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May
5月24日(金) 定期考査三日目
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定期考査三日目。
本日のテスト科目は英語表現と化学であり、その間に自習時間が設けられている。
試験そのものは今日で終わらず、土日を挟んだ月曜日が最終日となるわけだけど、それでも今日さえ凌げば休みが来るんだとクラスは一様に浮き足立っていた。
その話の中には、最終日に行われる教科は土日に勉強すればいいと言い捨て、残りの六教科をこの一週間頑張っていた猛者もいるのだから驚いたものだ。
要領がいいと褒めるべきか、悪知恵が働くと呆れるべきか。
何にしてもよく頭が働く。その頑張りをもっと別の場所に活かせばいいものを……。
だがしかし、例外というものは常に存在するもの。
目の前の席に座る青年は、いつも以上のやる気のなさで机を枕にしていた。
「あぁー、今週マジで忙しすぎ……。模試が二回、定期考査に加えて明日から県大会とか――どんなハードスケジュールだよ……」
「まぁまぁ、そう言うなって。試合に出られなくて悔しい思いをしてる人らだって大勢いるんだしさ、贅沢な悩みだぞ」
そう宥めてはみるものの、そらの言い分も分からなくはない。
そのせいで、本来はあるはずだった試験期間中の部活動禁止も、俺たちだけは特例で練習してもよいと認められていたのだから。
おかげで試験対策は散々だ。
なにもこんな時期に催さなくても……という思いくらいは俺にもある。
「…………本っ当に嫌だ。行きたくない。出たくない。何なら生きたくさえない」
でもまぁ、ここまで拒否する奴はなかなかに珍しいけどな……。
選ばれて、認められて試合に出るなんてこと早々起きるものでもないんだから、もう少し穏やかなのが普通な気もする。
「あー……そら、しんどい期に入っちゃったか……」
「しんどい期……?」
「それって何、かなちゃん?」
傍で一連の流れを見守っていた倉敷さんが、面倒くさそうにそう呟く。
その際に出てきた初めて聞く言葉に、俺と詩音さんは頭に疑問符を浮かべた。
「そ、偶になる精神疾患みたいなやつ。私もよくは知らないけど、何か唐突に心が折れるみたい」
「そう、なの……? あんまり、いつもの蔵敷くんと変わらない気がするけど……」
ピンとこないのか、詩音さんの反応はあまり良くない。
が、俺には何となく分かる気がする。普段のそらも確かにマイナス発言は多いが、それは愚痴という側面が強く、これ程までに弱気ではなかった。
「はぁ……辛い。もう何もしたくない」
声音にも覇気はなく、まるで陸に上がった魚のよう。
その頬を面白可笑しそうにつつく倉敷さんは、あまり見ることのないご機嫌な笑みを浮かべてこう言う。
「ね、面倒な奴でしょ?」
「あー…………いや、というか、その状態は治るの?」
確かにこの状態が続くのは面倒だ――とは口に出さず、付き合いの長い幼馴染さんに解決策はないかと聞いてみた。
「もちろん。ちょっと待ってて」
そう答えるや否や、倉敷さんはそらを連れて廊下へと出て行ってしまう。
そんな、普段なら絶対に見ることのないであろう光景を前に、ただただ俺たちは唖然とするしかない。
「…………一緒にいて一年くらい経つけど、蔵敷くんって未だに良く分からない人だよね」
詩音さんの声が隣から聞こえた。
「例えば、どういうところが?」
「今さっきのもそうだけど、顔に似合わず意外と勉強できるところとか……」
顔に似合わず、って……。でもまぁ、確かにそうか。
クラス順位四位、学年順位十二位前後とかなり高めの水準を維持しているのが彼という存在だ。
イマイチ中途半端に伸び悩んでいるのは、文系科目が足を引っ張っているから――とは本人の談。
「それに、一番は部活かな。この前の部内戦、蔵敷くんがあんな上位に行くとは思わなかったから。……シングルスにも出場するって発表されてたし」
「中々に見くびられやすい奴だしな、そらは」
未だに部内戦の結果はまぐれだと言う人がいる。
彼の全体の戦績を知らないばかりに、ランキングの上位陣からは軒並み文句しか出ていないようだ。
それにしても、認知されなさすぎだとは俺も思うけれど。
「けどやっぱり、数字としてちゃんと出てるんだ。もっと知ってもいいと思うし、知られてもいいと思うよ。親友としてね」
だから、しっかりとそらの戦績まで管理してくれていた香織先輩には感謝である。
明日からの大会にも、唯一のマネージャー枠としてサポートしてくれるし、本格的なお礼を何か考えておいた方がいいかもしれない。
俺のそんな青臭くも、密かな思いに、笑うでもなく詩音さんは頷いてくれた。
「うん、そうだね。……あっ――戻ってきた」
そして、唐突に視線は外へと注がれる。
見れば、その言葉通りに、二重の意味で彼は戻ってきた。この場所に、そして以前の状態に。
行きとは反対に、倉敷さんを連れるそらの姿には不思議と安心感を覚えてしまう。
「よう、もう大丈夫なのか?」
「あー……悪いな。変なとこ見せた」
そう言い、バツの悪そうに頬を掻く様子もまた少々珍しい。
「なら、頑張れよ。今日も、そして明日も」
「善処する」
拳を前に突き出すと、ノリ良くコツンと合わせられた。
その飄々とした躱し言葉が何よりも彼そのものを表しており、安心したのは言うまでもないだろう。
本日のテスト科目は英語表現と化学であり、その間に自習時間が設けられている。
試験そのものは今日で終わらず、土日を挟んだ月曜日が最終日となるわけだけど、それでも今日さえ凌げば休みが来るんだとクラスは一様に浮き足立っていた。
その話の中には、最終日に行われる教科は土日に勉強すればいいと言い捨て、残りの六教科をこの一週間頑張っていた猛者もいるのだから驚いたものだ。
要領がいいと褒めるべきか、悪知恵が働くと呆れるべきか。
何にしてもよく頭が働く。その頑張りをもっと別の場所に活かせばいいものを……。
だがしかし、例外というものは常に存在するもの。
目の前の席に座る青年は、いつも以上のやる気のなさで机を枕にしていた。
「あぁー、今週マジで忙しすぎ……。模試が二回、定期考査に加えて明日から県大会とか――どんなハードスケジュールだよ……」
「まぁまぁ、そう言うなって。試合に出られなくて悔しい思いをしてる人らだって大勢いるんだしさ、贅沢な悩みだぞ」
そう宥めてはみるものの、そらの言い分も分からなくはない。
そのせいで、本来はあるはずだった試験期間中の部活動禁止も、俺たちだけは特例で練習してもよいと認められていたのだから。
おかげで試験対策は散々だ。
なにもこんな時期に催さなくても……という思いくらいは俺にもある。
「…………本っ当に嫌だ。行きたくない。出たくない。何なら生きたくさえない」
でもまぁ、ここまで拒否する奴はなかなかに珍しいけどな……。
選ばれて、認められて試合に出るなんてこと早々起きるものでもないんだから、もう少し穏やかなのが普通な気もする。
「あー……そら、しんどい期に入っちゃったか……」
「しんどい期……?」
「それって何、かなちゃん?」
傍で一連の流れを見守っていた倉敷さんが、面倒くさそうにそう呟く。
その際に出てきた初めて聞く言葉に、俺と詩音さんは頭に疑問符を浮かべた。
「そ、偶になる精神疾患みたいなやつ。私もよくは知らないけど、何か唐突に心が折れるみたい」
「そう、なの……? あんまり、いつもの蔵敷くんと変わらない気がするけど……」
ピンとこないのか、詩音さんの反応はあまり良くない。
が、俺には何となく分かる気がする。普段のそらも確かにマイナス発言は多いが、それは愚痴という側面が強く、これ程までに弱気ではなかった。
「はぁ……辛い。もう何もしたくない」
声音にも覇気はなく、まるで陸に上がった魚のよう。
その頬を面白可笑しそうにつつく倉敷さんは、あまり見ることのないご機嫌な笑みを浮かべてこう言う。
「ね、面倒な奴でしょ?」
「あー…………いや、というか、その状態は治るの?」
確かにこの状態が続くのは面倒だ――とは口に出さず、付き合いの長い幼馴染さんに解決策はないかと聞いてみた。
「もちろん。ちょっと待ってて」
そう答えるや否や、倉敷さんはそらを連れて廊下へと出て行ってしまう。
そんな、普段なら絶対に見ることのないであろう光景を前に、ただただ俺たちは唖然とするしかない。
「…………一緒にいて一年くらい経つけど、蔵敷くんって未だに良く分からない人だよね」
詩音さんの声が隣から聞こえた。
「例えば、どういうところが?」
「今さっきのもそうだけど、顔に似合わず意外と勉強できるところとか……」
顔に似合わず、って……。でもまぁ、確かにそうか。
クラス順位四位、学年順位十二位前後とかなり高めの水準を維持しているのが彼という存在だ。
イマイチ中途半端に伸び悩んでいるのは、文系科目が足を引っ張っているから――とは本人の談。
「それに、一番は部活かな。この前の部内戦、蔵敷くんがあんな上位に行くとは思わなかったから。……シングルスにも出場するって発表されてたし」
「中々に見くびられやすい奴だしな、そらは」
未だに部内戦の結果はまぐれだと言う人がいる。
彼の全体の戦績を知らないばかりに、ランキングの上位陣からは軒並み文句しか出ていないようだ。
それにしても、認知されなさすぎだとは俺も思うけれど。
「けどやっぱり、数字としてちゃんと出てるんだ。もっと知ってもいいと思うし、知られてもいいと思うよ。親友としてね」
だから、しっかりとそらの戦績まで管理してくれていた香織先輩には感謝である。
明日からの大会にも、唯一のマネージャー枠としてサポートしてくれるし、本格的なお礼を何か考えておいた方がいいかもしれない。
俺のそんな青臭くも、密かな思いに、笑うでもなく詩音さんは頷いてくれた。
「うん、そうだね。……あっ――戻ってきた」
そして、唐突に視線は外へと注がれる。
見れば、その言葉通りに、二重の意味で彼は戻ってきた。この場所に、そして以前の状態に。
行きとは反対に、倉敷さんを連れるそらの姿には不思議と安心感を覚えてしまう。
「よう、もう大丈夫なのか?」
「あー……悪いな。変なとこ見せた」
そう言い、バツの悪そうに頬を掻く様子もまた少々珍しい。
「なら、頑張れよ。今日も、そして明日も」
「善処する」
拳を前に突き出すと、ノリ良くコツンと合わせられた。
その飄々とした躱し言葉が何よりも彼そのものを表しており、安心したのは言うまでもないだろう。
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