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April
4月28日(日) そらの父
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時刻は回って、午前二時。
すでに日付もまたいでおり、電灯を消した暗い部屋の中で俺たち二人は横たわっていた。
サイズ感は本人が進言した通りにぴったり丁度よく、それでいて女性特有の華やかな香りが鼻腔を擽る。
「ふへへ……なんか照れるな」
左隣から響くのは奇妙な笑い声。
落ちたら嫌だからと壁側を進んで選んだ幼馴染は、こちらを見やりながらそう呟いた。
「じゃあもう止めとくか?」
「いーや。むしろ、お泊まりっぽくて良い」
提案すれば即座に拒否が返ってくる。
どうやら、相当に気に入ったらしい。
「なら、お泊まり会あるあるでアレやるか」
「アレって何?」
「恋の話――恋バナ」
林間学校、修学旅行、お泊まり。
女子がひとつ屋根の下で布団を広げようものなら必ず催されるという、例のアレである。
「は? そらが? ……あるの?」
まるで信じられない、とでも言わんばかりの疑いの眼差し。
それをひたすらに受けつつ、俺は胸を張ってこう答えた。
「いや、俺はない」
「はい、しゅーりょー」
「まぁまぁ、待て待て待て待て」
一気に漂う解散ムードを何とか宥める。
「確かに、俺にはないよ。けどさ……お前にはあるかもしれないじゃん?」
「ない、です。はい、しゅーりょー」
悲しいかな。先程と一字一句違うことなく、終了の宣言がなされた。
「かーっ……花の高校生が枯れてんなぁー」
「お互いに、ね」
残念すぎる現状に俺がボヤくと、したり顔でかなたは返す。
そうしてその後、しばらくの間は無言の時間が続いた。
相手と自分――その呼吸音をすぐ傍で感じ、それ以外には何もない静かな暗闇。
「…………そういえばさ、そらパパは良かったの?」
ポツリと呟かれた問いが、部屋の中に響く。
「何の話だ?」
「旅行に行ったのって、そらママだけなんでしょ? 急にいなくなって心配したり……あと、家事とか」
……あぁ、その事か。
イマイチ要領を得なかった質問に合点がいくと、すぐに興味をなくす。
「気にすんな。父親は母さんと違って放任主義だ。俺が飯を用意しなくても勝手に惣菜を買ってくるだろうし、そもそも食おうとさえしないだろうし……掃除や洗濯は勝手に俺がやっておけばいい」
なんとなく、腕枕をして右を向いた。
手前にはベッドの縁、そして奥には机や本棚がうっすらと見える。いつの間にか、目は暗闇に慣れていたようだ。
「…………? そらとそらパパって、仲悪かったっけ?」
「別に。互いに無干渉ってだけだ。良くも悪くもない」
一方のかなたもそれほど気になる話題ではなかったのだろう。
俺の返事を聞いても、ただ「ふぅーん」と相槌を打つだけである。
「……私、意外とそらパパと会ったことないんだよね」
「まぁ、一般的な休日はだいたい仕事だしな。休みの平日も、殆ど家で過ごしてるし」
「へぇー……だから体育会とか卒業式なんかでも見かけなかったんだ」
「そうそう。まぁ、小学生の頃は仕事に行くついでに、十分とかそこらの間だけ来てたらしいけどな」
「ここから駅までの通り道にあったもんね、学校」
懐かしい話だ。かれこれ五年以上前の話になるのか。
未だに電車通学なため、ほぼ毎日小学校の様子は目に入るんだけどな。
「あれ……そういえば私、そらパパの仕事知らないや。何やってたっけ?」
思い出に浸っていると、ふとそんな質問が投げられる。
おぉ……意外とそういう話はしたことがなかったっけか。
「時計屋の店長だよ。株式会社『ハウス・オブ・クロック』香椎浜店の」
そう教えれば、何やら背中越しに視線を感じた。
向き直ってみると、パチパチと瞬きをして驚きを表現するかなたの姿がある。
「マジか……意外とすごい人?」
「さぁなー。一級時計修理技能士とか持ってるらしいが、イマイチよく分からん」
寝ながらに肩を竦めてみせると、今度はそのまま両手を後頭部に組んで枕の代わりとした。
見上げる天井は窓から溢れる月明かりでほんのり青黒く染まって見える。
「…………そうなんだ」
その言葉を最後に、二人の会話は終わり。
気が付けば、いつしか隣からは微かな寝息が流れてきた。
「寝た、か…………」
モゾモゾと相方を起こさないようにして布団から抜け出した俺は、静かにフローリングへと降り立つ。
そこから一歩踏み出すと、不意にクイッと袖が引っ張られる感触を覚えた。
目を見やれば、布団の中から伸びる腕がギュッと袖を握っている。
「…………起きてんのか? それとも、寝ぼけてんのか……?」
独りごつが、結論は出ない。
「てか、割と力強いな」
振りほどけばようやく離れるような、そんな具合。
あまり乱暴にしたくなかった俺は、どうしようか悩む。
……確か、寝ていてもこっちの声はある程度届くって聞くな。
踏み出した一歩を引き戻し、ベッドに手をつくと寝ているその耳元に囁いた。
「水を飲みに行くだけだから、離してくれ」
すると、思いは通じたのかポトリと腕から力が抜けベッドに落ちる。
「ありがとさん」
そのまま勝手知ったる様子でリビングへと来れば、戸棚からコップを拝借し冷蔵庫で冷えた麦茶を頂いた。
喉元を過ぎる度に頭まで冷えていく。
それ故にチビチビと、ゆっくり少しずつ嚥下しながら俺はあることを考えていた。
「あの様子だと、俺がリビングで寝てたって知ったら、かなた怒るよなぁ……」
当初の予定としてはかなたが寝るまで適当な雑談を振りつつ、寝たあとは持参したブランケットと一緒にここのソファで一晩明かそうと考えていたのだ。
だがしかし、眠っていながらのあの反抗っぷり。
あれがアイツの深層心理から来るものだとすれば、明日の朝は必ずドヤされることだろう。
逆に起きていてのあの反抗なら、それはそれでキレられる。
「どっちにしろ、戻って寝る以外の方法はないか……」
シンクに使い終わったコップを置くと、来た道を戻った。
時間はそれほど経っておらず、かなたの寝姿も変わっていない。
再びベッドに潜り布団を被れば、目の前にはこちらを向いた幼馴染の顔がある。近い。
――ここで俺には一つ言っていなかったことがある。
少し話は変わるが、人は寝る時に思い思いの姿勢をとると思う。
仰向け、うつ伏せ、横向き。場合によっては腕の置き方や足の配置具合も異なるだろう。
さて、では何故急にそんな話をしたのか。
俺の寝る姿勢が、壁際に顔を向けた横向きの姿勢であるからだ。同時に、かなたはその逆であるらしい。
となれば当然、お互いに顔を向き合わせる結果となるわけで――。
特に何もする気がない俺としても、少々気恥ずかしくなってしまう。
まつ毛が意外と長いとか、流れた前髪が右目を隠しているなとか、鼻呼吸なんだなとか、そんなことばかりに目を奪われた。
もういいや。
睡眠中にベッドから落ちる覚悟を持って、限界まで身体を引く。そして、目を瞑った。
俺が寝付きのいいタイプで良かった……。
そう心中で呟きながら。
追伸。
それから体感で一時間ほど眠りにつけなかったのだが……それは愛用の抱き枕がなかったからに違いない。絶対そう!
すでに日付もまたいでおり、電灯を消した暗い部屋の中で俺たち二人は横たわっていた。
サイズ感は本人が進言した通りにぴったり丁度よく、それでいて女性特有の華やかな香りが鼻腔を擽る。
「ふへへ……なんか照れるな」
左隣から響くのは奇妙な笑い声。
落ちたら嫌だからと壁側を進んで選んだ幼馴染は、こちらを見やりながらそう呟いた。
「じゃあもう止めとくか?」
「いーや。むしろ、お泊まりっぽくて良い」
提案すれば即座に拒否が返ってくる。
どうやら、相当に気に入ったらしい。
「なら、お泊まり会あるあるでアレやるか」
「アレって何?」
「恋の話――恋バナ」
林間学校、修学旅行、お泊まり。
女子がひとつ屋根の下で布団を広げようものなら必ず催されるという、例のアレである。
「は? そらが? ……あるの?」
まるで信じられない、とでも言わんばかりの疑いの眼差し。
それをひたすらに受けつつ、俺は胸を張ってこう答えた。
「いや、俺はない」
「はい、しゅーりょー」
「まぁまぁ、待て待て待て待て」
一気に漂う解散ムードを何とか宥める。
「確かに、俺にはないよ。けどさ……お前にはあるかもしれないじゃん?」
「ない、です。はい、しゅーりょー」
悲しいかな。先程と一字一句違うことなく、終了の宣言がなされた。
「かーっ……花の高校生が枯れてんなぁー」
「お互いに、ね」
残念すぎる現状に俺がボヤくと、したり顔でかなたは返す。
そうしてその後、しばらくの間は無言の時間が続いた。
相手と自分――その呼吸音をすぐ傍で感じ、それ以外には何もない静かな暗闇。
「…………そういえばさ、そらパパは良かったの?」
ポツリと呟かれた問いが、部屋の中に響く。
「何の話だ?」
「旅行に行ったのって、そらママだけなんでしょ? 急にいなくなって心配したり……あと、家事とか」
……あぁ、その事か。
イマイチ要領を得なかった質問に合点がいくと、すぐに興味をなくす。
「気にすんな。父親は母さんと違って放任主義だ。俺が飯を用意しなくても勝手に惣菜を買ってくるだろうし、そもそも食おうとさえしないだろうし……掃除や洗濯は勝手に俺がやっておけばいい」
なんとなく、腕枕をして右を向いた。
手前にはベッドの縁、そして奥には机や本棚がうっすらと見える。いつの間にか、目は暗闇に慣れていたようだ。
「…………? そらとそらパパって、仲悪かったっけ?」
「別に。互いに無干渉ってだけだ。良くも悪くもない」
一方のかなたもそれほど気になる話題ではなかったのだろう。
俺の返事を聞いても、ただ「ふぅーん」と相槌を打つだけである。
「……私、意外とそらパパと会ったことないんだよね」
「まぁ、一般的な休日はだいたい仕事だしな。休みの平日も、殆ど家で過ごしてるし」
「へぇー……だから体育会とか卒業式なんかでも見かけなかったんだ」
「そうそう。まぁ、小学生の頃は仕事に行くついでに、十分とかそこらの間だけ来てたらしいけどな」
「ここから駅までの通り道にあったもんね、学校」
懐かしい話だ。かれこれ五年以上前の話になるのか。
未だに電車通学なため、ほぼ毎日小学校の様子は目に入るんだけどな。
「あれ……そういえば私、そらパパの仕事知らないや。何やってたっけ?」
思い出に浸っていると、ふとそんな質問が投げられる。
おぉ……意外とそういう話はしたことがなかったっけか。
「時計屋の店長だよ。株式会社『ハウス・オブ・クロック』香椎浜店の」
そう教えれば、何やら背中越しに視線を感じた。
向き直ってみると、パチパチと瞬きをして驚きを表現するかなたの姿がある。
「マジか……意外とすごい人?」
「さぁなー。一級時計修理技能士とか持ってるらしいが、イマイチよく分からん」
寝ながらに肩を竦めてみせると、今度はそのまま両手を後頭部に組んで枕の代わりとした。
見上げる天井は窓から溢れる月明かりでほんのり青黒く染まって見える。
「…………そうなんだ」
その言葉を最後に、二人の会話は終わり。
気が付けば、いつしか隣からは微かな寝息が流れてきた。
「寝た、か…………」
モゾモゾと相方を起こさないようにして布団から抜け出した俺は、静かにフローリングへと降り立つ。
そこから一歩踏み出すと、不意にクイッと袖が引っ張られる感触を覚えた。
目を見やれば、布団の中から伸びる腕がギュッと袖を握っている。
「…………起きてんのか? それとも、寝ぼけてんのか……?」
独りごつが、結論は出ない。
「てか、割と力強いな」
振りほどけばようやく離れるような、そんな具合。
あまり乱暴にしたくなかった俺は、どうしようか悩む。
……確か、寝ていてもこっちの声はある程度届くって聞くな。
踏み出した一歩を引き戻し、ベッドに手をつくと寝ているその耳元に囁いた。
「水を飲みに行くだけだから、離してくれ」
すると、思いは通じたのかポトリと腕から力が抜けベッドに落ちる。
「ありがとさん」
そのまま勝手知ったる様子でリビングへと来れば、戸棚からコップを拝借し冷蔵庫で冷えた麦茶を頂いた。
喉元を過ぎる度に頭まで冷えていく。
それ故にチビチビと、ゆっくり少しずつ嚥下しながら俺はあることを考えていた。
「あの様子だと、俺がリビングで寝てたって知ったら、かなた怒るよなぁ……」
当初の予定としてはかなたが寝るまで適当な雑談を振りつつ、寝たあとは持参したブランケットと一緒にここのソファで一晩明かそうと考えていたのだ。
だがしかし、眠っていながらのあの反抗っぷり。
あれがアイツの深層心理から来るものだとすれば、明日の朝は必ずドヤされることだろう。
逆に起きていてのあの反抗なら、それはそれでキレられる。
「どっちにしろ、戻って寝る以外の方法はないか……」
シンクに使い終わったコップを置くと、来た道を戻った。
時間はそれほど経っておらず、かなたの寝姿も変わっていない。
再びベッドに潜り布団を被れば、目の前にはこちらを向いた幼馴染の顔がある。近い。
――ここで俺には一つ言っていなかったことがある。
少し話は変わるが、人は寝る時に思い思いの姿勢をとると思う。
仰向け、うつ伏せ、横向き。場合によっては腕の置き方や足の配置具合も異なるだろう。
さて、では何故急にそんな話をしたのか。
俺の寝る姿勢が、壁際に顔を向けた横向きの姿勢であるからだ。同時に、かなたはその逆であるらしい。
となれば当然、お互いに顔を向き合わせる結果となるわけで――。
特に何もする気がない俺としても、少々気恥ずかしくなってしまう。
まつ毛が意外と長いとか、流れた前髪が右目を隠しているなとか、鼻呼吸なんだなとか、そんなことばかりに目を奪われた。
もういいや。
睡眠中にベッドから落ちる覚悟を持って、限界まで身体を引く。そして、目を瞑った。
俺が寝付きのいいタイプで良かった……。
そう心中で呟きながら。
追伸。
それから体感で一時間ほど眠りにつけなかったのだが……それは愛用の抱き枕がなかったからに違いない。絶対そう!
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