そら、しんどい期に入っちゃったか……」

「しんどい期……?」
「それって何、かなちゃん?」

 傍で一連の流れを見守っていた倉敷さんが、面倒くさそうにそう呟く。
 その際に出てきた初めて聞く言葉に、俺と詩音さんは頭に疑問符を浮かべた。

「そ、偶になる精神疾患みたいなやつ。私もよくは知らないけど、何か唐突に心が折れるみたい」

「そう、なの……? あんまり、いつもの蔵敷くんと変わらない気がするけど……」

 ピンとこないのか、詩音さんの反応はあまり良くない。
 が、俺には何となく分かる気がする。普段のそらも確かにマイナス発言は多いが、それは愚痴という側面が強く、これ程までに弱気ではなかった。

「はぁ……辛い。もう何もしたくない」

 声音にも覇気はなく、まるで陸に上がった魚のよう。
 その頬を面白可笑しそうにつつく倉敷さんは、あまり見ることのないご機嫌な笑みを浮かべてこう言う。

「ね、面倒な奴でしょ?」

「あー…………いや、というか、その状態は治るの?」

 確かにこの状態が続くのは面倒だ――とは口に出さず、付き合いの長い幼馴染さんに解決策はないかと聞いてみた。

「もちろん。ちょっと待ってて」

 そう答えるや否や、倉敷さんはそらを連れて廊下へと出て行ってしまう。
 そんな、普段なら絶対に見ることのないであろう光景を前に、ただただ俺たちは唖然とするしかない。

「…………一緒にいて一年くらい経つけど、蔵敷くんって未だに良く分からない人だよね」

 詩音さんの声が隣から聞こえた。

「例えば、どういうところが?」

「今さっきのもそうだけど、顔に似合わず意外と勉強できるところとか……」

 顔に似合わず、って……。でもまぁ、確かにそうか。
 クラス順位四位、学年順位十二位前後とかなり高めの水準を維持しているのが彼という存在だ。

 イマイチ中途半端に伸び悩んでいるのは、文系科目が足を引っ張っているから――とは本人の談。

「それに、一番は部活かな。この前の部内戦、蔵敷くんがあんな上位に行くとは思わなかったから。……シングルスにも出場するって発表されてたし」

「中々に見くびられやすい奴だしな、そらは」

 未だに部内戦の結果はまぐれだと言う人がいる。
 彼の全体の戦績を知らないばかりに、ランキングの上位陣からは軒並み文句しか出ていないようだ。

 それにしても、認知されなさすぎだとは俺も思うけれど。

「けどやっぱり、数字としてちゃんと出てるんだ。もっと知ってもいいと思うし、知られてもいいと思うよ。親友としてね」

 だから、しっかりとそらの戦績まで管理してくれていた香織先輩には感謝である。
 明日からの大会にも、唯一のマネージャー枠としてサポートしてくれるし、本格的なお礼を何か考えておいた方がいいかもしれない。

 俺のそんな青臭くも、密かな思いに、笑うでもなく詩音さんは頷いてくれた。

「うん、そうだね。……あっ――戻ってきた」

 そして、唐突に視線は外へと注がれる。
 見れば、その言葉通りに、二重の意味で彼は戻ってきた。この場所に、そして以前の状態に。

 行きとは反対に、倉敷さんを連れるそらの姿には不思議と安心感を覚えてしまう。

「よう、もう大丈夫なのか?」

「あー……悪いな。変なとこ見せた」

 そう言い、バツの悪そうに頬を掻く様子もまた少々珍しい。

「なら、頑張れよ。今日も、そして明日も」

「善処する」

 拳を前に突き出すと、ノリ良くコツンと合わせられた。
 その飄々とした躱し言葉が何よりも彼そのものを表しており、安心したのは言うまでもないだろう。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

夏の出来事

ケンナンバワン
青春
幼馴染の三人が夏休みに美由のおばあさんの家に行き観光をする。花火を見た帰りにバケトンと呼ばれるトンネルを通る。その時車内灯が点滅して美由が驚く。その時は何事もなく過ぎるが夏休みが終わり二学期が始まっても美由が来ない。美由は自宅に帰ってから金縛りにあうようになっていた。その原因と名をす方法を探して三人は奔走する。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

ハッピークリスマス !  

設樂理沙
青春
中学生の頃からずっと一緒だったよね。大切に思っていた人との楽しい日々が この先もずっと続いていけぱいいのに……。 ――――――――――――――――――――――― |松村絢《まつむらあや》 ---大企業勤務 25歳 |堂本海(どうもとかい)  ---商社勤務 25歳 (留年してしまい就職は一年遅れ) 中学の同級生 |渡部佳代子《わたなべかよこ》----絢と海との共通の友達 25歳 |石橋祐二《いしばしゆうじ》---絢の会社での先輩 30歳 |大隈可南子《おおくまかなこ》----海の同期 24歳 海LOVE?     ――― 2024.12.1 再々公開 ―――― 💍 イラストはOBAKERON様 有償画像

〖完結〗王女殿下の最愛の人は、私の婚約者のようです。

藍川みいな
恋愛
エリック様とは、五年間婚約をしていた。 学園に入学してから、彼は他の女性に付きっきりで、一緒に過ごす時間が全くなかった。その女性の名は、オリビア様。この国の、王女殿下だ。 入学式の日、目眩を起こして倒れそうになったオリビア様を、エリック様が支えたことが始まりだった。 その日からずっと、エリック様は病弱なオリビア様の側を離れない。まるで恋人同士のような二人を見ながら、学園生活を送っていた。 ある日、オリビア様が私にいじめられていると言い出した。エリック様はそんな話を信じないと、思っていたのだけれど、彼が信じたのはオリビア様だった。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた

迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」  待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。 「え……あの、どうし……て?」  あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。  彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。 ーーーーーーーーーーーーー  侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。  吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。  自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。  だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。  婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。 ※基本的にゆるふわ設定です。 ※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます ※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。 ※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。 ※※しれっと短編から長編に変更しました。(だって絶対終わらないと思ったから!)  

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

処理中です...