彼と彼女の365日

如月ゆう

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May

5月5日(日) お風呂騒動

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 長かったゴールデンウィークも明日で終わり。
 親が帰ってくることを考えれば、そらと一緒に居られるのも今日が精々だろうことを実感する。

 長かったような、短かったような……。
 何にせよ楽しかったという思いが強い。

 ……ん、今思うと私って結構そらの世話になりっぱなしじゃないか?

 ご飯作り、その片付け――部屋の掃除や洗濯といった自分のプライバシーに関わること以外の仕事全部を押し付けていた気がする。

「これは労ってやらねば……!」

 今日は、そんな私の突発的な思い付きによる騒ぎのお話だ。


 ♦ ♦ ♦


 ゴールデンウィークの殆どを一緒に過ごし、寝室まで常だった私たちだったが、果たしてお風呂はどうしていたのだろうか。

 その答えは各々の自宅のバスルームを使う、である。

 寝室も、リビングも、キッチンも貸している私としては別にお風呂を貸しても問題はなかったのだが、そらの方が嫌がった。

 曰く、「一々着替えを取ってくるのが面倒」だそうだ。

 確かに下着は毎日替える必要のあるもので、それをわざわざ持ってきてから私の家のお風呂を使うというのは少々合理的ではないと思う。

 それならば、と一度家に帰ってお風呂まで済ませた上でもう一度ウチに来る方が幾分か楽というのも理解できた。
 だからこそ、私も納得してそのようになったのだ。

 というわけで、現在はその入浴時間。
 そらが自宅に戻ったタイミングを見計らって私もとある準備をし、隣のお宅へと伺う。

 鍵を差し込み手元を捻れば、カチャリと鍵は鳴った。
 引くとなんの抵抗もなく開き、なるべく音を立てないように再び閉めると鍵もかけておく。

 そのまま目的の場所まで歩みを進めたならば、ドアの先から聞こえるくぐもった水の音。
 洗濯カゴの中には、彼が脱いだであろう服が無造作に放られていた。

 そんな脱衣所内で私も上下ともに脱ぐと、そっとノブを握って押し開く。

「――どうもー」

「――っ! ――――!! ――――――――っ!!」

 温かな空気とほんのり曇った湯気。
 それらとともに私の目に飛び込んできたものは、驚きに身を竦める幼馴染と、それに際して身体をバスタブにぶつける姿、そして反響する音だった。

 シャンプーをしていたのであろうその髪と手はこんもりとした泡で覆われており、片目だけを開き、確かにこちらを見つめている。

 しかし、突然の状況に判断もままならないのか、口をパクパクと動かすだけでまるで金魚のよう。
 こんなそらの姿を見るのはかなり珍しかった。

 ならば、と私は追い討ちをかけることにする。

「……二つの選択肢がある。私と同じようにそらも水着を着て一緒にお風呂に入るか、私にそのまま裸を見られるか」

 まるで乙女のように体を縮こませて壁側へと隠すそら。
 普通は逆の展開が一般的なはずなんだけどな、そんなことを思いつつ本人の部屋から拝借した水着をフリフリと振って示してみせた。

「……――! 着るから一旦出てろ!」

 それは久々に聞いた怒号。
 滅多に起こることのない、本気の怒りだった。


 ♦ ♦ ♦


「…………ごめん」

 それから数分の時間を要し、水着を着用したそら。
 その背中をボディタオルで流しつつ、私は謝罪の言葉を紡ぐ。

「はぁ……もういいよ。それより、何でこんなことになった?」

 呆れたため息にはまだわずかな怒りが含まれており、より一層肩身の狭い思いだ。

「…………連休中はお世話になったから、労ってあげようかと」

「それで俺を怒らせてどうすんだよ、全く……」

 再度ため息。
 全くもってその通りの事実に何も言えない。それでも、手を動かすことは止めないけど。

「…………………………………………」
「…………………………………………」

 身体とタオルの擦れる音だけが響いた。
 私たちの間で、沈黙は泳ぐ。

「…………で? 一番聞きたいことは、何で俺の家に入れた?」

 静寂を破ったのは、そんなそらの一言だ。

「昔、子供の時の悪ふざけでお互いの家の鍵を作ったこと……覚えてる?」

「ん? あぁ……そんなこともあったな」

 ほんのり懐かしむ声。
 背中も十分に綺麗になったと確信した私は、そらに泡の盛ったボディタオルを返す。

 ゴシゴシと私の洗えない部分――身体の前側をそらが自分で擦っているうちに、私はシャンプーを手に掬い、自身の髪を洗い始めた。

「その鍵、私はまだ持ってる」

「…………は? 嘘、だろ……」

「本当。そらママから、万が一の時は勝手に入っていいって許可ももらってる」

 頭皮を揉み込むように指の腹を動かして、汚れを落としていく。
 シャンプーが目に入るのを恐れ、視界は真っ暗だ。しかし、灯りが瞼を照らすおかげでほんのりと明るい。

「何やってんだよ、母さんは……。こっちはちゃんと返したってのに」

「何なら持つ? まだ残ってるよ」

 聞き返してみれば、傍で何かの動く気配がした。
 その後に続く返事からも、首を横に振っているのだろうことを察する私。

「いや、別にいい。てか、あっても使わん」

 返答と同時に水の流れる音が耳をつくとチャプンと水に沈み込む音、そしてぽっかりと空間が生まれた故の広々とした感覚を覚える。
 そらが湯船に入ったのだろう。

 洗髪、洗身と終えた私もそそくさと入る。
 無言で詰めて、場所を開けてくれた。

「……狭いね」

 真正面だと妙な照れくささを感じて、私たちは背中合わせでお湯に浸かる。
 けれど昔の――一緒にお風呂に入っていた頃とは異なり、体を伸ばせる場所なんてない。水位も高い。

「……そりゃそうだろ。上がるか?」

「ううん、もう少しこのまま…………」

 後ろ側に頭を預け、その肩にそっと撓垂れ掛かった。
 懐かしい感覚で心が満たされていく。

「…………かなた」

「…………なに?」

 反響するおかげで、聞き逃しそうな小さな呟きも今なら捉えられるだろう。
 だから、私に届いた。

「……なんだかんだあったけど、割と楽しかったぜ」

「……………………ん」

 ……私の想いは届いただろうか。
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