彼と彼女の365日

如月ゆう

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April

4月29日(月) 共同作業はカレー作り

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 それは、午後の出来事だった。

「……なぁ、今日の夕飯何がいい?」

 料理ができるといってもお菓子作りがメインで通常の食事などそれほど作り慣れていない俺は、レパートリーもアイデアも尽き、そんなことを尋ねてみた。

「えっ……別に何でもいいけど」

 一方、ソファに寛いで雑誌を読みふけていたかなたは、あまり興味のなさそうにそう答える。
 その瞬間、俺の顔は辟易とした疲れたものへと変わった。

「出たー、一番困る答え……」

 こうして毎晩料理を作ることで学んだことの一つなのだが、献立を考えるのってものすごく大変なことだ。
 だからこそ聞いているのに丸投げされると、正直なんだかな――という気分。

 俺もよく言っていたセリフだけど、少し改めようと思う。

「えぇ……。なんかないわけ? ジャンルでも、食材でもいいからさ」

「んー……お米食べたい。あと肉と野菜も」

 そんなもん、栄養バランス的に毎回用意してるっつーの。

 返ってきた答えが全く役に立ちそうなものではなく、さらにげんなりする俺。
 どうにもこうにもなので、取り敢えずは主婦っぽく色々と材料も見て回ってみた。

 ふむ……米は炊飯器に残っているから問題なし。
 肉も冷凍されている分があるな。ありがとう、かなたのお母さん。

 野菜は――微妙だな。人参に玉ねぎ、ジャガイモなどなど加熱調理系が殆どだ。
 生でも大丈夫なものはトマトのみ。これではサラダは無理だな。

 パッと見で建設的なのは野菜炒めだけど、どうしたものか。
 明日以降も面倒くさいし、なるべく作り置きできるものがいい……ん、だけど……。

「――あっ、アレにするか」

 ふとした思い付きに声を上げると、背もたれ部から身を乗り出す少女の姿を見つけた。

「何々? 決まった?」

「おう、カレーにしよう。必要なのは二人分だし、多めに作れば三日はイケる」

 動機こそ不純だが、かなり良いアイデアだと思う。
 簡単で、誰からも好かれやすく、美味しくて日持ちする。

 林間学校で挙げられる料理ナンバーワンの実績もあるというものだ。

「おぉー、それなら私も手伝えそう」

 おかげでかなたもこうしてやる気に充ちて――って、ん……?

「は? えっ、何? お前も一緒に作るの?」

「もちろん」

 そう肯定し、ピースサインをチョキチョキと開閉し始めるかなた。

「…………何で?」

 だが、俺にはそれがどうにも理解できなかった。
 なぜ今なのか。理由も動悸もさっぱりだ。

「家に残る理由としてさ、擬似的に一人暮らしを経験することで私の自立を促す――って言っちゃったんだよね。特に料理とかの面で……」
 
「いや、それなら毎回手伝えよ」

「えー……面倒。カレーなら私でも作れるし」

 コイツ……。

「あのな……取り敢えず、最初から作れるものを作ったって練習にもなんにもならないぞ。お前は今後一生カレーだけを食べていくつもりなのか?」

 呆れてため息をつきながら、俺は指摘してやる。

「その時はそらに作ってもらうし」

「おい、自立どこに行った」

「そもそもない!」

 すげぇな、おい。じゃあ、今までの会話は何だったんだよ。

「第一、人は独りでは生きていけないでしょ」

「あー、まぁ……そう言われればそうか」

「だから、作って?」

 一人納得していると調子づいたのか、小首を傾げて可愛くおねだり。あざとくてウザイ。

「別にいいけど、見返りは?」

「……………………安らぎ?」

 安らぎねぇ……。

「まぁ、いいや。取り敢えず自分で言ったんだし、今日のところは手伝え」

「りょーかい」

 ビシッと額に手を掲げると、トテトテとキッチンへ移動してきた。
 彼女が石鹸で念入りに手を洗っている間に、俺は食材や器具を色々と用意していく。

「せっかく手伝いがいるんだ。少し変わり種を作ってみようか」

「……変わり種?」

「そ、変わり種。無水のトマトカレー」

 おぉー、という歓声とともにパチパチと手を叩かれるものの、多分本人は理解していないだろう。流れとか雰囲気とか、そんな理由での拍手に違いない。

「で、だ。包丁担当とコンロ担当のどっちがいい?」

「んー、どっちが簡単?」

 清々しいまでの聞き返し。
 きっと自立の二文字はもう彼女の頭から消え去っているのだと思う。

「切る方だな」

「じゃあ、そっちで」

 というわけで、役割分担も完了。
 早速、調理へと入っていく。

 まずはニンニクや玉ねぎ、人参、ジャガイモ、鶏肉――トマト以外のあらゆる食材を刻んでもらった。

 この時にポイントなのは、水分を吸ってしまうジャガイモなどの量は普段より少なくすることだ。
 でないと、ドライカレーになっちゃうぞ!

 その後は、まず玉ねぎをあめ色になるまで炒め、他にも人参、ジャガイモ、鶏肉のそれぞれに火を通す。
 面倒なら全部まとめて炒めても問題はないが、こうして一つ一つの食材に対して下処理をした方が美味しくなるそうだ。

 料理漫画の知識だから間違いない。
 なんでも我が福岡の郷土料理――筑前煮も同じことをしているらしいしな。

「それで、どうするの?」

「こうする」

 火を通し終えた材料を一度わきへ寄せると、鍋の中にトマトを敷き詰める。
 そうして蓋をして暫く煮詰めれば、水を使わなくてもトマトから水分が出るって寸法だ。

「うわ、すご……赤い」

 蓋を開ければトマトの酸味が鼻をつき、食欲をそそらせてくれる。

 そこにあらかじめ加熱させておいた材料らを再び投入すれば、あとは煮てルーを入れるだけ。
 ちなみに、野菜の甘みが出ているからいつもより辛めのルーを入れるといいぞ。

「――あっ、かなた。インスタントコーヒーってあるか?」

「うん、あるよ」

 そう言って戸棚を開けると、持ってきてくれる。
 その時チラッと見えたのだが、粉末アップルティーが見えた。後で美味しく頂こう。

「でも、何に使うの? 入れるの?」

ザッツ・ライトその通り

 スプーン一杯分。ルーと一緒に入れるだけで、コクが深まるのだ。

「……大丈夫なの?」

「平気平気、美味しい美味しい」

 カレーに奇天烈な隠し味は当たり前。
 人によってはリンゴやらチョコレートやらヨーグルトを入れたりするみたいだしな。

 そうしてひと煮立ちすれば、無水トマトカレーの完成である。

「てことで、いただきます」
「……いただく」

 二人してスプーンでカレーと米を一緒に掬い上げると、口へと運んだ。

 んー……まぁ、こんなものだな。
 コクはしっかりと出ているし、野菜本来の甘みとカレーの辛みがちょうどいいバランスだ。

 個人的には満足な味に、俺は幼馴染の様子を覗き見る。
 果たしてどうだろうか?

「…………………………………………」

 無言。まさかの無言である。
 けれど、その姿を見た俺の口角は僅かに吊り上がった。

 何故なら、一心不乱に食べ進めてくれているのだから。

「…………さっきの自立の話だけどさ」

「ん? ……おう」

 唐突な話題に、持ち上げたスプーンを置く。

「そらが美味しいご飯を作ってくれるから、私がやらないってのもあると思うんだよね」

 えっと……コレは褒められているのか?

「つまり、そらが悪い」

 違った。ただの責任転嫁だ。

「なんで、そんな急に料理が上手くなったの? 昔はそうでもなかったよね?」

「さぁ、何でだろうな」

 それだけを答えて、俺は再度スプーンを口へと運ぶ。

 料理というのは作ってあげる人物がいるかどうか、それが重要なんだそうだ。
 相手がいれば、なるべく美味しいものを作ってあげようとする。それが上達の秘訣だとか。

 ……まぁ、あくまでも一般論の話なわけだが。
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