彼と彼女の365日

如月ゆう

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May

5月7日(火) 祭りの予感①

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 今日から学校は通常通り。
 いつもなら前の席から不平不満が呪詛のように湧き出るというのに、なぜか今日はそれがなかった。

「珍しいな。そらがなんの文句もないまま、こうして六限目まで過ごすなんて」

 どうしても気になり、俺は声をかける。
 すると、パタリと読んでいた本に栞を挟んで閉じた親友は、ゆっくりとこちらへ向き直った。

「別に。連休があまり好きじゃないからな、学校が始まっていつもより清々してるだけだ」

「……………………?」

 言っている意味がちょっと分からない。
 まぁ、それ以外の理由があることは明白そうなので気にしないでおくけど。

「そんなこと言って……本当は倉敷さんとのお泊まり会が楽しかっただけだろ? 良いリフレッシュになったか?」

「…………うぜぇー」

 今日のそらは一日こんな感じだ。
 俺にゴールデンウィークの過ごし方がバレてバツでも悪いのか、終始話しに来ようとはせず、気付けば本ばかり読んでいる。

 その割にこちらから話を振れば、仕方なさそうに会話を始め、かといっていつもの返事のキレはない。

 本人的にはそれで気にしていないアピールのつもりなのかもしれないが、むしろ意識しているのはバレバレだ。
 だから俺もついからかってしまうのだけど……。

 そんな折、次の授業であるLHRロングホームルームに向けて、担任の三枝先生が教室に入ってきた。

「起立、礼」

『よろしくお願いします』

「着席」

 いつもの号令――それを学級委員の俺が行うことで六限目は始まる。

「はい、というわけでゴールデンウィークを過ぎたわけですけど……約一ヶ月後には文化祭が控えています」

 そして突然の暴露。
 文化祭と言えば高校生活における重大なイベントの一つであるため、クラスの大半がざわめきだした。

「ですので、今からその出し物を決めていきましょう。私は去年と同じように見てますので、後は文化祭実行委員にお任せしますね」

 であるにもかかわらず、話は淡々と進んでいく。
 最後に丸投げをすれば先生は教室の隅の椅子に腰をかけ、ニコニコとただ待っているだけとなったため、仕方なさそうに文化祭実行委員の二人は教壇へと立った。

「えー、はい。そんなわけで、出し物を決めていきたいと思います」

 女生徒が書記、男子生徒が司会とすぐに役割分担を決めたら、早速とばかりに議題は上がる。

「例年通り、三年生以外の模擬店の営業はできません。一・二年生はクラス展示か劇などの出し物となります。
 また、文化祭一日目は生徒公開のみ、二日目は一般公開です。クラス展示は二日目に各クラスごとに割り振られた教室内で行うことになっており、出し物に関しては一日目と二日目のどちらかを選ぶことができます。……まぁ、これも去年と同じですね。
 それを踏まえて、出し物の内容について意見があれば何でもいいのでお願いします。取り敢えず、挙がったものを全部書き連ねて、それから皆で決めましょう」

 いわゆるブレインストーミングというやつだ。
 どんな些細で粗暴な意見も受け入れ、質より量で勝負する議論方法。

 だというのに、ゴニョニョと近所で密やかに会話するばかりでどこからも意見は出てこない。

「…………ちょっといい?」

「おっ、翔真……! 何々?」

 半ば涙目で困った様子の二人を見かね、思ったことを意見する。
 なんか、すごい感謝の篭もった目線を向けられた……。

「いや、出し物のことじゃないんだけど……五分とかそれくらいの時間をとって、周りと話し合う時間を作ったらどうかな?」

「あー、うん……そうだな。じゃあ皆、五分後に聞くんでそれまでに周りと意見を出し合ってみてください」

 うん、これで大丈夫なはず。
 しかし、もう一押し欲しいと感じた俺は、立ち上がってこうお願いした。

「一応俺からも。これは取り敢えず意見を出し合うのが目的だから、『絶対無理だろ』っていうような巫山戯た意見でもぜひ発表してくれ。たくさんの案が出ることが大切なんだ」

 それからはガヤガヤと満ちる喧騒。
 俺も、前で面倒くさそうにふて寝している男と意見交換を交わそうかな。

「おーい、起きろよそら。こういう思い付きは得意分野だろ?」

 手を伸ばして肩を揺すってやると、重い動作で起き上がる。

「えー……別になんでもいいよ。どうせ裏方でひっそりとダンボールを切ってるだけだし」

「やる気ないなぁ……高校生活の重要なイベントの一つだぞ?」

 でも確か、去年もこうだったような気がする。
 …………いや、去年の方が酷かったか。

 詳しくは知らないけど、今よりもやけに尖った性格をしていており、誰かから指示をもらうまでは独りで延々と読書してたもんな。

 後にその理由を聞いてみたら、「他人を無償で動かすんなら、的確な指示とお願いをすべきだろ」ときたものだ。
 恐らくそらにとって、こういう行事は大切なものではないのだろう。

「じゃあ、思ったことがあったら言ってくれよ。俺が代弁してやるからさ」

「……それ、発案者が俺だ――って絶対に言うなよ?」

「もちろん」

 そんなことするはずもない。
 興味がないということは、第三者的な視点を持っているということ。ならば、画期的な意見となることは間違いないだろう。

 いつの間にか時間は過ぎていたようで、実行委員は声を掛ける。

「五分経ちました。出た意見があれば発表してもらえますか?」

 すると、先程までの状況とは異なり、チラホラと挙手が見られた。

 演劇、お化け屋敷、脱出ゲーム。

 しかし、そのどれもが一年前にもあったような出し物であり、そしてそれでも数が少ない。

「えっと……他にありますか?」

 苦しげにキョロキョロと教室を見渡す司会者と目が合った。
 そんな悲しそうな目で見ないでくれ。俺も何とかしたいが、できないんだ……。

「…………発表が出ないのは挙手制だから。そんな他人の耳が全部こっちに傾けられるような状態で自分の意見を言えるやつは少ないし、言えたとしても無難なものになるのは当たり前だ」

 その時、そらが背中越しに語りかけてくれる。

「じゃあ、どうすればいい?」

「適当な紙でも渡して無記名の提案でも皆にやらせろ。あと、なるべく多くの意見が欲しいなら翔真が敢えて目の前で巫山戯た意見を出せばいい。それで心理的ハードルは下がるだろ」

「分かった、やってみるよ」

 再び俺が手を挙げれば、またもや一筋の希望を見つけたような笑みを浮かべる実行委員たち。
 俺、信仰対象とかにされないだろうか……心配だ。

「翔真……! 何だ?」

「いや、意見が出にくいみたいだからさ……一人一つ出し物を考えてもらって、無記名で紙に書いて出してもらおうかなって思って」

「あぁ……! それはいいね。先生、用意してもらうことってできますか?」

 傍らで黙りと座ったままの先生にお願いをしてみると、静かに立ち上がる。

「分かりました、ちょっと待っててくださいね」

 教員室に取りに行ったのだろう。
 カツカツと靴が床を跳ねる音を聞きながら、そらに指摘されたもう一つの方も実行しておく。

「それから、巫山戯た意見――っていうのも曖昧すぎたと思ったから、俺が一つ提案するよ。…………そうだな……机とかを組み合わせて人力で動かす『教室ジェットコースター』とか面白そうじゃないか?」

 言ってみて、自分でも突拍子のないものだと思った。
 乗り物はどうするのか、レールは、傾斜やコースの作りは……粗い部分が多すぎて話にならない。

 けれど、これで適当に思い付いた意見でも発表していいという空気になったのなら幸いだ。

「持ってきましたよ。どうぞ」

「ありがとうございます」

 丁度よく先生は戻ってきた。
 小さめにカットまでしてくれており、それを全体に配り終えたら中身を書いてもらって順に集める。

 その意見を改めて黒板に書いてもらえば、今度は多様な案がズラリと並ぶ。

 先程の演劇、お化け屋敷、脱出ゲームに加えてミニゲーム屋さん、頭脳王決定戦(クイズ大会)、教室コーヒーカップ、バカッコイイ動画、モザイクアート、ゲーム大会(大乱闘スマッシュシスターズ)などなど。

 特に最後のやつなんかは巫山戯すぎと言う他ないが、それでもよく出た方だろう。

「ありがとうございます。次はこの中から決めていこうと思うんですが……先生はどう思いますか?」

 一通りの具体案が決まったところで、実行委員はまず先生に意見を仰ぐ。
 物理的・時間的に難しいものや、学校側がそもそも許可してくれないものなど色々あるだろうからな。

「そうですね、中身だけで言えばどれもできるとは思いますが……皆さんはⅠ類――学業特待生です。先生としては、それに見合った出し物だと嬉しいですね」

 Ⅰ類らしい……つまりは賢しげな出し物をしろ、ということなのだろう。
 ともなれば、出た意見の半分以上は使えない。

「えっと……それじゃあ、もう五分時間をとります。また周りの人と話していいんで、先生の言葉を加味して考えてもらってもいいですか?」

 さすがの実行委員も即座に答えは出せなかったようで、再びクラスを煽った。
 さて、俺もまた聞くか。

「Ⅰ類らしさ、って難しいな」

 同様に前へ話しかけると、いつもの調子が戻ってきたのか、そらは頭の後ろで手を組んで背もたれに体重をかけている。

「あぁ……。普通に考えるなら歴史的な文献の劇とかだけど、知らない人が観てそれを楽しんでくれるか分からない。かといって、単純な童話劇をしてもⅠ類らしいとは言えないし、外国の話だと衣装の用意も難しそうだ」

「内容を調べて――とかもしないといけないしな。時間も予算も限られてるから、ちゃんと考えないと……」

 これはあくまでも、出し物を演劇と仮定したときの話だ。
 しかし、先生の出した条件的にも一番ふさわしく可能性のある案だと感じた。

 ならば、話を詰めていくべきだろう。

「取り敢えず、演劇と仮定して必要な条件を挙げてみるか」

「そうだな……まず、有名な内容が良い。知識的に助かるし、足りない部分は客の方が自分で補完してくれる。次に先生を巻き込めるような工夫。俺たち学生の力じゃどうしても時間がかかるからな。後は衣装。背景は書割でなんとでもなるだろうから、予算の殆どはそれに使うと思う。なるべくなら、学内で揃えたいな」

「演劇部とかあったら良かったんだけどな……。となると、題目は授業中にやった内容がベスト。現文……いや、古文の方がそれっぽいよな。農民の服とか簡単に用意できそうだし」

 お互いに意見を交換し、まとめていけばある程度の内容は出来上がった。
 しかし、工夫として今一つに欠ける。それだと、ただ古典文学の劇をやるだけだ。

 何かもう一手…………。
 思案する俺は教室内をグルりと見渡す。

 そこでとある人物が目に入り――妙案は浮かんだ。

「あっ……思い付いたぞ、そら!」

「そりゃ、良かった。なら、決めてきな――学園の貴公子様」

 その呼び名には多少のイラつきを覚えるが、それ以上に閃いた高揚感が凄い。

 時間が経ち、実行委員は発表を促すが誰一人として反応しない。
 そんな中で、たった一人が手を上げる。

「古典で習った『竹取物語』を劇でやるのはどうかな? それも、日本語じゃない英語劇で」

 俺は静かに立ち上がると、そう発案した。
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