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April
4月25日(木) 担任
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「……それで、俺は何で呼ばれたんですか?」
今日の授業は全て終え、早速部活へと足を運ぼうかという最中に俺は呼び出しを受けていた。
今いる場所は生徒指導室。
特別教員室の隣に位置し、生徒と個別に対談するという用途の指導とは何ら関係のない名ばかりの部屋だ。
そんな目の前には、我が担任の三枝悠教諭が座っている。
対談室らしく横長の皮のソファがそれぞれに用意されており、その間を割るようにガラスのローテーブルが置いてあった。
「いえ、入学してから一年――学園生活はどうかなぁ、と思いまして」
「何ですか、その質問……。先生は俺の親か何かですか?」
まるで、全く学校のことを話さない子供に対して「この子、全然学校の話をしないけど大丈夫かしら? 友達はいるの? そういえば、やけに帰りが早いし、休日も家にいるばかりだけど……」と、危惧しているかのようだ。
「そうですね……子供に道を示す立場としては、それに通ずるものがあるかもしれないです。ママと呼んでも構いませんよ?」
「呼びませんし、精々が『母さん』呼びでしょ……」
ないと断言するつもりはないが、多感なこの年頃に未だにママ呼びをする男子高校生は少ないと思う。
「それで、学校生活のことでしたっけ? まぁ、普通じゃないですか。それなりに話をする相手もいますし、部活も勉強も問題のない程度にはやれていますし」
可もなく不可もなく。
ごく普通の、なんて事のないありふれた学生だと思う。
そんな、こともなさげなおどけた言い方で返答すれば、先生はジッと瞳の奥を探るような視線で見つめてきた。
「そう、ですか……。順調なのは良いことですね」
「でも、急にどうしたんです? 生徒との面談期間か何かですか?」
「えぇ、まぁ……そんな感じです」
はい、ダウトー。
そんなわけなどない。そう考えうる根拠を少なくとも三つ、パッと思い付く。
まず一つ。もしそんな期間が存在するなら、SHRにでも伝えているはずだ。
そして二つ。また、そういう行いは大抵出席番号順で進められることが多い。にもかかわらず、俺以外に呼び出しを受けた様子はなかった。
最後に三つ。それを俺が悟れていないとしても、出席番号の若いかなたが情報として話してくれているだろう。
「だからその言葉、嘘ですよね?」
探偵さながらの理詰めで問い詰める。
だというのに、先生は少しも笑みを絶やさなかった。
「いえ、嘘は言ってませんよ? 私は"そんな感じ"と言っただけで、一言も肯定していません」
詭弁だ。清々しいまでの。
おかげで少しの間だけ唖然としてしまっていた。
「……じゃあ、何故ですか? 理由を教えて欲しいんですけど」
「単純に、そらくんのことが気がかりなんですよ」
再度同じ問いかけをしてみれば、今度は薄く微笑まれる。答えも違う。
その内容と表情に、少しだけ心臓が脈打ったのは内緒だ。
「正直言って勉学もスポーツも取り柄のなさそうな顔をしているのに、その実なんでも卒なくこなすことの出来ている貴方のことが」
「先生、それ褒めてます?」
「そして、登校日初日からいきなり遅刻して来るという失態を犯した貴方のことが心配なのです」
「先生、それ褒めてませんよね!」
気がかりや心配のニュアンスが俺の考えていたものと違うのだが……。むしろ、要注意とかそっちの方が適切な単語である気がする。
てか、この人まだ引きずっているのかよ。
もう、去年のことだろ……。
「一日目から三年間クラス皆勤の可能性が潰えた悲しみを、私は忘れません……」
そう語る先生の目は伏せられ、落ち込んでいるように見える。
何だろう……ボーナスにでも響くのだろうか? なら、申し訳ないことをしたと思う。先生、ゴメンよ。
「それはそうと、あの時の遅刻の原因は寝坊だと言ってましたけど本当ですか?」
そして瞬時に立ち直り、話は変わった。それはもう、嘘のように。
嘘泣きならぬ、嘘落ち込み。女性って怖いね。
「そう……だったと思います。一年前のことなんで、うろ覚えですけど」
確かあの時は、寝坊しながらもギリギリ学校に間に合うと想定していた電車には乗れたんだ。
ただ、駅から校舎までの移動の計算をしていなくて、頑張って走ったけど間に合わなかったという……。
「でも、そらくんっていつもかなたさんと通学しますよね? 何であの時は一緒じゃなかったんですか?」
「えっ…………? あー……母さんが先に向かわせたんだと思いますよ。叩き起されて、色々と小言をもらった記憶があるんで」
「そうだったんですね」
納得してくれたのか、許してくれたのか、ウンウンと頷く先生。
ともすればふと、何かに気付いたように小首を傾げる。
「ということは、かなたさんとは家族ぐるみの付き合いなのですか?」
「……えぇ、まあ。割と長い付き合いなので」
「そうですか……昨今はご近所付き合いも少なくなっていると聞きますし、大切にすべき縁ですね」
確かに、俺たちはかなり珍しい関係と言えよう。
異性同士の幼馴染は、思春期を境に自然と接点がなくなっていく――なんてことが殆どらしいし。
「ところで、そんな二人は出会って何年経つのでしょう?」
「…………そうですね。小三の頃にかなたが引っ越して来たので今年で九年目になります」
答えておいて、自分でもかなりの年月が経っていることに気付いた。自分の人生の半分以上を過ごしているのだし、腐れ縁とはこういうことを言うのかもしれない。
……しかし、今日の先生はグイグイ来るな。
「なるほど……。でも、それだけ長いと喧嘩の一つでもするんじゃありませんか? ――特に、多感な中学生の時期など」
「……………………いえ、喧嘩は特に」
含みのある言い方に、俺の返答が遅れる。
それと同時に一つの疑問が生まれたため、すぐにその話題を振った。
「あの……先生、質問がどんどん個人的なものになってません?」
「何か問題がありますか?」
即答である。
その自信っぷりには、こちらも困惑せざるを得ない。
「いや、問題っていうか……プライバシーというか……。部活もありますし、関係ない話ならもう行っていいですかね?」
「…………分かりました」
おっ、どうやら話が通じたようだ。
「では、そらくんも私に好きな質問をする権利を差し上げましょう。それでおあいこです。……特別ですよ?」
あー、どうやら話が通じていなかったようだ……。
仕方ない、みたいな空気感で喋っているが、俺が求めていたことはそうじゃないから無性に腹立たしいだけである。
「さぁ、なんでも聞いてどうぞ。そして、私の質問に答えてください」
急かし急かしで煽る先生。
場の雰囲気は、既に俺の退路を断っている。
はぁ……仕方ない。
なら答えにくい質問を投げて諦めてもらい、それから部活に行かせてもらおう。
「……彼氏はいるんですか?」
「幸か不幸か、今はいません」
さすがにこれでは無理か。
「…………体重は?」
「五十三キロです」
いや、これを答えるのは強すぎる。
どれだけ、意地を張っているんですか……先生。
「……………………スリーサイ――」
「上から順に、バストが八じゅ――」
「ごめんなさい、俺の負けです!」
食い気味に即答など、もう勝ち目がない。
床に膝をついて平謝りをした俺は、退室許可が下りるまでずっとそのままの姿勢でいた。
今日の授業は全て終え、早速部活へと足を運ぼうかという最中に俺は呼び出しを受けていた。
今いる場所は生徒指導室。
特別教員室の隣に位置し、生徒と個別に対談するという用途の指導とは何ら関係のない名ばかりの部屋だ。
そんな目の前には、我が担任の三枝悠教諭が座っている。
対談室らしく横長の皮のソファがそれぞれに用意されており、その間を割るようにガラスのローテーブルが置いてあった。
「いえ、入学してから一年――学園生活はどうかなぁ、と思いまして」
「何ですか、その質問……。先生は俺の親か何かですか?」
まるで、全く学校のことを話さない子供に対して「この子、全然学校の話をしないけど大丈夫かしら? 友達はいるの? そういえば、やけに帰りが早いし、休日も家にいるばかりだけど……」と、危惧しているかのようだ。
「そうですね……子供に道を示す立場としては、それに通ずるものがあるかもしれないです。ママと呼んでも構いませんよ?」
「呼びませんし、精々が『母さん』呼びでしょ……」
ないと断言するつもりはないが、多感なこの年頃に未だにママ呼びをする男子高校生は少ないと思う。
「それで、学校生活のことでしたっけ? まぁ、普通じゃないですか。それなりに話をする相手もいますし、部活も勉強も問題のない程度にはやれていますし」
可もなく不可もなく。
ごく普通の、なんて事のないありふれた学生だと思う。
そんな、こともなさげなおどけた言い方で返答すれば、先生はジッと瞳の奥を探るような視線で見つめてきた。
「そう、ですか……。順調なのは良いことですね」
「でも、急にどうしたんです? 生徒との面談期間か何かですか?」
「えぇ、まぁ……そんな感じです」
はい、ダウトー。
そんなわけなどない。そう考えうる根拠を少なくとも三つ、パッと思い付く。
まず一つ。もしそんな期間が存在するなら、SHRにでも伝えているはずだ。
そして二つ。また、そういう行いは大抵出席番号順で進められることが多い。にもかかわらず、俺以外に呼び出しを受けた様子はなかった。
最後に三つ。それを俺が悟れていないとしても、出席番号の若いかなたが情報として話してくれているだろう。
「だからその言葉、嘘ですよね?」
探偵さながらの理詰めで問い詰める。
だというのに、先生は少しも笑みを絶やさなかった。
「いえ、嘘は言ってませんよ? 私は"そんな感じ"と言っただけで、一言も肯定していません」
詭弁だ。清々しいまでの。
おかげで少しの間だけ唖然としてしまっていた。
「……じゃあ、何故ですか? 理由を教えて欲しいんですけど」
「単純に、そらくんのことが気がかりなんですよ」
再度同じ問いかけをしてみれば、今度は薄く微笑まれる。答えも違う。
その内容と表情に、少しだけ心臓が脈打ったのは内緒だ。
「正直言って勉学もスポーツも取り柄のなさそうな顔をしているのに、その実なんでも卒なくこなすことの出来ている貴方のことが」
「先生、それ褒めてます?」
「そして、登校日初日からいきなり遅刻して来るという失態を犯した貴方のことが心配なのです」
「先生、それ褒めてませんよね!」
気がかりや心配のニュアンスが俺の考えていたものと違うのだが……。むしろ、要注意とかそっちの方が適切な単語である気がする。
てか、この人まだ引きずっているのかよ。
もう、去年のことだろ……。
「一日目から三年間クラス皆勤の可能性が潰えた悲しみを、私は忘れません……」
そう語る先生の目は伏せられ、落ち込んでいるように見える。
何だろう……ボーナスにでも響くのだろうか? なら、申し訳ないことをしたと思う。先生、ゴメンよ。
「それはそうと、あの時の遅刻の原因は寝坊だと言ってましたけど本当ですか?」
そして瞬時に立ち直り、話は変わった。それはもう、嘘のように。
嘘泣きならぬ、嘘落ち込み。女性って怖いね。
「そう……だったと思います。一年前のことなんで、うろ覚えですけど」
確かあの時は、寝坊しながらもギリギリ学校に間に合うと想定していた電車には乗れたんだ。
ただ、駅から校舎までの移動の計算をしていなくて、頑張って走ったけど間に合わなかったという……。
「でも、そらくんっていつもかなたさんと通学しますよね? 何であの時は一緒じゃなかったんですか?」
「えっ…………? あー……母さんが先に向かわせたんだと思いますよ。叩き起されて、色々と小言をもらった記憶があるんで」
「そうだったんですね」
納得してくれたのか、許してくれたのか、ウンウンと頷く先生。
ともすればふと、何かに気付いたように小首を傾げる。
「ということは、かなたさんとは家族ぐるみの付き合いなのですか?」
「……えぇ、まあ。割と長い付き合いなので」
「そうですか……昨今はご近所付き合いも少なくなっていると聞きますし、大切にすべき縁ですね」
確かに、俺たちはかなり珍しい関係と言えよう。
異性同士の幼馴染は、思春期を境に自然と接点がなくなっていく――なんてことが殆どらしいし。
「ところで、そんな二人は出会って何年経つのでしょう?」
「…………そうですね。小三の頃にかなたが引っ越して来たので今年で九年目になります」
答えておいて、自分でもかなりの年月が経っていることに気付いた。自分の人生の半分以上を過ごしているのだし、腐れ縁とはこういうことを言うのかもしれない。
……しかし、今日の先生はグイグイ来るな。
「なるほど……。でも、それだけ長いと喧嘩の一つでもするんじゃありませんか? ――特に、多感な中学生の時期など」
「……………………いえ、喧嘩は特に」
含みのある言い方に、俺の返答が遅れる。
それと同時に一つの疑問が生まれたため、すぐにその話題を振った。
「あの……先生、質問がどんどん個人的なものになってません?」
「何か問題がありますか?」
即答である。
その自信っぷりには、こちらも困惑せざるを得ない。
「いや、問題っていうか……プライバシーというか……。部活もありますし、関係ない話ならもう行っていいですかね?」
「…………分かりました」
おっ、どうやら話が通じたようだ。
「では、そらくんも私に好きな質問をする権利を差し上げましょう。それでおあいこです。……特別ですよ?」
あー、どうやら話が通じていなかったようだ……。
仕方ない、みたいな空気感で喋っているが、俺が求めていたことはそうじゃないから無性に腹立たしいだけである。
「さぁ、なんでも聞いてどうぞ。そして、私の質問に答えてください」
急かし急かしで煽る先生。
場の雰囲気は、既に俺の退路を断っている。
はぁ……仕方ない。
なら答えにくい質問を投げて諦めてもらい、それから部活に行かせてもらおう。
「……彼氏はいるんですか?」
「幸か不幸か、今はいません」
さすがにこれでは無理か。
「…………体重は?」
「五十三キロです」
いや、これを答えるのは強すぎる。
どれだけ、意地を張っているんですか……先生。
「……………………スリーサイ――」
「上から順に、バストが八じゅ――」
「ごめんなさい、俺の負けです!」
食い気味に即答など、もう勝ち目がない。
床に膝をついて平謝りをした俺は、退室許可が下りるまでずっとそのままの姿勢でいた。
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