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April
4月14日(日) 労いのお菓子作り
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何も予定のない平凡な休日。
お昼ご飯を自宅で済ませ、三時のおやつまでもうしばらくという時分に私はとある民家のチャイムを鳴らす。
「はーい」
扉の向こうからは若々しい声が響き、トテトテとスリッパがフローリングを擦る音が微かに伝わってきた。
「あら、かなたちゃん。いらっしゃい」
出迎えてくれたのは、齢がまだ四十にも満たない女性。
今日は仕事がない日なのか、古着のシャツと長ズボンに薄いカーディガン的な羽織りを纏っている。
「ごめんね、あの子まだ部屋にいると思うから……。そらー! アンタによ!」
「……………………ぅぃー」
そう言うと、女性は二階に向かって声を上げた。
遅れて、か細い声とともに足音が近づいてくるのが分かる。
「ささ……何にもない所だけど上がって。お茶はいる? お菓子は何か余ってたかしら…………」
「あ、お構いなく」
矢継ぎ早な問いかけに、私は手を振って遠慮をした。
すると、手提げていたレジ袋がカサカサと音を立て、自らの存在を主張してくる。
「あら、それは?」
左右の手で両取っ手を握り、中身を見せるように広げると、納得したように頷かれた。
「あの……なので、良ければ台所を…………」
「えぇ、もちろん。その代わりと言ってはだけど、後で私にも頂戴ね」
ポンポンと肩を叩かれ、ついでとばかりにウインクまで送られると、玄関からすぐ手前の部屋へと入ってしまった。
「おぉ……かなたか。いらっしゃい」
すると、入れ替わるように少し上から声がかかる。
目を向ければ、階段の上部からこちらを見下ろすようにしてそらが覗いていた。
「ただいま」
他人が聞いたなら首を傾げるような挨拶。
別に我が家というわけでもないけれど、何度も訪れているうちに自然とこうなっていたのだ。
そらが相手ならば何も臆することなく言えるのだが、そらママ相手では少々気恥ずかしくなってしまう。
多分、微笑ましそうに笑われるからだと思うけど……。
「んで、急に何?」
唐突に、私に伸ばされる腕。
その意味を理解し、持っていたレジ袋を預けると、私は自分用のスリッパを出して履く。
「中身を見れば分かるよ」
ガサリと音が立ち、買ってきたものが明かされる――その直前に、背後から別の音が鳴った。
「あっ、そら。テレビ消し忘れたから、お願い」
「了解」
そして、再び閉まるドア。
相変わらず、そらママは忙しない人だ。
一方のそらも生返事だったようで、リビングに入るとそのままキッチンへと向かう。
なので、私がテレビは消しておいた。それと一緒にハンガーも借り、上着を掛けておく。
「で、これで俺に何をしろと……?」
声に振り向くと、既に袋の中身は全て出されていた。
いちご、キウイ、夏みかんといった果物に生クリーム、そして余ったいちご用に練乳もある。
「労いのために、ロールケーキを作ろう……!」
「…………誰の?」
「私の」
フンスと鼻息を荒らげ、自信満々に私は告げた。
静寂で場は満ち、こちらを見るそらの視線は若干――いや、かなり冷たい。
「……部屋に戻る」
「待って、お願い。私も手伝うから……!」
自室へ向くその足を止めるため、私は自分の身を投げ打ってまでそらの腰にしがみつく。
全体重をかけているため、そう簡単には動けまい。
しかし、私は年頃であり部活動生な男の子の身体能力を甘く見ていた。
ズルズルと、一歩ずつ確かに引きずられる。
「わわっ、ごめん。お願い、止めて。じゃないと――」
これ以上、服が汚れるのは嫌だ。
仕方ないけど、こうなったら奥の手を使おう。
「…………じゃないと?」
今まで懇願していたのに、急に雰囲気が変わって気になったのだろう。
歩みを止め、言葉の続きを待つ。
「――じゃないと、作ってくれるまで延々とレンジを使う」
「おい、それこそ止めろ。有線でも影響受けるんだよ、ウチは」
悲痛な叫びを聞き、脅しは成功したと確信する。
一度ため息をついたそらは、終いには後頭部を掻きながら愚痴るように呟いた。
「分かったよ。作りゃいいんだろ、作りゃ……」
その気になってくれたようで私も嬉しい。
後でハグしてやろう。
「けど、いきなりだから卵も牛乳も常温に戻してないぞ……」
言われた言葉がピンとこず、私は首を傾げる。
「は? 別にそのまま混ぜればよくない?」
「は? そのまま混ぜたら、生地が固くなってスポンジが膨らまなくない?」
ムカつく……人の言い方を真似しやがって……。
そっちと違ってお菓子なんてそう作ったことないんだから、知るわけがない。
まぁ、それはそれとして覚えておこう。
「じゃあ、どうするの? 待つ?」
「それでもいいけど……嫌だろ? だから、ちょっとズルする」
そう言って割った卵を軽く溶いたそらは、そのままレンジへと突っ込む。
「えっ……それ、爆発しない?」
「安心しろ、爆発するのは生卵か黄身の潰れていないやつだ。それに、常温まで温めるだけだし……。それより、お前は俺が言うものを電子計で誤差なく用意しろ」
砂糖、薄力粉、ミキサーの準備まで言われた通りに並べた。
その間に数秒のレンチンを為すこと数回。
満足する温度になったのか、ボウルごとそれを私に渡すとすでに電源の入っているミキサーを握らせる。
「はい、それに砂糖を入れて白っぽくなるまでかき混ぜる。レッツゴー」
謎の掛け声とともに急かされ、スイッチを押した。
手に伝わる重い反動。熱暴走を起こさないかと心配になるほどに唸りを上げながら、私は卵を混ぜていく。
「なんで私が…………」
「手伝うって言ったろ? そんなに文句ばっか言ってると、ケーキが不味くなるぞ」
ボヤく私に、ツッコむそら。
そんな、愛情が最大の調味料――みたいなこと言わないでおくれ。
それから数分。
そらから了承をもらう頃には、手元の『砂糖 in 卵』はモッタリとしており、量も混ぜる前より増えている気がする。
「よしよし、ちゃんと撹拌したな。んじゃ、次は薄力粉。そっちが混ぜてる間に振るっといたから、ダマにならないようにな」
細々としたアドバイスを貰いつつ、かき混ぜていった。
テラテラとツヤが出てくるようになれば、予めレンジで温めておいたバターと牛乳の入っているボウルに少量だけ移す。
そうしてさらに混ぜたなら、元の生地に戻し、全体を馴染ませればよい。
それらも上手に終えると、いつの間にかレンジは余熱に入っており、ロールケーキの金属型にはクッキングシートが敷かれていた。
「オッケー。丁度いい物も買ってきてるみたいだし、これも入れよう」
そう言ってボウルに流し入れたのは練乳。
「……大丈夫なの?」
せっかく作るなら、美味しいものが食べたい。
そう思い、尋ねた質問だった。
「大丈夫も何も、いつもやってる事だし。いや、マジで練乳を買ってきたのはナイスだわ」
…………知らなかった。
コイツ、作るたびにそんなオシャレなことをしていたのか……。
全てをしっかりと混ぜ終えると、型に流し、トントンと生地を落として空気を抜く。
これは私でも知っている工程だ。逆にやりすぎるなって、怒られたけど……。
そのまま熱し終えられたオーブンの中に突っ込むと、あとはタイマーをセットして焼くだけ。
空いた時間にボウルなどを洗い、水気をきちんと取れば、次の工程の準備もバッチリだ。
時間が過ぎ、火傷をしないようにモフモフのミトンを手にはめてレンジから取り出してみれば、綺麗なきつね色のスポンジがふんわりと仕上がっていた。
生地が縮まないため――などと、よく分からない理由でもう一度落とすと、粗熱を冷ますべく放置。
続いてクリームを作ることにする。
キンキンに冷やした氷水を張り、その中へボウルを浸け入れると市販の生クリームを投入。
もはや手馴れたミキサーで小粋にかき混ぜ、かき混ぜ…………かき混ぜ、そうしてツノが立つまでかき混ぜる。
「かなた、お前運がいいな。ちょうどコレもあるし、入れよう」
「何それ……?」
そう提案しながらそらが取り出したのは、マスカルポーネチーズ。
オシャレだな。……というより、そんなもの何に使うんだろう?
「美味しいの?」
「おう、クリームにコクが出る」
なら、入れよう。
その間にフルーツを切って切って、切りまくる相方。
粗熱の取れたスポンジを再び召喚すると、フルーツを乗せてクリームを均一に塗りたくり、いよいよ最後の作業だ。
「……巻く?」
「いや。ここで失敗したくないから、やって」
そのお誘いを丁重にお断りし、行く末を見守る。
迷いのない手つきというのはそれだけで安心できるものがあった。
あっという間に丸め、形を整えればそれだけで、ただの長方形のスポンジは立派なロールケーキへと昇華する。
そのまま冷蔵庫へポイ。
冷えさえすれば、出来上がりだ。
ともすれば、余った時間は自由。
勝手知ったる様子でテレビを付け、体育座りのようにソファに腰かけていると、後ろからは洗い物をする音が聞こえた。
……ふむ、お世話にはなったしお礼でもくれてやろう。
トテトテと再びキッチンまで回り込めば、相対するように向かい合って立つ。
「……………………ん」
両手を広げ、私は迎えた。
「えっ、何…………?」
片付けの手が止まる。
事態を把握できていないようで、水の流れる音だけが響いていた。
「……………………ん!」
体勢は変えず、一歩前に。
そうすれば、泡を流し、水道を止めてタオルで拭き上げる。
「わけ分からん……。こう、でいいのか?」
私と同じように両手を広げたため、その腕の中へと飛び込んだ。
「むぎゅ~~~」
「…………何これ……お礼のつもり?」
困惑した声を上げるが、その両腕は確かに私を包み、離さないように力が込められていた。
「役得だろ?」
見上げれば、顔がすぐそば。
したり顔でそう言ってやると、そらはツーっと視線を逸らす。
「…………ま、抱き枕よりは良いかもな」
その発言と表情に、私はカラカラと笑った。
お昼ご飯を自宅で済ませ、三時のおやつまでもうしばらくという時分に私はとある民家のチャイムを鳴らす。
「はーい」
扉の向こうからは若々しい声が響き、トテトテとスリッパがフローリングを擦る音が微かに伝わってきた。
「あら、かなたちゃん。いらっしゃい」
出迎えてくれたのは、齢がまだ四十にも満たない女性。
今日は仕事がない日なのか、古着のシャツと長ズボンに薄いカーディガン的な羽織りを纏っている。
「ごめんね、あの子まだ部屋にいると思うから……。そらー! アンタによ!」
「……………………ぅぃー」
そう言うと、女性は二階に向かって声を上げた。
遅れて、か細い声とともに足音が近づいてくるのが分かる。
「ささ……何にもない所だけど上がって。お茶はいる? お菓子は何か余ってたかしら…………」
「あ、お構いなく」
矢継ぎ早な問いかけに、私は手を振って遠慮をした。
すると、手提げていたレジ袋がカサカサと音を立て、自らの存在を主張してくる。
「あら、それは?」
左右の手で両取っ手を握り、中身を見せるように広げると、納得したように頷かれた。
「あの……なので、良ければ台所を…………」
「えぇ、もちろん。その代わりと言ってはだけど、後で私にも頂戴ね」
ポンポンと肩を叩かれ、ついでとばかりにウインクまで送られると、玄関からすぐ手前の部屋へと入ってしまった。
「おぉ……かなたか。いらっしゃい」
すると、入れ替わるように少し上から声がかかる。
目を向ければ、階段の上部からこちらを見下ろすようにしてそらが覗いていた。
「ただいま」
他人が聞いたなら首を傾げるような挨拶。
別に我が家というわけでもないけれど、何度も訪れているうちに自然とこうなっていたのだ。
そらが相手ならば何も臆することなく言えるのだが、そらママ相手では少々気恥ずかしくなってしまう。
多分、微笑ましそうに笑われるからだと思うけど……。
「んで、急に何?」
唐突に、私に伸ばされる腕。
その意味を理解し、持っていたレジ袋を預けると、私は自分用のスリッパを出して履く。
「中身を見れば分かるよ」
ガサリと音が立ち、買ってきたものが明かされる――その直前に、背後から別の音が鳴った。
「あっ、そら。テレビ消し忘れたから、お願い」
「了解」
そして、再び閉まるドア。
相変わらず、そらママは忙しない人だ。
一方のそらも生返事だったようで、リビングに入るとそのままキッチンへと向かう。
なので、私がテレビは消しておいた。それと一緒にハンガーも借り、上着を掛けておく。
「で、これで俺に何をしろと……?」
声に振り向くと、既に袋の中身は全て出されていた。
いちご、キウイ、夏みかんといった果物に生クリーム、そして余ったいちご用に練乳もある。
「労いのために、ロールケーキを作ろう……!」
「…………誰の?」
「私の」
フンスと鼻息を荒らげ、自信満々に私は告げた。
静寂で場は満ち、こちらを見るそらの視線は若干――いや、かなり冷たい。
「……部屋に戻る」
「待って、お願い。私も手伝うから……!」
自室へ向くその足を止めるため、私は自分の身を投げ打ってまでそらの腰にしがみつく。
全体重をかけているため、そう簡単には動けまい。
しかし、私は年頃であり部活動生な男の子の身体能力を甘く見ていた。
ズルズルと、一歩ずつ確かに引きずられる。
「わわっ、ごめん。お願い、止めて。じゃないと――」
これ以上、服が汚れるのは嫌だ。
仕方ないけど、こうなったら奥の手を使おう。
「…………じゃないと?」
今まで懇願していたのに、急に雰囲気が変わって気になったのだろう。
歩みを止め、言葉の続きを待つ。
「――じゃないと、作ってくれるまで延々とレンジを使う」
「おい、それこそ止めろ。有線でも影響受けるんだよ、ウチは」
悲痛な叫びを聞き、脅しは成功したと確信する。
一度ため息をついたそらは、終いには後頭部を掻きながら愚痴るように呟いた。
「分かったよ。作りゃいいんだろ、作りゃ……」
その気になってくれたようで私も嬉しい。
後でハグしてやろう。
「けど、いきなりだから卵も牛乳も常温に戻してないぞ……」
言われた言葉がピンとこず、私は首を傾げる。
「は? 別にそのまま混ぜればよくない?」
「は? そのまま混ぜたら、生地が固くなってスポンジが膨らまなくない?」
ムカつく……人の言い方を真似しやがって……。
そっちと違ってお菓子なんてそう作ったことないんだから、知るわけがない。
まぁ、それはそれとして覚えておこう。
「じゃあ、どうするの? 待つ?」
「それでもいいけど……嫌だろ? だから、ちょっとズルする」
そう言って割った卵を軽く溶いたそらは、そのままレンジへと突っ込む。
「えっ……それ、爆発しない?」
「安心しろ、爆発するのは生卵か黄身の潰れていないやつだ。それに、常温まで温めるだけだし……。それより、お前は俺が言うものを電子計で誤差なく用意しろ」
砂糖、薄力粉、ミキサーの準備まで言われた通りに並べた。
その間に数秒のレンチンを為すこと数回。
満足する温度になったのか、ボウルごとそれを私に渡すとすでに電源の入っているミキサーを握らせる。
「はい、それに砂糖を入れて白っぽくなるまでかき混ぜる。レッツゴー」
謎の掛け声とともに急かされ、スイッチを押した。
手に伝わる重い反動。熱暴走を起こさないかと心配になるほどに唸りを上げながら、私は卵を混ぜていく。
「なんで私が…………」
「手伝うって言ったろ? そんなに文句ばっか言ってると、ケーキが不味くなるぞ」
ボヤく私に、ツッコむそら。
そんな、愛情が最大の調味料――みたいなこと言わないでおくれ。
それから数分。
そらから了承をもらう頃には、手元の『砂糖 in 卵』はモッタリとしており、量も混ぜる前より増えている気がする。
「よしよし、ちゃんと撹拌したな。んじゃ、次は薄力粉。そっちが混ぜてる間に振るっといたから、ダマにならないようにな」
細々としたアドバイスを貰いつつ、かき混ぜていった。
テラテラとツヤが出てくるようになれば、予めレンジで温めておいたバターと牛乳の入っているボウルに少量だけ移す。
そうしてさらに混ぜたなら、元の生地に戻し、全体を馴染ませればよい。
それらも上手に終えると、いつの間にかレンジは余熱に入っており、ロールケーキの金属型にはクッキングシートが敷かれていた。
「オッケー。丁度いい物も買ってきてるみたいだし、これも入れよう」
そう言ってボウルに流し入れたのは練乳。
「……大丈夫なの?」
せっかく作るなら、美味しいものが食べたい。
そう思い、尋ねた質問だった。
「大丈夫も何も、いつもやってる事だし。いや、マジで練乳を買ってきたのはナイスだわ」
…………知らなかった。
コイツ、作るたびにそんなオシャレなことをしていたのか……。
全てをしっかりと混ぜ終えると、型に流し、トントンと生地を落として空気を抜く。
これは私でも知っている工程だ。逆にやりすぎるなって、怒られたけど……。
そのまま熱し終えられたオーブンの中に突っ込むと、あとはタイマーをセットして焼くだけ。
空いた時間にボウルなどを洗い、水気をきちんと取れば、次の工程の準備もバッチリだ。
時間が過ぎ、火傷をしないようにモフモフのミトンを手にはめてレンジから取り出してみれば、綺麗なきつね色のスポンジがふんわりと仕上がっていた。
生地が縮まないため――などと、よく分からない理由でもう一度落とすと、粗熱を冷ますべく放置。
続いてクリームを作ることにする。
キンキンに冷やした氷水を張り、その中へボウルを浸け入れると市販の生クリームを投入。
もはや手馴れたミキサーで小粋にかき混ぜ、かき混ぜ…………かき混ぜ、そうしてツノが立つまでかき混ぜる。
「かなた、お前運がいいな。ちょうどコレもあるし、入れよう」
「何それ……?」
そう提案しながらそらが取り出したのは、マスカルポーネチーズ。
オシャレだな。……というより、そんなもの何に使うんだろう?
「美味しいの?」
「おう、クリームにコクが出る」
なら、入れよう。
その間にフルーツを切って切って、切りまくる相方。
粗熱の取れたスポンジを再び召喚すると、フルーツを乗せてクリームを均一に塗りたくり、いよいよ最後の作業だ。
「……巻く?」
「いや。ここで失敗したくないから、やって」
そのお誘いを丁重にお断りし、行く末を見守る。
迷いのない手つきというのはそれだけで安心できるものがあった。
あっという間に丸め、形を整えればそれだけで、ただの長方形のスポンジは立派なロールケーキへと昇華する。
そのまま冷蔵庫へポイ。
冷えさえすれば、出来上がりだ。
ともすれば、余った時間は自由。
勝手知ったる様子でテレビを付け、体育座りのようにソファに腰かけていると、後ろからは洗い物をする音が聞こえた。
……ふむ、お世話にはなったしお礼でもくれてやろう。
トテトテと再びキッチンまで回り込めば、相対するように向かい合って立つ。
「……………………ん」
両手を広げ、私は迎えた。
「えっ、何…………?」
片付けの手が止まる。
事態を把握できていないようで、水の流れる音だけが響いていた。
「……………………ん!」
体勢は変えず、一歩前に。
そうすれば、泡を流し、水道を止めてタオルで拭き上げる。
「わけ分からん……。こう、でいいのか?」
私と同じように両手を広げたため、その腕の中へと飛び込んだ。
「むぎゅ~~~」
「…………何これ……お礼のつもり?」
困惑した声を上げるが、その両腕は確かに私を包み、離さないように力が込められていた。
「役得だろ?」
見上げれば、顔がすぐそば。
したり顔でそう言ってやると、そらはツーっと視線を逸らす。
「…………ま、抱き枕よりは良いかもな」
その発言と表情に、私はカラカラと笑った。
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